ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑫ 虎嵐

 

「――ツヴァイン、どうした? 何が有った、ツヴァイン機、応答せよ」

 

 コンボイ小隊長の指示で、ジェイ達は一時進軍の足を止めた。小隊長の《シールドライガー》に向けられた、ツヴァイン機の緊急入電。ノイズにかき消されたそれの意図を手繰ろうと、何度も呼びかけるコンボイ少佐だったが――通信は、一向に繋がらない。

「駄目だ、ラムセス曹長とも繋がらないッ」

 《グスタフ》を引っ張るエド・モラレス曹長がごちる。二人の会話を無線で拾っていたジェイは、スピーカーに混じる雑音に気づいて、眉を顰めた。通信障害だ。だが、天候は晴れ。モラレス機も小隊長機も、目と鼻の先に居る。電波を妨げる物など何一つない状況で、不意にそれが起こったというのが、ジェイには不思議でならなかった。

「――来た」

 狐に包まれたような気分のジェイ。そんな彼の背後で、エラの声が漏れた。何事かと後部座席を振り返ったジェイは、キャノピーの向こう――地平線の果て、その一点を目を見開いたまま、ジッと睥睨する少女に気づく。張り付いたような表情の彼女は、どこか落ち着かない様子だった。

 

「来た……シルヴィアが、私を連れ戻しに来たんだ」

 

 その言葉のすぐ後に、ジェイも地平の果てを駆けてくる、帝国ゾイドの機影を確認した。高速で地面を蹴る、四足の獣達。高速戦闘用のゾイド部隊だ。カスタマイズパーツで強化された《セイバータイガー》に、見慣れない中型の高速ゾイド――《ライトニングサイクス》とか言う、『オーガノイドシステム』搭載の新型機だ。その装備を見れば、彼らが帝国のエースチーム『タイガーライダー』に比肩する部隊だと、すぐに推測できた。

 

 

 

「ここまで接近されるまで気づかなかったとは……この電波障害、作為的なモノか」

 土煙を撒いて駆けてくる帝国の高機動ゾイド達を睥睨し、小隊長がごちる。「アノン、モラレスは《グスタフ》を退がらせろ。奴ら、問答無用で来るぞ」と指示を出しながら、自身の《シールドライガーDCS》を最前まで進ませる。「隊長、自分も――」と《ブレードライガー》を動かしたジェイだったが、

「ジェイ少尉は後ろで、《グスタフ》を守っていろ。今の貴様を全力で戦わせる訳にはいかん」

「……ッ」

 ――エラの事だ。

 エラを同乗させている《ブレードライガー》に、気を遣っている。小隊長の考えをすぐに理解できたジェイだが、その胸中は穏やかではなかった。敵は五機で、こちらは四機。しかも強化型《セイバータイガー》と、『オーガノイド機関』を備える《ライトニングサイクス》の群れだ。戦力差を埋めるには、こちらの最高戦力であるジェイの機体が、率先して戦うべきに思える。後部座席のエラをチラと振り向きながら、ジェイは焦燥を噛み潰した。

 

 ボ、と、鈍い音が爆ぜて、蒼天の中を灰色の帯が塗りつぶす。三機の強化型セイバー、《セイバータイガーAT》の背に装備された『八連装ミサイルポッド』が、一斉に撃ち放たれたのだ。雨の如く降り注いだミサイルが、ジェイ達の足元を次々に穿つ。弾ける爆炎に狼狽えながら、「うおお……野郎!」と、グロック少尉が叫ぶのが聞こえた。

「くっ――!」

 咄嗟に機体を飛び退かせてエリサの《グスタフ》に寄せたジェイは、フルパワーで『エネルギーシールド』を展開させる。最大出力のビームウェーブがミサイルを焼き、《グスタフ》のコクピットを守ったが――さすがに数が多すぎた。装甲や通信アンテナ、牽引していたキャンプコンテナに被弾して、炎上する。

「アノン少尉は、早く《ディバイソン》に! モラレス曹長も!」

「わわっ……、はい!」

 慌ててコクピットハッチを開けて、《ディバイソン》へと駆けていくエリサの姿を確かめると、ジェイはもう一度敵陣を仰ぎ見る。

 敵の追撃はなかった。既に前衛まで出張っていたコンボイ小隊長と、グロックの《シールドライガー》。その真正面に、鈍いシルバーグレーの装甲を持つチーター型のゾイド・《ライトニングサイクス》が立ちはだかっていた。 

 

 

 

「こちらは、へリック共和国軍のスターク・コンボイ少佐だ。何者か。所属と、目的を――クソ」

 目の前の敵機に呼びかけようとしたコンボイは、コクピット内に響くノイズ音に頭を振って、無線を投げる。通信障害が酷くなっている。巨大なアンテナを背負ったセイバータイガーの改造機・《パラボラセイバー》の基部から、銀色の蒸気が吐き出されているのが見えた。おそらくは、生体チャフ――電子機器・電波環境に影響を及ぼす極小の古代昆虫型金属生命体を、大気中に散布しているのだろう。特殊な環境下で培養されたそれらは、通常数十分程で死滅するが、非常に強力な電波障害を引き起こす。通信による交渉は不可能だ。

