ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑬ 『パイロット・デザイン』

 

「このぉ……退いてろぉーっ!」

 ジェイの激発に合わせて、《ブレードライガー》が大きく身を捩った。腰部に喰らい付いた《セイバータイガーAT》の機体を、その膂力で放り投げると――地べたに打ち付けられたタイガーの頭に、爪牙を見舞う。

 頭蓋をベキベキに踏み砕かれた《セイバータイガーAT》が痙攣するのを横目に、ジェイはコンボイ小隊長の援護に入ろうと踵を返したが――次の瞬間彼が見たのは、『ビームキャノン』の一門を爆損し、大きくよろめいた《シールドライガーDCS》の姿であった。

「――ッ隊長!」

「構わん、来るな! エラの――民間人の保護を最優先にしろ!」

 叫び返した小隊長に、「しかし――」と言葉を濁したジェイだったが、それ以上の問答は続けられなかった。頭部を大きく損傷した《セイバータイガーAT》が起き上がり、怒りの咆哮を上げたのを聞いた。

「まだ来るのか……ウッ!」

 牽制の『三連衝撃砲』を撃ち込まれ、今度はジェイのライガーがよろめいた。短く舌打ちをして再びタイガーに向き直ると、背部の『パルスレーザーガン』を展開して撃ち返す。

 砲撃戦だ。流れ弾が地面を抉り土埃が上がると、小隊長は勿論、エリサやグロックの様子さえ分からなくなる。

 

「グ……ッ」

 

 撃ち合いの振動が、機体を激しく揺さぶった。

 激震に呻いたジェイは、ふと後部座席に座る少女を思って、振り返った。衝撃に身を揺すられてはいるものの、エラは悲鳴一つ上げない。真一文字に唇を結び、ただジッと、己が膝元を見つめているだけだ。

「……どういう事なんだ、エラ。『クロイツ』の目的は君だ――一体奴らと君に、なんの関係がある!?」

 衝撃に奥歯を噛み締めながら、ジェイがいらいらと問うた。返事は無く、代わりに《セイバータイガーAT》の砲撃が《ブレードライガー》を傾かせる。「くそ……グロック! エリサァ!」と仲間を呼ぶが、応答は無い。二人とも他のセイバーに追い立てられているのだろう――援護は、期待できそうになかった。

 

 

 

 ジェイの悪戦から少しばかり離れた所で、コンボイ小隊長はシルヴィア・ラケーテの《ライトニングサイクス》と戦っていた。

 時速三百キロ以上の高速を維持しながら、シルヴィアのサイクスは正確に『パルスレーザーライフル』の光弾を撃ち込んでくる。総合的な破壊力はシールドDCSの『ダブルキャノン』に比べて劣っているものの――ブースターパックのジェネレータに直結によって生みだされるエネルギーの供給効率は、相当に良いらしい。この威力では考えられない程の連射性で、コンボイのライガーをかく乱してくる。『エネルギーシールド』を常時展開しどうにか致命傷を避けてはいるが、破られるのは時間の問題であった。

 

 Eシールドによって捌かれた光弾の余波が、《シールドライガーDCS》の間接を焦がす。チ、と短い舌打ちをしたコンボイ小隊長は、背部に据えられた『八連ミサイルポッド』のトリガーを引いた。撃ち出されたミサイルが、サイクスの往く先を覆うかの如く降り注いでいく。先に《セイバータイガーAT》達がやって見せたのと同じ戦略、まずはサイクスの最大の武器たる『機動性』を、この絨毯爆撃で削ぐのだ。

 

「ン――フフ……」

 

 頭上から散らばるミサイルを見上げながら、シルヴィア・ラケーテが笑うと――《ライトニングサイクス・カスタム》はさらに加速する。

「ッ、――死ぬ気か!?」

 動揺したコンボイは、最高速度を維持したまま砲弾の嵐の中を縫うようにして駆ける《ライトニングサイクス》の姿を見た。火線はおろか、爆風の余波・土埃すら掠らぬまま、ミサイルを凌いだサイクスが、噴煙から飛び出し――再び『パルスレーザーライフル』が煌めく。反応が遅れて、コンボイはそれを避け損ねた。

 

 肩口を撃ちぬかれて痙攣したライガーの機体が、ガクンと傾く。

 

「……ッ、どういう、事だ……ッ!?」

 小隊長は、思わず苛立ちを口にしていた。

 最高速度を維持したままでの複雑な軌道・急旋回と、連続する精密射撃――その全てを正確にこなしたシルヴィア・ラケーテ少尉が、優れた操縦技術を持っているのは間違いない。サイクスの性能が《シールドライガーDCS》を上回っているのは勿論、ラケーテ少尉の腕前も、コンボイ以上。おそらくはへリック有数のライガー乗り『レオマスター』に匹敵するレベルであろう。

