ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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第三部:暗黒の軍勢
① プロローグ ―終結―


 

 ZAC2100年 十月 『ニザム高地』北部

 

 

 夜明け前の暗がりの中で、ジェイ・ベックはジッと息を潜めていた。

 アイドリング状態の愛機のコクピット。ふと暗転したモニターに映った自分の顔に目を遣ると、妙にやつれていた。小じわの増えた目元。頬骨が妙に這った顔が暗がりにボヤと浮かぶ様は、まるで骸骨みたいで、先まで被っていたメットのせいで乱れた自慢のソフトモヒカンの中には、二、三本の白髪が混じっていた。

 一年前――大海原を渡り、今は遥か東の『ロブ基地』へと降り立った自分は、こんな顔をしていただろうか。多分、違う。この一年間の戦いが、ジェイを疲弊させた。幾度と無く死にかけ、また幾度と無く死んでいく者達を見送った。そんな戦いの日々を繰り返していくうちに、それも気にならなくなり――感じる心を失ってしまったのかと思っていたが、そうではないらしい。戦場の緊張感は確実にジェイを蝕み、こうして外見にも現れている。

 

 

 だが――戦いは、もうじき終わる。

 

 

 切り立った岩場がズラと続く中、一際高い台地の上で、ジェイ達は待機していた――その山間の一角で、まばゆい閃光が煌めく。続いて、轟音と震動。朦々と上がった煙と紅蓮の炎が、朝焼けよりも赤い()でジェイ()を照らす。

 横を見ると、キャノピー越し、隣でズラと並んだ友軍のゾイド達が、ジェイ同様、麓で煌々と照った爆炎を睥睨していた。《シールドライガー》に《コマンドウルフ》……この戦争を共に駆け抜けた、戦友たちの乗機。幾重もの死線を潜り抜けてここに立っている者達だ、機体各所に刻まれた擦り傷や弾痕が、それを証明している。

「ようやっと、か」

 サウンドオンリーの通信回線……グロック・ソードソール少尉の声が聞こえた。ジェイ機の隣に立った彼の《シールドライガー》は、一月前に開始されたへリック共和国大攻勢に際して、緑化迷彩塗装から、ホワイトを基調とする伝統的な『Mk‐Ⅱカラー』へと塗り替えられた。悪戦から抜け出し、へリックの正義を執行する――此度の戦いに挑む、兵達の心意気の表れだ。全滅と隣合わせで、ただ生き残るためにゲリラ戦を繰り広げていた半年前では、そんな偽善を振りかざす余裕など無かった――戦況の変化が、それを可能にしたのだ。

 そう――へリック共和国は勝ったのだ。一年半にも及ぶ、異邦の地・西方大陸での戦争に。

 決定的となったのは、三か月前にエウロペ全土で繰り広げられた、二度目の全面開戦であった。《ストームソーダー》によって制空権を奪われ、慢性的な補給不足に悩まされていた帝国軍は、短期決着を狙おうと、全軍を動員した総攻撃に踏み切った。へリックの防衛線たる『ミューズ森林地帯』を乗り越え、バラーヌ、アイザック、ロブ……共和国の重要拠点を直接攻撃したガイロスであったが――粘り強い抵抗の前に、終ぞその内の一つも陥落できなかったのである。

 敗北の代償は大きかった。敵地の奥深くまで侵入し、精力を使い果たした主力軍は、勢い付いた共和国軍の猛反撃を浴びる事となったのである。それまでへリックに先んじて西方大陸のオーバーテクノロジー・『オーガノイドシステム』の解析し、それを搭載した次世代ゾイドを送り込む事で戦いを有利に進めてきた帝国軍だ。此度の危機に際しても、開発された新型ゾイド部隊を惜しみなく投入し、戦線の後退を食い止めようとしたが――数に乏しい特殊戦力では、一度傾いた形勢を覆すには至らなかった。

