ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑭ 離散(前)

 無風に近い状態だったニザム高地の荒野の大気は、徐々に変調していた。時たまブアと強い風が吹いて、乾燥した大地から砂塵を巻き上げる。だがジェイ達は、そんな気候の変化を気に留める余裕などない。眼前で大破し、崩れ落ちた《シールドライガーDCS》の機体――あのスターク・コンボイ少佐が撃墜されたという信じがたい事実が、一行の思考を完全に停止させていた。

 

「隊長……嘘だ、応答してくれ!」

 絶望に狼狽したグロック少尉の声が、ノイズ交じりの無線に空しく木霊する。ジェイに至っては、ただ茫然と焔に包まれるライガーの残骸を見つめる事しかできないでいた。細かな爆発を繰り返し、徐々に原型さえも失っていく、小隊長の《シールドライガー》。その火の子に照らされながら、漆黒の獣型ゾイド《ライトニングサイクス・カスタム》が、勝利の咆哮とでも言うべき力強い雄叫びを上げる。鋭利な見た目に違わぬ、大気を裂くような鋭い咆哮だ。力強さと、それ以上の狡猾さが滲む。

 そのコクピットの中で、シルヴィア・ラケーテは愉悦にはにかみながら、呟いた。

「さぁ――次はどなたを食べよう(、、、、)かしら(、、、)

 次の獲物を見定めるように、《ライトニングサイクス》がその頭を下げて、威嚇する。臨戦態勢のサイクス――予想だにしない事態に弛緩しきったジェイ達を、「――ジェイ少尉! グロック少尉!」と引き戻したのは、《ディバイソン》からの通信だった。

 

「二人とも態勢を立て直しましょ、後退するんです!」

 

 同時、衝撃が走る。

 まだ三機もの《セイバータイガーAT》が健在なのだ、おそらくは敵機の追撃の砲撃が爆ぜて、ライガーの態勢を乱したのだろう。激震に揺られたジェイは、「――逃げる? ふざけるな!」と喚いたグロックの声を聞いた。

「隊長がやられたんだぞ……それを見捨てて、このまま黙ってやり過ごせって言うのかよ!」

「でも……でも! このままじゃ、みんな殺されちゃいますよぅ!」

 二人が言い合っている合間にも、《セイバータイガー》は着々と迫ってくる。立ち尽くしたジェイの《ブレードライガー》、その後ろ脚に、先陣を切ったセイバーが食らいついた。苦悶の咆哮を上げたライガーの中で、ジェイは必死に冷静さを取り戻そうとする。

 エリサが正しい――そう感じた。グロックの怒りは、痛いほどに分かる。だが、あのコンボイ小隊長さえも数分の間に撃墜した《ライトニングサイクス》のパイロットに、今の自分達が何を出来るのか――おそらくは、何も出来ない。《ブレードライガー》ならサイクスの性能にも対応できるだろうが、ジェイとシルヴィアの操縦技術には、おそらくは一生を掛けても埋める事の出来ない力量差がある。

 

 

「ああ、遊び過ぎたわ……(わたくし)の悪い癖ね。まずは『鍵』を、エラを回収する事が、ガースが私に下した御遣いでした。まずは《ブレードライガー》を壊して、それを成し遂げることとしましょう」

 

 

 シルヴィア・ラケーテの、浮遊感のある声色が聞こえた。

 おそらくは意図的に、こちらの通信回線の周波数にあわせて発言したのだろう。それは実質、ジェイに対する宣戦の言葉である。ドッと汗が噴き出して、慌ててシルヴィアの《ライトニングサイクス》へと振り返ったジェイ。すると、サイクスの背後――炎に包まれた死に態の《シールドライガー》がおもむろに起き上がり、その背中へと飛び掛かるのを見た。

「いい判断だ……アノン少尉」

 バチバチと火花の上がる音に混じり聞こえた、小隊長の声。《シールドライガーDCS》からの通信だった。

「――小隊長っ!」

 急くように叫んだグロックの《シールドライガー》がコンボイ機に駆け寄ろうとする。それを「――来るなッ!」と、鬼気迫る叫びで塞き止めたコンボイ少佐は、業火に燃えた機体に更なる力を込めて、逃れようとする《ライトニングサイクス》へと圧し掛かる。

 コンボイが言った。

 

「全機、戦線を離脱せよ……生き延びて敵の情報と能力、ここで伝え聞いた、その目的を持ち帰れ。援軍を呼び、必ずや『クロイツ』を殲滅するのだ」

 

