ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑫ 灰の山

――ZAC2100年 五月 メルクリウス・オリンポス

 

 

 半年前、へリック・ガイロス両軍の激突が引き起こしたオリンポス山の崩壊は、周辺の地図を書き換えなければならぬほどの大災害を引き起こした。『エウロペの屋根』と称された山を囲むように広がっていたドーナツ状の湖・メルクリウス湖もその煽を受けており、噴き出した溶岩と地殻変動によって湖の一部は隆起し、今、山頂と周辺の荒野とは陸続きになっている。

 戦火とそれに伴う災害によって湖を渡るための橋は崩落していたため、307小隊にとってはありがたい誤算ではあった。コンボイ小隊長の《シールドライガーDCS》が筆頭となって駆けると、後を追うようにグロック少尉の《シールドライガー》、ジェイの《ブレードライガー》、そして各隊の《コマンドウルフ》達が続く。

 蒸気を上げる黒土の足場は、形成されたばかりの原始の大地だ。日頃目にすることの無い異様な光景に、息を呑んだジェイ。すると、「――ベック少尉」と、後部座席のレイモンドが声を掛けてくる。

「フリーマン軍曹からの入電だ。《コマンドウルフ》の解析によると、何者かがこの道を通った痕跡があるらしい。中型ゾイドが複数……そして一機は《レッドホーン》級の機体だ」

「《レッドホーン》級……」

 送られてきた解析データに、ジェイは眉を顰めた。地面に残されたそれは、帝国製スティラコサウルス型ゾイドの足跡と一致する痕跡。ジェイには覚えがある――おそらくはあの村に駐留していた、エリマキに六つの房を生やした、異形の改造《ダークホーン》が率いる部隊だろう。それが、未だ地殻変動の収まらぬオリンポスの山頂に向かっているのだ。

 

 彼らの目的はやはり、ジェイ達と同じ――『オーガノイドシステム』。

 

「分かりきっていた事だ」

 と、コンボイ大尉がオープン回線で告げた。

「この道程はあの廃村で解析した、奴らのデータディスクに残されていたルートだ。間違いなくオリンポスに通じているだろう。そして、既に帝国の調査部隊が山頂に到着し、何らかの古代テクノロジーを手にしている可能性は高い。戦いは避けられんだろうな」

 コンボイの推測に、「望む所ですよ隊長。任務をこなすついでに、ガイロス野郎を叩き潰せるなんて、願ったり叶ったりだ」と、グロックが気合いの入った物言いで応じる。ジェイとツヴァインが帝国機甲師団と交戦したと聞き及んだ時も、自分も戦いたかった、と残念がったグロックだ。血気盛んな彼らしい反応だったが――ツヴァインの気持ちを慮り沈んでいたジェイは、温度差を感じてしまう。

 

 亡骸達を弔って村を後にしてから、ツヴァインは一言も口を開かなかった。虚ろで――しかしその中に、確かな憎悪を宿したツヴァインの眼差し。戦争を始めたガイロス、そしてへリックへの怒りに曇ったその目は、ジェイの脳裏にしかと焼き付いている。ただ黙々と歩みを進める彼の乗機に、ジェイは《ブレードライガー》を寄せて声を掛けようとしたが――相応しい言など、見つかるはずもなかった。

 

 

 山中を進む307小隊が、ようやっと山の中腹辺りに差し掛かった時だった。「ジェイ少尉」とジェイに連絡を入れたのは、コンボイ小隊長だった。暫し会話の無い行軍が続き、物思いに耽っていたジェイだ、「ハッ……」と慌てて身を引き締める彼に、、小隊長は神妙な面持ちで問うた。

「少尉が懸念しているのは分かっている……ツヴァインの事だろう?」

「――ッ」

 見事に言い当てられたジェイは、思わず口ごもる。

 

「彼の過去は、私も多少聞き及んでいる。この赤の砂漠(レッドラスト)に住まう、『砂の民』の出身である事。そして……半年前、両軍のオリンポス争奪戦の最中――彼の故郷は戦火に巻き込まれ、全滅した」

 

 淡々と語ったコンボイ小隊長は「救いの無い話だが……戦時中に置いては、良く在る悲劇の一例に過ぎない、と言わざるを得んな」と頭を振った。

 

 その通りであろう。いつだって戦争では、平穏な生活を営む者達の在った場所が戦場と変わる物だ。その中で、理不尽な争いに巻き込まれる罪なき人々が何人居ようか、おそらくは数えきれまい。

 だが――エウロペの地を砲弾の飛び交う戦場に変えたのは、異邦より侵略してきた帝国と共和国だ。ツヴァインはへリックの正規兵ではない。彼を戦いに駆り立てるのが、本当ならあるはずの無かった『悲劇』であると思えるからこそ――ジェイはやるせなかった。

「……我々は、正しい戦争をしているのでしょうか? 軋轢があるのはガイロスとへリックであって、エウロペは関係ない。ツヴァインを……エウロペの民を死地に駆り立てて、俺達は……」

