ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑮ リンク

 コンボイ小隊長の《シールドライガーDCS》が、《ブラックオニキス》へと果敢に挑む。『オーガノイドシステム』搭載機の獰猛性は、身を持って体験している小隊長だ。接近戦となれば、《シールドライガー》と言えど歯が立つまいと、理解しているのだろう。機動力を生かして距離を取り、火砲の撃ち合いになる状況を維持している。

 並みの大型ゾイド三機分に匹敵しよう重装備の《ブラックオニキス》に対して、ライガーは火力の面でも有利とは言い難いが――その性能差を機動力と『エネルギーシールド』、そしてコンボイ大尉自身の卓越した腕前で賄い、必死に食らいついていく。

 

 

 

「……無理だ。あの《クリムゾンホーン》のシステムは、我々の解析した『オーガノイドシステム』よりも完成されている。ノーマルの《シールドライガーDCS》では、どうあっても適わない」

 絶えず砲撃音の続く戦場を横目に、レイモンド主任はやるせなさに咽せ、呟いた。

 彼の言葉通り、《ブラックオニキス》の砲撃力を前に、徐々に損傷していく《シールドライガーDCS》。守りの要たる『エネルギーシールド』の限界が来た時に、決着の時は訪れるだろう。

「奴らは……あのシュミット大尉が語った鬼畜の所業を持って、システムを完成させた。『オーガノイドシステム』は、我々の叡智を遥かに超えたテクノロジー、悪魔にならねばモノにすることなどできない」

 既にレイモンド・リボリーは、この作戦の――そして帝国と共和国における『オーガノイド争奪戦』の敗北を覚悟していた。絶望を俯いて、《ブレードライガー》のコンディションを表示したモニターを撫でると、

 

「帝国のやり方が正しいとは思えないけれどね……僕ら技術屋はそういう存在なんだ。どんな悍ましい真似をしてでも、軍に益のある兵器を提供しなければならない。でも、司令部がそれを命じたとしても、ボクはシュミット大尉のように実行する事は出来ないだろう。綺麗事染みたヒューマニズムを語っても、エウロペの人々に赦してもらえるわけがないのに……それでもボクは、できないんだ」

 

 額から流れる血を拭ったレイモンドは、ひび割れた眼鏡を外して放る。自嘲気味に笑うと、前の操縦席に座ったジェイに向けて、「すまない少尉。ツヴァイン君の言うとおり……ボクはキミ達戦場のゾイド乗りに張りぼての新型ゾイドを渡し、エウロペを傷つけただけだった」と、詫びを言った。

 

 ジェイは、応えなかった。

 只々《ブレードライガー》から流れ込んで来る思惟を感じて、心を研ぎ澄ます。荒れ狂う闘争心――だが、その中に混じった怒りや憎しみ、そして悲しみと言った、ライガー本来が持ちえる心を、今のジェイは感じ取る事が出来るようになっていた。後部座席へクルリと振り返ったジェイは、

「……主任。貴方も俺も、まだ終わっていない」

 と、レイモンドを叱責する。

「貴方の言うとおり、『オーガノイドシステム』は人の手に余る、恐ろしいテクノロジーだ。ゾイド生命体の存在を歪め、変えてしまう……だが、貴方一人が諦めた所で、帝国も共和国もそれを捨てはしないだろう。一人絶望し、ここで死んでいいのか? システムの研究で犠牲になった人々やゾイドに報いる『何か』それを見つけることこそが、『オーガノイドシステム』を目覚めさせ、利用した技術者(あなた)や――俺達『戦争屋』が出来る、唯一の贖いなんじゃないか?」

「……っ」 

 そう問うたジェイの脳裏には、先にコンボイ小隊長が彼に説き伏せた言葉の片鱗が木霊していた。

 

 

 ――彼らに何か手向けたいという思いがあるというのなら、まずは君自身が生き残らなければならない。戦いの果てに贖罪の道を探すために……今は生き延びろ。

 

 

 そうだ――多くを巻き込んだ戦争の当事者であるジェイ達は、安易な死を選ぶことなど許されない。自分達の都合で変質してしまった、エウロペの人々やゾイド達――ツヴァインや《ブレードライガー》は、今も必死に、ジェイ達と共に戦ってくれている。それを無碍にして死を選ぶなど、できるはずがなかった。

 改めて操縦桿を握り直したジェイ・ベックは、目を閉じて念じると、静かに愛機を再起動させた。疲弊した機体に力が満ちて往き、ジェネレーターがフル回転する。

 

(《ブレードライガー》、今だけは……頼む!)