 その言を噛み締めて、生き残った三人が立ち尽くす。彼等を追い立てるかのように、「アノン副隊長、君が指揮を! グロック少尉は先陣を切り、退路を開け! ……しんがりは、私が務める!」と指示を出すと、コンボイはシルヴィアのサイクスへと思惟を向け直した。

 

「さぁラケーテ、この焔に焼かれて、名誉ある死を迎えるがいい。……私が、共に逝ってやる」

 

 まるでコンボイの執念が具現化したかの如く、《シールドライガーDCS》を包む炎が勢いを増していく。爆炎を上げ徐々に崩壊していきながらも、ライガーは咆哮を上げて《ライトニングサイクス》を抑え付けた。その拘束は、まさに鬼神と呼ぶべき猛々しさ、力強さであったが――、

 

「ああ……ああ、ああっ!」

 

 恍惚の声を上げたシルヴィア―――《ライトニングサイクス・カスタム》が身を捩り、ライガーの肩口に『キラーサーベル』で喰らいつくと――いとも簡単に、その拘束を引き剥がす。   

 

 《ライトニングサイクス》が横転したコンボイ機へと逆に喰らい付き、引き摺り回す。その衝撃に耐えられず《シールドライガー》の片足は千切れ、放られた機体が地を跳ねた。

 追撃を掛けようと、尚迫るサイクス。瀕死のライガーを覆い被さると、その爪牙で機体を貪る。

「グアアアア! ウ、グァアア……ッ」

 この世の者とは思えぬ、コンボイ少佐の凄惨な叫びが木霊した。《ライトニングサイクス》の爪が、ライガーの装甲をまるでバターのように抉り、踏み砕いていく。砕け散る《シールドライガー》を甚振りながら、シルヴィアは笑った。

 

 

「素晴らしい……コンボイ小隊長、貴方の技量、闘争心、執念……ゾイド乗りとして、その全てが素晴らしい。貴方の命を食べれば――私はもっと……『最高の(、、、)ゾイド乗り(、、、、、)()近づける(、、、、)かも(、、)しれない(、、、、)!」

 

 

 

 シルヴィアがコンボイに手こずっているこのタイミングが、ジェイ達が生き残る最期のチャンスであった。足の速い《ライトニングサイクス》に本気の追撃を掛けられれば、逃げ切れない。小隊長が文字通り『命を賭して』時間を稼いでくれている今、戦域を離脱しなければならない。

「隊長! ……隊長ォッ!」

「グロック少尉、行きましょう……今だけは、私の指揮に従ってください!」

 サイクスに嬲られる《シールドライガー》から目を離せないグロックを、エリサが咎める。

 グロックは荒い気性の持ち主であったが――そうである以上に『一流の軍人』でもあった。ここで取るべき行動は、撤退する事――例え敬愛する指揮官を見殺しにすることになったとしても、それが軍の今後に繋がる選択だと、彼は知っていた。

 慟哭の雄叫びを上げながら、グロック少尉は機首を反転させて、撤退行動を開始する。

 

 

 ジェイもまた、エリサに従った。「アノン少尉は先に行け。重装の《ディバイソン》は加速が悪い。軌道に乗るまで、俺が《セイバータイガーAT》共を引き付けて、時間を稼ぐ!」と、《ブレードライガー》を、迫りくる《セイバータイガー》軍団へと向ける。

 三機のセイバーATは既にジェイ達の撤退行動を見越し、追撃に移っていた。得意の暴風陣形を組みながら《ディバイソン》と《シールドライガー》を追いかけようとするそれに、ジェイは牽制の『パルスレーザーガン』を連射する。

 攻撃に気づいた《セイバータイガー》連隊は、その機種を一転し、《ブレードライガー》へと向けた。挑発に乗ってくれたらしい、これでグロックとエリサが後退する時間は稼げる。二人が撤退する目途が立てば、《ブレードライガー》の機動力でセイバー達を振り切れる、そう考えたジェイだったが――、

 

「う、……何ィ!?」

 

 《セイバータイガー》達はジェイの射撃を巧みに躱し、一気に距離を詰めて来た。三機のタイガーが一斉に跳躍し、『キラーサーベル』や『ストライククロー』による攻撃態勢に入る。咄嗟に機体を屈めさせたジェイだったが、躱しきれていない。すれ違い様、ライガーの肩口と頬を損傷させたタイガーは、再び疾走を駆けて距離を取る。巧みな連係による一撃離脱戦法――『タイガーライダー』の術中にはまりかけていた。

 

