ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑪ コンボイとエラ

 

 夜が明けて、朝日が射す。

野営で一夜を明かしたジェイ達であったが――交代で夜警をしたために、昨日の疲労が残っているらしい。仕切り直しになるであろう行軍に備えて《ブレードライガー》のコンディションをチェックするジェイだったが、断続的に喉元から上がってくる欠伸が鬱陶しかった。今日は昨日よりも風があるらしい、吸い上げる空気はどこか土埃っぽくて、それがまた倦怠感を助長させる。

 同じく疲弊が残っているのだろう、地べたに座り込んで怠そうにタバコを吹かしたグロック少尉、エリサも日向で立ち呆けたまま、時々うとうとと目を伏せていた。二人に軽く挨拶をして、ジェイは補給のため、《グスタフ》に積まれたコンテナを取りに向かった。

 

 

 躰の大半を人造兵器に置き換えているとは言え、ゾイドの根本は人と変わらぬ『生命体』だ。必要とする成分を摂取できなければその活動は停滞し、死に至る。野生の金属生命体は他のゾイドコアを捕食する事でその命を維持するが、人間の管理下に置かれた戦闘機械獣には、それも適わない。定期的に、ゾイド生命体の代謝に必要とされる『原始海水』の成分を再現した補給液を与えてやらなければならなかった。無論それとは別に、兵器として追加された武装類を機能させるため、ジェネレーターやバッテリーの消耗も確認しなければならない。

 

「――ヌッ?」

 

 補給を終えて、駆動部の防塵フィルターを見ていたジェイは、不意にガタとなった物音に気付き、振り返る。まだ片付けていなかった補給コンテナを興味深げに見下ろしていたのは――エラだった。

 

 光を灯さない左目、その表情は石のように固着していて、読めない。ポリタンクに残った金属生命体用の補充液を、ボヤと眺めていたかと思うと――おもむろに手を伸ばしてそれを救い取り、口元へ運ぼうとする。

「――ッ、おい、止せ。飲み物じゃあ無いんだ、腹を壊すぞ」

 慌てて駆け寄ったジェイがその手を掃うと、黒髪の少女は驚いた風に後ずさって、ジェイを見上げる。フラと揺れた彼女からあの『薬臭さ』がして、ジェイは思わず力んでいた自分に気づいた。「……ゴメン、大丈夫か?」と問うた彼に、エラはおずおずと頷くと、

 

「……喉が乾いてしまったの。私にも何か頂戴」

 

 と、遠慮がちにジェイを見上げた。

 

「――ソイツは飲めないよ、エラ。ゾイドの生命維持に必要な高濃度イオンだ、人体にとっては重篤な金属中毒に繋がる。《グスタフ》にモラレス曹長が居るから、またココアでも入れて貰えば良い」

 次いで聞こえたのは――エラを追いかけてきたらしい、コンボイ小隊長の声だった。彼女の背後に立ってその肩に手を添えた小隊長は、これまでジェイが見た事のない柔和な笑みを浮かべている。「さぁ、行きたまえ。《ブレードライガー》は戦闘ゾイドだ、その足元に居るのは、なかなかに危ない事だよ」と、少女を焚き付けたコンボイ。その言に、もう一度ジェイの方を振り返ったエラは「私も、アレに乗ってみたい」と呟いて、コンボイにせがむ。

「コイツには二人分乗れるシートがある。折を見て、ジェイ少尉に乗せてもらえ」

 頷き告げた小隊長の言葉に、嬉しそうに微笑すると――エラはクルと背を向けて走り去っていった。

 

 

 少女の背中を見送って、不思議な子だ、と小首を傾げたジェイ。今しがた見せた笑みや好奇心は、年相応の――もしくは、それより少し幼いくらいの純粋さで、愛嬌がある。一方、初対面の際のどこか生気のない瞳、心の読めぬ相貌は人形染みていて、気味悪くさえ思えた。どちらが本物の彼女なのか――。

「……そう言う事だから、少しの間エラを乗せてやってくれ」

 考え込んでいたジェイ少尉は、小隊長の声で我に返る。

 穏やかな瞳で少女を見送った小隊長の顔は、この一年彼の指揮で戦ったジェイも見たことの無い表情だ。「……意外ですね、小隊長は子供がお好きなのですか?」と、冗談交じりに聞いてみたジェイに、おいおい、と苦笑いしたコンボイ。

「まるで私が融通の利かない堅物だとでも言うような物言いだぞ、少尉。これでも本国には、私の帰りを待つ妻子だって居る」

「少佐、結婚なさっていたのですか?」

 驚いたジェイに、「娘が二人。上は丁度、あのエラと同じくらいになる」と付け足した小隊長。全てが初耳で、ジェイはぽかんと呆けた。

 感慨深げに地平の先を見つめて、コンボイは言う。

 

「ガイロスの残党共がどう考えているのかはともかく……エウロペでの戦いは、面向き終わっているのだ。これ以上、エラのような子供達が戦火に捲かれるのは、御免こうむりたい所だがな」

