ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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エリサのディバイソン ②

 気乗りしないなりに《ディバイソン》の整備をこなしていたエリサは、背後で湧いた整備兵の喝采に気を取られて、振り向いた。エリサの《ディバイソン》の隣――空いた整備ラックの中に、鋭角的な意匠を持つ、蒼いライオン型ゾイドが入って来る。

 見慣れぬ新型機にざわつく整備兵達の中、エリサは「あっ――《ブレードライガー》」

と、その機体を呼んだ。ほんの数か月前に、エリサはそのゾイドの稼働試験を手伝っていたから、そのシルエットにも馴染みがあった。

 

 真っ先にジェイ・ベック少尉の顔が浮かぶ。

 

 オリンポス探索の任務を与えられた彼は、帰還後もすぐにミューズの森を初めとする最前線を転戦しており、エリサとは二か月以上会っていなかった。彼も此度の再編で、この『アイザック要塞』に転属してきたのか、と、僅かに期待したエリサだが――機体を停止させ、コクピットから出て来たのは、ジェイとは似つかぬ赤髪の青年だった。よくよく見ると《ブレードライガー》も、エリサの知る『アーリータイプ』とは細かな差異がある。尾や頭部アンテナ、シールドジェネレーターの形状が異なり、装甲も既存の《シールドライガー》により近い、深みのあるブルー。そして何よりも、コクピットが一般的なシングルタイプに変更されている。おそらくは、正式採用された量産タイプであろう。

 かつては《ブレードライガー》を乗りこなせず腐心していたジェイなら、今の自分の気持を理解して、身になる助言をくれたかもしれないのに――当てが外れてがっかりしたエリサが整備に戻ろうとした時だった。

「――エリサ?」

 と、ライガーから降りた男性士官が、彼女を呼び止めた。

 赤毛の士官の顔に覚えは無かったが、その声はどこか聞き覚えがあった。改めて振り返ると、彼女の背後で「ああ、やっぱりエリサだ」と、青年が笑っている。自信の滲んださわやかな笑みに、

 

「――シュウ君?」

 

 と、エリサも彼を思い出す。

 

 青年を、エリサは知っていた。

 シュウ・フェーン中尉。士官学校を共に卒業した仲で、同期の中ではいち早く中尉への昇進を果たした出世頭。理論・実践共に優秀な彼は、どちらかと言えば落ちこぼれ気味だったエリサとは対極にある。碌に話もしたことが無かった間柄だが、向こうは覚えていたらしい。

ハハア……、と笑った赤毛の青年は、いまいち覇気のないエリサを見るなり、「相変わらずボーっとしてるなあ。そんなんでここまで生き残れたなんて、ラッキーだよ、お前は」と彼女を軽んじた。

 

 暫らく振りの不躾さに、エリサは思わず回想する。

 士官学校時代から、フェーン中尉の歯に衣着せぬ物言いは有名だった。同性からは疎んじまれていたものの、フェーン中尉の才覚は本物だったから、誰も面だって反目はしなかった。キザな言い回しとあいまって自信過剰にも見え、それが華やかな女性達に良く受けたが――遠慮の無い言葉遣いを、エリサは好きになれなかった。

 

 気落ちした所を蹴たぐられたかのような気がして、思わず嫌な顔を出してしまうエリサ。フェーン中尉はそれに気づかなかったらしい、彼女の背後にそびえ立つ黒いゾイドを見上げて、

「――《ディバイソン》か。もしかしてお前も、今回の再編で新鋭機を与えられたクチかい?」

 と、薄笑みのまま彼女に尋ねる。

「え、うん……」

 歯切れの悪い返事をしたエリサを、「ハハア……」と見た赤毛の青年士官。次いで、今しがた停止させたばかりの自分のゾイドを振り変えると、

「僕もそうだけど――どうやら君とは、『上層部から掛けられる期待の程度』が違うらしい。与えられたのは、最新鋭機。共和国軍が細心のプログラムを解析して作り上げた、次期主力ゾイドの――」

「……《ブレードライガー》ですよね。知ってます」

 誇らしげなフェーン中尉を遮って、エリサがそれを呼んだ。

 目を剥き、「知っていたのか、お前程度のゾイド乗りが……」と驚愕した彼の表情がおかしくて、エリサは思わず胸を張る。

「試作型を、友達の士官が預けられていたんです。稼働試験のお手伝いをしてたから、同乗した事もあるんですよ。すごく扱いが難しいゾイドなんですよね?」

 あからさま面白くなさそうな顔をしたフェーン中尉は、「……なるほどね。実戦には出ず、テストパイロットをやってたから生き残れたのか」と曲解した。否定しようと口を尖らせたエリサを無視して、

「でも、これからは違うぜ。我らへリック軍は、前に出るんだ。悪逆を尽くすガイロス野郎共を押し返して、エウロペから叩き出す。その先陣を切るのが僕と、新しい『ブルー・ブリッツ』・《ブレードライガー》さ――君も遊んでばかりいないで、そろそろ共和国に貢献したらどうだい?」

