ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

44 / 85
⑩ シルヴィア(前)

ZAC2101年 一月某日 西エウロペ・マンスター高地

 

 

 レンツ・メルダース中尉の憤慨は頂点に達しようとしている。

 愛機《ジェノザウラー》を破壊され、自らに下された勅命を果たせぬまま帰還した彼は、これよりその失態を主君(マイスター)ガース・クロイツへと報告しなければならない。だが、帰還したガイロス残党軍の塒、その一角にあるガース少佐の書斎には、レンツの忌み嫌う食客が居た。

 屋内にあっても顔の半分を覆ったヘッドギアを外さない、気味の悪い女である。自動ドアーの開く音に気づいて、ユラと頭を振った彼女の視線――バイザー越しより朧と灯ったスコープの光を受けるや、レンツは不快を露わにした。

 金糸の如き髪を揺らして、クラと小首を傾げたヘッドギアの女。

「――ごきげんよう、メルダース中尉」

 と、口角を歪めた彼女を無視し、レンツは書斎の奥、デスクに掛けたクロイツの首魁へと歩み寄る。ガース・クロイツは読書家だ、幾度も読み返してボロボロになった文庫本を片手に、安楽椅子へと掛けていた少佐だが――レンツに気づくとそれを閉じて机の端にやり、面を上げた。

「戻ったか、メルダース中尉。報告を聞こう」

「は……。その前に――貴公は外せ、シルヴィア・ラケーテ少尉」

 毅然とした態度を装いヘッドギアの女を睨んだレンツ。だが、彼の敵意を意にも介さずにシルヴィアは立ち上がると、「どうしてそのように辛く当たるのです? 私も中尉と志を同じくする、『クロイツ』の同士だというのに」と、背の凍るような冷酷さの薄笑みを浮かべた。

 レンツと相対したシルヴィア・ラケーテ少尉の手元には、ジャラジャラと金属質なメダルが一纏めにされて、毬のように揺れている。破損の程度は違えど、それらはいずれも焼け焦げて変形・変色した、楕円形の金属プレートだ。

それはへリック共和国軍兵士が、万が一の際に己が身元を証明するための装飾。俗に『ドッグタグ』と称されるモノであり、彼らの名前や生年月日等の個人情報と、所属部隊や軍における認識番号等が刻印されている。シルヴィア・ラケーテの事は、レンツもこの二か月間で幾度も耳にした――彼女が敵部隊と邂逅し殲滅した暁には、部下達を使って残骸を漁り、必ずそれ(、、)を拾い集めるという。

「……ほら。今宵もここに来る前に、『反乱軍』を仕留めて見せたわ。我らが主君(マイスター)も、喜んでくださるでしょう?」

 絡み付いた鉄の『毬』をレンツに翳して見せたスコープの女は、その中から最近に手に入れたのであろう『戦利品』のタグを引き抜く。

 

 ――T・マーカー准尉、特務工兵分隊503所属。

 

 刻印された文字を、謳うように軽やかな口取りで読み上げたシルヴィア。「それにしても――戦いには、常に感慨が付きまとうわ」と、高揚に上擦った声で言った彼女は、

 

「このマーカー准尉という人は、何処で生まれて、どんな生活を歩んできたのかしら? 家族は? 恋人は居た? 彼を知る皆が――それにこの人自身だって、まさか今夜(わたくし)に殺されるなどと、考えたこともなかったでしょうね」

 

 言い終えると同時、煤けたタグを己が頭上に翳したシルヴィアは、まるで蛇の如く舌を伸ばして、それを口に含んだ。唾液を絡ませ、口腔内で散々にそれを弄んだ彼女は、「まるで、(わたくし)、この人の人生を食べてしまったみたい。そう思うと、どうしようもなく切なくて――それでいて心地いい」と、愉悦を語った。

 

 やはりこの女は気に食わない、と、レンツ・メルダース中尉の苛立ちが頂点に達する。「――下衆めが」と、不愉快そうに眉を顰めたレンツは、軽蔑の眼差しでシルヴィアを睨むと、

 

