ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑤ 治安維持(後)

――ZAC2101年 一月 北エウロペ・ニクシー基地

 

 

 冷えた朝の空気が、肌に沁みる。開けっ放しにされたハッチから陽光が射しこんで、眩さに思わずジェイは目を細めた。今日は、特別な朝だ――年が明けて間もないこの日、ジェイ・ベックの過ごす時間もまた変わり、新たな任務が与えられている。

 

 治安維持任務。

 

 北エウロペの全域をその勢力圏に加えたへリック共和国だが、異国の地たる西方大陸統治の基盤は、盤石とは程遠かった。侵略戦争を始めたガイロス帝国と比べれば、多少心象は良いものの――へリックもまたエウロペの統治国家たちを制圧し、支配している事実に変わりない。この地に暮らす西方人の中には未だへリック軍が駐屯している事にわだかまりを覚え、ゲリラ紛いの反抗運動をする者さえいる。停戦への働きかけが行われているとはいえ、ガイロス帝国と再度の決戦を控えたへリック共和国にとって、現地人との同調は火急の懸案であった。

 融和政策の一環として軍上層部が提案・実施したのが、『西方大陸治安維持軍』である。

 未回収のスリーパーゾイドや、ガイロス帝国残党、さらには戦時の混乱に乗じて多発した、ならず者による略奪・犯罪行為を取り締まるために軍を派遣、各地域の保安組織と提携して『平和維持活動』を執り行う。だが、暗黒大陸での本土決戦を控えたへリックにはそれだけを生業とする特殊部隊を編制する余裕など無く、実際は上層部の意向で指名された人員により構成される分隊を、各地域に出向させるに留まっていた。

 

 ジェイ達もまたその一環として、ニザムの保安事務局へ転属する事となったのである。

 

 

 格納庫の中屹立した愛機の前に立って、そのコクピットに乗り込もうとしていたジェイに、「――ジェイ少尉っ」と、快活な声が引き止めた。振り返ると――栗毛の女性士官が、朝日にも負けないくらいの眩しい笑顔で、彼に手を振っている。

「ああ――おはよう、アノン少尉」

 陽光に目を細めながら、ジェイが声を返す。エリサ・アノンは一緒に居た二人の男性士官に断りを言って、駆け足気味に寄ってくる。へへ、と堪えきれずにはにかんで、「初めてですよね、ジェイ少尉と一緒の部隊になるのは」と、ズイとその顔を近づけた。

「――ジェイ・ベック少尉ですね」

 ジェイがエリサに返事を返すより先、彼女と共に来た兵士が前に出て二人の間を遮ると、「お初にお目に掛かります」と敬礼する。

「此度の『治安維持任務』に同道します。クラフト・モラレス曹長であります。この男は、ラムセス・クーバ」

 モラレス曹長――金髪碧眼、すらと背の高い中年男性士官だった。階級はジェイより下だが、柔らかな物腰が、その風貌も相まって気品を感じさせる。傍らのラムセス軍曹は反対に寡黙で、実直な雰囲気を匂わせた黒人の男性だ。隙の無い相貌で、ジロとジェイを見定めていた。

 ニコニコと笑みを浮かべたエリサが、

「二人とも、とても頼りになる方ですよ。半年も前になるかな、ガイロスが総攻撃をかけてきた時、アイザック要塞で一緒に戦ったんです」

 と、言を付け足す。「へぇ……とにかく、今回はよろしく頼む」と右手を差し出したジェイは、もう一度二人の顔をチラと一瞥した。

 どちらも、これまで面識のない人物だった。二人の乗機はベロキラプトル型の小型ゾイド《ガンスナイパーWW(ワイルドウィーゼル)》、主に強襲戦闘隊に配備されている新鋭機であり、こちらも見慣れない(数の揃っていなかった配備当初においては、《ブレードライガー》の僚機として高速戦隊でも運用されていたというが、少なくともジェイは組んだ事が無かった)。

 

 重火力・突撃用の大型ゾイド《ディバイソン》を乗機にするエリサも合わせて――本来は特殊工作師団・高速戦闘隊に属するジェイとは関わりの薄い者達である。

 

 『西方大陸治安維持軍』に下された司令は、ニクシー基地南西に位置するニザム高地と、西エウロペ・マンスター高地を繋ぐ荒野帯――『ニザム回廊』と呼ばれる地域への出向。キャパシティの限られる地方の警備施設に、纏まった軍を駐留させる事は難しい。任務は戦略にある程度の融通を利かせるため、特殊工作師団と強襲戦闘隊より選抜されたパイロットによって編成される、『複合分隊』によって行われる事となっていた。

 ジェイの所属するチームは、高速戦闘隊側からは、指揮官を務めるコンボイ少佐とグロック。強襲隊からは《ガンスナイパー》を駆る二人と、エリサ・アノン少尉が含まれていた。他にコンボイ隊長の推薦もあって、傭兵ツヴァインも同道する。

 性質の異なる別隊の人員で組まれたチームだ。意見の衝突は待逃れないだろうが、見知った仲間が多いのは、久方の実戦に気を張ったジェイにとっても――そして今回チームの指揮を任せられたスターク・コンボイ少佐にとっても、幸運なことであろう。

 そんなことを考えていると、

「皆、揃っているようだな」

 と、立ち話に興じていたジェイ達の背後より、丁度スターク・コンボイ少佐の声が響いた。ジェイにとっては気心の知れた上官だが、初めて彼の指揮下に入るエリサ達は違う。「コンボイ少佐、今日からお世話になります」と、深々と頭を下げた彼女に、コンボイはうむと頷いて、

