ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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③ 予兆(後)

 

 一口に『西方大陸』と称されてはいるものの、エウロペは大きく南北、そして西の地方に区分され、それら三大陸を合わせた総称でもある。その内、ガイロスの本土『暗黒大陸』と最も近かったのが北エウロペ大陸であり、結果此度の『西方大陸戦争』の主戦場として荒廃する事となった。

 各大陸は基本的に内海によって隔てられているものの、極僅かながら、大陸間を陸路で横断出来る道が存在する。北エウロペ・ニザム高地南部の荒野を横断し、西エウロペ・マンスター高地へと至るルートも、その一つであった。

 

 

 ――ZAC2100年 十二月 西エウロペ・マンスター高地

 

 

 その夜は、快晴であった。

 雲一つ無い藍色の空の下、二つの銀弧が草木一つ無い岩場を照らす。その中で、ひときわ大きな岩塊――雨風にさらされ続けたそれはかなり風化しているものの、よくよく見ると人の手によって作られし被造物であると分かる。今は亡き『ゼネバス帝国』の作り出した大型輸送船・《ホエールカイザー》の残骸。帝国・共和国双方と縁遠い地であったはずの西方に、どのような経緯を持ってたどり着いたのかが定かではないが――此度の大戦より遥かに前に、それはこの地で墜落し、朽ち果てたのだ。

 真っ二つに千切れた《ホエールカイザー》の船体より、星の光にも似た微かな灯が、キラと零れている。広大な乾燥地帯、ただでさえ三つのエウロペの中では人口の少ない『西エウロペ』においても、ここに寄りつく者は多くはあるまい。まして、荒廃した廃墟をねぐらにする者となると、その境遇は自ずと分かる――北エウロペより逃亡した、ガイロス帝国軍の落ち武者達である。

 

 朽ちた外装とは対照的に、小奇麗に整備された《ホエールカイザー》の格納庫。電力の節約と、へリックの残党討伐隊の目から逃れるために、明かりは最小限のものしか使用していない。そんな薄明りの中、ズラと立ち並んだ帝国ゾイド達を数えながら、ガース・クロイツ少佐は倉庫の深奥へと向かっていた。

 

 

 漆黒に塗りつぶされた空間に、巨大な鉄塊が鎮座している。ゾイド――それも、かなり大型の機体だ。

 歪なシルエットの機体であった。低く構えた姿勢のせいで、全高だけならばその巨躯に反して、《コマンドウルフ》のような中型機にも劣りかねない。代わりに、全幅と体長はかなりの物だ。横に広がった扁平な躰と十六の脚部ユニット、そしてそれだけで巨大な蛇型ゾイドと見紛う程の尾部が格納庫を占有していた。

 

 巨大な、節足動物型の戦闘機械獣――《ゾイドゴジュラス》や《アイアンコング》と同等の体躯が、その異形を一層際立たせた。

 

 深淵に蹲ったそのゾイドは、まるで糸の切れた人形のように巨体を投げ出して、微動だにしない。警戒色の如き毒々しい濃紫と赤で彩られた装甲は土埃と煤に塗れ、頭部のカウルに至っては完全に千切れ飛んでいる。むき出しのカメラアイに光は無く――この《ホエールカイザー》同様、完全にその機能を停止していた。

「――どうか」

 闇に塗りつぶされた空間の先へ、ガース少佐は問うた。数秒の間の後件の巨大ゾイドの足元より数人のメカニックと、白衣を纏った技術者が一人、這い出てくる。

「どうか、と聞いている――フジョウ博士」

 一層険しい表情で、ガースは問う。問い質向けられたのは、白衣の中年男性――フジョウ博士、と呼びつけられた彼は、白髪交じりの髪を掻き揚げながら、「最善は、尽くしておりますが……」と、小声で応じる。

「機械化フレームは、他のゾイド因子を取り込み自己進化していった影響でしょう、設計時とは異なる部分も多く――ほとんど野生化してる箇所さえございます。再び兵器としての体裁を整えるとなると、時間が――」

