ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

30 / 85
幕間:エリサのディバイソン
エリサのディバイソン ①


――ZAC2100年 七月 ロブ平野中央部・アイザック要塞

 

 

 砂塵吹き荒れるロブ平野の真ん中、エリサ・アノン少尉は汗ばんだ手を裾で拭う。

 演習開始から一時間半、新しく割り当てられたゾイドの習熟運転のため、ぶっ続けで座ったコクピット。既に集中力は切れ掛けており、モニター越しの風景が霞んで見えた。

(――少尉、集中しろ。最後のターゲットだ)

 司令塔よりの通信。演習を監督する、マクシミリオン・ペガサス中佐の声が聞こえた。「は、はい!」と慌てたエリサは、瞼を擦って気を持ち直すと、操縦桿を握り直して、機体を前進させた。

 

 エリサに新しく与えられたゾイド――形式番号RZ‐031《ディバイソン》。分厚い装甲と『十七連突撃砲』を始めとした重火器、そして白兵戦用の『ツインクラッシャーホーン』を備えた、バッファロータイプの大型突撃ゾイドである。兼ねてより本国で再配備の準備を進めていたというこの《ディバイソン》が、先の『共和国軍最強師団・エウロペ派遣作戦』の実行と共に就役した。これに伴って重砲隊の中より新たに『突撃隊』が新設され――その第一期メンバーとして、エリサ・アノン少尉も選ばれたのである。

 

 荒野の中に配置された、最後のターゲットプレート。ズンと歩みを進めて、指定された射撃位置まで機体を誘導する。大型ゾイドの中でも気難しくなく、比較的扱いやすい《ディバイソン》だが、それまで乗っていた小型機・《カノントータス》と比べれば、やはり勝手が違う。習熟運転も今日で三日目、予定されていたカリキュラムはこれで終了するのだが――、

(『CОMBAT‐Ⅱ』、起動)

「はいっ……『CОMBAT‐Ⅱ』、起動しますっ」

 オペレーターの指示に従って、モニターを操作する。

 元々《ディバイソン》はメインパイロットの他に、砲手兼通信兵担うサブパイロットの搭乗を前提とした二人乗りの機体だ。が――人員の不足からか、今戦争での配備に当たりサブパイロットを設けず、単独で機体の操縦を行うように指示されている。それに伴い生じるであろう負担を軽減するために導入されたのが、複雑な火器管制を肩代わりする戦術補佐プログラム『CОMBAT‐Ⅱ』――ようするに、サブパイロットの代わりをコンピューター制御で賄おうというのである。

 

 一見画期的なシステムだが――エリサは、その扱いに手を焼いていたのだ。

 

「照準合わせ……、『105mm十七連突撃砲』、発射!」

 《ディバイソン》のから突き出された砲塔の束から、立て続けに砲弾が撃ち放たれる。轟音と共にターゲットプレートが撃ちぬかれ、砕け散っていく。十七発全てを同一目標に命中させるのが、この演習におけるカリキュラムの一つなのだが、

「……あ、あれ? あれ?」

 砲撃の衝撃に、《ディバイソン》の機体が少しずつブレていく。射角が変わり、打ち込んだ砲弾がターゲットの横をすり抜け地面を抉る。

(アノン少尉、機体を持ち直せ! 射角を調整しろ!)

 と、司令部から指示が飛んだ。「は、はい!」と叫び返したエリサは、慌てて機体を持ち直そうとするが――砲撃の反動で重くなった操縦桿を、上手く手繰れない。もたもたしているうちに、撃ち込んだ弾の半分以上が、目標とは関係の無い大地に吸われていた。

 流れ弾でムアと舞い上がる土埃を、呆然と見つめるエリサ。司令塔のマクシミリオン・ペガサス中佐が、深い溜息を吐いたのが、通信機越しに聞き取れて、一層の気落ちをすることになった。

 

 

 演習終了後、すぐに指令室に戻り総評を貰ったのだが――案の定マクシミリオン・ペガサス中佐に、機体制御に関する手厳しい指摘を受ける。

 両の腕を組んだペガサス中佐は、難しい表情のままでエリサに詰問した。

「砲撃の所作は、『CОMBAT』がオートマチックでやってくれる。照準を合わせてトリガーを引くだけの作業だ、何を手間取る事がある?」

「すみません、言われた通りに操作したつもりなんですけど……」

 咄嗟に応えたエリサだが、「他の候補生たちは問題なく、出来ているのだぞ」と、ペガサスは取り合わない。事実、エリサと一緒に突撃隊として招集されたパイロット達は、既に《ディバイソン》の習熟運転カリキュラムをクリアしているのだ。もう一度深い溜息を吐いた後、ペガサス中佐はいらいらと頭を振って、こう続けた。

 

「制空権を取り戻した我が軍の戦況は、変わる。反撃の時が来たのだ、突撃隊に転属したアノン少尉はこれまでのような後方支援ではない、ベック少尉達高速戦闘隊のように、最前線で戦ってもらう事になるのだぞ? 」

