ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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エリサのディバイソン ③

 雨音を裂いて鳴り響く非常警報に、『アイザック要塞』が動揺した。

 

 制空権をモノにしている今、ロブ平野の中央、へリック共和国領のど真ん中に位置する要塞が、敵襲に晒される事など有り得ない。それはすなわち、へリックの共和国の最終防衛線――ミューズ森林地帯に築かれた『ゲリラ戦線』が、突破された事を意味するからだ。簡単には起こり得るはずの無い事態――「何事かァ!?」と、マクシミリオン・ペガサス中佐が分かりきった事を問うたのも、そんな認識故だった。

「敵襲ですっ!」

 通信兵が叫び返す。

 要塞を包囲するかのように、ズラと並んだ敵機の反応――大軍だ。ペガサス中佐だけではない、要塞を任された司令官、整備兵、ゾイド乗り……この場に居合わせたほぼすべての共和国兵が、絶望を覚えた。本国からの増援と部隊再編に向けて、アイザック要塞には許容量を遥かに超えたゾイド達が集まっている。そのほとんどがまともに稼働できない状況で、帝国軍の総攻撃から基地を守らなければならないのだ。

 敗色濃厚でありながら、それでもペガサス中佐は皆を鼓舞する。

「司令官……城壁に動けるゾイド部隊を配置しろ。それと――ロブ基地に、救援の要請を出しておけ」

 《ストームソーダー》に制空権を奪われてから、ガイロス軍の補給は滞っているはずだ。戦いを長引かせる事が出来れば敵の弾薬は尽きて、攻撃の手は緩むであろう。その頃になれば、再編成の住んだ基地内のゾイドも出撃できる。すなわち、この戦いは時間との勝負だった。

 ペガサス中佐の算段を理解していた『アイザック要塞』の指令官は、意を決したかのように頷いて、そして静かに言った。

 

「どうやら……こいつは我が共和国軍の、命運を掛けた戦いになりそうですな」

 

 

 

 格納庫は、怒声と喧噪の嵐だった。

 雨風、の打ち付ける音、けたたましく鳴り続ける非常警報、そして絶えず響く帝国の砲撃音が木霊する中、できるだけ多くのゾイド部隊を出撃させようと、整備兵やパイロットが奔走する。

「何してるッ!? 道を塞いでいるゾイドを――入口前の《ディバイソン》を、早く出撃させろ!」

 叫び続けてガラガラになった整備兵の声に、ビクとエリサ・アノンは振り向いた。彼の怒りの矛先にある黒い《ディバイソン》は、先の演習でエリサが乗っていた物だ。日が落ちる直前まで習熟運転をしていたエリサの機体は入庫したのも遅く、倉庫の入口にほど近い場所に留めてあったのである。

 ゾイドの数に対して圧倒的に整備兵が足りていない状況だ、請われるままにその雑務を手伝っていたエリサだが――痺れを切らした見知らぬ士官が、《ディバイソン》を動かそうとコクピットに足を掛けたのに気づいて、

「――それ、私のゾイドです。すいませんっ」

と、咄嗟に手を上げていた。

 人垣を掻き分けて寄って来たエリサに、チッ、と舌打ちをした士官は、「なら、早く乗って出撃しろ! 今は一機でも多く、味方の機体を出さなきゃならんのだ!」と、彼女を急かした。その剣幕に気圧されて、慌ててコクピットに乗り込んだエリサだが、

「あの、出撃命令は――っ?」

「そんなモノ待っていられるか? この状況で指揮系統の機能してる部隊が、どこにある!」

 もはや、まともな編成をしている時間など無かった。出入り口に近いゾイドから、手当たり次第に出撃させ、要塞を囲った城壁の防備に向かわせる状況だ。混乱の格納庫で気持ちを整理することもできぬまま――整備兵がやけくそ気味に振った誘導灯に従い、エリサは《ディバイソン》を出撃させた。

 

 

 

 外は、地獄絵図と形容していい。空を駆けて来た帝国の砲弾が舗装を穿ち、基地内の建造物を破壊している。火の海の中無事に外へ出たは良いが、統制など全く取れていない状態だ。何をすればいいのか分からずに二の足を踏んでいるゾイド達――強襲隊《ゴルドス》、奇襲隊の《ガイサック》、高速隊の《コマンドウルフ》――所属も用途もバラバラで、エリサの《ディバイソン》は、その最後尾に居る。せっかく出撃しても、これでは中でもたついてる後続と、何ら変わりない。

