ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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エリサのディバイソン ④

 『アイザック要塞』。

 現在は北エウロペの東部を勢力圏に加えたへリック共和国が入城し、前線とロブ基地を繋ぐ拠点としている要塞だが――元々はロブ平野一帯を縄張りとしていた、北エウロペの一部族が築き上げた城である。天然の岩山を利用して作られた要塞本部と、それをぐるりと囲む肉厚の『城壁』は、比較的戦乱の少なかった西方大陸の地では珍しい、実戦的な要塞であった。開戦から二時間、守備隊の十数倍はあろうガイロス帝国軍の攻撃を凌げていたのは、この要塞の守りがあったからに他ならない。

 ――しかし、それも限界が訪れたらしい。

 落雷でも起きたのかと疑う程の轟音――司令部の天井に微かな歪が生じ、土埃が落ちる。振動によろめいたマクシミリオン・ペガサス中佐は、「駄目だ……城壁が破られましたッ!」と叫ぶ通信兵の声を聞いた。

 モニターに映る戦況にギリと歯を食いしばると、「ロブ基地との連絡は? 援軍は、まだ来ないのか!?」 と怒鳴り返す。

 

 ペガサス中佐の切望も虚しく、吉報は無かった。『アイザック要塞』からロブ基地に飛ばされた電信への返答は、終ぞ帰ってこなかった。

 

 それもそのはず――前線での大攻勢開始とほぼ同時刻、ガイロス軍はロブ基地に対しても改造《アイアンコング》率いる特務中隊と、《ブラキオス》《シンカー》で構成された海兵隊による『挟撃奇襲作戦』を発動していたのである。不意の全面開戦で混乱しきった共和国軍は、帝国特殊部隊の侵入をまんまと許してしまった。

 混乱は、前線だけではない。最早共和国側でまともに機能している司令塔は、一つも存在しない状態だった。

 

 

 

 降りしきる雨だれの中に、瓦礫の礫が混じる。

 帝国軍の隊列を割って現れた、漆黒の新型ゾイド・《ジェノザウラー》――その口腔より吐き出された一筋の雷霆によって、堅牢なアイザックの城門は砕け散った。万全とは程遠い共和国守備隊の、文字通り心の『拠り所』となっていた城壁が、ついに破られたのである。

 最前線の兵達を襲う焦燥は、司令部の比では無かった。破られた城壁の切れ目より、帝国軍の第二陣、大型主力量産機《レッドホーン》や、最新鋭の《レブラプター》で構成された本命、『主力部隊』がなだれ込んでくる。頼みの城壁を破壊されて浮足立った共和国守備隊は、完全に戦意を喪失していた。本領を発揮した帝国部隊に、《ゴルドス》が、《ゴドス》が、《コマンドウルフ》が――一機、また一機と破壊されていく。全滅は、時間の問題であった。

 

 そして――疾走する帝国ゾイドの群れの中、ただ一機悠々と歩みを進めた《ジェノザウラー》もまた、崩れ落ちたアイザック城塞の城門を潜る。

 

「黒い恐竜型ゾイド……ガイロスの、『オーガノイドシステム』搭載機?」

 崩落した城壁の土砂に塗れ、動けない《ディバイソン》の中で、エリサ・アノンは呟いた。衝撃で朦朧とした視界に、《ジェノザウラー》のシルエットと、その頭部で光った赤い眼光が焼き付く。カメラアイの下に輝く細長い楕円系の赤光は、一見無機的な印象だが――しかし、全身を総毛立たせる程の『プレッシャー』を蓄えていた。

 この殺気に似たモノを、エリサは知っていた。ジェイ・ベック少尉がテストを行った共和国の新型機、《ブレードライガー》に同乗した時に感じたプレッシャーだ。それと同じ力を、あの《ジェノザウラー》も備えている。

 

 『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドの戦闘力は、エリサもよく分かっていた。疲弊した《ディバイソン》で、どうこうできる相手ではない。捕捉される前に後退し、態勢を立てなおすべきだ。が――、

 生き残った共和国軍守備隊へと群がっていく帝国軍の中、《ジェノザウラー》はそちらには目もくれず、ゆっくりと崩れた城壁に振り返る。散乱した瓦礫と残骸を注視した『虐殺竜』は、やがてその中で動けないでいた《ディバイソン》を見つけた。先の一撃から唯一生き残ったエリサ機に気づき、その獰猛な眼光を真っ直ぐに差し出してきた。

