ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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エリサのディバイソン ⑤

 足元を跳ねる水たまりの雨水は、生ぬるかった。ゾイドの余熱や、巻き上がる爆炎といった『戦場の熱』によって温められたそれは、まるで人の体温みたいで――戦死した者達の思念が絡み付いてきたかのような不快さに、エリサの肌が粟立つ。

(シュウ君、みんな……)

 愛機の背に指を掛けながら、エリサは戦場を振り返った。シュウ・フェーン中尉の《ブレードライガー》は中破し、ピクリとも動かない。コクピット付近は無事だから、パイロットは生きているだろうが――虐殺竜・《ジェノザウラー》のパイロットは狡猾だ。《ブレードライガー》の息の根を止める為、追撃を見舞ってくるのも時間の問題だろう。

 視線を薙いで、今度はあの《ジェノザウラー》の姿を探す。フェーン中尉のライガーを倒した黒い『虐殺竜』だったが、僅かに生き残った共和国基地守備隊の砲撃に横槍を受け、止めを刺し損ねたらしい。今は踵を返して、残った《コマンドウルフ》、《ゴルドス》達にその矛先を向けている。

 打ち崩されたアイザック要塞の城壁だが、崩落によって生じた瓦礫が、ガイロス軍の侵入の足を逆に鈍らせていた。主力部隊第一陣の突入以降、敵の侵撃は鈍っている。この隙にあの『虐殺竜』を破壊できなければ、今度こそ要塞は壊滅するだろう。そして、そのためには、エリサの《ディバイソン》の火力が必要不可欠だ。

「……っ」

 雨に濡れた《ディバイソン》の装甲から滑り落ちぬよう、慎重な足取りでその背を登っていくと、 背部に備えたサブコクピットのハッチがあった。落下の衝撃と落石をもろに受け、背の装甲は歪に拉げていたが、中の機器類は無事に思える。これならば、システムを復旧できる可能性もあろう。

(お願い……間に合って)

 

 祈るような気持ちで、エリサがハッチを開けた時だった。

 

 ティラノサウルス型ゾイド特有の、金属質の高い咆哮が戦場に木霊する。《ジェノザウラー》だ、と、慌てて振り返ったエリサは、かの黒いゾイドが異様な『変形』を始めたのに気づいて、「何っ……!?」と息を呑んだ。

 黒い竜が大きく咢を開くと同時、頭部から尾の先までが完全な水平になり――口腔の奥からバレルが、尾部を構成する各ユニットより放熱フィンが展開される。大きく両の足を開き、アンカーによって体制を固定したそれは、大よそ機動兵器としての機能を放棄し、まるでゾイドを一つの固定砲台へと様変わりしたかのようだった。エリサの知り得る限り、このような機能を持ったゾイドは、古今東西どこにも存在しない。

 バチバチと、ジェノの口腔内で光球が膨れ上がる。凄まじい熱量だ、夜が明けたかと見紛う程の、蒼白いスパークが辺りを照らす。十分に肥大化した光源を《ジェノザウラー》が口腔のバレルの中へと飲みこむと、一瞬視界がブラックアウトした。そして――、

 

 

 ――次の瞬間それは、一筋の『雷霆』となって撃ち出される。

 

 

 凄まじい衝撃に、エリサは思わず目を伏せ、悲鳴を上げた。

 《ジェノザウラー》の吐き出した、蒼白い閃光――大袈裟な発射体制からすれば拍子抜けするくらいの、細長い光線。だがその出力は、彼女の見たどんな火砲よりも強力であった。光の槍のようにスラと伸びたそれは、周囲の礫塊を巻き上げながら共和国残存部隊へと向かい、陣形の中心へ突き刺さる。

 直撃を受けたのは、一機の《ゴルドス》。まるでピンバイスでくり抜かれたかのように、小さな穴を穿たれたそれは、凄まじい熱量を溜めこんでボコボコと膨れ上がり、やがて爆発四散する。それだけではない。寸前で回避したはずの他のゾイド達さえ、光線の余波を浴びて内部メカから崩壊し、粉々に砕け散った。

 

 たった一発のレーザーで、前線の共和国部隊が壊滅した。

 

 ――『収束荷電粒子砲』。

 ガイロス帝国が次世代ゾイド・《ジェノザウラー》に与えた、最大の武装。帝国軍の持ちうる最大の光学兵器・『荷電粒子砲』を中型ゾイドに搭載できるまでに小型化、それに伴い生じた出力低下を、砲塔に搭載した収束リングによるエネルギーの圧縮・一点化によって解決した、最新テクノロジーの粋である。発射シークエンスが長く、またかつてへリック共和国を崩壊寸前まで追い込んだ死竜・《デスザウラー》の『大口径荷電粒子砲』と比べれば遥かに劣るものの、それでも中型ゾイド程度ならば丸ごと消滅、また余波だけで複数の機体を損壊させる程の破壊力を持つ。

