ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
ポケットの中の懐中時計を、チラとジェイは一瞥した。秒針は既に『深夜』と呼んで差し支えない時間を指していたが、早くも『クロイツ』のゾイド部隊と遭遇した一行に、気安く休息を取るという選択肢は無かった。モラレスとクーバ、二人の《ガンスナイパー》が護衛して《グスタフ》が到着し、今一行はその居住用コンテナに集まっている。大破した《ゲーター》から救助されたあの少女も一緒に運び込まれた。重傷を負い果てたあの中年男性とは異なり、幸い彼女は大きな怪我を負っている風でもない――『クロイツ』に襲われていた者達の、唯一の生き残り、という事になる彼女に、出来る限り話を聞いて起きたかった。
――否、唯一という言い方は、大げさすぎるかもしれない。此度の『クロイツ』による襲撃で命を落としていたのは、
二十分程、前の話になる。
「……廃村?」
噴煙の上がった村の中、生存者を探しに出ていたツヴァインが戻って来て告げた言葉を、ジェイは思わず聞き返していた。「ああ」と短く頷いたツヴァインは、背後の集落を振り返って、怪訝そうに眉を顰めると、
「どの家も人の生活していた形跡がほとんどない。放棄されてかなり経つだろうな――おそらくは、一年以上前。ガイロス帝国がエウロペに上陸してこの地域を占領する少し前に、住民に放棄されていたんじゃないか」
と、推測を言って肩を竦める。
焔に包まれた集落を目にした際、ジェイ達は条件反射的に『ガイロス軍に依る、エウロペの民への略奪』を想定してしまった。だが此度のそれは違ったらしい。彼等の狙いは村では無く、何か別の目的を持って行動していた、という事になる。先ほど拾い上げた、あの《ゲーター》のパイロットの身分証明を取り出すジェイ。「それは?」と、彼の手元に気が付いたツヴァインが問う。
数秒考えて、
「あの男が持っていた物だ。《ゲーター》のパイロット……帝国の、武器開発局員だった」
と応えると、ツヴァインが訝しげな表情を作り、
「コンボイの旦那には伝えたのか?」
「……いや、まだだ」
ジェイの返答を、予測していた、とでも言いたげに、ツヴァインはやれやれと頭を振った。「お前の事だ。それを隊長に伝えれば、あの娘の処遇に影響があるんじゃねぇか……なんて事を気にしてんだろ」と、追及する彼の予測は正しく――ジェイは言葉無く、手元の身分証をまじまじ眺める。
ガイロス帝国の武器開発局の男、トウマ・フジョウと同伴していた、謎の少女。『クロイツ』のメルダース中尉は故在ってこの廃村を訪れていた宣言したが、それは間違いなく、フジョウに関わる事であろう。彼もおそらくは『クロイツ』のメンバーに名を連ねる者であり、何らかの理由があって組織から追われる立場にあったとしたら……あの少女にはガイロスの残党に追われる、何らかの理由があるのかも知れない。
そこまで考えた所で、「――ジェイ少尉っ」と、彼を呼ぶ声が弾けた。振り返ると、《グスタフ》に引かれたキャンプコンテナ――複合分隊の簡易司令室となってるそれの戸口から顔を出したエリサが、ジェイとツヴァインに手招きをしている。
「件の女の子、だいぶ落ち着いたみたいです。コンボイ隊長が軽く事情を聴くから、同席しろって」
「ああ、すぐに行く」
即答したジェイは、フジョウの身分証をポケットにしまって、彼女の方へと踵を返した。彼女がガイロスとどんな関わりがあるのか、まずは本人の口から何か聞き出せるかも知れない。フジョウの事は、折を見て隊長へと伝えればいい。
そう自らを納得させたジェイを、ツヴァインが「ま、はよ行けや」と投げやりに急き立てる。
「……お前は?」
「俺はいいよ、ガキを尋問する趣味なんてないからな。『クロイツ』の連中が戻って来るかもしれねぇし、俺は外で警戒してる」
彼が関心を示さない、という事は、少なくともあの少女は『エウロペ大陸の現地住民』ではない、ということだろうか? 頭の片隅でそんな事を考えつつ、ジェイはツヴァインの提案を了承して、指令室へと向かった。
こうして今、ジェイはチカチカと不安定な光を灯した蛍光灯の下、《ゲーター》のコクピットより保護された少女を目の前にしている。部屋にはコンボイ少佐とグロック、そしてエリサが集まっており、ベッドに腰掛けた件の少女を囲んでいた。
やや暗めな照明の光に照らされた少女の姿を、注視する。
齢はおそらく十四、五。スラと引かれた目元のラインは、幼さを残しつつもどこか冷たい色気があり、色白の肌に黒髪を備えた少女の形質は、デルポイ大陸ではあまり見かけないエキゾチックな風貌だ。端正な顔立ちの、美しい少女であった。
それだけに、彼女の躰の所々に刻まれた違和が、一層目に付く。(この地域の民族衣装だろうか)彼女の纏う浅葱色のゆったりとした服、その袖口よりチラと見えた白い腕には、無数の注射痕が在り、物珍しげに辺りを窺う瞳は彼女の髪と同じ夜の川のような黒だが、左目の虹彩は黄色く濁って、光を灯さない。そして何より、指令室に入った瞬間鼻に付いたのが、彼女から発せられる『薬臭さ』だった。
