ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

26 / 85
⑬ ブラックオニキス

 バチバチと稲妻の爆ぜる暗雲。視界すら曇らせる熱砂の暴風の中、《ブラックライモス》を引き連れ悠々と練り歩く異形の《ダークホーン》に、307小隊の一行は警戒を強めた。敵は三機で、こちらは戦闘ゾイド九機――数の上では圧倒的に優位でありながら、あの改造ゾイドのもつ不遜な雰囲気が嫌でも目に付いて、不安をそそる。

 

「なんだ? あの《ダークホーン》は、見たこともないカスタムタイプだが……」

 

 キャノピー越しに揺れた威容の機体の影に、グロックが眉を顰める。「あの村を襲った奴らの残党だ。けど――」と応じるジェイも、彼の問いに明確な答えを与えることはできない。謎の機体は《ブレードライガー》のデータベースに記録された、どの帝国ゾイドとも一致しないのだ。帝国の作り出した、完全な新型か? と、皆が首を傾げた時だった。

「まさか……《クリムゾンホーン》?」

 と、レイモンド・リボリーが謎のゾイドを呼んだ。聞き慣れぬ名に、「知っているのか、レイモンド主任」とコンボイが聞き返す。

「ああ……先の大陸間戦争の、末期も末期という時期に導入されたとされるゾイドだよ。惑星Zi大異変(グランドカタストロフ)で発生した磁気嵐の中でも活動可能とされた、数少ないゾイドの一機だが――現存するとは……」

 磁気嵐の中での活動を前提としたゾイド――つまりは、この『オリンポス』に置いても、長期に渡り運用する事を可能とした機体だ。おのずと、その目的も見えてくる。「求める物は同じか。なんにせよ……これで奴らの狙いは分かった」と頷いたコンボイ小隊長は、グロック、そしてジェイの分隊に展開するよう指示を出すと、通信回線を開いて敵機に呼びかける。

 

「こちらは、へリック共和国軍特殊工作師団・第三高速戦闘隊所属、307小隊のスターク・コンボイ大尉。正面のガイロスゾイド三機に告げる――速やかに武装を解除し、投降せよ。貴様らは、完全に包囲されている」

 

 通信を聞いていたツヴァインが、「なんで――ッ!」、と苛立つ。それを「定石だよ。我々の任務は彼らを殲滅する事ではなく、この山に残されたシステムの残滓を見つける事なんだから」と、レイモンドが制した。

 無益な殺生をするくらいなら、投降してくれた方がいい……ジェイもその考えには同感であったが、事が平穏に運ぶとも思えなかった。事実、307小隊の機体達にグルと包囲されつつありながら、異形のゾイド――レイモンドが《クリムゾンホーン》と称した改造機の挙動に、一切動揺の色は見られない。

《シールドライガー》のグロックも、ジェイと同じ意見らしい。「まぁ――これで投降するような連中なら、苦労はしねぇわな」とごちた彼の思惟は、既に臨戦態勢にあった。

 

 

(……私は、帝国軍武器開発局所属、ヘルマン・シュミット技術大尉)

 

 

 コンボイの呼びかけに、数秒の間を置いて返信が返った。発信元は、あの改造《ダークホーン》。若い男性の声だ。ヘルマン・シュミット、というのが、あの異様なホーンタイプのパイロットの名前らしい。抑揚のない男の声色は、空虚さの中に、どこか底の知れぬ冷徹さを垣間見せた。

 言い得ぬプレッシャーにゴクリと生唾を呑んだジェイは、改造《ダークホーン》の機首がこちらを見据えるのに気づく。

 

(……そのゾイドは、《ブレードライガー》か? ガリル遺跡で、我が軍の『オーガノイドシステム』搭載機を破壊した、共和国の実験機)

 

 クク、息を吐いて微笑した帝国軍の技術士官は、(だが――、私の《ブラックオニキス》はどうかな?)と続ける。

「《ブラックオニキス》……あの《クリムゾンホーン》も、『オーガノイドシステム』を搭載した実験機か?」

 と、今度は、レイモンド主任が帝国士官に呼びかけた。

「シュミット大尉。ボクは共和国軍属技術局のレイモンドだ。キミ達の目的も、この山に眠る『オーガノイドシステム』のデーターか? ならば、ここには何がある?」

 