 堅牢な『アイザック要塞』城門突破は、この『収束荷電粒子砲』を備えた《ジェノザウラー》単機によって為された。そして驚くべきが、これほどの大出力兵器を短時間の内に二度使用して尚稼働できる、『オーガノイドシステム』搭載のゾイドコアである。 《ジェノザウラー》は、まだ余力を残していた。もし『収束荷電粒子砲』が、未だ動けぬゾイド達が多数ひしめく格納庫に直撃したら――。

 

 間違いなく、アイザックは壊滅するだろう。

 

「――っ……!」

 《ジェノザウラー》の破壊力を目の当たりにしたエリサは、焦燥を堪えながら、《ディバイソン》の第二コクピットを開いた。ショートしているのであろう、『COMBAT‐Ⅱ』制御機器のコードを片っ端から引き抜き、再起動させる事で、復旧を促す。

与えられた時間は、ほんの僅かであった。

 

 

 

 鳴りやまぬ非常警報、絶えず叫ばれる通信兵の被害報告――城壁が破られて三十分、司令部は喧噪と絶望に包まれていた。ギリと、奥歯が折れそうな程に噛み締めたペガサス中佐に、「中佐、脱出用プテラスの準備が完了しました……参りましょう」と、背後より掛けられた声。

 振り返ると、アイザック要塞を任せられていた司令官が、血の気の引いた顔で立ち尽くしていた。眉を顰め、「脱出?」 と聞き返すペガサス。

「ハッ……城塞の陥落は時間の問題です。せめて指令たる我らは、この報本部に持ち帰り、事態の打開を促す義務があるかと」

 もっともらしい事を言うが――彼が己の保身を思ってそうしているのは、目を見れば察しが付いた。「許可した覚えは無い。それに、何処へ逃げるというのだ?」と問い返したペガサスに、司令官は淡々と答える。

「――ロブに」

「ロブ基地との通信は途絶えているのだぞ。ガイロスの襲撃を受けているのは明らかだ、逃げ場など無い」

「では、此処で死ねと言うのですか? アイザック要塞と――母国の地ではない、異邦の岩山と、運命を共にし、灰になれと言うのですか!?」

 平静を保てなくなり声を荒げたアイザックの指令に、周囲の視線が集まる。

 ペガサスは目を伏せ、その叫びを脳裏に反芻させると、静かに頭を振った。彼の言うとおり、格納庫のゾイド出撃は未だ円滑に進んでいない。その上敵の先兵には相当な戦闘力を誇る兵器が加わっているらしい、守備隊の全滅も時間の問題であった。

 それでも――マクシミリオン・ペガサスは、その提案に賛同できなかった。

 

「――では、貴官は他の将兵を捨てて、一人生きながらえれば良いというのか?」

 

「……っ」

 問い質に、司令の男は口ごもる。

 彼も分かっているのだ、そんな真似をして生きながらえたとして、如何程の価値があるのかを。沈黙からその良心を読み取ったペガサスは、それ以上の追及をしないまま、踵を返して部屋を出ようとする。

「どこへっ……?」

 呼び止めた司令官に、格納庫だ、と、振り返らないまま応えると、

 

「ゾイド乗りとしての、矜持を貫く。司令であろうが一兵卒であろうが、変わる事が無い――最期の時に臨むのは、名誉ある戦いだけだ」

 

 

 

 《ディバイソン》の復旧は、万全とは言い難かった。

 『COMBAT‐Ⅱ』の再接続は済んだが、その機能が十全に作用しているかは、分からない。もともと技術士官でないエリサに施せる処置は限られている、このまま戦線に復帰する以外、選択肢は無かった。

 そんな中、ギロと一機の《レッドホーン》がこちらを見据えたのに気づき、エリサは悲鳴を上げる。まだ余力がある《ディバイソン》の機体に目を付けたのだろう、背負ったカスタム装備・『ビームガトリングユニット』の砲塔が旋回し、こちらに向けられる。直撃すれば、生身のエリサは爆炎に呑まれ、消し炭になるだろう。

 吼え声を上げて、カスタム《レッドホーン》がビーム光弾を撃ち放とうとした時だった。ズイと飛び出した青い影が、《レッドホーン》の背負った銃器を噛みちぎる。衝撃に倒れ伏したホーンの頭部を、思い切り踏み砕いて――満身創痍の《ブレードライガー》が立っていた。

 シュウ・フェーン中尉の機体だ。クルとエリサの《ディバイソン》に振り返ると、

「何をしてる……早く逃げろと言ったろォッ!」

 と、スピーカー越しに叫んだ。

 悲壮な決意の滲んだ叫びに、「シュウ君……でも」と口ごもったエリサだが、フェーン中尉の気迫が、それを遮る。「分からないのか、君には死んでほしくないと言ったんだ。ボクは――」と、彼が思いの丈を叫ぼうとした時――その機体を、『パルスレーザーライフル』の光弾が撃ち抜いた。

 

 《ジェノザウラー》が、二人に止めを刺そうと迫っていた。

 