「完璧な連携……どうして? 生体チャフによる電波障害は、タイガー達にも影響を与えているはずなのに!」

 

 ジェイの苦戦に気づいて、思わず機体を立ち止まらせたエリサ。戦場からある程度の距離を取れた彼女は、《ディバイソン》のモニター越し、戦場の端で戦いを見守るもう一機の《セイバータイガー》に気が付いた。

 シルヴィアが率いた隊の、最期の一機――改造機《パラボラセイバー》が、その背に背負った巨大な電波塔を、まるで巨大な触覚の如く伸縮させている。

 その姿で合点が行った。《パラボラセイバー》が、帝国側の通信環境を整えているのだ。おそらくはチャフの影響を受け難い独自の通信回線を構築し、《セイバータイガーAT》達の連携を補助しているのであろう。

「――COMBAT、スタンバイ!」

 《ディバイソン》の火器管制システムを起動させると、遠方の《パラボラセイバー》へと照準を合わせる。『十七連突撃砲』の全砲身がその機影を捉えると、エリサは躊躇なくトリガーを引いた。大気を震わせる轟音と共に砲弾の雨が吐き出されて、改造セイバーへと降り注ぐ。

 

《ディバイソン》の猛砲撃が《パラボラセイバー》を捉え、その背に背負った通信ユニットと『生体チャフ噴射装置』を焼き払った。自身の全高の倍は有ろう巨大な電波塔が焼け落ち、崩れて来るのを見上げて、改造セイバーは断末魔の咆哮を上げた。

 

 

「――ぃよし、今だッ!」

 《パラボラセイバー》の撃沈に気を取られ、《セイバータイガーAT》の連携に微かな隙が乗じた。ジェイはその微かなタイミングを見逃さず、《ブレードライガー》に疾走を促す。『レーザーブレード』を展開し、連携の中心を担っていた最前のセイバーへと斬りかかる。ブースター全開、一気に最高速まで高められた《ブレードライガー》の突貫に、《セイバータイガーAT》は文字通り両断(、、)されて、爆散した。 

(これでいい……これで後は、後退するだけで――)

 ジェイが安堵しかけたその時だった。《パラボラセイバー》によるチャフの供給が途絶えたせいで、幾分か通信状態が好転したのだろう――あまりにも鮮明なコンボイ小隊長の断末魔が、無線越しに弾けて、ジェイは振り返る。

 

「アハハ、アハハハハッ!」

 

 視界の先、散々に痛めつけられてボロ雑巾のようになった《シールドライガーDCS》が転がっていた。それに、狂気的な高笑いを上げながらシルヴィアの《ライトニングサイクス・カスタム》が『パルスレーザーライフル』の砲塔を向ける。既に微動だにしない《シールドライガー》に、何発も何発も――執拗な程に、砲撃を重ねていく。

 

 最早焔さえ上がらぬ燃え滓、黒焦げの鉄塊へと変わってしまったシールド。その頭部、コクピットブロックは集中砲火で完全に砕け散り、無くなっていた――今度こそ、コンボイ小隊長は死んだ。

 

「う、ウワアアア、ワアア……ッ」

 原型さえ判別できぬ残骸と化したコンボイ機を見つめながら、ジェイは絶望に喘いだ。《ライトニングサイクス》が、ゆっくりと頭を《ブレードライガー》へと向ける。次の獲物として、ジェイが見定められたその時だった。

「ジェ…尉、――、……ジェイ少――尉っ!」

 ノイズ交じりのエリサの声が、機内に木霊する。

 チャフの滞留は減っていたはずなのに、再び電波が乱れ始めていた。それだけではない。計器の類が全て、滅茶苦茶な方向を指し示している。

 事態が理解できず呆けていたジェイは、後部座席、「――あれ(、、)!」と声を上げたエラの声で我に返った。

 少女の指差す方向――キャノピーの向こう側には、先の攻撃で自身の通信ユニットの下敷きになった《パラボラセイバー》が蹲っていた。その背後から、まるで巨大な砂のカーテンの如き黄土色の波が舞い上がり、刹那の内に《パラボラセイバー》を飲み込んでいく。ッ巻き上げられたセイバーの機体は暴風域の中で火花を上げて爆散し、熱砂の中の不純物と変わる。

 

 轟と音を上げて進んでくる、巨大な大気の波――『砂嵐(サンドストーム)』が、目の前まで迫っていた。

 

「早――こっちに! ジェイ、逃げて!」

 

 エリサの呼びかけが爆ぜる中、ジェイは無我夢中でライガーのアクセルペダルを踏み込んだ。

 


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