ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑧ クロイツの騎士 (後)

 再び攻勢へと移ったガイロス軍残党のゾイド達。その軌道を追いながら、「ツヴァイン機は《レッドホーン》を潰すか、ジェイ機のフォローに回れ。《レブラプター》共は、私とグロックで引き付ける!」と、コンボイ小隊長が指示を飛ばす。「分かってるよ!」と叫び返したツヴァインは、言葉通り既に《レブラプター》達の横をすり抜けて、後方より『ビームガトリング』による支援を続ける《レッドホーンBG》を目指していた。

 適格な判断であろう。俊敏性と格闘性能で《コマンドウルフ》を上回り、しかも数の多い《レブラプター》だ。正面から応対すれば、ツヴァイン機は瞬く間に包囲され、撃墜される。それならば、そもそもの馬力で《レブラプター》を大きく上回る《シールドライガー》で軍勢を引き付け、ウルフは足が遅く孤立しがちな《レッドホーン》単機へと注力した方が良い。『ロングレンジキャノン』を装備して火力を強化したアーティ・タイプならば、重装甲のレッドホーン相手でも十分な損傷を与える事ができるはずだ。

 砂塵を撒いて《レッドホーン》に肉薄した《コマンドウルフAU》は、その勢いのまま牽制の砲撃を浴びせかける。素通りされた《レブラプター》達が、ウルフを追いかけようと身を翻したが――その小脇を、《シールドライガーDCS》のビームキャノンが掠めた。余波に捲かれて火花を上げる《レブラプター》を見据えながら、

「勝手はさせん……ッ!」

 と、コンボイ少佐が強い思惟を吐いた。

 

 

 小隊長の采配は、数の不利を上手く埋め合わせていると言えた。乱戦にもつれ込んだコンボイ達を横目に、ジェイは残る《ジェノザウラー》を睥睨する。後は、瞳から獰猛な紅い燈を零す『虐殺竜』――コイツの足止めをするだけである。『オーガノイドシステム』を搭載して強化された戦闘機械獣は、既存のゾイドで太刀打ちできる相手ではない。必然的に、同じ『オーガノイドシステム』を備えた《ブレードライガー》を乗機にしているジェイの役目となるのだ。

「――おお!」

 気迫を叫んで、《ブレードライガー》を突貫させる。《ジェノザウラー》もまた咆哮し、背負った『パルスレーザーライフル』を撃ち放ってくる。精密さと連射を両立させた、見事な砲撃技術だ。躱せない、と判断して、すぐにジェイはライガーの『エネルギーシールド』を起動させる。展開されたビーム膜が光弾を捌いて無力化すると、一気にバーニアを吹かして距離を詰め、ジェノの首筋を狙う。

「小癪な――邪魔立ては、許さんッ!」

 《ジェノザウラー》のパイロット、レンツ・メルダース中尉の怒気が爆ぜた。飛び掛かって来た《ブレードライガー》の機体を、両の爪『ハイパーキラークロー』で捌く。頬と肩口が斬撃に火花を上げ、思わず怯んだジェイと《ブレードライガー》。後退し、再びパルスレーザーとショックカノンで牽制するが――勢い付いた《ジェノザウラー》は止まらない。まるで飛び回るハエでも叩き落とすかのごとく巨大な尾を打ち振るうと――殴打がライガーの機体を大きく刎ね飛ばした。

「……グヴェッ!?」

 横転した《ブレードライガー》のコクピットで、ジェイは呻いた。同時、眼前で仁王立ちする『虐殺竜』の姿から、威容な圧迫感を覚える。少数勢力でのゲリラ活動を強いられているガイロスの残党軍だ、今の所は数の有利を得ているものの――彼らからすればこの状況、いつジェイ達の側に増援が来るとも知れないはずだ。本来ならばここで頑なに小競り合いを続けるよりも、引き際を見極めて後退するべきである。だが、メルダース中尉の機体に、そう言った後ろ向きの気配は全く見られない。一切退かず、ジェイ達を押し返し殲滅する……そんな意図が滲み出ていた。

 

 先に言及された『重要な任』という言葉が、どうにも引っ掛かる。

 

「……何をする気だ? 帝国の庇護が無くなったエウロペで、戦い続ける理由はなんだ? へリックへの怨念返しでもしているつもりか」

 無線越し、今度はジェイから叫び返した。愛機が態勢を立て直す時間を少しでも稼ぎたい、というのもある。膝間づいたライガーを見下ろした《ジェノザウラー》、「分からない奴らめ」と、呆れたように言ったクロイツの士官は、

「――戦争だと言っている。ニクシーを落として全てが済んだと思っているのはへリックだけだ、我らにとってはたった、一回の小競り合いを取られたに過ぎん。主君(マイスター)ガース・クロイツ卿の指揮の元、貴様らを討つための作戦行動を続けている――それだけの事」