「……ヒッ!」

 気づかれた、と理解したエリサは、慌てて操縦桿を引き、《ディバイソン》を起き上がらせる。しかし――崩落で城壁の上から地べたまで叩き落とされたのだ、駆動系はボロボロで、驚く程挙動が鈍い。これでは、常識を超えた瞬発力を備える『オーガノイドシステム』搭載機からは、逃げ切れないだろう。

「う、く……っ」

 生唾を呑んだエリサは、苦渋の決断で《ジェノザウラー》に砲口を向ける。

 《ディバイソン》の主砲『十七連突撃砲』の火力は、同クラスのゾイドを遥かに上回る。如何に《ジェノザウラー》と言えど、この至近距離で浴びればただでは済むまい。損傷させた隙に、活路を見出すつもりだった。が――、

 

 トリガーを引いたエリサは、沈黙した愛機に絶句する。見ると、コクピットのメインモニターから、『COMBAT‐Ⅱ』の機動アラートが消えていた。

 

 旧大戦より共和国の最前線を支えた《ディバイソン》の信頼性は高いが――今戦争に置いてパイロット一人で運用できるよう投入されたシステムデバイスとのマッチングは、習熟しているとは言い難い。城壁の崩落によって生じた衝撃で、システムがダウンしたのだ。

「ッウソ――!?」

 息を呑むエリサに、容赦ない『虐殺竜』の攻撃が迫る。その背に背負った二門のレーザーライフルから光弾が爆ぜ、《ディバイソン》の足元を穿った。『オーガノイドシステム』によって強化された、高出力ライフルの一撃だ。突撃ゾイドだけあって装甲は堅牢な《ディバイソン》、損傷は少ないが――衝撃は殺せない。再び倒れ伏す《ディバイソン》に、《ジェノザウラー》は凄まじい瞬発力で迫り、その爪牙による連撃を見舞った。

「きゃあーっ!」

 グラと揺れるコクピットの中で、エリサ・アノンは惨めったらしく悲鳴を上げる事しかできなかった。救援は無い。城壁を破られ、数で押される友軍の戦線は、既に崩壊寸前だった。柄エリサを助けに入れる機体など、一機もない――そのはずだった。

 

 絶望に弛緩したエリサの視界に、ふと青い機体が飛び込んでくる。

 ライオン型ゾイドだ。流線型のフォルム、ブルーとホワイトの装甲はヒロイックで、無骨なへリック製の戦闘機械獣の中では異質な感がある。見慣れぬゾイドに動揺したのは、《ジェノザウラー》のパイロットも同じらしい。急襲を躱しきれず、タックルをもろに受けてよろめいている。

「《ブレードライガー》……ッ、シュウ君――ッ?」

 驚愕に目を剥いたエリサは、その『新型ゾイド』に向かって叫んだ。

 エリサと『虐殺竜』の間に割って入った、共和国の救援――格納庫内よりようやっと飛び出した、シュウ・フェーン中尉の量産型《ブレードライガー》。

 それだけではない。後方から火線が飛んで、前進する帝国主力軍の隊列を掻き乱す。《ブレードライガー》に随伴する、ヴェロキラプトル型小型ゾイド《ガンスナイパー》の砲撃だ。たった三機――だが、見慣れぬ共和国次世代ゾイドの参戦は、帝国ゾイド部隊の士気に、微かな影響を与えたらしい。僅かだが、敵の攻撃が鈍ったように思えた。

 

「ハァアア、ブレードッ!」

 フェーン中尉の気迫に合わせて、《ブレードライガー》が猛る。未だ態勢の立てなおせていない黒い『虐殺竜』に向かって一目散に突貫すると、『レーザーブレード』を展開、一気に《ジェノザウラー》へと斬りかかった。鋭い斬撃が、ジェノの左手首を飛ばす。

「すごい……っ!」

 フェーン中尉の技の冴えに、エリサは息を呑んだ。直後に通信回線が開かれて、「何をしているんだい――早く後退したまえ!」と、フェーン中尉の声が弾ける。

 

「こいつは《ジェノザウラー》、ガイロスの作った『オーガノイドシステム』搭載機だ。普通のゾイドで敵う相手じゃない!」

 

「……っ!」

 フェーン中尉の言っている事は、エリサにも理解できた。『オーガノイドシステム搭載機』の凄まじい生命力、闘争本能は、既存のゾイドのそれを遥かに凌駕する。まして乗機を乗りこなせていない今のエリサに、どうこうできる相手ではないのだ。ここに居ては、足手まといになるだけ――ジェイ・ベックの《ブレードライガー》に同乗した事で、その力を理解していたエリサは、すぐにそう決断した。だが――

 

「ヌ――、グハァッ!?」

 