 だが、コンボイの感じた違和は、そこには無い。

 優れたゾイド乗りと言えど、逃れられない制約が存在する。如何に反射神経に優れたパイロットも、機体の操縦系、そのレスポンス速度を越えて挙動を反映させることはできないし、逆にどれだけ高い運動性を誇るゾイドを駆ろうとも、人間の躰に耐えられるGには限界がある。

 だが、コンボイを翻弄し続ける《ライトニングサイクス・カスタム》の超高速戦闘は、そう言ったゾイド乗りの制約を、全て超越していた。『人馬一体』……比喩ではない、文字通りパイロットとゾイドが融合しているのでなければ、とても為し得ない動きだ。

「……いい腕をしている、ラケーテ少尉。だがこんな操縦を繰り返していたら、いずれは貴官の肉体に限界が訪れるぞ」

 コンボイは、無線を通じてシルヴィアに呼びかけた。損傷著しい自機の態勢を立て直す時間を稼ぎたかったのもあるが、何よりも今感じている違和感を払しょくしたかった。平静を欠いた状態で、倒せる相手ではない。

 通信障害に苛まれる中、彼の言が届くかは賭けであったが――意外にも返信が在った。

 

「私の心配をしてくださるの? でも、それは無用な情けです、小隊長。私は『パイロット・デザイン』によって、このハンタータイプ・サイクスの挙動と完璧に同調できるよう調整(、、)されていますから」

 

「パイロット……なんだって?」

 聞き慣れぬ単語に戸惑ったコンボイ少佐は、ふとある日の光景を思い出す。確か、ニクシー基地に入って間もなく、技術士官レイモンド・リボリーと帝国の地下工廠を捜索した時だった。故ヘルマン・シュミット技術大尉が遺したファイルを発見し――そこで『パイロット・デザイン』という言葉を目にしたのである。

「帝国が誇大妄想に狩りたてられて生み出した、忌むべき技術の遺児と言った所か。ラケーテ」

 コンボイの挑発を意にも留めずに、シルヴィアは悠々と語る。

「貴方もご存じでしょう? 『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドの、特異な性質。『パイロット・デザイン』はそれを改善するために編み出された技術です」

と、シルヴィア少尉は続けた。

 

 西方大陸戦争時、ガイロス帝国が『オーガノイドシステム』の解析に費やした執念には、ある種の異常さすら垣間見る事が出来ただろう。それは《デスザウラー》に代表される、惑星大異変に際し失われた『戦域支配級の巨大ゾイド』を再生させる為であったり、もしくはそれらを代替するレベルの戦闘力を持つ新型機を開発するためであったが――常に問題となるのが、大幅に引き上げられた戦闘力の代償、ゾイド自身の異常なまでの凶暴化であった。乗りこなせるのは、エースパイロットと称される者に限っても、十人に一人。戦場に広く普及されるべき戦力として、致命的な欠陥である。

 

「ガイロスの皇属武器開発局が、人体への『オーガノイド機関』移植を試していたのは、ご存じ? コンボイ少佐」

「……貴公らが、そうやって『オーガノイドシステム』の解析を進めたということなら、聞き及んでいる」

「ならば、話が早い。『パイロット・デザイン』はその延長です。ゾイドの闘争本能に乗り手が付いて行けず、それが精神負荷となるというのなら――人もまた『オーガノイドシステム』による調整を受ければいい。機体と同様のゾイド因子を脳髄に移植する事で、ダイレクトにゾイドの思惟を受容し、同調する事が出来る。自分のゾイドと、文字通り一心となるのです」

 

 

 シルヴィアとの問答は、ある程度コンボイの平静さを取り戻させた。

 超高機動ゾイド《ライトニングサイクス・カスタム》に追随するシルヴィアの反射神経、その正体が、朧げながら見えてくる。

「……貴官はつまり、ある種の強化人間、という事か」 

 『オーガノイドシステム』搭載ゾイドを乗りこなすために精神的・肉体的に人為的措置を施されたパイロット。ガイロス帝国の科学技術は、へリック共和国の十年は先を往っていると称される物だ。共和国の常識からすれば荒唐無稽に思える話も、あり得ぬことではない。

 

 そして、もう一つ合点が行く。『クロイツ』が執拗に狙う少女・エラの事だ。

 

「ええ――そして、お分かりでしょう? 少佐。貴方が保護した少女は、民間人ではない。私たちが『超越者(イモータル)』を制御するために開発(、、)した、帝国の資産です。速やかに返却して頂けないと、一層手荒な真似をする事になるわ」