 怪訝そうに眉を顰めたコンボイだったが――眼前に立った《ライトニングサイクス》のコクピットハッチが突然に開いて、目を疑う。中から露わになったパイロットが立ち上がり、同様に無線を取ると――

(わたくし)は、ガイロス帝国のシルヴィア・ラケーテ少尉です」

 と、拡声器に引き伸ばされた女の声が鳴った。

 

「なんだ、コイツは……」 

 様子をコンボイ達の背後で見守っていたジェイは、女の奇抜な身なりに息を呑む。長い金髪の女だ。おそらくは佐官級の軍人が着用するものであろう、丈の長い軍服に身を包んだなり(、、)は、ガイロス軍人らしい気品がある。一方でその素顔は、頭蓋を丸々覆い隠す大仰なメットとバイザーで隠されていて――まるで何か気味の悪い人体実験を受けている最中であるかのような歪さだ。

 ノイズ交じりの無線に「――こけおどしだ」とグロックの声が響く。

「ガイロスの戦争屋連中には、たまに居る……ああいうイカれた格好のヤツが」

 強気な風のグロックだったが、ジェイの感じた違和を取り除くには至らなかった。おそらくは彼自身も、己が言葉で奮い立たせようとしていたからであろう――シルヴィア・ラケーテ少尉と名乗った女の異様は、伊達や酔狂に依るモノではない。どこか底知れぬ狂気によって見繕われたものだと、グロックも余感している。

 

「……私はへリック共和国軍、スターク・コンボイ少佐」

 

 数秒の間の後にハッチを開いた小隊長が、ラケーテ少尉と同じやり方で呼びかけに応えた。

「ガイロス帝国、と言ったか。このエウロペ大陸に、ガイロスの正式な軍勢はもういない。お前達は帝国軍ではなく、軍人崩れの盗賊か、テロリストということになる。我々へリックは、その様に対処するぞ」

 毅然とした風に言い放った小隊長に、シルヴィア・ラケーテは微笑して、

「仰る通りね――では、言い直しましょう。私はシルヴィア・ラケーテ。少しばかり盗賊と人殺しを嗜む、ただの(、、、)ゾイド乗りだわ」

 言い終えて、クク、と嗤いを漏らしたシルヴィア。

 

 ガイロス帝国軍の士官には、格式を重んじる者が多いという。

 その通説は大方当たっていて、事実ジェイがこれまで遭遇し、コンタクトを取ったゾイド乗りは、大概当てはまっていた。例えば、先日戦った『クロイツ』の《ジェノザウラー》……レンツ・メルダース中尉も、ジェイ達に賊軍扱いされて酷く激発したものだ。だが、このラケーテは違うらしい。コンボイの挑発を、何とも思っていない風であった。

 

 クク、と、楽しそうにはにかんだ口元を手で隠したラケーテは、再び小隊長へと面を向ける。

「私達は、探し物に参りました。『クロイツ』が保有する大事な資産の一つが、ここで失われた……今はそれを、貴方達が持っているのではなくて?」

「……心当たりが無いな」

「――嘘。持っているのでしょう? ――エラ(、、)を、『超越者(イモータル)』の鍵を」

 即答したコンボイにシルヴィアは追及して――ふとその視線が、小隊長の背後に流れる。《ブレードライガー》、そのコクピットの中のジェイと、後ろに座った少女を、シルヴィアは真っ直ぐに見据えた――そんな気がして、ジェイはゴクリと生唾を呑む。

 

「貴官の意図は何一つ分からんが……理解する必要もあるまい。盗賊風情と、交渉する気はない」

 

 コンボイ小隊長は乱暴に吐き捨てると、愛機《シールドライガーDCS》のコクピットハッチを閉じた。再起動を掛けるライガーの咆哮を浴びながら、「そう……では、手早く済ませましょ」と、シルヴィア・ラケーテも《ライトニングサイクス・カスタム》のコクピットに戻り、友軍の機体に電信を送る。

 

「エラはきっと《ブレードライガー》の中に居るわ、生け捕りにして。――他は殺せ」

 

 

 

 《セイバータイガーAT》と《ライトニングサイクス・カスタム》、次々と雄叫びを上げるガイロス帝国の戦闘機械獣。それが戦いの合図だと理解して、「来るぞ!」と、グロック少尉が一行を煽る。

「アノン少尉とクーバ曹長は後方支援をしろ。敵は高速ゾイドばかりだ。俺と小隊長――それと、ベックで迎え撃つ」

 そう叫んだグロックは、既に行動に移っていた。《シールドライガー》を起動して疾走を駆けると、背部の『二連装レーザー』を展開、突貫を開始する《セイバータイガーAT》達に、牽制のビームを浴びせかける。