「良い。『超越者(イモータル)』たるこのゾイドに、人の手の指図など不要」

 言い訳めいた言を続けたフジョウは、そう断じたガース・クロイツに遮られ、竦んだ。

 

「私が言っているのは、かの者を微睡から覚ますための手筈は、どうなっているか、という事だ。()は、完成しているのか?」 

 

 詰問されているフジョウ博士だけではない、機体を整備していたメカニック達すら、思わず背筋を正してしまうような威風だ。矢継ぎ早に、「どうなのだ、フジョウ」と声を荒げたガース少佐。観念したようにうな垂れたフジョウ博士は、やがて静かに頷き、

「――バイタルは、安定しています」

 と、返答した。

 齢を重ね、深く皺の刻まれた口元。それを一層歪めて、ガースはニヤと破顔した。

「では、覚醒は?」

「マッチングチューンが終了すれば、可能かと……ヘルマン・シュミット技術大尉の理論に、綻びが無ければ、ですが」

 自信なさげに――というより、どこか気乗りしていない風に言ったフジョウ博士。生まれてこの方学問だけに精を注いできた、という部類の人間なのだろう。年は四十代後半、あと十年もすれば還暦を迎える、というガースと比べても、大きく若輩と言うわけではない。だが、いかにも文民という彼は、歴戦の勇士たるこの将に対し、(階級や立場を抜きにした根本から)頭が上がらないのだ。

 

「なんとしても成功させよ。貴殿らに託した計画は、我ら騎士団(クロイツ)の要――くれぐれも、だ」

 

 激励とも脅迫とも取れるような、熱の入った言を被せて、ガースクロイツが踵を返した時だった。夜風が入り込み冷え切った格納庫の中に、突如熱と轟音、そして、ティラノサウルス型ゾイドの持つ力強い生命感がなだれ込んでくる。バーニアを吹かし、ホバー状態でドリフトしながら基地を掛けた機体は、ガースの目の前にあった待機スペースで停止する。

 砂塵で黄ばんでいながら尚獰猛さを感じさせる、漆黒を纏った猛竜――《ジェノザウラー》。ガイロス帝国軍残党・『クロイツ』へと合流した兵達の機体の中では、数少ない新鋭機である。

 パイロットを務めるのは、開戦以来ガースへと仕えた青年士官、レンツ・メルダース中尉。コクピットハッチが開き、艶のある黒い長髪をなびかせたレンツが姿を覗かせた。長身痩躯で色白、一見中性的な印象を与える男だが、すると伸びた切れ長の目じり、その奥にある瞳には、同胞すら一目置く冷徹さが宿る。

 足元のガース・クロイツに気づき、フ、と息を吐いたレンツ。機体から飛び降りて彼に寄ると、「主君(マイスター)」と敬礼して見せた。

 ああ、と頷いたガースは、

「遅かったのではないか? 我らは今、敵の目を逃れ力蓄える時。あのシルヴィアのみならず、そなたまでつまらぬ遊びに興じられては困るな」

 と、怪訝そうに眉を顰める。「今宵のは、遊びではありません」と頭を振って、メルダース中尉は愛機《ジェノザウラー》のマニュピレーターに握らせた残骸を見上げる。

「――共和国の連中が、我らの所在を嗅ぎまわっています」

「……ほう」

 ジェノの鈎爪に引っかかって揺れているのは、バキバキにへこんだ共和国の狼型高速ゾイド《コマンドウルフ》の頭部ユニット。通常の機体とは異なる、鮮やかなブルーに彩られたウルフの生首だ。キャノピーを破砕され原型をとどめるコクピット周りからは、かつて期待を操っていたであろうパイロットの紅い血が、ぽたぽたと滴り落ちていた。