 苦虫を噛む思いで、戸惑いを口にしたジェイ。それをコンボイは、「少尉よ、戦いに正しさなどありはしない」と断じた。

「我々とて、エウロペの者達を巻き込みたく思ってそうしたのではない。戦争とは、『戦い』とはそうやって、大きな余波を拡げながら起こる物なのだ。争いの火種となったガイロス、へリックは、悪と言って差し支えなかろうが――その業は、既に両国が償える範疇をとうに越えている。彼らの傷を癒せるのは、他ならぬ、傷を負った彼ら自身しかないのだ」 

 コンボイの言葉は、道中に広がった景色が証明してくれている。両国の争いは、美しい山であったであろうオリンポスの山体を見るも無残に崩落させ、メルクリウスの湖畔にあったであろう美しい緑を焼きつくし、灰の中に鎮めた。そして今度は――本来ならば秘匿され然るべき『古の技術』を、盗掘紛いの真似をして持ち出し、戦争の武器として利用しようとしている。

 おそらくは、両国がその全てを捧げても癒やしきれぬ傷だ。それをジェイ一人が慮った所で、何が出来ようか――答えは、出るはずもなかった。

 歯がゆさに目を伏せたジェイに、「ツヴァインは今、正念場に立っている」と続けたコンボイ大尉。

「そして、それは君も同じだ、ジェイ少尉。へリックのゾイド乗りとして、彼らに何か手向けたいという思いがあるというのなら、まずは君自身が生き残らなければならない。戦いの果てに贖罪の道を探すために……今は生き延びろ。それが君のためでも、へリックのためでも――そしてエウロペのためにもなる」

「はっ……」

 迷いを断ち切れぬまま、ジェイはその言葉に頷いた。

 

 直後、ライガーの計器が異常な数値を示し始める。暗雲立ち込める空に、雷鳴……異常な雰囲気に逸る乗機達。磁気嵐の影響が強まってきている事に気づいて、各員は事前にインストールしてきた『パルスガード』システムを起動させた。標高は本来のオリンポスからしてみればまだ中腹程度であろうが――既に道は無く、これより先は崩れた山肌より、灰と、泥流が滲み出るのみだ。

「どうやら――この先が今でいう『山頂』になるらしいな」

グロックが緊張気味に呟く。うむ、と短く頷いたコンボイは、数秒の『無言の思考』の果てに「『パルスガード』の限界は二時間弱だ……、往くぞ」と扇動して、《シールドライガーDCS》を走らせた。

 焼けただれた崩落の後を、獅子が、狼が駆け昇り――その先に在る死の世界へと、足を踏み入れようとしていた。

 

 

 

 たどり着いた果て――小隊員の全員が、『山頂』の光景に息を呑んだ。

 

 一面が灰と泥流の塊で覆われていた。強烈な磁気嵐によって発生した灼熱の暴風が、辺りの煤を舞い上げ、眼前を黒くそめる。曇った視界に目を凝らすと、原始の岩場の中、所々に人工物の欠片が混じっていた。オリンポス山にガイロス帝国が築いていたという、秘密研究所の跡。

 それだけではない。周囲に散らばる黒焦げの鉄塊は、よく見ると燃え残ったゾイド達の躰の一部だと分かる。《ヘルキャット》、《イグアン》……帝国の機体だけではない、微かに残った白の塗装、灰で曇ったオレンジ色のキャノピーは、見覚えがある。《コマンドウルフ》――オリンポスに突入し全滅したという、『第二独立高速戦闘大隊』の機体だ。 

 

 

 そして――もう一機。この地獄の中心に佇んでいた『竜』の彫像が、皆の視線を奪った。

 

 

 灰の中に突き刺さったそれは、上半身だけでありながら《シールドライガー》を見下ろすほどの身の丈。胸より下は空洞で、張り裂けた装甲が花弁のように広がっている。おそらくは灼熱地獄の中で内部から暴発したのであろうが――強靭な装甲で編まれた外骨格は、焼けただれていながらもその原型をしっかり留めており、さながら巨大な黒髑髏のようでもあった。苦悶の咆哮を上げたまま固着する威容は、まるでこの『竜』の怨嗟の叫びが、辺り一面の地獄絵図をよびおこしているかのような錯覚さえ引き起こさせる。

 

「なんだ……ゾイドの亡骸なのか……」

 

 竜の髑髏に気を取られ、呆然と呟いたジェイに、「少尉……アレを!」と、レイモンド主任が警告を叫ぶ。

 パルスガードを用いても、磁気嵐の影響を相殺しきれていないのだろう、センサーの反応はまばらだったが――目視できる。既にほかの小隊メンバーも捕捉しているらしい、《シールドライガー》が、《コマンドウルフ》が、髑髏の向こうで揺れた三つの機影へと機首を向けた。

「野郎……」

 ジェイの《ブレードライガー》の横、ツヴァインの《コマンドウルフAU》が、ジリと一歩前に出る。彼が昂っているのは、すぐに分かった。機影の正体は、ガイロス帝国に所属するゾイド達に間違いない。メルクリウス湖畔の村を焼き払った、帝国軍の残党。ジェイ達が執り逃した、残る三機。

 

 二体は《ブラックライモス》。そして残る一機は、六つの房を頭部に生やした、ドレッドヘアの《ダークホーン》――コードネーム・『ブラックオニキス』。異形の改造ゾイドは、緩やかな足取りでその機首を翻すと――通常の機体とは異なる、真紅の眼を持って、ジェイ達を睥睨した。

 

 


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