 

 

 ジェイは、かつて彼が言った言葉を思い出す。戦いの果てに贖罪の道を探せ――オリンポス山での任務の際ジェイに説いた心意気は、彼自身の信条でもあるらしい。ジェイが「……それに関しては、同感です」と同意すると、小隊長は穏やかな表情のまま、その肩に手を置いた。

 

 

 

 

 再び、一行は行軍を続けた。

 

 『クロイツ』による襲撃への警戒も、無論怠らない。二台の《グスタフ》の操縦はそれぞれエリサとモラレス曹長が担当し、ジェイ、グロック、そして小隊長のゾイドがその周囲を固めていた。ツヴァインの《コマンドウルフ》、クーバ曹長の《ガンスナイパー》は、進路上の安全確保のために先行し、索敵に努めている。

 テッド・マーカー隊との連絡は、未だ取れていなかった。砂嵐(サンドストーム)でも迫っているのか、今日は一層無線の調子が悪い。『クロイツ』の闊歩する地域で後ろ立ての無いまま放浪し続けるわけにも行かず、コンボイ隊長は今現在の戦力だけで任地へと赴く事を決めたのである。回廊の村(二ザミア・コロニー)に到着し次第、最寄りの基地に連絡を取り、連携してテッド隊の捜索を行う。

 

 

 気の抜けない行軍のはずだが、ジェイの調子は付かなかった。コンボイ小隊長の提案で、行軍中《ブレードライガー》にエラを同乗させたのだが――キャノピー越しの風景を見たり、ディスプレーを興味深げに見遣るエラの挙動を背中に感じて、どうにも落ち着かない。

 小隊長から通信が入った。

「どうか? エラ。大型戦闘用ゾイドに同乗するのは、想定より体力を消耗する。気がすんだらジェイ少尉に伝えて、《グスタフ》に降ろしてもらえ」

「うん……ありがと、コンボイ」

 無口なエラだが、小隊長にだけは少し心を開いているらしい。キャノピーに反射した彼女の顔が、微かにはにかんでいるのに気づいた。ついでとばかりに「……ジェイ少尉。半刻もすれば、我々の任地『回廊の村(ニザミア)』に着く。警戒は怠るな」と言葉を足すコンボイに、「っ、了解」と短く応じながら、ジェイは妙な感慨に捕らわれていた。これまで形作られていたコンボイの実直な軍人像と、少女を気遣う彼の姿。なかなかに結びつかぬモノだ。

 

「――意外ですよね。コンボイ少佐、結構面倒見がいいというか……」

 

 小隊長との会話に区切りがついた所で、無線からエリサの声が鳴った。彼女もまたジェイと同じ印象を抱いていたらしい。「やさしいお父さん、って感じ。懐かしいなぁ、私も小さい頃父に頼んで、よくゾイドに乗せてもらったんですよ」と好意的な感想を言う。

「ハハァ……実際に乗せてるのは小隊長じゃなくて、俺なんだけど」

 苦笑したジェイに、

「じゃあ少尉もきっと、将来は気さくなお父さんになれますよ」

 と、エリサは冗談めかして応えた。

 

 

 ――※※※――

 

 

 ――妙だな、と、辺りの景色を煽いだツヴァインは眉を顰めた。

 

 ジェイ達の十数キロ先を進んでいた彼とラムセス・クーバ曹長は、ニザム回廊の南端に位置するなだらかな丘陵に差し掛かっている。砂原の中にごつごつとした大岩と、僅かな枯草の混じる荒涼とした地だが、空は晴れ渡り、風も無い。一行の行軍を苛んでいた通信障害は、西方大陸名物たる『砂嵐(サンドストーム)』が近くで発生してるからだ、と推測していたのだが――眼前に広がるは、そんな風は一片も感じ得ぬ穏やかな空であった。

「どう思う? ラムセス」

 無線越しに問うたツヴァインだが、クーバ曹長の返答は無かった。代わりに響いたのは、ノイズ音。通信障害だ。《コマンドウルフ》の真横に着けた《ガンスナイパーWW》のキャノピー越し、クーバ曹長がお手上げだ、と言う風に肩を竦めて見せる。

 おいおい、と、ツヴァインは一人ごちた。

 穏やかな気候に反して――隣に立った機体同士の通信にすらノイズが混じる程――電波状況はますます悪くなっている。これほどの事態は、人為的な介入が無ければ起こり得ない。

 《コマンドウルフ》のマルチコンピューターが、周囲の環境をスキャニングし、不審な点が無いか検索すると――数秒の内にアラーム音が鳴って、メインモニターに小さな金属片の3D解析映像が映し出された。

 

「電波攪乱……こいつは、『クロイツ』の連中が撒いたチャフ(、、、)か?」

 

 大気中に混じっていた、電波攪乱を目的とし散布されるパッシブ・デコイだ。それが、一帯に残留している。つまり、ごく最近にこの辺りで、彼らが何らかの極秘行動をとっていた、と言う事を意味する。

