ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑭ 『テクノロジー』

 『荷電粒子砲』。

 惑星Ziにおけるそれは、大気中の静電気を吸収・増幅させて撃ち出す光線兵器であり、その一撃は照射対照を原子レベルまで分解する。物理装甲での防御は不可能、大出力の物であれば《ゾイドゴジュラス》のような超大型ゾイドすらも丸ごと消滅させることが可能な、名実共に最強の装備である。かつてへリック共和国を度々崩壊の危機に陥れた帝国のゾイドは、軒並みこの『荷電粒子砲』、もしくはそれを応用した殺戮兵器を搭載していた。

 《ブラックオニキス》に搭載された『加速荷電粒子偏向砲』は、出力自体は極端に高いわけではない。だが、稼働する六基の砲塔から撃ち出されるその弾速は速く、「回避不可能」と断言していいほどの射角を誇る。降り注いだ光線が、生き残った《コマンドウルフ》を、《シールドライガー》を、そしてジェイの《ブレードライガー》を、次々と捉えていく。

「ク……ッ」

 何とか機体を起こして跳躍させるが、光線がさっきまで居た地面を抉り、爆風がライガーの頬を焦がす。さらに一射、二射――六つの房から次々と荷電粒子ビーム砲を放つ《ブラックオニキス》は、碌に狙いを定めていない。ビームの絨毯爆撃に、残る《コマンドウルフ》が次々と撃ちぬかれていく。そして――、

「ア……ウワーッ!」

 爆散した《コマンドウルフ》から聞こえた断末魔に、ジェイは蒼白となった。「……フリーマァンッ!」と部下の名を叫ぶが、返事はない。ジェネレーターを撃ちぬかれたフリーマン軍曹の《コマンドウルフ》は、やがて水風船の如く膨れ上がり、爆発・四散した。

 死したのはフリーマン軍曹だけではない。(アルファ)(ブラボー)分隊の《コマンドウルフ》達も――それだけではない、《ブラックオニキス》の友軍であるはずの《ブラックライモス》までもが、『六連加速荷電粒子偏向砲』の一撃を浴びて、粉砕される。

「味方ごとやるのか!? 同じガイロスだろうに――ッ!」

 ボロボロの機体、必死に『エネルギーシールド』を張って耐える《シールドライガー》のコクピットの中で、グロックが戸惑った。(――同じではない)と、それを嘲笑ったヘルマン・シュミットは、あろうことか残る一機の《ブラックライモス》も荷電粒子の渦に曝した。光流に呑まれ悶絶するライモスを横目に、シュミット大尉は不快そうに眉を顰める。

 

 

(私の仲間は、正統なる飛竜十字の血族のみ。ここに同伴したのは、かつて暗黒の軍門に降った異邦の者達の末裔――覇王ガイロスの情けに縋り同胞となった、翼の生えた蛇共に過ぎない)

 

 

 ガイロス帝国は、群雄割拠にあった暗黒大陸を、先代皇帝覇王ガイロスが武力で統一して生まれた国家である。現在は混血が進み、その慣習は失われているものの……ブラッディゲート、ゴッドクライ、デビルズメイズ――同じ二クス人と称されてはいても、古代都市トローヤを発祥とする真のガイロス族と、これらの国より合流した者との間には、明確な身分差が存在した。そんな帝国の中で、今なお冷遇される位置にあるのが、かつてへリック共和国に滅ぼされた『ゼネバス帝国』出身の者達である。彼らの多くはこの西方大陸戦争においても下級兵士として、ガイロス出身の上級士官の駒となり、従軍している。《ブラックライモス》のパイロットも、そんな出自にある者だ。

 

 そして――ヘルマン・シュミットは、自らが純血のガイロス人であることを信じて疑わなかった。

 

 

「差別主義者が……とち狂ってるぜ、オマエェッ!」

 ボロボロの機体を必死に手繰りながら、ツヴァインが吠えた。荷電粒子のシャワーを縫って《ブラックオニキス》に隣接すると、辛うじて機能する『ロングレンジキャノン』の一門から、光弾を撃ち放つ。

 ――閃光。会心の一撃が漆黒の角竜の右肩に直撃するが……ダメージはなかった。重装甲の《ブラックオニキス》には、最新鋭の『アタックユニット』すら通用しない。反撃にレーザーを撃ち込みながら、(貴様は、エウロペ人か)と《コマンドウルフAU》嘲ったシュミット大尉。

(古の秘宝を守るために生まれた、エウロペの埴輪(ヒトモドキ)共。貴様らに理解してもらおうとは思わない。我らはただ、お前達の持つ『力』を徴収し、あるべき権威を取り戻すのみ――二クスの竜、誇り高き竜騎兵(ドラグーン)たる我らの友を)