 技術士官の問いかけに、シュミット大尉は(――『力』さ)と即答する。

 

(圧倒的な『力』。ゾイド生命の全てを手繰り、意のままに操る事の出来る古代テクノロジー

それが『オーガノイドシステム』だ。この山には、その真髄が眠っている)

 

「力……?」

 思わせぶりなシュミットの物言いにジェイはたじろいだ。山頂に上がってから、《ブレードライガー》の機体が、妙に落ち着かぬ挙動を見せる。磁気嵐のせいだけではない。目の前の《ブラックオニキス》、灰に埋もれし巨竜の骸、廃墟――ここにあるあらゆるものに、闘争本能を掻きたてられているかのようだった。

 

 ――この山に、何が眠っている? 『オーガノイドシステム』の真髄とは、何を意味するのか?

 

 ジェイの緊張を余所に、307小隊の面々は交戦の意思を強めていく。「――退くつもりはない、という事か? ヘルマン・シュミット大尉」と問うたコンボイ。《ブラックライモス》、そして《ブラックオニキス》を包囲した307小隊の《コマンドウルフ》達は、臨戦態勢を整えつつシュミットの返答を待った。沈黙の果て、(逆に問おう)と嘲笑の意を滲ませた声で返したシュミットは、

 

(オリンポスは既にガイロスの物、なぜ貴様らに促されて、我らが去らねばならぬというのだ? デルポイの、下等種族共)

 

 と、一行を嘲笑る。

 シュミットの挑発に、「――では、仕方あるまい」と、コンボイは淡々とした風に返して、通信を切る。次いで各分隊機に電信を送り、「たった三機だ、包囲して片付けろ――後の任務の事もある、遺構には極力傷を付けぬよう気を遣え」と、指示を出した。

 

 

 

 307小隊の機獣達が、一斉に牙を剥く。

 コンボイの指示を待つまでも無く、《コマンドウルフ》達は駆け出していた。先陣を切る、ツヴァインの《コマンドウルフAU》が、獰猛な吐息を吐きながら《ブラックオニキス》に迫る。「……関係ねぇよ」と、ツヴァインがごちた。

「関係ねぇんだよ。お前が何者かなんて、お前の目的が何なのかなんて! あの村を、俺の故郷を――エウロペの村を焼いて回ったガイロス帝国は、俺の敵だ! ぶっ殺してやる!」

 『二連装ビーム砲座』が、『ロングレンジキャノン』が火を吹いて、ヘルマン・シュミット率いるゾイド部隊に光弾を見舞う。重装甲を誇る《ブラックライモス》と言えど、《コマンドウルフ》級のゾイドに集中砲火をされてはひとたまりもない。動くこともままならず、ジリジリと密集していくライモスたちに、「くたばれ、ガイロスの人でなし共!」と、ツヴァインは猛った。

 すると――猛撃に爆ぜる大地の中で、ギロと、《ブラックオニキス》の眼差しが光る。

 

(愚か者共よ、括目せよ――『オーガノイドシステム』の真髄を模索し作り上げた、私の『黒い宝石』の輝きを)

 

 怖気が背筋を伝って、ジェイは呆けた。

 真っ先に飛び込んでいった《コマンドウルフ》達の背後で、ジェイの《ブレードライガー》は出遅れていた。並走する《シールドライガー》から、「何してるベック! 俺達も行くぞ!」と、グロック少尉がまくし立てる中――プレッシャーを感じたジェイは、ブレーキを思い切り踏み込んで、ライガーを急停止させると、

 

「ツヴァイン止せ――突っ込むなっ!」

 

 と、声を張り上げた。

 

 ジェイの警鐘は、遅かった。

 《ブラックオニキス》の角ばった背中からせり出す、五機の『30mm二連ビーム砲』――一機二門・計十門もの砲塔から、一斉に光線が撒かれたのである。光のシャワーが《ブラックオニキス》の周囲360度を薙ぎ払う。停止し、機体を屈ませていたジェイと、彼の言を聞いて警戒していたグロックの《シールドライガー》は、どうにか一斉照射を避ける事が出来たものの――突貫に気を割いた《コマンドウルフ》部隊は、そうは行かない。

