ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑯ 帰還

 

 《ブラックオニキス》の上げた焔が、吹き荒れる磁気嵐に舞って火の粉を散らす。大破、炎上――パイロットも生きてはいまい。《ブレードライガー》のコクピットの中、緊張が解けて異様な虚脱感に襲われながらも、ジェイ・ベック少尉は仲間達を振り返った。

 

「フリーマン軍曹……」

 

 亡き部下の名を呼ぶ。《コマンドウルフ》部隊は、ほぼ全滅。残骸も《ブラックオニキス》の放った絨毯爆撃の余波を受け、ほとんどが吹き飛ばされている。軍曹の遺体も、死の山と化したオリンポスの灰に呑まれてしまっただろう。

 辛うじて無事なウルフは、傭兵ツヴァインの愛機だけだ。半壊したそれを庇うように、グロック・ソードソール少尉の《シールドライガー》が『エネルギーシールド』を固着させ、寄り添っていた。

「――ジェイ・ベック少尉」

 コンボイ小隊長からの通信。損傷によろめいた《シールドライガーDCS》が、ジェイ機の傍に寄ると、「生存者の救助は、私とグロックで行う。ジェイ少尉はレイモンド主任と任務を遂行しろ。遺跡に残るデータの残滓を回収するのだ」と指示を出した。

 即答は、できなかった――あくまでコンボイ大尉は、任務を全うしようとしている。それが意味するのは、『オーガノイドシステム』の更なる解析と、それに伴う犠牲の拡大だ。ジェイは今、システムに蝕まれた愛機の思惟と繋がっている。胃の腑を押し上げるような破壊衝動の濁流。これが全てのゾイドに取り込まれれば、システムの狂気は機体を通じて、人々へと感染していくだろう。たとえそれが侵略から母国を救う術だとしても、今のジェイには即断できなかった。

「――了解したよ。コンボイ隊長」

 口ごもったジェイの代わり、応えたのはレイモンド主任だった。

 頼む、と通信を終えて、グロック、ツヴァインの元へと踵を返した小隊長の機体を横目に、ジェイは戸惑いながらレイモンドに振り返る。「どうして……」と問いかけた彼に、

「ボク以外には解析できないんだ……探した振りをして、『ここには何も無かった』と――そう伝えればいい」

 そう応えたレイモンドの顔は、まるで憑き物の落ちたかのような、晴れやかな微笑を湛えていた。

 

 

 熱砂に埋もれてゆく遺跡の残滓を追いながら、データ収集に励む《ブレードライガー》。そのコクピットの中で、「シュミット大尉のおかげで、あらかた理解できたよ」と切り出したレイモンドは自らの見解をジェイに告げる。

 

「おそらく、『オーガノイドシステム』搭載機の操作性を、根本的に解決する方法は無い。ゾイド生命体のリミッターとでも言うべき何かを廃して、その潜在能力を引き出しているんだ。無理やりに力を引き出されたゾイドの気性は、当然荒くなる。『凶暴化』という過程も、システムを構成する重要なプログラムなんだろう」

 

 荒すぎる気性が『オーガノイドシステム』によって引き起こされてしかるべきというのならば、《ブレードライガー》はシステム搭載機として未完成ではなく――限りなく完成された機体と言える。それはすなわち、《ブレードライガー》を現状兵器として安定させる方法はない、ということでもあった。技術士官である彼にとって、それはとても不本意な結果だろうに――彼の瞳は晴れやかだ。

「でも、これでよかったんだ。仮にシステムを安定させる方法があったとして、あのヘルマン・シュミットのような真似をする気には、ボクにはなれないから……じゃじゃ馬に付き合わせて、悪かったね、君にとっても、その《ブレードライガー》はさぞやり辛い機体だっただろう?」

 

 詫びを言ったレイモンド主任に、ジェイは「いいや」と頭を振る。

 

「《ブレードライガー》はじゃじゃ馬じゃないよ、主任。システムの狂気の奥に隠された、ゾイドの本来の心……それに気づく事が出来れば、応えてくれたんだ」

 

 《ブラックオニキス》のパイロット、ヘルマン・シュミット大尉が『オーガノイドシステム』のへの執着を語った時――ツヴァインの怒りに同調して打ち振るえたジェイに同調するかのように、ライガーの持つ破壊衝動も高まった。パイロットの気持ちを感じ取り、それに呼応したライガーは、決して凶暴性だけに呑まれた機体でないと証明している。ジェイとライガーが、共にシュミットを倒さねばならないと理解したからこそ、二人は限界を超えた力を発揮し、《ブラックオニキス》を打ち破る事が出来たのではないか。

 

「システムの奥に隠された心を知る――それが『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドを乗りこなす、真の方法、か……」