「あのッ、私、遊んでなんて無いです。ちゃんと実戦も経験してますし」

 ムッとして、ついに言い返したエリサ。気弱な彼女を知っていたフェーンは、それに驚いたらしい。数秒呆けたが――すぐに持ち直して「へぇ……さっきの演習の、あんな様でかい?」と、嫌らしい笑みを浮かべる。

 挑発した彼の言、その意味を咀嚼すると、エリサはカッと紅潮した。

「ッ、シュウ君、見てたの?」

「ちょうど僕が到着した時に、この《ディバイソン》がテストを行っていたからね。嫌でも目に入ったよ。君の下手くそっぷりは」

「あれは、システムのせいで――」

 言い返しかけたエリサの言葉を、「どんな事情があれ、戦場は待ってはくれないよ。あんな無様じゃ、君は生き残れない」と、フェーン中尉が遮る。正論だ、何も言い返せず押し黙ったエリサに、この若い青年士官の自尊心は満たされたらしい。勝ち誇った笑みを浮かべるとクルと踵を返して格納庫を出ようとした。

 

「一応は君、僕の同期――つまりは友達だしね。目の前で死なれたら寝覚めも悪い。そうならないように、精々頑張れよ」

 

 去り際に手を振って、形だけの激励をするシュウ・フェーン中尉――それが一層エリサをへこませているとは思い至らなかったらしい、自らの立ち居振る舞いに酔いながら、悠々とその場を後にした。

 

 

 シュウ・フェーン中尉の背中を見送りながら、一層深い溜息を吐いたエリサ。すると今度は、

「フェーン中尉とアノン少尉は、士官学校時代の同僚だったな」

 と、背後からペガサス中佐の声が聞こえた。ようやっと気を抜けた矢先に、上官に声を掛けられて、エリサはビクと飛び上がる。

 振り向くと、マクシミリオン・ペガサスともう二人。三、四十代くらいの男性士官二名が、缶コーヒーを片手に、フェーン中尉の持ってきた《量産型ブレードライガー》を見上げている。エリサの視線に気づいた内一人が、小さく会釈をして、

「どうもアノン少尉。フェーン中尉の随伴機を任せられております、クラフト・モラレスです。こっちは、ラムセス・クーバ軍曹」

 と、柔和な笑みを浮かべた。

 

 随伴機――シュウ・フェーンの《量産型ブレードライガー》の奥、青いヴェロキラプトル型の小型ゾイド・《ガンスナイパー》が並んでいるから、それの事であろう。本来は《ゴドス》に代わる強襲戦闘隊の主力戦闘機として開発された物だが、《コマンドウルフ》と遜色ない高機動性、『オーガノイド・システム』搭載機同士の連携の取りやすさから、《ブレードライガー》の僚機として高速戦闘隊への配備も進んでいると聞く。

 

 モラレスとクーバ、どちらも歴戦の兵士らしく、隙の無い相貌だ。自分と同期であるフェーンがこの二人を従えているという事実に、エリサは妙な感覚を覚える。シュウ・フェーンは特別優秀な士官ではあったが――何となく、自分だけが取り残されたかのような気がした。

 居心地悪そうに唇を噛んだエリサに、マクシミリオン・ペガサスが歩み寄ると、「口数の多い男だがな、優秀さは本物だ。……同じ学び舎で戦い方を知った少尉なら、理解していよう」とフェーン中尉を評して、彼女の肩に手を掛ける。

「何も少尉に、意地悪がしたくて言っているわけではない。彼のように、君も最前線で戦える力を持ってほしい。そして、生き残れば良いのだ。そのための力、そのためのゾイドを、君は必要としている」

「はい……分かってます」

 頷いたエリサだが、迷いが断ち切れたとは言い難かった。フェーン中尉だけではない、あのジェイ・ベック少尉だって、紆余曲折を経て先行型《ブレードライガー》を乗りこなしている。まるで自分だけが取り残されたかのような気がして、焦燥を覚える。

 

 

 

 まるで落ち着かないエリサの心模様に共鳴したかのように――格納庫の天井が、静かな音を上げ始めた。

 小川のせせらぎのような繊細な水音は、やがて乱暴に鍵盤を叩いかような、騒々しい雑音に変わる。搬入されてくるゾイド達のキャノピーが滴に濡れているのを見て、「……雨か」とペガサス中佐は眉を顰めた。乾燥帯型の気候を持つ北エウロペで、雨が降るのは珍しい。それだけではない、どうやら風まで出て来たらしく、ヒュウと甲高い音が、格納庫の通気孔を通してハウリングした。

 

 

 今夜は、嵐になる。だが――この嵐に紛れて、ガイロス帝国軍の大攻勢が差し迫りつつある事を、ペガサス中佐もエリサ・アノン少尉も、知る由は無かった。

 

 

 


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