「同じだと? 貴公はただ、人殺しをしたいだけであろう。帝国のため、主君(マイスター)への忠義のために戦った事など、ただの一度もあるまい貴様と……一緒にするな」

 

 激発寸前の震え声を出した彼だったが――二人の問答を「止せ」と咎めたのは、他ならぬ主君(マイスター)、ガース・クロイツであった。

「レンツよ。ラケーテ少尉は、私が招集したのだ。お主の任務を引き継いでもらうためにな」

「引き継ぐ? 何故――ッ」

 予期せぬ言葉に声を荒げたレンツを、クロイツ少佐は淡々とした様子で抑えた。

「担当直入に聞こう……フジョウの確保に失敗したのであろう? そして、ヤツの盗んだ『超越者(イモータル)』の鍵も、失った」

 その問い質は、レンツを押し黙らせるに十分な物であった。ギリと奥歯を噛み締めて、彼はここに来た本来の目的を遂行する事となる。すなわち、今宵彼に託された任務の失敗を報告する事――それもレンツが最も弱味を見せたくない、シルヴィア・ラケーテ少尉の前で。

「へリックの特務隊に、妨害されました。鍵とフジョウは、奴らの手にあるものかと」

 苦虫を噛むような思いで絞り出されたレンツの声に、やはりな、と目を伏せたガース少佐。その瞳に浮かぶ失望の色に、「すぐに取り戻しに参ります、どうか汚名返上の機会を――」と焦ったレンツだったが、

「――ならぬ。理由は二つ。そなたの《ジェノザウラー》は、これ以上損傷させるわけには行かぬ。既に『エックス・デイ』が差し迫っている今、すぐに魔装(、、)を施し、我ら『クロイツ』の門出の先導者となって貰わねばならない」

主君(マイスター)は私がへリック軍に敗れて、《ジェノザウラー》を喪失するだろう、と……そう仰るのか!?」

 食って掛かるレンツの言葉を遮って「――二つ!」と声を張ったクロイツの首魁。その気迫に、中尉は押し黙り――二人の問答をニヤと傍観していたシルヴィアも、薄笑みを潜めて事態を見守る。

「……二つ。我らの悲願を為し得るには、『超越者(イモータル)』の力が必要不可欠だ。『パイロット・デザイン』に精通したフジョウがいない今、我らは既存の『鍵』を取り戻すほかない。へリックの連中に解析・破棄される前に、早急にだ。それには、超高機動ゾイド・《ライトニングサイクス・ハンター》を駆るラケーテ少尉が適任であろう」

「しかし……!」

「くどいぞ。ジェノの修理を終えるまで待ち、その間に『鍵』を取り逃がしたら? 再びへリックの猛追にあって、機体を失ったらどうする? そなたを出せば、『超越者(イモータル)』と『零式』、二体の切り札を失いかねん。此度の任はラケーテに任せよ――それが命令だ」

 

 下がれ、と断じたガースの言には、それ以上の問答を許さぬ威圧感があった。納得できぬ気持ちを握りつぶすように両の拳に力を込めると、レンツ中尉はクルと踵を返して、その場を後にした。

 

 

 

 墜落した輸送船・《ホエールカイザー》の残骸が、『クロイツ』のアジトである。その埃っぽい格納スペースには今、破損し修復を待つ《ジェノザウラー》が屹立していた。ガース少佐に追い立てられたレンツは、真一文字に結んだ唇を噛みながら、その砕けた機体を見上げていた。

 

「――メルダース中尉」

 

 背後から掛けられた声。振り返ると、シルヴィア・ラケーテが拙い足取りでこちらへ向かい――その金糸の髪がユラと揺れている。

「あなたの主君(マイスター)から、正式に命を受けました。貴方が取りこぼした仕事をこなすため、すぐにここを発ちます」

 告げた彼女を、レンツは無視しようとした。平静を装ってそっぽを向いた彼に、シルヴィアはメットでその大半を覆った彼女の顔の中、唯一女性らしさを感じさせる艶っぽい唇を意地悪そうに歪めると、

 

「歯がゆいでしょう、中尉。長年忠誠を捧げて来たガース少佐の信頼が、貴方の元から離れていくのは」

 