 高出力のレーザーが次々と《コマンドウルフ》の機体を薙いでいく。ある機体は心臓部・ゾイドコアを貫かれ、またある機体は頭部コクピットを正面から焼き払われた。重装備・『ロングレンジキャノン』を破壊され、誘爆で花火の如く爆ぜる機体もある。

「グァアア!」

 先頭を往くツヴァインの《コマンドウルフAU》も、レーザーを避けきれずに被弾した。右の前足をレーザーで焼き切られたのだ。勢いを余して横転すると、衝撃で『ロングレンジキャノン』の砲身が曲がり、スタビライザーが千切れ飛ぶ。

「なんて火力だ……ッ!」

 ジェイの後ろで、レイモンド主任が絶句した。《ブラックオニキス》の吐き出したレーザーで、小隊はほぼ壊滅したのだ。十門もの火砲を最大出力で照射し続ける、強大なジェネレーター出力。それを支える《ブラックオニキス》のゾイドコアは、通常の《ダークホーン》とは比べものにならないだろう。『オーガノイドシステム』搭載機としての完成度は、《ブレードライガー》と同等か――それ以上だ。

「ヤロォ!」

 レーザーの弾幕が途切れるのを見取って、グロックの《シールドライガー》が跳躍する。『エネルギーシールド』を展開し、必殺の『レーザーサーベル』を煌めかせた突貫攻撃だ。最高速の疾走で、《ブラックオニキス》の首筋を狙う。が――、

 《ブラックオニキス》の背から伸びたリニアキャノン・マニュピレーターが、ライガーの突撃を見切り、受け止めた。時速200キロを超える疾走を、あっさりと捉える瞬発力。そのままアームに力を込め、ライガーの首根っこを締めたまま持ち上げる。ミシミシと軋んだ《シールドライガー》が拘束から逃れようともがくが、『オーガノイドシステム』で強化された《ブラックオニキス》の膂力に、歯が立たないでいる。

「ツヴァイン、グロック――くそッ!」

 次いで、ジェイの《ブレードライガー》が挑みかかった。『二連装ショックカノン』を撃ち放ち、グロック機をとらえたアームを破壊せんとするが――通じない。細身ながら堅牢に作られたアームユニットは、最新の衝撃砲を見舞われてもその握力を緩めなかった。

 ならば、と意を決したジェイは、疾走を掛けて体当たりを見舞う。轟咆を上げ、闘争心をむき出しに牙を剥く《ブレードライガー》。『クラッシャーホーン』を翳して迎え撃つ《ブラックオニキス》と、正面からぶつかるが――、

 

「――グアッ!」

 

 グイと傾くコクピットの中で、ジェイは呻いた。『オーガノイドシステム』で強化された機体同士ながら、《レッドホーン》と《シールドライガー》、ベース機のパワーで《ブラックオニキス》が勝っている。地べたに打ち付けられた《ブレードライガー》を足蹴にして、異形の帝国ゾイドは甲高い嘶き声を上げた。

(脆いな、《ブレードライガー》)

 嘲りの言葉と共に、ジェイのライガーを蹴り飛ばす。宙空を刎ねて堕ちるライガーのコクピットで、ジェイとレイモンドが絶叫した。それを横目に見た《ブラックオニキス》は、捕えたグロック機も放り捨てると、頭部に備えた六本の房――特徴的な『ドレッドヘア』を展開し、微動させる。

 

(貴様ら劣等種に、私の崇高な目的を咎めることはできない。此処に散らばる骸達、その一つとなるがいい)

 

 六つの房が、それぞれの先端にバチバチと閃光を収束させたのを見遣って、ジェイは理解した。あの『ドレッドヘア』は、ただの装飾ではない。六つのシリンダーは、先の弾幕以上の破壊力を持った光線を撃ち出すためのバレルなのだ。背後の座席、負傷し、頭部から血を流したレイモンドが、稲妻を湛えた《ブラックオニキス》に気づいて、固唾を呑む。

 

「か、荷電粒子砲――ッ!?」

 

 次の瞬間――凄まじいまでの光の奔流が、307小隊の機体達に向けて撃ち放たれた。 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。