ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑥ 邂逅 ―クロイツ―

 

  切り立ったニザム高地の峡谷を抜け、ジェイの部隊は一先ず足を止めていた。ニクシー基地を発って早三日が過ぎ、一行は既に『ニザム回廊』と呼ばれる荒野帯の端にまで差し掛かっている。

 その日の夜空は明るかった。新年早々に三度も野営で夜を明かすことになろうとは、数日前の自分には考えられなかっただろうが――遮るものの無い荒野だ。空いっぱいに広がった藍色と、そこに塗された星々の光が美しくて、ジェイは億劫の感情を忘れていた。

 冷えた夜風に吹かれながら、一心に星空を眺める。

 

「こちらへリック共和国治安維持軍第202複合連隊所属、エリサ・アノン少尉より、同503連隊長、テッド・マーカー准尉へ……応答をお願いします」

 

 時々聞こえてくるエリサの声に気づいて、ジェイは貌を薙いだ。野営地を囲むように停留した一行のゾイド達、その一角にある《ディバイソン》の開け放たれた背部コクピットから、通信用アンテナユニットが展開されていた。

 無線を片手に間誤付いている彼女の姿を見つけて、ジェイは思わず頬を緩めた。此度の任務において、エリサは隊長たるコンボイの補佐と、部隊指揮を執る副官の役を命じられている。キャリアを鑑みればグロック少尉の方が適任なのだろうが――おそらくは、隊の指揮官が一部隊の出身者に集中する事で、不平が生まれるのを嫌った上層部の采配なのだろう。

 へリック軍における小隊編成は、戦闘ゾイド十機によって構成される物だ。ニクシーから出撃したコンボイの201分隊、エリサの202分隊を合わせただけでは足りず、赤の砂漠(レッドラスト)の駐屯地よりもう一分隊が出向、明日には合流する手筈となっていた。今エリサは、件の分隊の指揮官への連絡を仰せつかっているのだが……通信機の不調か、どうやら上手く行っていないらしい。

 慣れない業務にあたふたする彼女は気の毒だが、ジェイにはその様子がどことなく愛らしく思えて、笑みを零したのだ。

 

「……相変わらず、あの女はどこか抜けてるな」

 

 そんなジェイの横、簡易コンロでコーヒーをくべながら、グロック少尉がエリサを詰った。彼の真向かいでその火を囲ったモラレス曹長と、クーバ軍曹も、ハハァ、と口角を歪める。「柔らかい女性ですからね、彼女は」と、エリサを見遣ったモラレスは、

「それでも――良いと思いますよ。彼女のような人が一緒に居れば、息の詰まりそうな軍隊の中にも、華やかさが生まれます」

「馬鹿言え、下心があるだけだろ。お前はおっぱいとケツが出ていて――それでいて年下の女ばかり抱きたがるからな」

 呆れた風に言ったラムセス・クーバが、カップに注がれたコーヒーを一口に飲み干す。「まぁ、そうかもしれませんね」と冗談めかして言ったモラレスに、グロックは嗄れ声を上げて笑った。

 

 所属の異なるもの同士だが、既にグロックとモラレスたちは打ち解けているように見えた。下卑た会話は聞いていて気分のいい物ではなかったが、あたふたしたエリサを眺めて喜んでいた自分も、本質的には似たような物だろう、自分に咎める資格もない。だが――なんにせよ、隊が必要以上に緊張していないというのは気になった。ギスギスして衝突を繰り返すのは問題だが、逆にこの油断が大きな犠牲を招くとも知れない。

 

 パン、と気付け代わりに頬を叩いたジェイは、歓談の輪から外れて瞑想する小隊長とツヴァインの元へ足を運ぶ。《コマンドウルフ》のつま先に腰掛け、紙巻タバコに火を吹かしたツヴァインは、ジェイに気が付くなり「よう」と手を翳した。ああ、と頷いて、ジェイはコンボイへと目を遣る。「隊長っ」と呼びかけたジェイに、コンボイ小隊長は小さな溜息を吐くと、

「――あまり、気を抜き過ぎるなよ。我々の西方大陸での戦争は終わったかも知れないが……『クロイツ』の連中にとっては、まだその最中なのだ。手負いの獣ほど恐ろしい物はない、足元を掬われるぞ」

 歓談するグロック達を見て、ジェイと同じ懸念を覚えていたのだろう、どこか不機嫌そうな調子でコンボイは釘を刺した。

ハ、と短い返事を返したジェイを一瞥して、隊長はゆるりと《ディバイソン》の元へ赴いていく。

「アノン少尉ッ、別働隊からの連絡は?」

「あ、ハイ! 通信を入れてるのですが、ノイズばっかりで……応答ありません」

 イライラとした風を滲ませるコンボイの問いかけに、テンパったエリサが声を返す。「気になるな……先日の交信に支障は無かったというのに」と、険しい表情を作った小隊長。事を見守ったジェイの横に、短くなったシガーを放ったツヴァインも立って、訝しげにつぶやく。

「テッド・マーカーの隊は、赤の砂漠(レッドラスト)南の駐屯地から派遣されるんだったな……予定通り進んでるんだったら、もう『ニザム回廊』に入ってる」

「……妙だと思うか?」

 神妙な面持ちで問うたジェイに、ツヴァインは「ああ」と即答した。

 