 帝国高速戦闘隊の戦い方は、幾度も見た事があった。『グラム駐屯地攻略戦』で遭遇した時のように、フォーメーションを維持したまま電撃戦を展開、一対多で戦力を削ってくる『暴風戦法』が、タイガーライダーの基本的な戦略だ。それを防ぐには、砲撃によって敵機をかく乱し、まずは陣形を完成させない事が重要となる。

「当たって……っ!」

 三機の《セイバータイガーAT》に向けて、エリサの《ディバイソン》とモラレスの《ガンスナイパーWW》も、砲撃を仕掛けた。弾丸の雨に阻まれてタイガー達の加速が鈍る。そこ目掛けて、グロックの《シールドライガー》が跳躍、『ストライククロー』の一撃が、まずは一機目の『アサルトユニット』を踏み砕く。

 損傷に倒れ込んだセイバーを確認すると、再び疾走して距離を取る。「行けるぞ……ッ」と、グロックは高揚に勇んだ。大型のパラボラアンテナを背負った改造セイバーは、後陣より一歩も動く気配が無い。おそらくはこの電波障害を維持するのが目的で、最前で戦うのは他の四機に任せているのだろう。ならば、戦いは四対四。戦力は拮抗している。

 

 ――その直後であった。

 

 砲撃に足止めされたセイバーの後ろから、黒い影が飛び出す。幾分華奢なシルエットを持つそれは、あのシルヴィアが乗り込んだ《ライトニングサイクス》だ。《セイバータイガー》達とは連携を取らず、単機で飛び出してくる。

「おい、アノン撃て。アイツの狙いは動けない《グスタフ》だ、足止めしないと面倒な事になる!」

 叫んだスターク・コンボイ少佐の《シールドライガーDCS》が、サイクスの尻を追いかけながら『ビームキャノン』を撃ち放った。それを、空高く跳躍した《ライトニングサイクス》が、紙一重で躱す。

「何……ッ」

 真後ろの、死角からの攻撃だった。それを、ラケーテの《ライトニングサイクス》は難なく躱した。

 コンボイの追撃をいなしたサイクスに、今度はグロックの《シールドライガー》が飛び掛かる。が、追いつけない。スピードと運動性、どちらも《シールドライガー》を上回る《ライトニングサイクス》に、どんどん引き離されていく。「クソウ!」と、苦し紛れに『ミサイルポッド』を放ったグロック少尉だったが――弾丸の雨の中を縫うように駆けたサイクスは、既に《グスタフ》と、それを警護するモラレス曹長の《ガンスナイパー》に隣接していた。

「おお――!? おおお!」

 動揺の咆哮を上げた《ガンスナイパーWW》が威嚇し、全身の火器を展開したが――《ライトニングサイクス》は止まらない。「――シャアア!」と気迫を吐いたシルヴィアに合わせてもう一度跳躍すると、その爪を煌めかせて《ガンスナイパー》を嬲った。

 ナイフのような鋭利さを持つサイクスの爪『ストライクレーザークロー』が、モラレス機の右前脚、そして首を刎ねた。千切れ飛んだヴェロキラプトル型ゾイドの生首が地面に叩きつけられて、砕け散る。

 

「モラレ――」

 

 叫び振り返ろうとしたジェイは、次の瞬間閃光に目を晦まされた。サイクスの『パルスレーザーライフル』を浴びて爆散する《グスタフ》のコクピット。

 

 声も上げぬ間もないうちに、二機が撃墜された。

 

 動揺はグロックやエリサにも伝わっているらしい、攻撃の手が緩んだ隙に、《セイバータイガーAT》達が持ち直してくる。シルヴィア・ラケーテの《ライトニングサイクス・カスタム》も焔に照らされながら、次の得物を見定めているかの用だった。

「くッ……」

 あの《ライトニングサイクス》を止めなければ、まずい……そんな余感に苛まれて、ジェイが《ブレードライガー》の機首をラケーテ機へと向ける。だが、一見してサイクスの運動性・機動性は、ジェイのライガーすらも上回っている風に見えた。そして――シルヴィア・ラケーテ少尉はエースだ、おそらくはこれまでに遭遇したどの敵よりも強い。

「ジェイ少尉……退がれ、……た筈だ――サイクスは、私がやる」

 電波障害が、どんどん進行しているらしい。ノイズ混じりのコンボイ隊長の声が聞こえて――《ブレードライガー》の横に、小隊長の《シールドライガーDCS》が並ぶ。「隊長、お一人では……ッ!」と引き止めようとしたジェイだったが、その声が届く前に、コンボイのライガーは《ライトニングサイクス》へと挑みかかっていた。

追い縋ろうとするも、背後からの衝撃に阻まれる。《ディバイソン》の弾幕を振り切った《セイバータイガーAT》、その一機が、ジェイのライガーに喰らい付いていた。

「この――このぉ!」

 煩わしさに身を揺すった《ブレードライガー》――その眼前で、コンボイ隊長とラケーテ少尉の《ライトニングサイクス》が交錯した。

 

 


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