 

 胸中で叫んだジェイ。

 

 まるで心に立ち込めた暗雲が晴れるかのように、どす黒い破壊衝動が鳴りを潜めていく。ゆっくりと身を起こした青い機獣――そのコクピットの中、ジェイは愛機の機首を《ブラックオニキス》へと向けると、思い切りアクセルを踏み込んだ。戦うべき相手を見定めたかのように、大きく頭を振り被った《ブレードライガー》は、ジェイの操縦に応えるかのように、力強く咆哮した。

 

 

 

 これほどとはな、と、スターク・コンボイ大尉は胸中でごちた。

 再三に試みた砲撃も、重装甲と脅威的な生命力を併せ持った《ブラックオニキス》を破壊するには至らなかった。通信機越し、(無駄だ、『オーガノイドシステム』を持たぬ貴様のゾイドでは、私の相手には成り得ない!)と勝ち誇ったシュミット大尉の声を拾い、「チッ……」と舌打ちをする。

 臨界稼働を繰り返し、すでにDCSのジェネレーターは限界が近い。「ならばっ!」と意を決したコンボイ大尉は、初めて《シールドライガーDCS》を前に出した。幾重にも絡まった《ブラックオニキス》の火線を縫いながら、最高速で駆け抜ける。

 既に『Eシールド』は使い物にならず、躱しきれなかったレーザーが装甲を抉り、駆動系を焼いた。それでも、コンボイは加速を緩めない。

(破れかぶれの特攻か。見苦しいぞ、小隊長)

 眼前に迫ったライガーを貫こうと、《ブラックオニキス》が鼻先の大角を振りかざした時だった。

「――どうかな!」

 と返したコンボイ大尉が、思い切り機体を跳躍させた。躱した――、否、『デッドクラッシャーホーン』がライガーの下腹を抉り、『三連衝撃砲』が削げ落ちている。凄まじい損傷に呻きながらも、着地した《シールドライガーDCS》は《ブラックオニキス》の横っ腹へと密着し、狙いを定めていた。

「――行けッ!」

 背負った『ダブルキャノン』の銃口を《ブラックオニキス》の脇腹にねじ込むと、コンボイ大尉は渾身の一撃のトリガーを引く。 高密度ビームの零距離射撃。炸裂弾とも見紛う凄まじい閃光が爆ぜて、《ブラックオニキス》、そして《シールドライガーDCS》自身すらも巻き込む。

 『ビームキャノン』の砲身が砕け散り、最前にあったライガーの頭部装甲が焼け爛れた。激震に眉を顰めながら、コンボイは敵の損傷具合に目を凝らす。《ブラックオニキス》も、ただでは済んでいない。脇腹を覆った重装甲が粉砕され、後ろ脚の駆動輪が破断されている。

 ガクリと膝を着いた《ブラックオニキス》の姿に勝利を確信したコンボイだが――、

 

 オニキスは、死んでいなかった。

 

(――シャァッ!)

 背中に備えた『三連装リニアキャノン』兼アームユニットが展開し、刺突を見舞う。躱しきれなかったライガーの喉笛が抉られ、「グハ……ッ」と呻いたコンボイ大尉。かなりの深手に、みるみるパワーダウンしていく《シールドライガーDCS》。倒れ伏したその機体を見下して、ヘルマン・シュミット大尉が破顔し、叫んだ。

(なかなかの腕前だ、コンボイ大尉。その機体で、《ブラックオニキス》を此処まで破壊するとはな……だが、健闘もこれで終わりらしい!)

 迫りくる《ブラックオニキス》の攻撃を躱そうと後ずさったコンボイ大尉だが、その挙動は余りにも鈍かった。次の一撃は躱せない。

 

 小隊長が死を覚悟したその時だった――『パルスレーザーガン』の光弾が降り注いで、《ブラックオニキス》の機体を傾けさせる。

 

 衝撃に揺れたコクピットの中で、ヘルマン・シュミット技術大尉は目を剥いた。既に目の前の《シールドライガーDCS》以外、彼に戦いを挑む余力のある機体などいなかったはずだ。(どこから……ッ)とごちて周囲を見回した《ブラックオニキス》――その赤い瞳に、見慣れない蒼のライオン型ゾイドが映り込む。

 

 蒼い機獣……共和国軍の『オーガノイドシステム』実験機、ジェイ・ベック少尉の《ブレードライガー》が、そこにいた。

 

 

 ヘルマン・シュミットだけではない。コンボイ大尉、そして半壊したゾイドの中で戦いを見守っていたツヴァインとグロックも「ベック少尉……」と、立ち上がった機体に驚愕し、視線を注ぐ。皆の思惟を一身に受けた《ブレードライガー》は、自らの再起を声高に叫ぶかのごとく、暗雲に向けて咆哮して見せた。

 敵部隊制圧を目前に、再び立ち上がってきたジェイ達だ、煩わしさにシュミットは声を荒げた。

(まったく手を焼かせてくれる……貴様はもう消えていい、私の前から今すぐ失せろ!)