 最もな言い分だ。ジェイ達の往くルートは、先日《ライガーゼロ》が『クロイツ』のゾイドに襲われる羽目になった場所に近い。辺りにはまだ、ガイロス帝国軍の残党が潜み、ゲリラ戦を展開している可能性がある。

 

 

 漠然とした違和は、更なる具現を伴って轟いた。振動と、鈍い爆発音。ジェイ達だけではない。地面に置いた銀のコーヒーカップがカタカタと音を立てると、談笑していたグロック達も異変に気づいて立ち上がり、遠方を見遣る。

 藍色の夜空を水平に割く地平線の先――そこに、微かな焔が灯っていた。星の光を遮るような黒い霧は、おそらく噴煙。夜空の中にあってもはっきりと分かる。「……なんだ、ありゃ」と、訝しげに眉を顰めたグロックの目は、先までの腑抜けた雰囲気を完全に顰めていた。

 轟音は、断続的に響いた。足元を伝う衝撃も、徐々に大きくなっていく。

「戦闘だ……どこぞでゾイド部隊がやり合ってるぞ」

 ゾワと全身が総毛立つのを感じたジェイが、思わずごちた。すぐにツヴァインが《コマンドウルフ》のコクピットへと駆けて計器を点けると、レーダーを凝視して「反応がある……小隊規模のゾイド部隊だ」と、声を上げた。

 

「総員、ゾイドに乗り込め――急行するぞ」

 

 小隊長が静かに号令を掛けると、ジェイ達は一様に敬礼を返し、それぞれの愛機へと駆けた。

 

 

 

「アノン少尉、無線は後回しだ。 近くで戦闘が起こっている、テッド隊が『クロイツ』と遭遇したのかもしれない」

《ブレードライガー》の機体に乗り込みながら、ジェイはエリサに叫んだ。直後、通信機から、「モラレス機・クーバ機は残って、《グスタフ》の警護に当たれ。現場には、私の分隊で赴く」と、コンボイの指示が鳴る。

「隊長、私は――っ?」

 戸惑ったエリサの横でツヴァイン機《コマンドウルフAU》が咆哮を上げると、「先に行くぞベック!」と、声が爆ぜた。エリサが続けて何か言ったようだが、轟くウルフのエンジン音に遮られて聞こえない。ジェイもまたキャノピーをロックすると、《ブレードライガー》を力強く始動させて、疾走を駆ける。

 ゾイドに乗り込み視点が高くなると、地平の先より一層濃い紅蓮が立ち上るのが見えた。ツヴァインのウルフ、そして既に先行していたグロックの《シールドライガー》に追いつくと、

「……テッド隊の識別信号とは一致しない。あそこにいるのは間違いなく、ガイロスの残党だ」

 と、ツヴァインの通信が入る。

「にしても――分からねぇ話だがな。既に帝国はエウロペ大陸から手を引いてるんだ、根無し草のままへリックに戦争を吹っかけて、ガイロスの残党共は何のメリットがある? 残党狩りが盛んになって、死期を早めるだけじゃねぇか」

「さぁなぁ。ガイロス野郎が何を考えてるのか、分かったもんじゃねぇよ。それが何なのか慮る気もねぇ。俺はただ、言われた通りに戦うだけさ」

 グロックの疑問にツヴァインが応えた直後、一層大きな噴煙が上がる。濛々と立ち込めた黒煙の麓に、もぞと蠢く黒い機影達。その向こう――焔の中で揺らめいているのは、小さな集落のように思えた。「野郎共が、性懲りもなく……ッ!」と、怒りを露わにしたツヴァイン。ジェイもまたゾワと背筋を駆けるモノがあって、

「ああ、先行する!」

 と、思い切りアクセルを踏み込む。背部の『ロケットブースター』を全開し、一機に最高速まで加速した《ブレードライガー》はツヴァイン機、グロック機を引き離しながら、噴煙の根本へとジェイを誘った。

 

 

 ツヴァインの想定した通り――無惨にも破壊されたエウロペ人のコロニーの中を、飛竜十字の国章を付けたゾイド達が闊歩していた。《レブラプター・PB(パイルバンカー)》、と《レッドホーンBG(ビームガトリング)》によって編成された、強襲小隊だ。そしてもう一機――見慣れぬ黒い竜型ゾイドが、疾走するジェイ達に気づいて真っ赤な視線を向ける。ジェイには、初めて遭遇するゾイドだった。ライガーのデータバンクから照合を取ると、聞き慣れぬ機種名が返ってくる。

「気を付けろよベック。《ジェノザウラー》だ、お前の《ブレードライガー》同様、『オーガノイドシステム』を搭載している」

 後塵を往くグロックからの通信だ。《ジェノザウラー》。『オーガノイド計画』黎明期に完成した実験機であり、後にシステムの一部を簡略化、少数が量産されたと聞いてはいたが――それがガイロス残党軍の中にも混じっていたというのだ。『オーガノイドシステム』搭載機は、使いこなせるパイロットの元であれば、単機で一個小隊と渡り合える戦力である。それを相手取る以上、たかだか残存勢力の掃討任務と侮る事は、もうできない。

 

 《ジェノザウラー》がその首をもたげて、獰猛な咆哮を浴びせて来た。緊張したジェイを、まるで挑発しているかのような、獰猛な思惟が滲む。ピリピリと肌を刺すプレッシャーに堪えながら、ジェイもまた黒い『虐殺竜』へと機首を向けた。

 


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