「何を、言ってやがる……っ!?」

 呆けたツヴァインに、シュミット大尉は返答しなかった。その代わりとばかりに、《ブラックオニキス》の房から放たれた雷霆が飛び――《コマンドウルフAU》の半身を吹き飛ばした。

 

 

 

 《ブラックオニキス》の砲撃が止む頃には、ほとんど全てのゾイドが沈黙していた。ツヴァインの《コマンドウルフAU》も、グロックの《シールドライガー》も、既にまともに動ける状態に無い。辛うじて動けるのは、比較的損傷が少なく、強靭な生命力を有する《ブレードライガー》。しかし、荷電粒子の雨の中を避けるのに全霊を使い果たしたジェイには、既に反撃に転じる余力が無かった。

 遮るものの無くなったオリンポスを、《ブラックオニキス》が悠々と練り歩く。

(私の目的は、『オーガノイドシステム』の力を用いて、かつてガイロスを支えた飛竜型ゾイド達を復活させることに在る)

 と語ったヘルマン・シュミットは、灰の中に屹立した、あの『巨竜の骸』の前で歩みを止めた。

 

(『オーガノイドシステム』の真の力は戦闘力の向上ではない。ゾイド生命体の代謝を高め、急激な成長を促す。その特性を応用することで、既に石化したゾイドコアから、新たな幼生を生み出す事が可能なのだ。オリンポスでは、その実験が行われていた……この《デスザウラー》が、その被験体だったらしい)

 

 シュミットの告げるオリンポスの真相に、息も絶え絶えの307小隊が固唾を呑む。「《デスザウラー》だと……ッ!?」と、レイモンド主任が驚愕し、灰に埋もれた『死竜』の黒髑髏を見上げる。

 

 ジェイも、そのゾイドの名は聞いた事があった。ジェイの生まれる、遥か前の話――へリック共和国と中央大陸の派遣を争った『ゼネバス帝国』が開発し、一度は首都へリックシティを陥落させるにまで至った、最強の機動兵器である。ガイロス帝国は、それを復活させようとしていたというのだ。

 混戦の疲弊すら忘れて、レイモンド主任が声を上げた。

「馬鹿なッ。確かに『オーガノイドシステム』はゾイドの生命力を高め、コアの活動を活性化させる。でも、ゾイド因子からクローニングを行い、あまつさえ戦闘ゾイド化できる程に急成長させること等、できるはずが――」

(我々は、その過程を最も如実に観測できるサンプルを用いて実験を行い成功させたのだ――そこの埴輪(、、)共を使って)

 《ブラックオニキス》の紅い眼が、半壊したツヴァインの《コマンドウルフAU》を見つめる。その意図が分からず、「どういう……事だ?」と小首を傾げたジェイは、やがて悍ましい推論にたどり着き、生唾を呑んだ。

 愉悦に破顔しながら、(『オーガノイドシステム』は、ゾイドコアに作用する強化プログラムだ)とシュミット。彼は直後、ジェイの予想を確信に変える一言を放つ。

 

 

(金属生命体のゾイドコアとは、ゾイド生命体の脳や臓器と言った、生命活動に必要な全ての機能の凝縮だ。ならば……それと同様の機能を備えた人体とは、最も(、、)変化を(、、、)観測(、、)し易い(、、、)ゾイドコア(、、、、、)と言える(、、、、)のではないか(、、、、、)?)

 

 

 荒唐無稽な話、とさえ思えた。

 しかし、惑星Ziの生命の始まりは海、金属成分を多分に含んだ海水が機械獣ゾイドの発展の由縁となったのだが――生命の起源を同じくする惑星Ziの人類もまた、微かながら金属細胞を持つ生命体なのである。『オーガノイドシステム』が金属生命体に作用するテクノロジーだとすれば、その対象が『ゾイド』だけとは限らない。

 

(なぜ我らが、開戦後ごくわずかの時間で、エウロペのテクノロジーに目を付けたと思う? へリック軍が上陸し戦いの支度を整えるまで、我々はただ手をこまねいて待っていたと思うか? ――否、我々はその間、あらゆる研究を行使し知ったのだ、このエウロペに眠るテクノロジーの素晴らしさを。そこに住まう『ヒトモドキ』共を糧にすることでな)

 