「――断る! 軍とは関係のない民間人を、人体実験の糧としたというのか? 恥を知れ!」

 即断して語気を強めたコンボイに、「……それは、私の意思でそうしたのではないのだけれど」と、シルヴィアは困った風に言葉を濁して、

 

「『超越者(イモータル)』は特別なゾイド、シュミット技術大尉のやり方に倣って、まずはサンプルを取り――ある程度のノウハウが確立されてから『本命』に処置をする予定だった。けれど、肝心の技術責任者たるフジョウ博士が組織を逃げ出して、しかも死んでしまったとあっては、これ以上の開発は出来ない。そこにいるエラが、唯一『超越者《イモータル》』と心を通わせる事の出来るゾイド乗り(、、、、、)となる」

 

 その時点で、コンボイ小隊長の不快は頂点を極めていた。「子供を戦争に使うか、『クロイツ』。なればこそ、なおさら――ここで退くわけにはゆくまい!」と激発し、再度《シールドライガーDCS》を起動させる。損傷で失われかけていたパワーが蘇り、猛々しい咆哮を上げるライガー。その姿をスコープ越しに見据えていたシルヴィアも、不敵に笑った。

 

「さぁ、往くぞ!」

 先に仕掛けたのは、コンボイだった。残された一門の『ビームキャノン・ユニット』を、最大出力で撃ち放つ。まるで光の鞭のように砲撃を薙いだ《シールドライガーDCS》、その攻撃から逃げるように、《ライトニングサイクス》も跳躍した。熱線を軽やかに踏み越えると、大きく弧を描くように軌道を取り、DCSの側面を目指す。

「グ――させん!」

 サイクスを追いかけるように、射線を傾けるコンボイ機。だが、シルヴィアも既にライガーを主砲の射程圏内に捕えていた。『パルスレーザーライフル』から爆ぜる光弾。萎えかけたEシールドで、コンボイがそれを受け止めようとした時だった。

 《ライトニングサイクス・カスタム》の背の装甲が展開して、小型の『八連ミサイルポッド』が撃ち放たれる。空を這う多数の熱源を目で追いながら、「何ィ!?」と呻いたコンボイ。回避行動を取ろうにも、フルパワーの『ビームキャノン』を撃ち振るっている今現在、ライガーは衝撃に堪えるのに手一杯だ。硬直したライガーは、火の雨を諸に浴びる事になる。

 出力の低下したEシールドでは、降り注ぐ実弾を焼き払う程の力が無かった。炸裂したミサイルが《シールドライガー》の首元を破砕し、シールド展開の要たる鬣を損傷してしまう。炸裂に怯んだライガー。その隙に、《ライトニングサイクス》はどんどん距離を詰めてくる。

 迎撃のビームキャノンを見舞おうとするが――既に大勢は決していた。光線をその膂力・運動性を持っていなした《ライトニングサイクス》が、反撃のパルスレーザーでライガーを打ちのめす。ついに残った一門の『ビームキャノン・ユニット』も吹き飛ばされて、コンボイの《シールドライガー》は完全に丸腰となった。

「グッ……クぅッ……!」

 スターク・コンボイは、久しく感じていなかった感情に呻いた。突貫してくる《ライトニングサイクス》から退くように、機体を後ずさらせようとするが、既に《シールドライガー》には、その余力すらない。操縦桿を引く音が空しく響く。

 サイクスが、空高く飛び上がる。その両の前足に備えられた、ナイフのような鋭利さを持つ爪・『ストライクレーザークロー』が展開され、発光すると――湧き上がった『恐怖』をついにせき止められなくなって、コンボイ小隊長は絶叫する。

 

「う、ウォオオオオアアアア……ッ!」

 

 次の瞬間、《ライトニングサイクス・カスタム》の渾身の一撃が、《シールドライガーDCS》の腰部を貫いた。

 

 

 撃ち合いの粉塵で視界を奪われていたジェイは、ボッ、と爆ぜた鈍い音に気づいて、息を呑んだ。大気を震わせる衝撃と、爆発。それが意味する事は、先の戦争で嫌と言う程に分かっている。

 まさか、と感じた予感に、ジェイは《ブレードライガー》を反転させる。グロックとエリサも、戦況の一変を感じ取っていたのだろう、砂塵を逃れた先には、《セイバータイガー》をどうにか振り切った二人の機体もあった。

 一行の視線の先に、怖れていた光景が在った。武装を失い、腎部を貫かれた《シールドライガー》が、断末魔の悲鳴を上げて、ゆっくりと崩れ落ちていく。次いで、爆発と炎上。「――隊長ォッ!」と、呻くようなグロックの声が爆ぜた。

 

 

 コンボイ小隊長が、やられた――眼前に上がった焔に、ジェイは呆然と目を見開き、戦慄した。

 

 


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