ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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② 予兆(前)

 ――ZAC2100年 十二月 北エウロペ・ニクシー基地

 

 

 ニクシーの演習場に、砂塵が舞った。

 屋外に張った日よけのテントに、ズラと並んだ共和国の士官達。皆本日行われている、『新型ゾイド』の走行試験を見るために集まった野次馬達だ。ジェイも馴染みの士官達に誘われて見に来たのだが、愛機の整備を見るために格納庫へ顔を出していたせいで、出遅れてしまった。

 エウロペよりガイロス軍が去って、一月半。へリック共和国大統領、ルイーズ・キャムフォードは、ガイロス帝国軍に停戦を勧告。未だ返答は無いものの――世は束の間の平穏を取り戻していた。出撃の機会も減り、兵達も時間を持て余しているのだろう。本来は持ち場を離れてふらふらしていい身分の者などいないだろうに、此度の新型ゾイドを一目見て酒の肴にしようと、基地中の兵士が集まっている。

 

 人垣の中、ジェイが見知った顔を探して練り歩いていると、

 

「……ジェイ少尉、こっちでーすっ」

 

 と、掛けられた声に振り返る。

 

 呆けたジェイに、笑みを向けた栗毛の女性――エリサ・アノン少尉が手を振っていた。隣ではグロック・ソードソール少尉が、相も変わらず厳めしい表情で、演習場を駆ける機影を目で追っている。

 二人に駆け寄るや、「他の皆は?」と小首を傾げたジェイ。すると、「コンボイ隊長の耳には入れられんだろう、こんな所でサボってるのがバレたら、お咎めを喰らうぞ。それに……ツヴァインは、俺達戦争屋(、、、)の新兵器に興味ない」と、グロックが即答した。その目はジェイの方を見ていなく、疾走を続ける新型ゾイドの試作機を追ったままだ。

 ジェイも釣られて、陽射し注ぐ荒野の果てへと視線を遣った。

 地を駆ける四足のライオン型ゾイド。だが、白を基調としたカウルに身を包み、キャノピーではない、ツインアイタイプのカメラを備えた装甲式の頭部を持つそれは、《シールドライガー》とも《ブレードライガー》とも異なるセンセーショナルな外観の持ち主だ。

 

 名を、《ライガーゼロ》と言う。

 

 なんでも元はこのニクシー基地で、ガイロス帝国が次世代高速ゾイドとして開発していた試作機らしい。ニクシー攻略戦の最中、それをへリックのとあるパイロットが奪取した。鹵獲後解析されたその機体は、へリック軍のゾイドとして正式に量産化が決定。今、実戦に耐えうる機体として完成させようとしているのだ。

 これまでの共和国ゾイドらしからぬデザインは、そう言った出自もあるのだろう。ゾイド好きのエリサも興味津々らしい、砂塵の中を疾走する白いライオン型ゾイドの姿を熱心に追いながら、「精悍な雰囲気のゾイドですね。あの機体にも『オーガノイドシステム』が搭載されているんでしょうか?」と、問うた。

 その声にグロックは頭を振ると、

「いや。アレは違う。『オーガノイドシステム』の強化プログラムに頼らず、ゾイド本来が持つ力を引き出す、というコンセプトで設計されているらしい。エウロペ産の上質な野生体をベースにしてるって言うからな、知り合いの技術屋が言うには、《ブレードライガー》と同等の性能と、それを上回る拡張性・操作性を持った機体として完成するだろうとさ」

 既にこの《ライガーゼロ》は、共和国機動陸軍の次期主力戦闘ゾイドとして採用される、という目途が立っている。そしてその初期ロット生産分は、ガイロスの本土『暗黒大陸二クス』攻略作戦のために編成される特務隊(タスクフォース)として、共和国のエースパイロット達へと供給されるのだという。その選考メンバーには、おそらくコンボイ大尉やグロック、そしてジェイも含まれていた。

 へぇ、と感心するエリサの横、ジェイもまた次世代ゾイドの勇姿を感慨を持って見つめていた。ゾイド生命体の兵器応用に革命をもたらし、先の『西方大陸戦争』を激化させる遠因となったテクノロジー・『オーガノイドシステム』だが――次世代ゾイドへの採用を見送られた今、混沌の時代に在った徒花の一つとして忘れられていくのだろう。

 

 ――そう在るべきだ、とも思う。『オーガノイドシステム』は戦いの激化だけではない、それに伴う多くの悲劇を生み出してきたものなのだから。 

 

 

 

「《ライガーゼロ》の完成度の事を気にしている、と言うなら――問題ないよ、コンボイ少佐(、、)

 未だ焦げた臭いの抜けきらない、ニクシーの地下工廠。だが、崩落した瓦礫の撤去作業はあらかた終わっており、今は軍属技術局のスタッフが、残された帝国の開発データの採取・解析を進めている。

 現在テスト走行を行っている《ライガーゼロ》の外装も、こうしてサルベージされたデータから復元したものだ。これまでのゾイドと違い、フレームと装甲・武装が独立した特異な構造を持つ《ライガーゼロ》は、戦況に応じた装備の更新・換装が可能なマルチロール・タイプである。ゼロの特性をフルに発揮できるようにするためにも、本来の設計者たるガイロスの技術部が残したデータを発掘するのは、火急の懸案であった。

 技術部の調査に立ち会っていたスターク・コンボイは、馴染みの技術者、レイモンド・リボリーに

「慣れぬな、『少佐』と呼ばれるのは」

 と硬い顔をする。

「誇っていいはずさ。貴方の功績が評価されての昇進なんだから」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら、小太り気味の技術士官はコンピューターに向き直り、メインデータバンクへとアクセスし、

 

