ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
ツヴァインの《コマンドウルフAU》が、そしてジェイの《ブレードライガー》が、ゆっくりと起動する。目指すは、先に帝国軍の襲撃を受けていた村――決意を新たにして機首をメルクリウス湖の方角位へと向けたジェイに「……本気でやる気か?」とツヴァインから通信が入る。
「コンボイのヤツから言い遣ったのは、オリンポスへの道程を探るって事だけだ。帝国を見つけて勝手にドンパチやりましたなんて言ったら、正規兵のお前はどんな処分をくらうか知れないぜ」
今なら引き返せるぞ、と、ツヴァインは遠回しにそう告げている。
これからやろうとしている事は、完全な独断専行――本来の任務には無い行動だ、コンボイ達の助力を得ることはできない。オリンポスの調査、という使命を全うするのなら、帝国軍に発見されるのは極力避けるべきなのだ。それを、身を隠すどころか、むしろ真っ向から攻撃しようという――小隊規模の相手に、たった二機で。
正気の沙汰ではないにも関わらず、ジェイの気は不思議と落ち着いていた。「大尉はきっと分かってるさ。ツヴァインの言う『偵察』は、『独断専行』と同義だってさ」などと、軽口返す余裕すらあった。多分、このままあの村の惨状を見て見ぬ振りをした方が、ジェイの心を乱していただろう。自分の心に従う――それが戦争の時を生きる上で最も大切な事だと、ジェイは先の戦いで知っていた。
ハッ、と笑ったツヴァインも、心なしかどこか晴れやかな顔をしている。
「言っとくが、死ぬんじゃねぇぞ『ブルー・ブリッツ』。あんな事言った俺でもな、目の前で死なれたら寝覚めが悪い」
「ああ――分かってる」
力強い返答を返して操縦桿を握ると、アクセルを踏み込んで機体を前進させる。ジェイの扇動に、《ブレードライガー》は猛る咆哮を持って返した。相変わらず獰猛なゾイドだ、操縦を受け付ける度、ブルと身じろぎしていらいらと地を蹴るから、乗り心地はすこぶる悪い。
それでも――凶暴すぎる彼の愛機にしてみれば、驚く程素直に従ってくれた。
空を覆う噴煙に生じた微かな隙間から、藍色の空が見える。
夜明けが近い。かの帝国軍部隊も、村の制圧という一仕事を終えて、幾分気を抜いているはずだ。数の不利を覆すには、その油断を最大限利用する。
「ベック。俺が先行し、陽動を掛ける。お前はちょいと遅れて着いて来い。こっちが上手く掻き回せれば、後は《ブレードライガー》のパワーで、どうとでも出来るだろ」
「陽動って……大丈夫なのか?」
不安を感じて問うたジェイに、「任せとけよ。そう言う面倒事ばっかこなすのが、傭兵ってやつだ」と、ツヴァインは自信ありげに頷く。彼の言葉尻に、確かな熱意を感じて、ジェイは彼の意気を察する――あの川沿いの村に、ツヴァインは失った『故郷』の姿を重ねているのかもしれない。ならばこの戦いは、彼にとっても大きな意味がある物のはずだ。
それならば死に急ぐような無謀をするとは思えない。完全に懸念が払しょくされたわけではないが、ジェイは信じて彼に従った。
廃被りの荒野も、時速二百キロを超える《コマンドウルフ》と《ブレードライガー》の足をもってすれば、狭い箱庭のようなものだ。既に件の村は目視できる距離まで迫っている。未だ制圧の火の手が冷めぬかのように、朦々と煙を上げた家々。その町並みの隅で、《ダークホーン》と《ブラックライモス》が駐留していた。
数は前者が二機、後者が四機で、計六機。
ドレッドヘアを備えた、あの改造《ダークホーン》がいない。不審に思ったジェイだったが、「――手間が省けるぜ。戻ってくる前にこいつらを潰して、数の不利を減らしとくとするか」と、ツヴァインは強気に言う。
主の気迫に応じるかのように、《コマンドウルフAU》が白い息を吐き、唸りを上げた。
さらに加速して前に出るや、ウルフの背負った『ロングレンジキャノン』が微動し、火を吹いた。中型ゾイドに詰める火器としては最高クラスの威力を持つ光弾が空を駆け、待機した《ブラックライモス》の横腹を撃ち貫く。直撃。有効射程ギリギリの攻撃だ、ビームの威力はかなり減退しているものの、それでも《ブラックライモス》の駆動系に深刻なダメージを与えたのが見て取れた。
「この距離で当てるのか……ッ!」
傭兵ツヴァインの腕前に、ジェイ・ベックは驚愕する。村の外からの狙撃――それも高速走行中に撃ち放った一射で、直撃弾を決めたのだ。思えば、ミューズの森で『タイガーライダー』と戦った時も、彼はグロックの《シールドライガー》と肉薄しもがいた《セイバータイガー》の背部装備を、正確に撃ち貫いて見せた。射撃の腕前なら、307小隊でも随一の実力だろう。
