ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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③ 従軍 ―307小隊―

 ――翌日。

 輸送用の甲虫型ゾイド《グスタフ》に揺られる事、数時間。ジェイと《シールドライガー》はロブ平野を抜けて、ミューズ森林地帯の東端に差し掛かっていた。共和国の劣勢は陸上だけではない。優秀な空戦機――ドラゴン型ゾイド《レドラー》を有する帝国空軍に制空権を抑えられている共和国軍だ、道中に空爆を受ける可能性も危惧していたジェイだったが、彼の杞憂を余所に、輸送隊は順調に目的地へと向かっている。木々の深いも森林地帯に入ってしまえば、空からの偵察隊に遭遇しても、目視で発見される可能性は低い。此処からの旅路は、少しばかり気楽に行けるだろう。

 

 ――ジェイの読み通り、共和国軍ゲリラ駐屯地までの道に、さしたる問題は発生しなかった。

 

 

 グスタフのコクピットから降り立つと、緑の青臭さと、鉄の焦げた匂いの混じった大気が、ジェイの鼻孔を擽った。焦げ茶色の皮を張ったテントが立ち並ぶ野営地。周囲の森には、ジェイのゾイドと同じ《シールドライガー》や、その随伴機として運用される中型の高速ゾイド《コマンドウルフ》が並び、停留していた。

 ついに、最前線まで来たのだ――一層の緊張に、ジェイの鼓動は高まった。ゴクリと生唾を呑んで、司令部の置かれたキャンプテントへと足を延ばす。「失礼しますっ」と硬い声を張ったジェイに、テーブルを囲んだ野戦士官達の注目が集まった。

 テントに集まっていたのは、三人――部屋の最奥にある席に座った、痩せぎすの中年男性が、おそらくはこの隊の隊長であろう。踵を付けて背筋を伸ばし、

 

「へリック共和国軍特殊工作師団所属、ジェイ・ベック少尉。ただいま着任いたしました!」

 

 と、声を張り上げた。

 

「ああ――本国から呼びつけた、ノルド少尉の後任ですよ。コンボイ大尉」

 数秒の沈黙の後、手前に居た大柄の士官が、最奥の男性士官へと話しかける。コンボイ、と呼ばれた名を聞いて、ジェイも合点が行く。彼が派遣された第307高速戦闘小隊の隊長の名が、スターク・コンボイ大尉だ。会うのは初めてだったが、なるほど、痩せぎすながらその相貌に隙は無く、歴戦のゾイド乗りの風格を漂わせている。

 大男の士官に無言で頷くと、スターク・コンボイ大尉はジェイに向き直って、「ペガサス中佐から伝え聞いているよ、ジェイ・ベック少尉」と、柔和な笑みを浮かべて見せる。

「長旅ご苦労。そして、これからよろしく頼む。私が307小隊の小隊長を務める、スターク・コンボイだ」

 座ったままのコンボイ大尉を見下さぬよう、テントの縫い目を一心に見つめたジェイは、「ハッ……へリックのため、全力でガイロス軍とぶつかる所存であります、小隊長」と、あらかじめ用意していた抱負を伝える。

「ああ、頼もしいな。 ――グロック」

 コンボイに呼びつけられて、件の大男も立ち上がった。日に焼けて色黒の男は、肉食獣の如き獰猛な眼差しでジェイを見据えると、

「小隊の副官を務める、グロック・ソードソールだ。階級は少尉――よろしく頼む、ベック少尉」

 と右手を差し出す。

 咄嗟に差し出された手を取り、握手を交わしたジェイだが――グロックの妙に力強い握手に、呆気に取られる。痛みすら感じるそれは、この男の本心――遅れて来た新米士官への牽制の意が、如実に現れている気がした。「ご指導、ご鞭撻の程……よろしくお願いします」と取り繕ったジェイだったが、いきなりに向けられた警戒の意に、内心では不貞腐れている。

 

「おうおう……もう補充要員が届くなんてな。共和国軍も、この戦線を瓦解させまいと必死、ってわけか?」

 

 ハハ、と乾いた笑みを混ぜてそう煽ったのは、テントに居た三人目の男だった。年はジェイとそう変わらないであろうその男は、コンボイやグロックとは少々趣が異なる。へリックの軍服を纏わず、動きやすさを重視した装い。言葉遣いも、ジェイに対する礼節等、微塵も感じさせぬ無法さだ。この場に不釣り合いなならず者に、思わず眉を顰めたジェイ。すると、

「――彼はツヴァイン。傭兵だ」

 と、コンボイ大尉が紹介した。

「……傭兵?」

「ああ、我らへリック共和国とガイロス帝国の戦力には、一朝一夕では埋められぬ開きがある。それを少しでも補うため、彼のようなエウロペで徴用したゾイド乗り達が、共に戦ってくれているわけだ」