「我々のチームでは、初めての『治安維持任務』になるな――エウロペの現状は、決して平穏とは言い難い。一人も欠ける事が無い様、各員の奮起を期待する」

 と、エリサ達三人に激を飛ばした。

 それまではほぼ形骸化していた治安維持任務だったが、年が明けたのを境に、出撃事例は爆発的に増えていた。理由は明白である。

 

 

 ――『クロイツ』。

 

 

 そう自称した、ガイロス帝国軍残党軍による反抗活動の活発化である。

 ガイロス軍の撤退を確認した日から、へリック軍はブルーカラーのカスタム《コマンドウルフ》によって編成された、特殊部隊『416』、通称『青の軍』呼ばれる、ガイロスの残党狩りを専属とする部隊を展開していたのだが――大半の帝国残存部隊が掃討された今日でも、『クロイツ』の足取りは、一行につかめなかった。

 

(――今月中に帝国残存部隊を掃討し、来たる暗黒大陸本土決戦に備えたいというのが、上層部の意向だ。『治安維持軍』に指定されている各隊も。そのために一働きしてもらうことになる)

 

 今やニクシー基地の司令官の座に就いたマクシミリオン・ペガサス中佐が、先日の『治安維持軍』の緊急ブリーフィングにて、直々に司令を下した。ガイロスの残党による襲撃事件が集中している地域の警備と取り締まりのため――各地にへリック軍の監視を付けるため、である。

 

 

 

「――さぁ、発進だ」

 と、スターク・コンボイが、出撃の音頭を取った。

 この朝に、一行はニクシー基地を発つ。仲間達のとの顔見せも終えて、ジェイ・ベックは気を取り直して、今回の任務に持っていく自分のゾイドへと乗り込んだ。既に準備を済ませていた強襲隊出身の三人の機体――《ディバイソン》と《ガンスナイパーWW》が、アイドリング状態のジェイ機の目の前を横切っていく。「お先しますね、ジェイ少尉」と、モニター越しに手を振ったエリサに微笑み返すと、ジェイも愛機をゆっくりと始動させた。

 ジェイの乗機は変わらず、《ブレードライガー・アーリータイプ》であった。『オーガノイドシステム』のデチューンによって既にある程度の数が量産され、また共和国の戦線が持ち直した時期に士気高揚を狙ってか、前線の多くのライガータイプがブルーもしくはホワイトカラーに改めており、もはやジェイの乗機も取り立てて珍しい物ではなくなっていたのだが――それでもグロックやツヴァインは、彼を『ブルー・ブリッツ』と呼んで憚らなかった。

 

 エリサ達に続いて、コンボイとグロックの《シールドライガー》、そしてジェイの《ブレードライガー》が、ニクシーのゲートを潜る。ニザム高地の切り立つ山々を越えて『回廊』と呼ばれる荒野帯へ――予定では五日後に、目的の集落(コロニー)へと到着する事となっていた。道中の補給物資を乗せた《グスタフ》が二機、そして最後に傭兵ツヴァインの《コマンドウルフAU》が発進すると、ニクシーの門が軋みをあげながらゆっくりと閉じていく。二か月の平穏を過ごしたニクシー基地に、幾分の名残惜しさを感じていたジェイだったが、

「平穏は終わりだ」

 と、グロック機から入った通信に、感傷を断たれる。

「初の『治安維持任務』だが……俺達が割り当てられた地域は、先日ボビー・マックスウェル詳細が『クロイツ』のゾイド部隊と遭遇した地域に近い。表向きはエウロペへの慈善活動だがな、実際は先の戦争の事後処理さ。『青の軍』だけじゃ手が回らないから、俺達もこうやって駆り出される」 

 不満げにごちたグロック少尉の声を聞きながら、ジェイはボヤと辺りの風景に視線を薙いだ。へリックの支配下に置かれてから、急ピッチで整備が進められているものの、ニクシーの周囲は未だ焼け爛れた帝国施設の廃墟や、砕け散ったゾイドの残骸、そして弾痕によって抉り取られた大地が残されている。 キャノピー越し、速足で駆けた白い狼型戦闘機械獣が横切って、眼前のグロック機と並走した。傭兵ツヴァインの《コマンドウルフ》だ。二人の無線を傍受していたのだろう、ケ、と舌打ちをして、

「戦争に勝ったら、もうガイロス野郎とやり合う気は無くなったってか? 気楽なもんだな、お前さんらは」

 と、二人を煽る。「ナァニィ……ッ」と憤慨するグロックを余所に、ツヴァインは続けた。

 

「俺にとってはこの任務、願ったり叶ったりだ。俺がへリック軍と同道したのは、戦争を終わらせるだけじゃない――一刻も早く、エウロペに平穏を取り戻すためなんだから」

 

「……ああ、分かってる」

 オリンポス山でガイロス軍とたたかった際に、彼の秘めた怒りの奔流を浴びたジェイは、その言葉に静かに頷いた。彼の言うとおり、エウロペに吹いた波乱の風は、まだ止んでいないのかも知れない。そしてジェイ達へリック共和国の軍人には、それを取り除いてやる責務が残されている事も、理解していた。

 不安が無いわけではなかった。それでも、共に戦う事となる仲間達への信頼が、ジェイの動悸を安定させてくれる。コンボイ隊長にツヴァイン、グロック……そしてエリサ。共に西方大陸での戦いを経験し、生き残って来た仲間。

 

 この仲間となら、どんな苦難も乗り越えられる――この時のジェイは、それを信じて疑わなかった。

 


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