 

 

 ――ツヴァインが、そこまで推察を立てた時だった。

 

 

 視界の端から、黒い影が飛び出した。

 空気中の金属粒子が、こちらのレーダー系統さえも弛緩させていたらしい。ツヴァインが気付いた時には、それは既に《コマンドウルフAU》と《ガンスナイパーWW》の懐まで入り込んでいた。

「な――ッ!」

 猛獣型の帝国ゾイドだった。ガイロス帝国の開発した武装換装システム・CASの技術試験のため、《セイバータイガー》をベースに作られた実験機。起伏の激しい灰色の装甲と大型化した牙を剥きだしにした頭部は、まるで顔の皮を剥ぎ取られたかのような歪さに思えた。

 歪な表情の改造機・《プロトセイバー》が跳躍し、その勢いのままクーバ曹長の《ガンスナイパー》を踏み潰した。強化バックパック『ワイルドウィーゼル』が粉々に砕け散り、横転したクーバ機。衝撃でキャノピーが破砕すると、コクピットから人型が投げ出されて砂原に激突し、水風船みたく爆ぜる。「……ク、クーバァ……ッ!?」と息を呑んだツヴァインだったが――彼が呆けたその刹那に、改造セイバーはその矛先を変えていた。

 一瞬で残骸となり散らばった《ガンスナイパー》から飛び退き、セイバーはツヴァインの《コマンドウルフ》へと食らいつく。長く鋭い『強化キラーサーベル』がウルフの肩口へとめり込み、勢いのままに《コマンドウルフ》を引き倒した。ミシミシと装甲が軋んだかと思うと、瞬時に右の前足が千切れ落ちる。

「ウオオッ!? ウ、オオァアアア……ッ!」

 絶叫し、操縦桿を手繰ったツヴァイン。砂塵に塗れながらもがくウルフを、がっしりと押さえつけた《プロトセイバー》だったが――次の瞬間に、その横腹が爆炎で膨れた。我武者羅に足掻いたツヴァインが『ロングレンジキャノン』を旋回させ、《プロトセイバー》の土手っ腹に零距離射撃を見舞ったのだ。砲撃はセイバーの駆動中枢を撃ち抜いている、たちまち生命感を失った実験機が崩れ落ちるのを乱暴に押しのけて、死に態の《コマンドウルフAU》が、ヨロと起き上がった。

 

「こちらツヴァイン機から、本隊へ……斥候だ、ガイロス残党の高速ゾイドが、俺達の往く手で待ち伏せしてやがる……ッ!」

 

 激しい攻防の末に流血しながら、ツヴァインは無線を取って叫んだ。しかし、反応は無い。通信障害がある事を、忘れていた訳ではなかったはずなのに――ツヴァインは自らの胃の腑を掻き立てる絶望に気づき、息苦しそうに喘いだ。「おい……コンボイッ!」と、小隊長の名を叫ぶが――

 

 空しく響いたその声を、一筋の閃光がかき消す。

 

 火線。背後から撃ち込まれたレーザーライフルの光弾が、背中の『ロングレンジキャノン』を吹き飛ばしていた。大破して地べたを這ったウルフ。ジェネレーター出力がみるみる低下し、マシーンの機能が死んでいく。

「クソ……ッ!」

 立ち上がれなくなった《コマンドウルフ》のコクピットで、ツヴァインはゆっくりと迫ってくるガイロス軍属高速ゾイドの群れに振り返った。ミサイルポッドとスタビライザーで強化された《セイバータイガー・AT(アサルトタイプ)》が三機、その背後に、おそらくは一連の電波障害を引き起こす怪電波を発しているのだろう、巨大なパラボラアンテナユニットを備えた改造セイバーが一機随伴していた。

 

 そして、もう一機。立ち並ぶ《セイバータイガー》よりも一回り程華奢で、鋭角的なフォルムを持つ黒い猛獣型ゾイドが、ゆっくりとコマンドウルフに近づいてくる。《ライトニングサイクス》――それも、追撃戦用に火器と脚部をチューンナップされた『ハンタータイプ』。ニクシー基地で見た報告書――新型ライガーのテスト走行に介入し、損傷させたというガイロス軍残党が持ち出したモノと同型だと、一目で分かった。

 《セイバータイガー》の群れを取りまとめるように先頭に立った《ライトニングサイクス・カスタム》が悠々とした足取りで迫り、狡猾な眼差しでツヴァインの《コマンドウルフ》を見据える。獣の眼差しだ。死に態の得物に舌なめずりし、弄び、そして喰らう者の眼差しだった。

 

「……クソッタレ」

 

 ジワと滲んだ汗と、負傷した額から流れ出た血が頬を伝う中、ツヴァインはかすれ気味の声で一人ごちると――ゆっくりと目を伏せる。最期の時に目にする光景くらいは、自分で決めたい。自らを貪ろうとする獣達の姿を焼き付けるよりは、瞼の裏のこの深淵の方が、幾分マシに思えた。

 

 


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