 

「――っ……」

 中佐の言葉が、エリサの耳には痛かった。これまでのように、最前で立つ味方の影から――安全な場所から支援砲撃を行うのとは、訳が違う。その事を理解して、必死に新しい愛機と馴染もうとしているつもりだったエリサは、「あの……私、ちゃんとやってます」と、思わず口答えしてしまう。

「ちゃんとやってる、だと? ならば、何故君だけがカリキュラムをクリアできない? 応えてみろ」

 厳しい詰問が、エリサの心を抉る。中佐の掛けるプレッシャーに、口ごもったエリサは、つい「……『CОMBAT』が扱い辛いんです。二人乗りのゾイドを、機械と一緒に扱うなんて――」と、先ほどから感じている鬱憤を言ってしまった。

 

 

「――甘ったれた事を言うんじゃないッ!」

 

 

 部屋中に響き渡る、ペガサス中佐の怒声。

 オペレーターや、共に訓練を終えたテストパイロット……指令室に集まった皆の視線が集まって、エリサはビクと肩を竦める。険しい相のペガサス中佐が、フンと荒い息を吐いて、言葉を続けた。

「無論、息の合った二人のパイロットが《ディバイソン》をコントロールした方が、優秀なのは分かっている。だが、乗りこなせる練度を持った人材、それを育成する時間、そして――そうやって手間を掛けた者達が万が一撃墜された時、損失をどうやってカバーする? 少尉の目には、我が軍にそこまでの余裕があるように見えるのか?」

 正論に次ぐ正論。返す言葉などある訳も無く、エリサは唇を噛み締めて俯いた。そんな彼女を見定めるように、ジロと睨みを利かせたペガサスは、やがて「……もう行け」と、抑揚なく言う。

「実戦に出る時までに、《ディバイソン》を――『CОMBAT‐Ⅱ』のシステムを、使いこなせるようにしておけ。そうでなければ、苦労するのはお前だ。アノン少尉」

 と、突き放すような物言いで締めたコンボイは、クルと踵を返して、指令室を後にした。

 

 

 

 格納庫に戻り、《ディバイソン》の整備を行うエリサだが、その足取りは重い。元よりゾイドの操縦が得意というわけではなかった彼女だが、オペレーションソフトを利用して『二人乗りの機体を一人で操縦する』というのは、専門外もいいところである。気落ちした彼女には、喧噪に湧く格納庫も、どこかよそよそしい場所に思えた。

 

 今、この『アイザック要塞』の格納庫は、人とゾイドでごった返している。先日の輸送作戦により、本国からの増援を受けた軍は、機体・部隊の再編で、昼夜問わず整備作業が続けられていた。バラーヌ基地守備隊に配属されて二か月もしないうちに、エリサがこの『アイザック要塞』に転属となったのも、増援に寄る新隊創設が理由だ。《ゴジュラス》や《ゴルドス》と言った従来の主力戦闘ゾイドから、《ガンスナイパー》や《ストームソーダー》といった最新鋭機まで、様々な機体が所狭しと立ち並び、誘導を待っている。

 ズラと並ぶ、色とりどりのゾイド。普段のエリサなら、興奮にキラと瞳を輝かせるだろうに――今の彼女は、そうは行かない。

 

 エリサはゾイドが好きだった。

 子供の頃より、共和国軍人だった父と、彼の乗るゾイドを見て育った。同じ年頃の友人達が華やかな趣味に傾倒していく中で、密かにゾイドを追いかけた。街往く作業用ゾイドに目を留め、父の伝手で軍用ゾイドに乗せてもらったりもした。体力に自信があった風でも無い、愛国心が人一倍強かったわけでもないエリサが、軍に入隊したのも、一重にゾイドへの興味からである。パイロットとしての才は、決して優れていると言えなかった彼女だが――こうして様々な機獣に囲まれているだけで良かった。

 それなのに――今はどうにも、はしゃぐ気に慣れない。ペガサス中佐の癇癪が、頭蓋の中で何度も反芻し、胃の腑に重く圧し掛かる。一層自信を失った彼女は、もはや愛機の姿を見るのすら、億劫に感じていた。

 

 誘導灯を振る整備兵達を躱し、停止したばかりのゾイド達の足元を抜けながら、新しい愛機の元を目指す。同じ四足歩行型で形質の近い高速戦闘用ゾイド向けのエリアに、《ディバイソン》は格納されていた。先の演習で土埃に塗れているが、黒々とした重装甲は真新しく、力強い。かつて父の書斎から拝借して見た、旧大戦の戦場写真――そこに写っていた『鋼鉄の猛牛』が、目の前にある。 

 

(……《ディバイソン》は、嫌いなゾイドじゃなかったんだけどな)

 

 立ち尽くした《ディバイソン》の機体を見上げながら、エリサはもう一度、深い溜息を吐いた。  

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。