「――ッ……」

 西方大陸での戦争が終結し、『クロイツ』という少数勢力へと身を窶してから――レンツが常々感じて来た煩わしさ。口にしないよう、意識しないよう心掛けて来たそれ(、、)を、あっさりと指摘したシルヴィアに、レンツは激発した。とっさの癇癪でシルヴィアの手首を取り無理やりに引き寄せると、「パイロット・デザインが――『超越者(イモータル)』が何だというのだ!」と、声を荒げる。

「オーガノイド技術の進歩に注力した帝国が、へリックに敗れたのだぞ! 必要なのはつまらぬ技術ではない、忠誠と武力に裏付けられた『力』だ。だというのに……すでに時間も十分な資金力も無い状況にありながら、主君(マイスター)は何故、つまらぬ実験機の開発に気を割いている!?」

 激情を叫ぶと、レンツは乱暴にシルヴィアを突き飛ばす。気味の悪い立ち居振る舞いをしていても、結局は華奢な体躯の女性だ、グラと揺れたシルヴィアが倒れ込み、その弾みでメットが外れ、転がる。ブアと広がった彼女の金髪に目を遣り、我に返ったレンツが、「っ……、すまな――」と狼狽えた時だった。

 

 

 薄暗がりの中、膝を着いたシルヴィア・ラケーテが面を上げた――メットとバイザーに隠されていた彼女の素顔を、レンツははっきりと見てしまった。

 

 

「……ッ、ウ……ッ!?」

 

 息を呑み、声を上げて後ずさるメルダース中尉に、シルヴィアは掌で顔を覆いながらヨロと立ち上がると、「……乱暴な人」と微笑みかける。おぼつかない足取りで、床を転がったメットを拾い上げると、再びそれを被るラケーテ。それを目で追いながら、レンツは恐る恐る問うた。

「なんと醜悪な……。望んで、そうなった(、、、、、)というのか? 意味があるのかも分からぬ狂人の研究に、貴公は価値を見出していたのか」 

 

 レンツの畏怖に対しても、シルヴィアは薄笑みを絶やさない。

 

「メルダース中尉、高潔な人、真っ直ぐな人。でも戦いは、それだけでは勝てないわ。ゾイドは兵器だけれども、それでいて獣でもある――なればその『獣心』を理解してこそ、最大限機体の力を引き出せるという物でしょう? 『パイロットデザイン』は、そのためのモノ。貴方の主君(マイスター)はこの摂理を理解しているから、『超越者(イモータル)』の制御にそれを選んだ」

 

 言い終えた彼女の向かう先には、彼女の愛機たるチーター型の高速ゾイドが在る。

 一見華奢とも形容できよう程のスリムなボディと、ブースターと主砲のライフルを兼ね備えた大型のバックパックを背負った機体は、《コマンドウルフ》のような中型ゾイドよりは大型ながら、《シールドライガー》《セイバータイガー》等の大型ゾイドとは呼び難い、独自の体躯を持っている。鋭角的なフォルムとガンメタルカラーの装甲は、精悍さの中にどこか狡猾な印象を与えた――《ライトニングサイクス》、ガイロス帝国の完成させた最新鋭の高機動ゾイドである。

 

 シルヴィアのメットから照らされるスコープの光を浴びたサイクスは、無人のはずが一人でに動き出して頭を垂れると、そのハッチを開く。レンツにはまるで、シルヴィアとサイクスがテレパスのような力で交信し、疎通したかのように思えた。

 

「離れ離れになってしまった半身(、、)を求めて、『超越者(イモータル)』は啼いているわ。私が迎えに行って差し上げましょう」

 

 格納庫の深奥に佇むゾイドへと振り返り、不敵に笑ったシルヴィアは、《ライトニングサイクス》を始動させる。ハッチを閉じて、クワと頭を持ち上げて咆哮したサイクスの機体が、まるでシルヴィア・ラケーテの研ぎ澄まされた残忍さが具現化した存在であるかのように見えて――レンツ・メルダースの背筋が、粟立った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。