「人体を……征服したエウロペの人々を『被検体』にして、システムを解析したのか……ッ!」

 悪魔の所業――恐怖と驚愕に声を震わせたレイモンドの問い質に、(――左様)と即答したヘルマン・シュミットは、その全容を語る。

(受容器となるゾイド因子を思考体に埋め込み、『オーガノイドシステム』がゾイドコアに作用する際に発生するノイズを、電気信号として送り続けた。それによって生じるバイタルの変調、思考の変化、身体強度、演算能力まで――幾人ものサンプルを遣い、その全てを事細かに記録した。被験者は皆『感情』が破壊されて廃人となるか、細胞崩壊を起こすかして、みっとも無い最期を遂げたがな)

 想像するも悍ましい光景を、ヘルマン・シュミットは高揚すら感じさせる調子で謳っ

て見せた。

 無線越し、「テメェエエッ! 人を、人の命を何だと思ってやがるゥゥッ!」と、ツヴァインが絶叫する。が――彼の怒りに反して、既に愛機《コマンドウルフAU》は停止し、微動だにできない。空しく響き渡った傭兵の怒声を無視し、シュミットは続ける。

 

(そして、もう一つ。システムの影響下にある人体から検出された体内物質を細胞に取り込む事で、既存技術とは一線を画す精度の『クローニング』が行えることも分かった。オリンポスの《デスザウラー》復活計画、そして私の悲願を叶える力が、システムにはある――私は、必ずそれを手に入れるッ!)

 

 《ブラックオニキス》が踵を返し、一行に止めを刺そうと迫った。

 真っ先に狙われたのは、シュミットへの怨嗟を叫び続ける、ツヴァインの機体。動くこともままならぬ《コマンドウルフAU》を《ブラックオニキス》の蹄が踏みつぶそうとした時だった。疾風の如く駆けた《シールドライガーDCS》が、漆黒の巨体に体当たりを見舞って、その軌道を逸らす。

 ガクン、と揺れた《ブラックオニキス》のコクピットで、シュミットは舌打ちをした。この場には不釣り合いな、緑化迷彩を施した《シールドライガーDCS》――その機体から、エース級パイロットの持つ気迫を感じ取ったシュミット。(そう言えば、隊長機がまだ残っていたな――スターク・コンボイ大尉と言ったか)と呟いて、機首をライガーDCSへと向ける。

 

(――だが遅かったな。既に貴様以外、動ける機体は一機も無い)

 

 勝ち誇るシュミットの《ブラックオニキス》が、頭部に備えた大角『デッドクラッシャーホーン』を振りかざして、ライガーの喉元を狙った。紙一重で突きを凌いだコンボイ大尉は、『八連ミサイルポッド』に『二連ビーム砲』、そして切り札の『ダブルキャノン』を見舞うが――重装甲の《ブラックオニキス》には通じない。

 

 

 

 コンボイ大尉の《シールドライガーDCS》と《ブラックオニキス》の一騎打ちを横目に、ジェイは無力さに歯ぎしりする。無線には、絶えずツヴァインの絶叫が流れ込んできていた。「ウオオオ! 動け、動いてくれェェェ!」と、必死に操縦桿を引く音が混じる。彼の無念が痛い程伝わったジェイは、どうにか《ブレードライガー》を立ち上がらせようとしたが、

「――ッ、クソ……ッ!」

 ナイーブになった今のジェイとは相反する、《ブレードライガー》の破壊衝動が、彼の精神を苛んだ。ここ数日、どうにか受け流す事の出来ていたはずの思惟が、異様な程膨れ上がって、ジェイを蝕む。

 

「何故だ……何故、思い通りにならないっ!」

 

 と、苛立ちを吐き出した直後――ふと気づく。

 この《ブレードライガー》もまた、『オーガノイドシステム』によって心を捻じ曲げられ、望まぬ力を持て余した実験機。ゾイドもまた人と変わらぬ『命』であるのなら、ヘルマン・シュミットの口から語られた人体実験の被験者たちと、なんら変わる事は無い。《ブレードライガー》の怒りは表面的なモノではない、同胞を弄ばれた今のツヴァインと同じ――システムに自らを穢された憂い、哀しみが宿っているのではないのか。

 絶え間ない破壊衝動の奥に、ジェイは新たな情念を見つけた。『オーガノイドシステム』の深奥に隠された、愛機の本質。怒りに混じって湧き上がったそれに、初めて触れる事が出来たジェイは、「《ブレードライガー》……」と愛機を呼ぶ。ジェイの心に応えるかのように、《ブレードライガー》は吠えた。

 

 ツヴァインの叫び、ライガーの咆哮――それだけではない。あの《ブラックオニキス》の嘶きも、吹き荒れるオリンポスの嵐さえも――ジェイには、呪われた『テクノロジー』によって生み出された慟哭に聞こえた。

 


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