「ガース・クロイツ、そいつが此度のテロ行為(、、、、)の首謀者か。へリックはテロを許さない。厳正な処罰が下される事になるぞ」

 ジェイの挑発を、『クロイツ』のパイロットは嗤って退けた。

 

「安心しろ。貴様らが我らの主君(マイスター)に相対する事など、一生涯無い」

 

「――そうかよっ!」

 思慮に気を割きながらも、《ブレードライガー》の機体を起こそうとしたジェイだったが――どうにか立ち上がりかけたライガーの横腹に、衝撃が走った。火花を上げる機体、激震に見舞われて動揺したジェイは、愛機に突き刺さった銀色の杭に気づく。いつの間にか二機の決闘に割って入っていた《レブラプターPB》が、その槍を撃ち出したのだ。

 《レブラプター》達の足止めを買って出たコンボイ隊長とグロック少尉だったが、やはり数の差は簡単に覆せる物ではないらしい。ジェイの方だけではない、「――おい、雑魚共を引き付けてろ! このままじゃ――」と喚くツヴァインの声が聞こえた。見ると彼の《コマンドウルフAU》も、《レッドホーン》と幾体かの《レブラプター》に追い立てられて、徐々に劣勢になっているのが分かる。多勢に無勢、このままでは、あと数分としないうちに全滅だ。

 

 

「――死して後悔すればいい。我ら『騎士団(クロイツ)』の前に立った、その愚かさを!」

 

 

 《ジェノザウラー》のパイロット・メルダース中尉が、勝利の高揚を叫んだ直後であった。

 

 

 爆音が幾重にも重なって――砲弾の雨がガイロス軍を横断する。速射砲の如く次々と爆ぜる薬莢の輝きと、それに撃ちぬかれていく《レブラプター》達。不意の一撃を躱せず、《ジェノザウラー》も背負った主砲を吹き飛ばされて、大きくよろめく。

 思わぬ援護に、ジェイは振り返った。砲撃の余波で巻き上げられた粉塵と白煙の向こうに、重装甲突撃ゾイドの巨躯が立ち尽くしている。二本の大角を翳すように振り被って、《ディバイソン》が嘶きを上げた。

「……みなさん、速すぎですって……」

 通信モニターに映し出されたエリサ・アノン少尉が、額を拭って安堵の笑みを浮かべる。先行したジェイ達高速隊を追いかけて来た彼女は、今しがた追いつき――この危機に丁度良く助け舟を出してくれたらしい。先の砲撃、《ディバイソン》の『十七連突撃砲』の一斉掃射だ。その背より剣山の如く突き出た砲身達から、炸薬の余熱が上がっている。

 ようやっと機体を持ち直したジェイは、「アノン少尉……助かったよ」と礼を言って、再度戦場を見渡した。ウジャウジャと場を席巻していた《レブラプター》達の大半が今の砲撃によって破壊され、地べたを這い痙攣している。指揮官機であろう《ジェノザウラー》も主砲の『パルスレーザーライフル』を破壊されて、大幅に戦力を削がれていた。

「おのれぇ……ッ!」

 状況の不利を見取ったメルダース中尉が、怨嗟の声を漏らす。暫し地団太を踏んで惑った《ジェノザウラー》だったが――やがて意を決したかのように、両の足のバーニアを吹かすと、ホバー走行でその場から後退し始めた。

 

 

 徐々に遠ざかっていく黒い機竜と、それに追いすがる《レブラプター》と《レッドホーン》の残存部隊。追いかけようとしたジェイだったが、

「深追いは止せ。まずは任地に辿り着き、テッド・マーカー准尉の隊と合流してからだ。ガイロスの残党狩りは、その後で行うのだ」

 と、コンボイ小隊長が引き止める。

「テッド准尉の隊ねぇ……それこそ件の『クロイツ』達に、既に潰されてなきゃいいんだがな」

 『クロイツ』のゾイド部隊が撤退して行く様を乗機のコクピットの中から見つめて、ツヴァインがごちた。縁起でもない話だが――ガイロス残党のへリック軍襲撃は、今や大して珍しい話でもない。ジェイ達と邂逅するより前に、あの《ジェノザウラー》率いる隊に遭遇し、殲滅されたという可能性も有り得ない話ではなかろう。

「……アノン少尉はモラレス曹長達に連絡を取って、呼び集めろ。ジェイ少尉、グロックは私と来い。生存者がいないか確かめる」

 そんな余感は、コンボイ隊長も感じていたのだろう。ツヴァインの無駄口を咎めず、《シールドライガーDCS》はその機種を廃墟と化した村と、その前で燃え尽きた自警団のゾイドの残骸へと向ける。大破して煤塗れとなった《ゲーター》、千切れて取れた頭部コクピットブロックは、辛うじて本体の爆発から逃れている。もしかしたら、パイロットも生きているかもしれない。

 

 

 