「本当に、ガイロスの技術力には舌を巻くよ。ここ最近の高速ゾイド開発ノウハウは、ボク達共和国側に一日の長があると思っていたけれど……短期間の内にこれほどポテンシャルの高い機体を設計していたとはね。それだけの技術があっただけに――『オーガノイドシステム』での失敗は、彼らにとって頭の痛い問題だったのだろう」

 

 レイモンドが目に留めたフォルダには、とあるゾイドの名前が含まれる報告書がズラと並んでいた。スターク・コンボイも、禍々しさすら感じさせるその字面に、思わず眉を顰める。

 

 ――《デススティンガー》。

 

 此度の戦争に置いてガイロスが完成させた、最強の決戦兵器。南エウロペの古代遺跡より発掘された、先天的にオーガノイド機関を備えたというゾイド生命体『真オーガノイド』をベースに、帝国の技術の粋たる最新兵器の数々を与えて完成させた、最強の戦闘機械獣であった。ただ一機の試作機が実戦に投入された《デススティンガー》は、へリックの投入した《ウルトラザウルス・ザ・デストロイヤー》と対を為す、ガイロスの命運を握ったゾイドでもあったと言えるだろう。

 だが、その力が帝国を勝利に導く事は無かった。

 二度目の全面会戦に敗れ、後退する主力部隊を救うために投入された《デススティンガー》は、あろうことかパイロットの手を離れ暴走、両軍に壊滅的な打撃を与えたのである。人の制御下にあったゾイドがパイロットを殺害し、自立行動を開始する――戦闘機械獣の兵器利用は百年近くの歴史を持つが、そのような事態が起こったのはこれが初めてであった。

 それまでも様々な問題を懸念されてきた『オーガノイドシステム』搭載機だが、この《デススティンガー》の暴走事故は、これまでに類を見ない未曾有の事態であった。早々にオーガノイド計画を凍結させたへリックに対し、システムの完成に固執していたガイロス帝国だったが――この事件によって、彼等もまた方向転換を余儀なくされたのだろう。《ライガーゼロ》はそうした時勢の中で、新たな試みの元ゾイドのポテンシャルを引き出そうとした結果、生まれた機体だった。

 

 「そんな時期に生まれた機体だからこそ、ゼロの信頼性は高い」」と、レイモンド主任は大見得を切る。

 

「これまでの動作試験を鑑みるに、既存のあらゆる高速ゾイドを凌駕し得るポテンシャルを秘めているんだ。ニクシーの陥落は、ガイロスの想像よりも遥かに早いペースで進んでいたらしい、ここには多くのデーターが残っているから、彼らが次の一手を打つ前に、《ライガーゼロ》はへリックの最前線に、万全のコンディションで供給されるだろう」

 

 レイモンドの解説に一区切りがつくと同時、遠方より、「――主任見つかりました、《ライガーゼロ》に関する、ガイロスの開発報告書です!」と、別のスタッフの声が掛けられる。

 今行くよ、と頷いたレイモンド・リボリーは、ガタと立ち上がってコンボイに背を向けた。去り際、チラと彼に振り返ると、「少佐……それに、グロック少尉とベック少尉。功績を鑑みれば、君達は確実に特務隊(タスクフォース)閃光師団(レイフォース)への転属を命じられるだろう」と、抑揚無く告げる。

 『閃光師団(レイフォース)』――ガイロス帝国の本土、暗黒大陸二クス攻略を想定して、へリック共和国軍上層部が設立を予定しているという独立遊撃部隊の名前だ。その任務は、電撃的に二クスの奥地へと進行し、敵部隊中枢を攻撃・かく乱する事。配属されれば、これまで以上に過酷な戦いが、一行を待ち受ける事となる。

 訝しげに眉を顰めたコンボイに、レイモンドは穏やかな笑みを浮かべて、

 

「大丈夫だ。今度こそボクは作り上げて見せるよ――信頼に足る、兵器を」

 

 

 運動不足気味の躰を揺らしながら、速足気味に駆けていくレイモンド主任の背中。

 それを見送ったスターク・コンボイは、フゥと一息を吐いて、主任がつけっぱなしにして行ったモニターへと視線を返す。帝国技術部のデータバンク。レイモンドの言うように、帝国軍の撤退作戦はよほど切迫した状況で行われたらしい。数多くの研究データ、報告書類が残されたままだ。

 今開かれているのは、《デススティンガー》の暴走問題に関する物達。流石にそのスペックノートや、兵装等に導入された技術に関するデータが含まれるものは破棄されているらしい。ズラと並ぶのは『真オーガノイド』への考察論文・上層部への報告文書。何の気なく一瞥していたコンボイだが――その最後尾にあった、一つのファイルへと目を留めた。脳裏に焼き付いた名前が、そこにあったからだ。

 タイトルは、「『パイロットデザイン』とそれに依るOS機関導入機体の制御不全改善案に関する報告」。そして、その作成者は――

 

 

 ――皇属武器開発局・第三研究室所属――ヘルマン・シュミット技術大尉。

 

 

 半年前にコンボイの隊が作戦行動中に遭遇した、ガイロスの『オーガノイドシステム』研究者である。『パイロットデザイン』という、聞きなれぬ単語の含まれたそのファイルは、他の《デススティンガー》に関連した報告書の、さらに三か月程前に作成されたものだった。シュミット大尉は《デススティンガー》の就役前に戦死している、おそらくは機体の暴走事件を受けて、関連する技術のデータを取り纏めていたのだろう。

 オリンポスでシュミット大尉と戦った彼の部隊は、ほぼ全滅と言っていいほどの被害を被った。苦い戦いを思い出したコンボイは、フッ、と荒い息をついてマウスと取ると――カーソルをクローズアイコンに重ねて、画面を閉じた。

 


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