 乗機《ブラックオニキス》の頭部に備えられた六つの『荷電粒子砲』が、バチバチとうねりを上げ、雷霆を吐き出す。六つの稲妻は一直線に《ブレードライガー》を目指し、着弾した。ライガーの機影を、周囲の地面ごと爆炎の中に沈めたが――、

 

 巻き上げられた粉塵が治まっていくと……鬣を展開し、光の壁に守られた《ブレードライガー》が、尚も顕在していた。

 

(『エネルギーシールド』だと……ッ)

 初めて、ヘルマン・シュミットが焦燥する。

 《ブレードライガー》が《シールドライガー》をベースに開発された新型機である事は、先に交戦した『南エウロペ先遣隊』の持ち帰ったデータより判明していた。『エネルギーシールド』を搭載しているであろうことも当然想定していたが――それが六門の『荷電粒子ビーム砲』を受けとめる程の高出力を維持しているのが、信じられなかった。

「ヘルマン・シュミット大尉……お前だけはッ!」

 ジェイ・ベックが叫んだ。同時に《ブレードライガー》が疾走し、《ブラックオニキス》へと突貫を掛ける。(貴様らァアアア……ッ!)と激発したシュミット、全ての火器を解放してそれを迎え撃った。『六連荷電粒子砲』、五機の『二連レーザー砲』、さらには両のアームユニットに備えた『三連リニアキャノン』……積載された火器の照準を、全て《ブレードライガー》に向けて撃ち放つ。

 流星群の如き光の嵐を、ジェイは真っ直ぐに見据える。

 背部に備えた『ロケットブースター』を全開し、さらにライガーを加速させる。次々と堕ちてくる光の雫の中を、猛スピードで駆け抜ける《ブレードライガー》。凄まじい瞬発力、絨毯爆撃の如き《ブラックオニキス》の猛攻が、一発も当たらない。

 

(何故あんな動きが出来るっ!? 『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドを、己が手足のように……ッ!)

 

 

 ――マスター・リンク。

 

 

 その言葉が、ヘルマン・シュミットの脳裏を過ぎった。ゾイド乗りとゾイドの精神が完全な同調を果たし、人馬一体の超機動を完遂する。超一流のゾイド乗りと、長年それに添い遂げたゾイドが揃って、初めて到達し得る『境地』を、言語化した言葉だ。だが、それを一軍人が――ましてや『オーガノイドシステム』に汚染されたゾイドと共に、為し得る事など、ほぼ不可能な話である。

 有り得ぬ事態に動揺したシュミットの操縦は、徐々にその精彩を欠いていった。

 最高速度を維持したまま、地面を穿つ砲撃を蛇行して躱し続ける《ブレードライガー》。《ブラックオニキス》を目前に捕えると、背負った『レーザーブレード』を展開する。最大出力。システムへの狂気に憑りつかれた(シュミット)を断ち切る覚悟が、光刃に宿り――、

 

「うおおお当たれェエエエエッ!」

 

 ジェイが、渾身の気迫を叫んだ。レーザーコートに包まれた刃を煌めかせて跳躍した《ブレードライガー》に、慄き嘶く《ブラックオニキス》。だが、先にコンボイ大尉の攻撃で駆動部を損傷し、神速のライガーに対処しきれない。

 振り下ろされた光刃がオニキスの角を断ち切り、そのまま頬、首筋、胴――そして尻尾の先へと切り裂いていく。

(ウ――、ウワアアアアアア……ッ!!)

 ヘルマン・シュミットの断末魔が木霊した。

 返り血の如き白熱の火花をぶち撒けて砕ける《ブラックオニキス》と交錯しながら、もう一度《ブレードライガー》が吠える。漆黒の改造ゾイドを完全に真っ二つになるまで断ち切ると、ライガーは四肢で地面を抉りながら着地し、停止した。

 

 「カッフ――ッ」と、息を吐いたジェイは《ブラックオニキス》へと振り返る。シュミットとの通信は途絶している、噴煙を上げた《ブラックオニキス》はよろと崩れ落ちると――やがて閃光と共に燃え上がり、爆散した。 

 

 


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