 ゾイドから降りたコンボイとグロック、そしてジェイは、焼け焦げた荒野の中、慎重な足取りで大破した《ゲーター》へと歩み寄っていく。相当な量の砲撃を浴びたのだろう、手足は吹き飛び、外殻さえ熱で原型を留めぬ程、完全に破壊されている。

「あのゾイド達に《ゲーター》一機で挑んだなら、こうもなるだろうよ」

 と納得したグロックだったが――ジェイは逆に違和を覚えた。戦闘ゾイドとしての完成度はお世辞にも高いとは言えぬ《ゲーター》だ、《ジェノザウラー》達ならばモノの一撃で撃墜できたはずである。だが、下手をすればこの残骸は、(おそらくは『クロイツ』の本来の目的であったであろう)背後の村よりも、執拗な攻撃を受けた形跡がある。それが奇妙に気に掛かって、ジェイは訝しげに、《ゲーター》の残骸を眺めた。

脱出艇として切り離された《ゲーター》の頭部は、帝国の小型ゾイドに共通する扁平型のコクピットブロック。旧大戦初期に『ゼネバス帝国』によって開発された一部の小型ゾイドは、コストの削減と機体の操作性・信頼性を高めるため、共通してこの構造を取り入れている(この手法には一定の効果が認められていたのか、同時期に開発されたへリックゾイド――《ゴドス》や《プテラス》、《ステルスバイパー》等も、似た構造を採用していた)。だが、目の前に転がっているのは、ジェイ達の知るそれとは趣が異なった。全体的に面長で大型、おそらくはメインパイロットの他に搭乗員席を設けたタンデム仕様の物だ。

「……妙だな、自警団のゾイドに、この形式を採用する意味など無いはずだが」

 違和を覚えて一人ごちりながら、グロックが外部操作用のコンソールパネルを探し出す。数秒操作盤と格闘した末、焼け焦げたコクピットブロックが、貝みたく割れて、中に篭もった蒸気を吹き出す。

 

「……っ……」

 

 中の様子に、思わず目を潜めるジェイ。シートの中に、一人の中年男性が蹲っていた。火傷と流血で相貌すら判別できない状態の男は、絶え絶えの息でジェイとグロック、そしてコンボイ隊長を見つめ返している。

 痛ましい姿に気を取られてから数秒、益々の妙に気づいて、ジェイは眉を顰めた。瀕死の男の身なり、薄汚れた白い白衣と痩せぎすの体躯、そして白髪交じりの長髪は、とても辺境の村の自警団員とは思えない。

 男へと寄ったコンボイ隊長が、その脈を取る。眉間に皺を寄せ、険しい表情のまま俯いた彼を診れば、既に《ゲーター》のパイロットの命運がどうあろうとしているのか、すぐに察する事が出来た。男の肩へと手を掛けた小隊長が、「私はへリック共和国、西方大陸治安維持軍のコンボイ少佐。『クロイツ』にやられたのか? 貴殿は、この村の者か?」と、男へと問いかける。

 血まみれの中年男性は、その問いに応えなかった。応えたくとも、応えられないのかもしれない。必死で肺を膨らませる、男の荒い息。それが一瞬でも途切れれば、この男の灯は消えそう思って、皆が問い質を放棄しようとした時だった。

 

 タ、と、男の口が動いた。

 

「タ、シュ――ケ、て……。か・かノ、じョを……タスケ、テ」

 ゴフ、と血泡を吹いて、男の言葉が途切れる。彼女? と小首を傾げたジェイ達だったが――すぐに男の後ろ、後部座席に蹲るもう一人の人影に気づく。膝を抱えてぴくりとも動かないそれは、年端も行かぬ少女だ。夜のような肩までの黒髪と、月明かりにも似た淡い白肌――それがジロと、ジェイ達に気づいて瞳を向ける。

 猛烈に咳き込んだ《ゲーター》のパイロットは、ブルと痙攣して動かなくなり……やがて果てた。スクと立ち上がったコンボイは、「アノン少尉、モラレス曹長達に《グスタフ》を持ってくるよう伝えろ――生存者を発見、保護した」と通信を入れて、少女へと手を差し伸べる。まるでその意図が分からないかのように、少女はただ、コンボイの指先を見つめていた。

 

 

 隊長の背後で事態を見守っていたジェイだったが、死した男の胸に掛けられたカードに気づいて、手を伸ばす。男の血に濡れたそれは、どうやら彼の身分を証明していた物らしい。身なりからして、おそらくはどこかの施設の技術者だったのだろう。

 血濡れのそれを拭ったジェイは、月明かりを頼りに記された文字を判別する。男の写真が据えられたカードには、こう在った。

 

 

『皇属武器開発局第三研究室 室長補佐 トウマ・フジョウ』

 

 

 《ゲーター》も、そのパイロットたるこの男も、自警団などではない。ぞわと背を駆けた懸念に、ジェイは思わず固唾を呑むと――そのカードをポケットへとねじ込んだ。

 

 


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