おそらくは、彼と同じ感想を抱いたのだろう――目の前の娘の痛々しい
あ、と慌てたエリサが、部屋の端に据えられた給湯器に向かって、ココアを入れる。湯気を湛えた銀色のカップを受け取ると、コンボイはそれを目の前の少女に「飲みたまえ」と差し出した。
ゆったりとした挙動でそれを受けとり、カップの中を覗き込んだ少女。軽く咳払いをして、コンボイは続けた。
「私はへリック共和国軍・307高速戦闘小隊の、スターク・コンボイ少佐さ。この地域に潜むガイロス帝国軍残党のテロリスト集団『クロイツ』殲滅の任を預かり――道中、君と、君と同乗していた男性を保護した」
淡々と事実だけを説明したコンボイに、黒髪の少女が済んだ瞳を向けた。「……保護?」と、少佐の言葉を反芻すると、
「――嘘。あの人、死んでしまったんでしょ」
鈴の鳴るような、物静かな音色――だが、どこか無機的で、冷たい印象のある声だ。感慨もなさげな少女の物言いに、ジェイはその腹の内が読めず、戸惑う。対して、「……彼の事は、残念だった」と平静を装ったコンボイ大佐は、仕切り直すかの如く姿勢を正して、問い質を続けた。
「――君は、エウロペ人か? その身なりだと、この地域の者と見受けるが……」
ブンと横に頭を振った少女。すぐに、コンボイは次の質問に移る。「君達を襲ったゾイド達は、ガイロス帝国の軍用機だった。彼等が『クロイツ』――君達は、彼らに追われていた、と考えるのが我々からすれば妥当な所だが……何か、心辺りはあるか?」と、事態の核心を端的に突いた小隊長だったが――返答を待ったジェイ達に反して、数秒の沈黙を経ても、少女は何も答えない。
暖簾に腕押し、と言うべきか。掴み所の無い少女の反応のせいで、どうにも話が進展しない。隣に立ったグロックがつま先で小刻みに床を打つのに気づいて――おそらくは彼も、そんな彼女に苛立っているのだろう、と察する。堪忍袋が切れて、少女に掴みかかったりでもしないか、と、ジェイは妙にそわそわした。
案の状、ズイと一歩進み出たグロックは、
「嬢ちゃん、もしも俺達が来なければ、お前もあの男と同じ運命を辿っていたんだぜ。そして今も、俺らはお前さんを『保護』するために、こうして事情を聴いている。もう少し協力的になってもいいんじゃないか?」
と低い声を出す。自身の倍は齢を重ねていよう大男が凄んだ表情で見下しているのだ、グロックを見上げた色白の少女の表情が、一転して不安の色に染まる。
「グロック、止せ」
一番にグロックを咎めたのは、コンボイ小隊長だった。不満げな表情を見せる少尉に手を翳して制止すると、小隊長は「話したくない事があるのならば、今はいい」と少女に向き直って、穏やかな笑みを見せる。
「我々を信頼するに相応しい者どもと君が判断した時、伝えてくれれば。だからまず――せめて君の名前を、教えてはくれないか?」
コンボイの呼びかけに、少女は困ったような顔をして俯いた。やはりダメか、と合点したジェイが、溜息を吐こうとした時、「――エラ」と、呟くようなか細い声が鳴る。
「エラ。私の名前」
少女との面談は、一先ずそこで幕を閉じた。指令室を後にしたジェイとエリサ、グロック、そしてコンボイ。戸口を出た瞬間、「今宵は、ここで野営する」と、コンボイ小隊長が一行に告げる。
「クロイツのゾイド部隊が、まだ近くをうろついているかもしれん。交代で見張りを立てて、夜を明かす。我らの任地――『
今しがた出たドアーの方へ、クルと振り返ったコンボイは、「エラは、それまで共に連れていく」と宣言する。本気ですか、と、あからさま難色を示したグロックだったが、
「村に人は無く、身よりも無い――このまま放っておくわけには行かないだろう。村に着き次第、彼女の宛ては考えてやる。一日程度の辛抱だ。我慢しろ」
と、コンボイがそれを諌めた。
小隊長の考えは最もだ。年端も行かない子供を、無人の廃村に取り残していくなど、そもそも人道に反するような行いであろう。彼女は連れていくしかない――だが、どうにも引っ掛かる者があって、ジェイは言葉を濁した。エリサと、コンボイの言いつけに渋々従ったグロックが去っていくのを確認して、「――隊長」と、ジェイは小隊長に件の身分証を差し出す。
「――ヌ」
エラと一緒に居た中年男性――トウマ・フジョウの身分証。手渡されたそれを一瞥して、コンボイはジェイの意を察したらしい。眉を顰めた彼にジェイは、「《ゲーター》のパイロット……死んだ男は、帝国技術局の者です。エラ……彼女は、先の『クロイツ』達が佩びていたという密命に関係があるのかも」と、懸念を告げる。
数秒の沈黙の後、フン、と一息ついたコンボイ少佐。彼もエラの体中に残された、なんらかの『処置』の跡を見ている、「あの娘に何かある、というのは、間違いなかろうな」と、すんなりと同調してくれたのだが、
「だが今は、その事で隊の皆を動揺させたくはない。他言は無用だ、ジェイ少尉。エラの処遇に関しては、おって考える」
と、ジロと睨んでジェイを制する。以降の問答は受け付けぬとでも言うように、クルと背を向けた小隊長は、そのまま背を向けて指令室の奥へと戻って行った。