「……いつまでもここに居ても、仕方があるまい」

 すると――通信機越しに、しゃがれた男性士官の声が響いた。蠢いた共和国ゾイドの中、一機の《ゴルドス》が最前に出ると、「俺はアイザック強襲戦闘隊所属・ローラン・セルジオ大尉。もし、より階級の高い者がいなければ――一先ずこの場の指揮は、俺が取らせてもらう。異存ないか?」と、居合わせたゾイド乗り達に問いかける。 

異論を唱える者は居なかった。エリサを含め、この混乱の中、頼る者も無いまま戦場に出るという事を、皆不安に感じていたのだろう。温厚ながら芯のある喋り方をするセルジオ大尉が指揮を申し出てくれたのは、むしろ歓迎だった。

反論が無いのを確かめると、よし、と頷いたセルジオ大尉。

「『アイザック要塞』は城壁と岩山で囲われた砦、帝国連中の砲撃でも、簡単に破られる事は無いがな。ウィークポイントとなるのは、比較的装甲の薄い城門部分――正面ゲートだ。集中砲火を受ければ、そこから敵が傾れ込んでくる。我々は、それを防ぎに赴く。いいな?」

 軍備再編に伴いかき集められたエリサ達とは違い、セルジオ大尉は元よりこのアイザック要塞の守備隊として任に着いていた士官である。砦の防備に対する理解は信用に値するものだろう、と、皆理解していた。

「大尉に従います。私達の指揮を、お願いします」

と、無線に応じたエリサ。他の者達も同様に頷くと、セルジオの《ゴルドス》に追従した。

 

 

 大尉の懸念は当たっていた。固く閉ざされていたはずの正面ゲートは、エリサ達が到着する頃には既に弾痕塗れであり、大きく広がった亀裂から、ガイロス軍のイモムシ型の小型突撃ゾイド・《モルガ》が断続的に侵入してきていた。迎撃に当たっているのは《ゴドス》・《ゴルドス》で編成された最小限度の基地防衛隊。城壁の外では、エウロペ人傭兵部隊が土塁を気づいて防備に当たっていたはずだが――なにぶん非正規軍だ、その装備は小型機か、『アタックゾイド』と呼ばれる超小型機で、貧弱という他ない。おそらくはガイロスの大軍に押しつぶされて、既に崩壊しているだろう。

 猛進してくる《モルガ》を足蹴にしたセルジオ機《ゴルドス》は、エリサの《ディバイソン》に振り返ると、

「質の良い銃器を備えたゾイドは城壁に上がって、少しでも敵の数を削れ」

と指示を出す。城壁の上では長距離砲を備えた《ゴドスキャノン》が立ち並び、要塞へと群がってくる帝国軍へと、必死の砲撃を見舞っていた。

 時たま撃ち込まれる敵の反撃に、一機、二機と損傷し、墜落してくる《ゴドスキャノン》――激戦の光景にゴクリと生唾を呑み、怖じけたエリサだが、セルジオに「――早く行け!」と急かされて、城壁を駆け昇る。

 

 

「……ッ! なんて、数……」

 

 

 《ディバイソン》のモニターに映った、城壁の向こう側の景色に、エリサは息を呑んだ。

 眼前に広がるロブ平野から遠く望むミューズの森の端まで――敷き詰めた絨毯の如き、ガイロス軍ゾイドの群れ。最前で要塞を攻撃するのは、重砲『キャノリーユニット』を搭載した改造機《キャノリーモルガ》。そのすぐ後に、《イグアン》と《レッドホーン》の隊列、空は戦闘ヘリ《サイカーチス》が飛び交い、最奥には共同で指揮を執る大型のゴリラ型ゾイド《アイアンコング》達が見えた。

 大隊――否、師団規模の大軍が動いている。これほど大規模な侵攻は、開戦当初の全面開戦以来であろう。一目で分かるほどの戦力差、現状の要塞守備隊だけではどう足掻いても持ちこたえられない。

 戦慄したエリサに、

「……援軍か? 部隊の再編が、終わったのか?」

 と、疲れ切った兵士の声が弾けた。

 隣に立つ、煤だらけの《ゴドスキャノン》からの通信だ。目も眩みそうな程の敵の群れに、それでも臆さず、必死に立ち向かい続けたパイロット。城壁へと駆け上がってきた真新しいエリサの機体に気づき、希望の眼差しを向けていると分かる。再編の済んだ予備兵力が動けば、持ちこたえる事が出来る――そんな彼らの『希望』が見て取れて、エリサは口ごもった。未だ格納庫は混乱していて、碌に統率のとれていない機体を小出しにしている――本当の状況を言う気にはとてもなれない。

 

「……すぐに、残りの方々もやってきます。もう少しだけ堪えてくださいっ」

 彼らの心を挫きたくなくて、エリサはできるだけ明るい声を取り繕い、そう伝えた。なんとなく察する物があったのだろう、《ゴドス》の士官は微かに戸惑ったが――すぐに「……了解ッ」と応答するや気力を振り絞り、再び城壁へと群がる敵機へと砲撃を開始する。