 そして今、攻勢に転じたへリック軍の主力部隊が、ガイロス帝国西方大陸派遣軍の本拠『ニクシ―基地』を、その間合いへと捉えている。

 全軍の指揮を取るのは、旧大戦・ZAC2037年のロールアウト以来、一貫してへリック共和国軍の旗艦とされた巨大ゾイド・《ウルトラザウルス》、半世紀前の『大異変』を乗り越え現存する、『大統領専用機』。決戦兵器『ザ・デストロイヤー』へと改装され、西方大陸派遣軍へと預けられた機体は、今宵ついに『ニクシー』への直接攻撃に成功したのだ。

 

 

 

 ニザム高地に集ったジェイ・ベックら『主力部隊』が見下ろす先、台地の麓で二発、三発……と、夜明けの群青の中幾重もの光球が膨れ上がる。《ウルトラザウルス》の主砲『1200mmウルトラキャノン』の砲撃が、ニクシーの主要設備を破壊しているのだ。全ての砲弾を撃ち切り、主要施設を完全に破壊した後で主力部隊が突入。敵の残存兵力を掃討する手筈となっている。

 通信機越し、行くぞ、と号令が入った。小隊を指揮し、共に戦ってきたスターク・コンボイ大尉の声。隊列の戦闘に立った彼の《シールドライガーDCS》も、グロック少尉の機体同様の『Mk‐Ⅱカラー』に改められている。神妙な声色、彼のこの一戦に掛ける心意気も、ジェイと同じらしい。

 轟と力強い咆哮を上げた《シールドライガーDCS》が疾走し、ニザムの台地を駆け下りていく。《シールドライガー》が、《コマンドウルフ》が後に続き、麓に見える一点の灯――炎上する『ニクシー基地』を目指した。粉塵を上げる高速ゾイド達の疾走は、荒野に巻き起こった一陣の疾風のようで、その壮観さ、勇猛さに、ジェイは一時感慨を忘れ、呆けた。

「どうしたベック……行かないのか?」

 掛けられた声に振り返ると、キャノピー越しに白い《コマンドウルフAU》の姿があった。

「怖気づいたなら、そこに居ろ。俺は行く。ようやっと、このクソッタレな戦争が終わるんだからな」

 勇んで言う、傭兵ツヴァインの声。この戦争で共に戦った、エウロペのゾイド乗り。へリックとガイロス、異邦から現れた二つの大国が始めた抗争によって故郷を荒らされた彼は、それでも平穏を取り戻せる時が来ると信じ戦い続けた。共に危機を乗り越える中でその悲しみを垣間見ていたジェイは、この一戦が彼の待ち望んだ、悲願の時であると知っている。

「いや……行くよ」

 静かに応じて、ジェイもまた愛機を始動する。シート越し、グンと揺れた後ゆっくりと歩みを進めるゾイドの振動は、この一年間毎日味わってきた『戦いの予兆』の一つだ。最近は気にも留めてなかったそれが、今日は妙に胃の腑を擽る。

「なぁ、ツヴァイン」

 並走を始める《コマンドウルフAU》に、今度はジェイが通信を送る。駆動音の響くコクピットの中、スピーカーから来る音に意識を割いて数秒、「……なんだ?」と傭兵の返答が返ってきた。言おうか言うまいか、迷った後、ジェイは呟く。

 

「……本当にこれで、終わると思うか? ガイロスは戦いから手を引いて――争いの無かった時間が、この惑星にもう一度訪れると、そう思うか?」

 

 返答は、無かった。

 ジェイ自身、それを問われた立場だったら応えられなかっただろう。そうあって欲しいと願っていても、心のどこか、『戦いは終わらない』と悲観している自分が居る。『平穏』という概念を忘れさせるに十分な程の戦争が、この一年半には在ったのだ。

 それでも、と、ジェイ・ベックは己を奮い立たせる。たとえこの戦いの果てに、更なる死線が立ちはだかっているのだとしても。彼にも、彼の仲間達にも、そしてこの星に住まう戦闘機械獣達にも――その運命から逃れる術など無いのだから。

 

 

 ――※※※――

 

 