「蒼い《コマンドウルフ》の部隊……へリック共和国が組織した落ち武者狩り共です。ニクシから南下し――既に『ニザム回廊』付近まで足を延ばしている」

「『青の軍』か……奴らが迫ってきているというのならば、我らも相応の歓迎をくれてやらねばなるまい――来たるべきエックス・デイの前座として、な」

 バサと纏った軍服を翻して、ガース・クロイツは座して動かぬ『超越者(イモータル)』へと向き直る。「復活は近い、と?」と眉を顰めたメルダースに、不敵な笑みを伴って頷いた。

「人の手には制御できぬ『狂戦士』……本当に蘇らせようというのですか?」

「ヘルマン・シュミットは異常者であったがな、白痴ではない。真なるオーガノイドたる『超越者(イモータル)』を御しきることが出来る術があるとすれば、『パイロットデザイン』だけだ――私はそう信じる」

 かつて帝国武器開発局は、制御に難航していた『オーガノイドシステム』搭載機を、その性能を引き下げることなく完全にコントロールするため、様々な技術試験を行った。中には一定の効果を認められながら、上層部の正式な認可を得る事なく凍結された物もあり――故ヘルマン・シュミット技術大尉の提唱した『パイロット・デザイン』もその一つである。

 クロイツはニクシー陥落に際し、本国への撤退を叶えられなかった多くの帝国勢力を取りまとめたが、その中には、かの『オーガノイドシステム』研究に携わっていた技術団の姿もあった。乏しい戦力・資源で、へリックへの反抗を企てるに必要な切り札として、ガースはそれに目を付けたのである。

 そして、もう一つ――ガース・クロイツは西方大陸派遣軍総司令部の中に、とりわけ懇意にしている高官が居た。二か月前、《ウルトラザウルス・ザ・デストロイヤー》によって、両国の形勢が傾きつつあった時、ガースはかの高官と密約を交わしていたのである。

 

 

 ガイロスが西方の地を去る事となった日に、三月を加える朝――軍はニクシーへと帰ってくる。

 

 

 帝国は初めから、エウロペの敗北で停戦する気など無かった。

 ガース・クロイツはこの束の間の小休止がいつ終わりを告げるのかを伝え聞いていた。ガイロスが再びニクシーへと舞い戻る時、騎士団(クロイツ)もまた勃ち、へリックへの報復を果たすのだ。そのための力、騎士団の旗艦が『超越者(イモータル)』、ガイロスがこの地で得た最強ゾイドである。

 

 

 

 そこまで思い至った時、行方の知れぬ同士の一人が脳裏を過ぎって、「シルヴィアは? あの女は何処へ?」と、ガースはメルダースへと振り返る。あからさま苦々しい相を浮かべたメルダース中尉は、「……手勢を率いて、北へ。へリックの辺境駐屯部隊への襲撃を繰り返しているようです」と、頭を振った。

 クロイツの同胞として隊列に加わった、シルヴィア・ラケーテ少尉の隊。帝国陸軍のエースチーム、『タイガーライダー』に名を連ねた者達だが――潜伏の時、と意を決めたガースに反し、独断で出撃したまま戻ってこない。時たま聞こえてくる彼らの戦果は舌を巻くものもあったが、それはこのエウロペに未だガイロスの火が燻っていることを、共和国側に露呈する行為でもある。昨今残党狩りの目が厳しくなっている、というのも、無関係ではあるまい。

「信用ならぬ女です」

 不信感を露わに、メルダースが言った。その言に概ね同調していたガースであったが、「だが、あの女がいなければ、フジョウ達も『パイロット・デザイン』を完成させることはできなんだ。好きにさせておけば良い。あの女が一層共和国共の注意をひきつけてくれれば、逆に我らの事も進めやすくなろう」と、部下の怒りを諌める。

 

「――そなたも備えよ。その《ジェノザウラー》もまた、ガイロスの再起を掲げるに相応しい力を得て、クロイツの最前に立つ事になる。再起は近い……束の間の勝利に浮かれたへリックに、我らの剣を突き立てようぞ」

 

 


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