ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑦ クロイツの騎士 (前)

 ZAC2101年 一月某日 北エウロペ大陸・ニザム回廊

 

 

 蒼穹の如き青の光を持って、惑星Ziの月が夜の大地を照らした。キャノピー越し、朧げな月明かりを便りに立ちはだかる機影達を見据えたジェイ・ベックは、その機体に刻み込まれた飛竜十字の紋章をはっきりと認識する。既にこの西方大陸にはいないはずの、ガイロス帝国の国章を掲げたゾイド部隊。ユラと燃える焔にてらされるボディーには錆一つ無く、ゲリラ、と呼ぶには小奇麗すぎる。それは小隊規模のゾイド部隊を十全の状態で稼働させる事のできる帝国勢力が、まだこのエウロペに残っているという証明にもなった――おそらくは、彼らが『クロイツ』、ここ数日へリック軍に名を轟かせるガイロス帝国軍残党であろう。

 直後、グロックの《シールドライガー》とツヴァインの《コマンドウルフAU》が追いついて、ジェイ機の隣で制止した。

「《レブラプターPB》と《ジェノザウラー》か。ニクシーの防衛隊の息残りか?」

 と、グロックが一人ごちる。「『青の軍』の連中が手を焼くのも道理だな。『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドには、アタックカスタムタイプとはいえ《コマンドウルフ》じゃ適わねぇ」と納得する彼の横、ハン、と鼻を鳴らしたツヴァインだが――グロック少尉の推察を否定する気はない。《コマンドウルフ》を乗機とする彼は、半年前に遭遇した『オーガノイドシステム』実験機・《ブラックオニキス》との戦いを覚えている。

 埋めがたい性能差がある事は承知している――無論、それを理由にこの場から逃げ出す気もなかった。虐殺竜の周囲には《レブラプター》が7機、その後陣に《レッドホーンBG》が控えている。数の上では圧倒的に不利だが、勝算はゼロじゃない。

「ジェノの相手は任せるぜ、『ブルー・ブリッツ』。露払いを済ませたら、援護に回る」

「……了解」

 ツヴァイン達の意気を受けて、ジェイもまた覚悟を決めた。

 

 

 

 治安維持軍として、正式に任地へと赴く前に遭遇することになるとは――幸先の悪さに辟易しながら、ジェイは最前に立つ敵機、黒いティラノサウルス型ゾイド《ジェノザウラー》と、その足元に燃える鉄塊を注視した。

 砕け散った機体はガイロス帝国製の小型ゾイド《ゲーター》。だが、仲間割れ……ではなかろう。西方大陸を広くその支配下に置いていた頃、ガイロスは融和政策の一環として、エウロペ現地民にその戦力の一部を提供している。高い索敵能力を誇るものの直接的な戦闘力は低く、また旧式化の著しい《ゲーター》だ、おそらくはそうした過程で帝国より供給され、この村の保安局に配備されていたのだろう。

 

「略奪目的に、近隣の村を襲う……これはもう真っ当な軍隊の所業じゃない。盗賊紛いに身を窶してまで、戦争を続けるというのか」 

 

 義憤にも似た感情に捕らわれたジェイが思わず奥歯を噛み締めた時、《ジェノザウラー》がその背に備えた『ロングレンジパルスレーザーライフル』の銃口を向ける。間髪入れず閃光が弾け、

「うぉっ!」

 と、ジェイは咄嗟に《ブレードライガー》に跳躍を促して回避する。地面を抉りながら爆ぜた光弾を横目にして着地した《ブレードライガー》に、《ジェノザウラー》はもう一度、敵意をむき出しにした咆哮をぶつけた。まるで自分と相手を戦いに焚き付けるかのような、獰猛な咆哮だった。

「――そうだった。お前達はいつも、そうやって(、、、、、)来たんだったな」

 脳裏に過ぎったのは、半年前に赴いた灰被りの村。オリンポスの麓で、人々を虐殺する黒いゾイド達の姿を、鮮明に思い出せる。今目の前で繰り広げられた蛮行の跡は、あれと同じ――まごう事なきガイロスの行いであると断言出来た。

ならば、問答は必要ない。

 戦う準備は出来ていた。《ジェノザウラー》の火砲で巻き上げられた粉塵が治まるよりも早く、ジェイの《ブレードライガー》が背部のレーザーブレード・アームユニットを展開すると、基部に備えられた『パルスレーザーガン』を浴びせた。先にジェノが撃ち放った砲撃に比べれば、豆鉄砲にも見えようか細い光弾だが、これで敵機を倒せるとはジェイも思っていない。《ブレードライガー》の持ち味は『オーガノイドシステム』由来の闘争本能に裏付けられた、高い白兵戦能力にある。