 ――同時刻。

 西方大陸戦争終局の戦いが行われたニザム高地の、遥か南西。未だ残る夜闇の残滓に身を隠し、数機の帝国軍ゾイド部隊が行進していた。先頭を往くのは、指揮官機たる《アイアンコング・マニューバカスタム》。従うゾイドは様々で、旧式の《レッドホーン》や《イグアン》、《レブラプター》、あの虐殺竜《ジェノザウラー》と言った最新鋭機……迷彩塗装を施された辺境拠点の機体もあれば、帝国決死隊の残存戦力も混じっている。

 戦闘ゾイド一個中隊クラスの烏合の軍勢が、『ニクシー』とは真逆の方角へと歩みを進めていた。向かう先は、この北エウロペと唯一陸続きとなっている一点――西エウロペ大陸・マンスター高地。行軍の指揮を執るのはガース・クロイツ少佐、帝国陸軍第七強襲戦闘大隊の隊長を務めた歴戦の雄である。しかし――既に彼の部隊は壊滅して久しい。故に今は、ニクシ―への後退戦で取り残された者達を率い、新たな再起の地を探していたのだ。

 

 ふと、レーダーに紅点が光る。今や北エウロペの全土がヘリック領になろうとしているのだ、いつ邂敵してもおかしくはない。警告のアラート音を耳にして、咄嗟に臨戦態勢を取ったガース少佐だが――すぐにそれらが友軍の識別信号を発していると気づき、警戒を解く。

 驚くべきスピードで迫って来た紅点は、すぐに肉眼でも目視できる距離に現れた。《セイバータイガーAT》に《レブラプター》、そしてガイロス軍がこの戦争の暮れに投入した新型の高速ゾイド《ライトニングサイクス》によって構成される、『特務高速部隊』の連中だ。《ウルトラザウルス・ザ・デストロイヤー》の迎撃に向かい、その任を果たせぬまま生きながらえた者達が、ガース少佐の行進を発見し、合流してきたのだろう。

「――ああ、驚いた」

 部隊長であろうガンメタルカラーのチーター型ゾイド・《ライトニングサイクス》より通信が入る。耳に纏わりつく、艶っぽい女性の声だ。ガース・クロイツ少佐には聞き覚えがあった。

「その声、シルヴィア・ラケーテ少尉の部隊か」

 聞き返したガースは、モニターに映ったサイクスのパイロットに目を凝らす。

異様な出で立ちの女だ。大仰なスコープユニットで顔の半分を覆った彼女の表情は読み取れず、瞳の代わり、ゴーグルに映った赤いポインターの光が、隻眼の如くガースを見据えていた。色白で華奢な口元と、メットから垂れた金糸の如き長髪、そしてその声色が、辛うじて彼女が年若い女性士官であると伝えてくれる。

 共和国の進撃を食い止める、という任を果たせず、今や落ち武者同然の境遇と化したはずなのに――《ライトニングサイクス》のラケーテ少尉は、楽しそうに口元を歪めて、

「本当に驚いたわ、ガース少佐。愛国主義者(パトリオート)の貴方が『ニクシー』の危機に参ぜず、西エウロペの辺境に逃げ去ろうとしているとは」

 と、ガースを嗤った。

 ラケーテの挑発的な物言いを聞いていたのであろう、傍に控えていた《ジェノザウラー》が、燃えるような瞳で《ライトニングサイクス》を睨む。ジェノに搭乗しているのは開戦以来ガースの元で仕えた士官だ、上官を侮辱されて怒りを露わにしたのだろうが――「良い、メルダース中尉」とそれを諌めて、ガースはサイクスへと向き直ると、

「我らが行ったところで、変わるまい。ガイロスはエウロペでの戦いに敗れたのだ……だがそれは、削ぐべき汚名でもある。我らはこのエウロペで、へリックへと再起の牙を突きたてる『クロイツ(騎士団)』となる」

「へぇ……面白そう」

 ガースの宣誓にシルヴィア・ラケーテは声を重ねると、ゆっくりとサイクスの歩みを一団に同調させた。

 

 ズラと並ぶガイロスゾイドの列――西エウロペの新天地へと赴く、数もまばらな落ち武者達。しかしそれは間違いなく、へリックへの新たな脅威の火種となろう『暗黒の軍勢』だった。

 

 


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