 ジェイの言葉を反芻したレイモンドは、フッと表情を緩めると、

「『オーガノイドシステム』をこんなにも早く理解するなんて、君は意外とすごいゾイド乗りなのかもしれないな、ジェイ少尉」

 と微笑して見せた。

 

 直後にアラーム音が鳴って、ライガーの計器が乱れ始める。パルスガードの限界が近いらしい、モニターを確認し、機体が磁気嵐の影響を受けつつあるのを知ったレイモンドは、「引き上げ時だ。退こうジェイ少尉――オリンポスのテクノロジーは、灰の中に眠っているべきなのかもしれない」と、作業を終える。

 その意見に異論は無かった。ああ、と短く頷いたジェイは、砂塵に埋もれてゆく遺構を横目に見ながら《ブレードライガー》をコンボイ達の元へと向けた。

 

 

 

 暗雲の山頂を抜けると、既に日は傾いていた。

 コンボイ大尉とジェイ、グロック、そしてツヴァインの四人だけになってしまった『307小隊』が、オリンポスを下っていく。麓に残した《グスタフ》と合流し、機体の応急処置を終えたら、夜の内にへリック領へと帰還しなければならない。犠牲の大きさに対して、収穫は無かった――一行の足取りは重かったが、それでも今は生き残る為、立ち止まる事は許されない。

《シールドライガーDCS》が先頭を往き、グロックの《シールドライガー》が、自走できないツヴァインの《コマンドウルフ》をワイヤーで牽引した。損傷の激しい三機を守るように、ジェイの《ブレードライガー》が隊列に寄り添う。

 

「……ツヴァイン」

 

 ライガーの足並みを緩めて、ジェイは地面を引き摺られた《コマンドウルフ》の半身に目を遣った。キャノピーの向こう、ガタと揺れるウルフのコクピットで、ツヴァインはジッと瞼を閉じたまま、瞑想している。

 構わずに、ジェイは通信を続けた。

「戦争を起こしたのは、ガイロスだけじゃない。お前の怒りは、へリックにも――俺達にも、向けられてしかるべきものだ。だから……」

 反応は無かった。彼の負った心の傷が、ジェイの口から出た言葉でどうこうできるとは思っていなかったが――それでも何か、ツヴァインに伝えておかなければならないような気がした。

 

 言葉を足そうとしたその時、「……うるせぇよ」と、短い返答が返ってくる。

 

「前にも言ったじゃねぇか。俺はお前に憐れんで欲しくて戦ってるんじゃねぇ。ただ――あの《ダークホーン》のパイロットが気に入らなかったから、少しばかり本気になっただけさ。アイツを倒したところで、犠牲になった連中が生き返る訳じゃないけど……そうせずにはいられなかった」

 目を開けたツヴァインは、不貞腐れたかのように視線を逸らした。だが、怒っている風ではない。遠くを見遣ると一言、「一応、礼は言っとくぜ……お前がいなければ、俺達はアイツにやられて、死んでいた」と、消え入るような小声で、ジェイを賛美する。普段の毒気が無い、正真の言葉だった。

 戦いを終えたツヴァインは、これまでの彼とは違う気がして――「なぁ――これから、どうするんだ?」と、ジェイは何故か、問うていた。

 ハッ、と息を吐いて、傭兵ツヴァインは即答する。

 

「別に、どうもこうもしねぇよ。戦争は終わって無い。これからだって、エウロペは戦火に撒かれて傷ついていく……だが、そいつに背を向けた所で、何も変わらねぇンだ。俺は俺が出来る事をして、戦い続ける――それだけさ」

 

 夕暮れを、『307』のゾイド達が往く。目指すは東――赤の砂漠(レッドラスト)を越えた先にある、共和国の防衛ライン。今は、時間が必要だった。傷ついた心と躰、そしてゾイド達を癒やすだけの時間。未だ戦いの続くエウロペが、どれだけの猶予をくれるかは分からない。

 

 それでもジェイ達は――生きるために、歩みを進めた。

 

 

 

 西方大陸エウロペで戦われた、へリック共和国とガイロス帝国の戦い――『西方大陸戦争』の名で語られるこの戦いは、惑星Zi史に置いても極めて特異な、古のテクノロジー『オーガノイドシステム』を奪い合う戦争でもあった。北エウロペのオリンポス山・南エウロペのガリル遺跡で立て続けに繰り広げられた「技術争奪戦」は、共にガイロス帝国の勝利で終わっている。

 へリック共和国は《ブレードライガー》・《ストームソーダ―》・《ガンスナイパー》、計三機種の量産化を持って、システムの研究を凍結する。一方で更なる技術解析と研究を為し得たガイロスは、その後も試作機の開発を継続し――やがてはヘルマン・シュミット技術大尉の悲願でもあった『絶滅機種の再生』までも成し遂げていくのである。

 

 ――両国の争いは、まだ終わらない。

 

 


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