「――行け!」

 気迫と共に操縦幹を引いて、ライガーに攻撃を促す。牽制射撃を浴びて煩わしそうに身を捩った《ジェノザウラー》の首筋へと、一足飛び。口腔の『レーザーサーベル』を煌めかせて、《ブレードライガー》ががっちりと組みついた。後ろ脚でグイと立ち上がるや、ジェノの躰へと全自重を乗せる。このままたまらず横転した虐殺竜を前足で押さえつけ、逃れられないようにすれば――もうこちらのものだ。

勝利を確信したジェイだったが、

 

(――よくも)

 

 不意に、無線が鳴った。こちらの通信回線に割り込んできたらしい。若い男性士官の声が、ジェイの耳朶を刺し――動揺したのはほんの一瞬だったが、その一瞬の隙を突いて、《ジェノザウラー》の機体がズイと持ち上がった。《ブレードライガー》の突貫を強引に押し返すと、逆にその前足に喰らい付いて、転倒させた。

「ぐあ!」

 衝撃に呻いたジェイに、(よくも、主君(マイスター)より賜った私のゾイドに傷を付けてくれたな……後悔させてやるぞ)と、《ジェノザウラー》のパイロットの激発が浴びせられた。どうにか拘束を解こうともがく《ブレードライガー》だが――同じ『オーガノイドシステム』を搭載した《ジェノザウラー》のパワーは肉薄している、簡単には抜け出せない。

 悪戦したジェイ機だったが、咄嗟に撃ち込まれた光弾がジェノの脇腹を打って、弾き飛ばした。「油断するな、ジェイ少尉」と、コンボイ小隊長の声。彼の白い《シールドライガーDCS》がビームキャノンを撃ち放ち、援護したのだ。どうにか機体を起こしたジェイは、「助かりました、隊長」と礼を言って、もう一度《ジェノザウラー》へと向き合う。敵機との通信回線は未だ開かれたままだ。

「……こちらはへリック共和国西方大陸治安維持軍所属、ジェイ・ベック少尉だ。お前達が、『クロイツ』か?」

 よろと立ち会がる《ジェノザウラー》に、恐る恐る呼びかける。真っ赤な光を湛えるジェノのカメラアイが、ジェイ機、そしてコンボイ小隊長機を睨み付けるかのように見据えた。暫しの沈黙の後に、返答があった。

「――レンツ・メルダース中尉。主君(マイスター)ガース・クロイツ卿に率いられし騎士団……貴様ら反乱軍に、暗黒の鉄槌を下す騎士だ」

 そう宣誓したメルダース中尉に同調するかのように、《レッドホーン》が、《レブラプターPB》の群れが、《ジェノザウラー》の周りへと集っていく。その様子を眺めながら「笑わせてくれるぜ」と、ツヴァインが二人の会話に割って入ると、

 

「どっちが反乱軍だ? エウロペに帝国はもういないんだよ、お前らにはもう守るべき大義も、信念もねぇ――盗賊やテロリストと同じだ」

 

 ツヴァインの指摘に、《ジェノザウラー》のパイロットの応答が無くなった。沈黙を失意の象徴と取ったのか、「――降伏し武装を解除しろ、メルダース中尉。へリックは貴公らを適当な待遇で迎えると約束しよう。これ以上、互いにとって益の無い戦いを続けて、どうするというのだ?」と、スターク・コンボイ少佐が勧告する。

 クク、と、通信機越しに零れた含み笑い。やがて堪えきれなくなったかのように響き渡る高笑いへと変わったそれは、コンボイの勧告を一蹴する『クロイツ』の意思の表れだった。

「……やはり貴様らは、既に我らの命運を決したモノと考えているのだな――たった(、、、)四機の(、、、)ゾイド(、、、)()、そこまで強気な物言いが出来るのも、その愚かさ故であろう」

「……ッ」

 燃えるような真紅の光を灯した《ジェノザウラー》が、先までとは比べものにならぬ殺気を霧散させたのを感じて、コンボイの《シールドライガーDCS》がジリと慄く。クワと首を振るって大気を震わせる咆哮を吐いた《ジェノザウラー》。その怒りに同調するかの如く、彼に従っていた《レブラプターPB》達もまた猛り出す。

 

「――失せよ、へリックの反乱軍共。今の我らは、貴様らと戯れるよりも重要な任を、主君(マイスター)より賜っている。今は退いて、しばしその命を永らえるがいい」

 

 任務。

 既に指揮系統から寸断された残党軍である彼らが、何かの企みの元行動している。ジェイにはその物言いが引っ掛かったが、コンボイ少佐は気にしなかったらしい。「……その忠告に、我々が従うと思うか?」と、ドスの利いた声で問い返す。予想通りだ、とでも言うように、フッ、と吐息を零した『クロイツ』・メルダース中尉は、

 

「そうか――では死ぬがいい」

 

 と、一言を残して、通信を切った。

 

 次の瞬間、再び《レブラプター》達が牙を剥くと――ジェイ達へと飛び掛かった。

 


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