さらに二射、三射。全てが村の建造物を擦り抜け、正確に敵機の装甲を焼いた。連続砲撃に敵パイロットも気づいたのだろう、慌ててゾイドに乗り込み、迎撃に向かってくる。《ダークホーン》は無論の事、《ブラックライモス》も中型ゾイドとは思えぬ堅牢な装甲を備えているらしい。ダメージはあれど、十分に戦えるだけの余力を残している。「これ以上は壊せねぇな」と奥歯を噛んだツヴァインは、《コマンドウルフAU》を停止させる。
「村を戦場にはしたくない、ここで引きつけるぞ!」
重武装を誇る《ダークホーン》、《ブラックライモス》だが、どうやら《コマンドウルフ》の『ロングレンジキャノン』を上回る射程の火器は持ち合わせていないようで、ツヴァインの目論見通り次々と村を出ると、灰の降り積もった荒野を猛進して、ジェイ達に迫る。
ツヴァインは、既に次の手に移っている。静止した《コマンドウルフ》の腰部――突き出た四本のマフラー状の機関から、黒々としたガスが噴出した。『スモークディスチャージャー』、と呼ばれるそれは俗に言う「煙幕」の発生装置で、相手の視界を奪う事で被弾率を下げ、《コマンドウルフ》軽装甲を補うのだ。数で劣る今の戦場では相手に同士討ちのリスクを与え、一層の効果を発揮する。一目散に掛けて来た《ダークホーン》達は、不意に閉ざされた視界に惑って、一瞬動きを止めた。
「今だァ!」
ツヴァインが、通信機越しに叫んだ。
ジェイもこの機を逃さない。十分に引きつけた今なら、《ブレードライガー》に搭載された火器の射程でも命中させられるだろう。煙幕は濃いが、最新の3Dデュアルセンサーを尾部に持つ《ブレードライガー》ならば、視認できずともある程度融通の利いた射撃が出来るはずだ。
主兵装『レーザーブレード』の基部に備えられた『パルスレーザーガン』のトリガーを引く。断続的に撃ち放たれるビームガンだ、一射一射の威力はそこまででも無いが、単一装甲目標への威力は《シールドライガー》の二連装レーザー砲を上回る。ばら撒かれた弾幕が《ブラックライモス》の前足を繋ぐ駆動節を粉砕し、転倒させた。
よし、と高揚したのも一瞬――次の瞬間、凄まじい轟音が耳を劈く。煙幕を吹き飛ばす程の勢いで撃ち放たれたレーザーバルカン。地面を抉りながらジェイ機の足元まで迫ると、ライガーの肩部装甲を穿つ。
「グァ――ッ!」
衝撃に揺られたジェイは、眼前に現れた黒いゾイドを見据える。煙の晴れた先に立ちはだかった《ダークホーン》、その主砲『ハイブリッドバルカン』が火を吹いたのだ。
「――ベック!」
ジェイの被弾に気を割いたツヴァインの《コマンドウルフAU》にも、二体目の《ダークホーン》が『ハイブリッドバルカン』を見舞う。ウルフの軽装甲であれを喰らえば、ひとたまりもない。砲弾の雨の中を、どうにか掛けて躱すツヴァインだが――光弾が掠めて、脚部のアシスタントブースターが一基爆ぜる。
「――くっ!」
《ブレードライガ―》を起こしたジェイは、ツヴァイン機を狙う《ダークホーン》に向けて腹部の『二連装ショックカノン』を撃ち放った。衝撃波はホーンの背部を掠め、『ハイブリッドバルカン』の弾倉を粉砕する。付随する火器類を暴発させて、《ダークホーン》が炎上し、倒れこむと――これで、三機撃破。残るはライモスが二機に、《ダークホーン》が一機だ。
二対三。数の不利は、大方覆したと言っていい。
押し切れる――、と判断したジェイだが、直後バチと火花が爆ぜて、機体を高圧電流が襲う。側面に回り込んだ《ブラックライモス》の主砲・『大型電磁砲』が直撃したのだ。損傷はそうでもないが、制御回路が変調を来たした。操縦が利かない。動きの鈍ったライガーに、《ブラックライモス》はドリル状の角を振りかざして突貫して来る。
(――まずい!)
このままだと、ライモスの一撃は《ブレードライガー》の頭部に直撃する。強靱な生命力を持つライガーは問題なかろうが、ドリルがキャノピーを砕けば、ジェイは精肉機に掛けられたみたく粉砕されるだろう。「ウワアアッ!」と、腹の底から絶叫したジェイ。「――おい!」と叫んだツヴァイン機の援護も、これでは間に合わない。
もうだめだ、と目を伏せた瞬間――《ブラックライモス》が閃光に呑まれた。高出力ビームだ、頭部を吹き飛ばされて、ゆっくりと崩れ落ちるライモス。何事か、と振り返ったジェイは、火線の先に立つ、高速ゾイドの群れに気づく。
「――まったく。本当に、おまえの独断専行には手を焼かされるな……ツヴァイン」
通信機越しに聞き取れた、コンボイ小隊長の声。《コマンドウルフ》二機を従えて、彼方の荒野に屹立した《シールドライガーDCS》が、力強い咆哮を上げる。ジェイとツヴァインは、思わぬ援軍の参戦に呆けて――目を剥いた。