ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑪ 怒り

 現れた《シールドライガーDCS》と、二機の《コマンドウルフAU》――コンボイ小隊長の率いる307小隊・(アルファ)分隊の機体達だ。ツヴァインとジェイに斥候を任せて、野営地で待機しているはずのコンボイ達が、何故此処に――? 疑問に思ったジェイ達に、小隊長からの通信が入る。

「いつまでも戻ってこないから、何処で油を売っているのかと思ったが――やはり、まだ死んではいなかったようだな」

「し、小隊長……」

 決まり悪そうに言葉を濁したジェイを、モニターに映った小隊長は怪訝そうに睨む。「話はいい……今は帝国軍を殲滅する方が先決だ。お前達が始めた戦いだというのならば、まずはそれをやり遂げろ」と、その場に立ち尽くす(アルファ)分隊の機体達。コンボイの砲撃で、さらに一機が破壊されたから、敵も残りは二機――《ダークホーン》と、《ブラックライモス》が一機ずつだ。

「……はっ!」

 コンボイの叱咤に、ジェイは腹の底から返答を叫ぶ。愛機も、電磁砲で受けたダメージから立ち直りつつあった。操縦桿を引き、再びライガーを始動させると、ほぼ同時に、視界の端で蹲っていたツヴァインの《コマンドウルフAU》もゆっくりと起き上がって、残る《ブラックライモス》へと飛び掛かる。

 

《ブレードライガー》が咆哮した。手傷を負わされたことに対して激発したかのような、凄まじい気迫を吐く。心を噛み砕かれるかのような凄まじい破壊衝動とプレッシャーがジェイを苛んだが、それを受け止めて、ジェイは機体を力強く扇動した。

「ぬぉぉ……行くぞ《ブレードライガー》!」

 ジェイ達の再起に気づき、《ダークホーン》が嘶く。背に背負った『ハイブリッドバルカン』が轟音を立てて火を吹くが――《ブレードライガー》の瞬発力は、さらに早かった。バルカンが撃ち放たれるとほぼ同時、既にライガーは跳躍し、口腔の牙で《ダークホーン》の喉元に喰らい付いた。そのまま膂力だけでホーンの躰を持ち上げるや顎力を込め、ミシミシと首筋を軋ませる。

 苦悶にもがいた《ダークホーン》が錯乱し、装備していた火器を煩雑に撃ち放つ。だが、既に懐に潜り込み、死角たる首筋を捉えている《ブレードライガー》には掠りもしない。

 

「うおおおッ!」

 

 絶叫したジェイの気迫を合図に、《ブレードライガー》はさらに力を込めると――《ダークホーン》の中枢は完全に噛み砕かれ、停止した。 

 

 

 

 戦いの後……《ダークホーン》、そして《ブラックライモス》達の残骸が散らばった荒野で、307小隊の全員が合流した。グロック少尉率いる(ブラボー)分隊の《シールドライガー》、《コマンドウルフ》が警戒に当たる中、レイモンド主任はジェイの《ブレードライガー》、ツヴァインの《コマンドウルフAU》の損傷を診る。

 そして――当のジェイとツヴァインは整列し、小隊長スターク・コンボイ大尉の詰問を受けていた。

「何か弁解はあるか? ジェイ少尉」

 真顔かつ物静かながら、コンボイはジェイへの不信を露わにそう問うた。帝国領での調査任務、それも隠密性が特に重要な斥候の任を任されていながら、帝国軍に真っ向から戦闘を仕掛けた。本来ならば返り討ちに合って、小隊の侵入を敵に露呈させる事態だって起こり得たのだ。

 どのような処遇を受ける事となっても、文句は言えまい……そう思って、ジェイが事の次第を喋ろうとした時だった。

「――ソイツは、なんも後ろめたい真似はしてねぇよ」

 と、ツヴァインが仏頂面で言った。

 

「とろ臭いベック少尉を置いて俺が先行したら、この村に屯ってる帝国軍を見つけた。旦那への手土産にしようと思って、勇んで挑んだんだが……ドジっちまってな。危なくなった所を、勇敢な少尉殿が一人助けに来てくれたんだよ」

 

 ツヴァインの言を聞いて、コンボイは訝しげに眉を顰める。

 当然だ――いくらツヴァインが凄腕で、自らの腕に圧倒的な自信を持っていたとしても、《ダークホーン》級のゾイドを複数含んだ部隊に単機で挑むのが無謀だと分からぬはずはない。現に彼はそれを懸念して、《ブレードライガー》に乗るジェイを同伴者に選んだのだから。

 余りにも苦しいウソで濁そうとした傭兵を、ジェイはチラと盗み見た。それに気づいてか、フンと荒い息を吐いたツヴァインは、(――余計な事は言うな)と目配せする。

 コンボイも、当の昔に違和感に気づいているのだろう。暫しジェイとツヴァインの二人を見据えていたが――、

 

「今は止そう。ペガサス中佐に託された任務を完遂してから――ジェイ少尉、君の処遇を決める」

 

 そう言って、小隊長は背を向けた。

 

 (アルファ)分隊のパイロット達、そして(チャーリー)分隊のフリーマン軍曹に向けて、「村に入って、生存者を探せ」と指示を出すと、ジェイとツヴァインにもそうするよう促す。