 フェーン中尉の《ブレードライガー》が《ジェノザウラー》の反撃を受けた。横倒しになった蒼い機体に喰らい付いた《ジェノザウラー》は、ライガーの肩口の装甲を噛み砕くと、その重厚な尾を鞭のように振るって打ちのめす。迎え撃とうと立ち上がる《ブレードライガー》だが、勢いに乗ったジェノを相手に気圧されているようにも見える、反撃の糸口を、全く見いだせないでいた。

「どうして? ジェイ少尉と同じ、《ブレードライガー》なのに……っ」

 フェーン中尉の苦戦に、エリサは動揺を叫んだ。目の前で戦う《ブレードライガー》は、あの時ジェイが操った機体のような、荒れ狂う獰猛さを感じさせない。

 シュウ・フェーンとジェイ・ベックならば、おそらく前者の方が、ゾイド乗りとしての技量は上だろう。そのはずなのに――同じ『オーガノイドシステム』搭載機同士のはずなのに――戦いは、《ジェノザウラー》の圧倒的優位に進んでいる。

 エリサは知らなかった。量産型《ブレードライガー》は、彼女の知るジェイ・ベック少尉機『アーリータイプ』と比べて、『オーガノイドシステム』の機能が大幅に限定されていた事を。未だシステムの解析が完全ではない《ブレードライガー》を量産化するために、技術部の下した処置ではあったが――結果としてそれは、機体性能を大幅にデチューンしたに等しかったのである。

 ジェノの『パルスレーザーライフル』が火を吹いた。とっさに『Eシールド』を展開した《ブレードライガー》だが、至近距離だ。易々と貫通し、シールドジェネレーターとバーニアを撃ちぬかれてしまう。

 

 

「シュウ君……ッ!」

 戦いを見つめていたエリサは、崩れ落ちる《ブレードライガー》の姿に絶望した。ライガーの損傷は大きい。《ジェノザウラー》の次の一撃を、自力で躱すのは難しいだろう。

「誰かッ、シュウ君を……っ」

 息を呑んだエリサは、咄嗟に戦場を見渡したが――戦場は乱戦の様相を醸している。随伴機の《ガンスナイパー》も、既に帝国軍の大群に押し流されて、遥か彼方だ。フェーン中尉の救援など、とても手が回るまい。

 

 エリサ・アノンは迷った。

 

 今、彼女が出来る事など何もない。損傷し、しかも火器すらも使えない彼女の《ディバイソン》が居た所で、中尉のライガー共々、まとめて『虐殺竜』に蹴散らされるだけだ。だが――この場で背を向けて逃げる事は、彼女にはできない。どうすれば、と頭を抱えた彼女だったが――、

 

 

 ――ふと、機体の底から呻いた嘶きに気づき、面を上げる。

 

 

「《ディバイソン》……まだ戦えるの?」

 沈黙していた機体に、生命感が戻ってくる。ボロボロの愛機に、エリサは思わず問いかけていた。ゾイドがその言葉の意味を理解できているかは分からない。だが、断続的に雄々しく声を上げる『鋼鉄の猛牛』は、フェーン中尉と《ブレードライガー》を見捨てられない、というエリサの意思に同調し、共に戦ってくれる唯一の存在に思えた。

 それで分かった。最近の鬱屈、《ディバイソン》を乗りこなせなかった理由を。『COMBAT‐Ⅱ』システムに気を割き過ぎていたエリサは、《ディバイソン》自身――ゾイド本来の心と向き合う余裕を持てなかったのだ。ごめん……、と短く謝って、コンソール画面を撫でたエリサは、意を決して唇を噛むと、モニターに映る戦場の様子を見渡す。

 

 銃弾が飛び交い、地面が焼ける。帝国ゾイドの群れに、次々と打倒されていく友軍――阿鼻叫喚の地獄となった戦場に、冷たい雨が降り注いでいる。

 シートベルトを解くと、エリサはコクピットハッチを開けた。《ジェノザウラー》のパワーに対抗するには、《ディバイソン》最大の持ち味たる『十七連砲』が必要不可欠。そして、ダウンした『COMBAT』プログラムを復旧させるには、機体背部にある第二コクピットに赴く必要があった。

 コクピットから飛び降りたエリサは、散乱した瓦礫を足場代わりにして《ディバイソン》の背をよじ登る。大気には、鉄と土の焦げた匂いが立ち込めていた。流れ弾が飛んで来れば、生身でいるエリサにはひとたまりも無かろう。恐れはしない。ジェイやペガサス中佐――彼女と共に戦ってきた者達と同じように――エリサもまた、絶対の危機に立ち向かう勇気を持とう、と、心に決めていたから。

 


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