 《ブレードライガー》の両足は先ほどの直撃弾で砕け散り、フェーン機はもはや、逃げる事さえ叶わない。圧殺を確信したジェノが勝利の咆哮を上げると、再び機体を変形させ――あの『収束荷電粒子砲』発射態勢を整える。クワと開かれた咢の向こうより銀色のバレルが伸び、青白い稲妻をスパークさせた。

「し、シュウ――ッ!」

 荷電粒子の光を目前にしながら、平伏しピクリとも動かないフェーン中尉に、エリサは悲痛な叫びを掛けると、全速で《ディバイソン》のメインコクピットへと戻る。シートに飛びつき、安全ベルトを締めるのすら忘れて操縦桿を取ると、メインジェネレータを再起動させ、立ち上がらせた。

 

 しかし――『COMBAT』の機動アラートは、まだ灯いていない。

 

「エリサ逃げるんだ、ボクはもういい!」

 無線にフェーン中尉の声が弾けるが、エリサには聞こえなかった。アクセルを踏み込み、《ブレードライガー》と《ジェノザウラー》が相対した間へと、一足飛びで機体を割り込ませる。既に荷電粒子の収束は十分、『虐殺竜』の口腔で、光が膨れ上がる。

「お願い――《ディバイソン》、お願い……ッ!」

 泣きそうな声で、エリサはもう一度祈った。雷霆が撃ち放たれるまで、コンマ数秒――システムの復旧を確かめられぬまま、『十七門砲』のトリガーを引く。ほぼ同時に、《ジェノザウラー》も光を飲み込み――、

 

 

 ――暗転した視界の向こう、轟音が爆ぜた。

 

 

 死を覚悟し、エリサ・アノンは目を伏せていた。硬直したまま数秒が過ぎ、生きている、と理解すると、ゆっくりと面を上げる。

 眼前では、炎上し苦悶の断末魔を上げた《ジェノザウラー》が、のた打ち回っていた。次いで、コンソール画面。『COMBAT‐Ⅱ』の機動を表す赤いアラートが煌々と点灯している。決死の覚悟でトリガーを引いたエリサの砲撃は、ジェノが止めの一撃を撃ち放つよりも早く、その全身を撃ち貫いていたのである。

「やった……! やったよ!」

 呆然から高揚へと移り変わるエリサの気持ち。弾んだ声に応えるかのように、《ディバイソン》は力強く咆哮した。

 

 

 死に態のジェノが業火に焼かれてなお、《ディバイソン》に牙を剥こうとする。勝利を確信していたエリサは、その攻撃に虚を突かれる格好となったが――、攻撃が《ディバイソン》を捉えるより早く、ジェノの後方で轟砲が弾けた。『虐殺竜』の下半身を粉々に吹き飛ばした一撃に、残る帝国軍も、エリサも、皆一様に基地の奥へと目を凝らす。

 ズイと、緩やかな足取りで《ゾイドゴジュラスMK‐Ⅱ》が前進していた。その後ろには、僅かな手勢の共和国ゾイド達。格納庫から出る事の出来た機体達を引きつれて、マクシミリオン・ペガサス中佐が出撃したのだ。

「良くやった、アノン少尉――みんな」

 通信と同時、『ゴジュラスキャノン』が火を吹く。二発の巨大な火球は、城壁の切れ目に群がったガイロス軍の第二陣へと注ぎ、彼らを焼き払う。

「私も共に行こう……圧倒的不利に怖じ気ず戦い、貴官らが見せてくれた、人と、ゾイドとの絆。私も、それに倣い、共に戦わせてくれ」

 宣誓と共に、《ゾイドゴジュラス》が力強い咆哮を上げる。

 《ゴジュラス》を含むとはいえ、たかだか数機の増援だ。帝国機達は味方の死骸を踏み越えながらなおも進撃し、アイザック要塞を攻め立てんとする。ペガサスと部下たちの士気もまた高く、それを真っ向から迎え撃ち、退けていく。

「中佐……」

 戦いの様相を見守り、呆けていたエリサを鼓舞するかのように、乗機《ディバイソン》が嘶いた。同時……ノイズ交じりの通信回線が開いて、「エリサ……」と、シュウ・フェーン中尉の弱々しい声がする。数秒瞳を伏せて瞑想すると、エリサは意を決して、「シュウ君は休んでて」と、その声に応えた。

「大丈夫、守るよ――シュウ君、ありがとう」

 優しく、宥めるように――しかしどこか心強い、芯のある声色で、エリサはフェーン中尉に告げる。フッ、と息を吐いたフェーン、

 

「このボクが君に救われるなんて……認めるよ、ボクァ――君の成長を」

 

 と、歯切れ悪く言った彼に、エリサも微笑を返した。

 

 思わぬ苦戦を強いられて、ガイロス軍には疲弊の色が目に見えて滲んできている。《ディバイソン》の機首を、その真正面に向けると――エリサも正真の決意を持って、ペガサス達に続いた。

 

 


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