 ……はっ、と返事を返してその背中に敬礼したジェイは、次いで歩み寄ってくるレイモンド主任に気づいて、振り返った。やぁ、と笑顔を見せたレイモンドは、先ほどまで整備していたジェイの《ブレードライガー》を振り変えると、「たった二機で、機甲師団のゾイド部隊に挑むとはね。君は本当に破天荒なパイロットだよ」と、苦笑いする。

 

「だが――それぐらいのパイロットの方が、《ブレードライガー》とは相性がいいのかも知れない」

 

 冗談めかして付け足した技術士官に、ジェイは愛機の容体を聞いた。特に、《ダークホーン》の主砲をもろに受けた脚部の損傷が気になる。

 ジェイの懸念を、問題ないよ、と、レイモンドは即答して、

「元々装甲部分はかなり堅牢に作ってあるけれどね――それでも特筆すべきは、『オーガノイドシステム』の再生力だ。ビームガトリングが直撃したのに、肩口の亀裂はもう塞がり始めている……やはり性能だけなら、《ブレードライガー》は我が軍最強のゾイドたり得るスペックを持っているよ」

「……あの扱い辛さを改善できれば、ですが」

「そうだね。そして、その打開策を得るために、僕らは此処まで来ているんだけど……」

 レイモンドは廃墟とした集落、そして散乱した帝国軍のゾイド達を見渡した。技術士官である彼にとって、この凄惨な光景は見慣れた物ではなかろう。動揺、怖れ――そしてここへ住んでいた者達への同情を滲ませる、彼の表情を見取ったジェイだが、

「さぁ――少尉も行きたまえ。まだ村には生存者がいるかもしれない。それに、帝国軍達の目的が僕らと同じなら、この村にはその手掛かりが残されている、というのも有り得るだろう」

「……ああ。そのために、俺もツヴァインも戦ったんだ」

 既にツヴァインの姿は無く、コンボイ達と共に村へと入っていた。レイモンドの言葉に後押しされて、ジェイも村の奥へと歩みを進める事にした。この村を救う事が出来ていればいい、と、彼は切に願った。そうすれば、傭兵ツヴァインの心を苛むモノを――故郷を失った、という彼の負い目も、少しだけ清算できるかも知れないのだから。

 

 

 

 靄の掛かった視界は、朝方の冷え込みのせいではない。廃墟の間を、灰色の空気が立ち込めている。焼き払われた村の節々から煙が立ち込め――その焙じられた空気の中に、血と『死』の臭いが混じっているのを感じたジェイは、眼前に広がる光景の凄惨さに眉を顰めた。

 瓦礫の中で銃殺されたであろう村人達が、無雑作に転がっている。崩落した瓦礫に塗れた者、ゾイドに踏みつぶされたのであろう、『血の華』の如き粉砕死体が、そこら中にだ。ベック少尉、と駆けて来たフリーマン軍曹に気づき、「……軍曹、生存者はいたか?」と問うたジェイだが――軍曹は神妙な面持ちで、頭を振る。

「やはり奴らも、我らと同じモノを求めて……?」

「いや――分からない」

 フリーマンの問い質に頭を振ったジェイ。だが、ただ享楽のために、未だ地殻変動の収まらぬ危険地帯の村を破壊するとも思えなかった。

 ――そこまで考えて、ふとあの改造《ダークホーン》を想起する。帝国部隊を退けたジェイ達であったが、まだ奴と、その配下の《ブラックライモス》達の行方が知れない。もし増援を引きつれて戻ってくるような事があれば、今のジェイ達の戦力では手に負えないだろう。ならば、ここに長居をするわけには行かない。

 

 墓場と化した町並みを直視しないよう目を細めながら、ジェイはコンボイ小隊長を探した。すると、道中にあった一件の空き屋の前で、傭兵ツヴァインの後ろ姿を見つけて、立ち止まる。

「ツヴァイン……?」

 廃屋の中にある何かを、ジッと凝視して固まったツヴァインに、ジェイは恐る恐る声を掛け、歩み寄った。そして――深淵の中に横たわったそれに気づき、呆然とする。

 凌辱された、少女の亡骸。青白い肌と、銃弾を浴びて吹き出した血の痕――頬を伝って、まだ乾ききっていなかった涙の痕がやるせなかった。それを、立ち尽くしたツヴァインが、ジッと見据えている。その唇はワナワナと震え、硬く握りしめた拳からは血が滴って落ちた。

 

 

「……同じだ。戦争屋共は、こうやって踏み躙っていったんだ。エウロペを――俺の生きた世界を」

 

 

 抑揚無く言ったツヴァインに、ジェイは駆ける言葉を持ち合わせていなかった。ツヴァインは――そしてジェイは、この村を救えなかった。

 

 

 

「――少尉」

 煙にぼやけた視界の果てから、コンボイ小隊長が戻ってくる。絶望に呆けたジェイ、そして物言わぬツヴァインを一瞥した彼は、「生存者はいない。この村を発つぞ」と短く言った。小隊長の手には、幾枚かのデータディスクが握られている。おそらくは村を制圧した先のガイロス軍の所持品であろう。

 

「ガイロスの特務隊が、既にオリンポスに入っている。このディスクに残されていたのは、奴らの取った周辺の見取り図だ。我々もこれより山頂に赴き――奴らよりも先に、『オーガノイドシステム』のデータを発見、持ち帰らなければならない」

 

 データディスクを翳して宣言したコンボイは、つとめて冷静だった。それは、この戦いを生きる兵士としてなくてはならない、軍人としての精神力の表れだろうが――痛々しいツヴァインの背を前にしたジェイには、やるせないものがあった。

 


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