 

 その横で、エリサも萎えかけた心を奮い立たせた。

 

(そうだ……諦めないで、出来る事をしなくちゃ)

 

 モニターを操作し、ディバイソンを臨戦態勢にさせる。コンバットシステムの機動に伴って、機体に搭載された火器管制の補助装置・『COMBAT‐Ⅱ』の機動サインが点灯した。演習では碌に扱えなかった機構だが、最前に立った今、弱音を吐いている時間など無い。バラーヌ基地で、一緒に新型のテストをした青年士官の姿を思い出す。彼だって、「じゃじゃ馬」と称され、ベテランパイロット達さえ匙を投げた『新型機』と根気強く付き合い、モノにして見せたのだ。エリサも、それに倣うつもりだった。

 視界に映る敵機を捕捉し、システムが自動で最適な火器を選択してくれる。照準カーソルが全てロックしたのを確認すると、エリサは祈るような思いでトリガーを引いた。

 重々しい嘶きを上げた《ディバイソン》。その背に聳えた『105mm十七連突撃砲』の砲塔達が、一斉に光を放つ。

 轟音と噴煙を連ならせて撃ち放たれた砲弾が、地を這う《キャノリーモルガ》達に次々と命中し、炎上させた。凄まじい火力。だが同時に反動も大きく、砲撃に大きく傾いた機体は、徐々に射撃の精度を落としていく。

 演習の時と同じトラブルだ。やっぱりダメだ、と泣きそうになったエリサだが――今回は事情が違った。大地を埋め尽くす程の大軍を前にして撃ち込んだ攻撃は、多少のブレがあっても別の敵機に損傷を与えてくれる。不本意だが、今はこれで撃ちまくるしかない。

 

「《ディバイソン》……お願い!」

 

 《ディバイソン》の圧倒的火力は、城壁の上に立った友軍たちの目にも、その勇壮さを持って十分な鼓舞として映った。「おお!」と上がった歓声と共に、兵士達も折れかけた心を立ち直らせ、一層の砲撃を返す。

 勢いを取り戻した共和国の防衛隊に、僅かだが帝国の攻勢が緩んだ。破られかけた正面ゲートも、セルジオ大尉の《ゴルドス》率いる烏合の部隊が、付け焼刃とは思えぬ連携で死守している。敵の補給が尽きるまで持たせる――勝利への糸口が、微かに広がった気がした、その時であった。

 

 

 ――一筋の光が、帝国軍の中より伸びた。

 

 

 不健全そうな、蒼白い閃光の帯。それはアイザック要塞・城壁の正面ゲートへと真っ直ぐに照射され、凄まじいまでの大爆発を巻き起こした。城門を丸ごと消し飛ばし、周囲の城壁を崩落させた『一撃』。エリサの《ディバイソン》も、崩れ落ちる足場と共に大地へと投げ出されてしまう。

「きゃあ! ――なにっ……?」

 悲鳴を上げたエリサは、視界の端、共に此処まで駆けつけたゾイド達が、光の奔流に呑まれて消滅するのを見てしまった。セルジオ大尉の《ゴルドス》も、何が起きたのかさえ理解できないまま、白んだ閃光に押し流され消えていく。

 たったの一撃で、守備隊が見出しかけていた『活路への希望』が、打ち消された。

 閃光が止むと、粉塵舞う城門の瓦礫を乗り越えて、ガイロス軍の《モルガ》が、《イグアン》が、《レッドホーン》が、ついに要塞内へと侵入を開始する。そして――緩やかな足取りで、あの閃光を撃ち放った機体もまた、城壁の向こうへと足を踏み入れていた。

 瓦礫に塗れ動けない《ディバイソン》の中、エリサはモニターに映った漆黒のゾイドに目を剥く。

 二足歩行の、黒いティラノサウルス型ゾイド。これまでに一度も見たことが無い機体だった。自身の体躯に匹敵する大型の二連ライフルを背負っていながら、頭と尾を水平に持ち上げた完全二足歩行。巨躯に見合わぬ小さな前脚には、鎌のような鋭い爪を備え、紅く輝く細長いカメラアイが、酷く無機的な印象を与える。

 

《ジェノザウラー》。

 

 ガイロスの完成させた、『オーガノイドシステム』搭載の新型ゾイド。《ブレードライガー》と同様、操作性の不調を改善できずにいた次世代ゾイド――試作機完成から二か月、ようやっと量産体制が確立された『虐殺竜』。その一機が、アイザック要塞攻撃部隊の中に紛れ込んでいたのだ。

 


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