 その説明で納得した。

 ツヴァイン、と呼ばれたこの男は、正規軍人ではなく、金で雇われた『戦争屋』というわけだ。粗暴な印象は気のせいではない、敵であるガイロス帝国だけでなく――エウロペに派兵し、この大陸を戦場としたへリックに対しても、この男は一物抱えているのだろう。

 

「――ま、よろしく頼むぜ。ベックさんよ」

 

 軽い調子で締めたツヴァインだったが、ジェイは黙って頷くことしかできなかった。

 

 

「さっそくだが、任務の話をしたい。ベック少尉の装備を見せてもらえるか?」

 コンボイ大尉の提案で、一行はテントの外に出る。既にグスタフから降ろされていたジェイの《シールドライガー》を見るなり、「ほう――『ブルー・ブリッツ』か」とグロック。『ブルー・ブリッツ』とは旧大戦時に使われた《シールドライガー》の愛称で、中央大陸戦争初期に投入された青い装甲の機体を言う。戦争末期~第一次大陸間戦争になると、装甲のカラーリングを白に変更した後期型『Mk‐Ⅱ』が生産されたが――此度の西方大陸戦争に投入されたモデルでは、再び最初期の機体と同じ青がメインカラーとなっている。

「へリックにおける『正義』の色――勇ましい色だが、俺達の任務には不適だな」

 と、ツヴァインが頭を振った。

「数で押されている今の俺達は、森に溶け込んで奇襲を仕掛けるのが常だ。んな青ざめた馬みたいな色をしてると、すぐに連中の目に付いて、やられちまうよ」

 見て見ろよ、と、駐屯した他の機体を指差したツヴァイン。確かに、ズラと並んだ他の小隊所属機の中で、正式採用のカラーで残された機体は殆んどない。いずれもこの森林地帯での戦いに備えてか、装甲の一部、または全てに緑化迷彩塗装を施してある。

 彼らの意図に悪気はないのだろうが――着任早々に自分の不手際を指摘された気がして、ジェイの心は曇る。ゲリラ戦では、敵に発見され難くするのは基本中の基本たるセオリーだが、指摘されるまで気づかなかった。

 隣に立ってこちらを盗み見たグロックが(――甘ちゃんめ)と嘲たような気がして、ジェイはギリと奥歯を噛む。

「このままでも構わん。どの道センサーに引っかかれば、敵には感づかれる。重要なのは、邂敵時に迅速な対処ができるか、だろう」

 グロックとツヴァインの小言をコンボイが遮り、ジェイを覗く。先に見せた柔和さは無く、真剣そのものの表情だ。射抜くような視線に総毛立ちながらも、「――やれます」と即答するジェイ。よし、と頷いたコンボイは、

「――作戦時、小隊はさらに三分隊に分けて行動してもらう。各《シールドライガー》に、随伴機として《コマンドウルフ》を二機ずつ。私とグロック――そしてジェイ少尉で、一分隊ずつ受け持つ事になる。各隊の連携で敵機をかく乱、個別撃破を目指す」

 小隊の内訳は、《シールドライガー》三機に、《コマンドウルフ》が七機。そのうち、正規兵でないツヴァインの《コマンドウルフ》は、各隊の連携の補助や損傷機の出た隊のフォロー、そして斥候などの遊撃的任務をこなす、という事になる。隊の方針は、大かた理解した。

 

 やってやるさ、とジェイは内心で気を昂らせる。コンボイ大尉はともかく、グロック少尉と傭兵ツヴァインは、あからさま新米のジェイを侮っていた。ならば実戦で――戦場に出て実力を示し、考えを改めさせればいい。彼らの持つ一日の長を覆す程のセンスを見せれば、彼らだって小言など言えないはずだ。

 むしろ、彼らには感謝するべきだ――二人の敵意は、ジェイの感じていた『実戦への不安感』を忘れさせる。そう考える事で、ジェイは燻った気持ちを抑えようとしていた。

 

 

「――隊長!」

 

 

 話し込む四人の元に、一人の下級士官が駆けてくる。テントから飛び出してきた兵士は、隊の通信を傍受する役目を与えられていた者だ。「――どうした?」と眉を顰めたコンボイ大尉に、通信兵は荒い息を整えながら、こう伝えた。

 

「エリアBに配置していたスリーパーゾイド部隊の信号が途絶えました。帝国軍かと思われます」

 

 その返答は、コンボイ大尉の想定していた物と相違なかったらしい。眉一つ動かさないで頷いたコンボイは、「全員を招集しろ」と通信兵に指示を出すと、ジェイ・ベックの方へと振り返った。

 

 

「……ベック少尉。早速だが、働いてもらう事になる――307小隊、出撃するぞ」

 

 


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