ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑨ ツヴァイン (後編)

――ZAC2100年 五月 メルクリウス・湖畔の村

 

 

 朦々と立ち上がる煙が、集落を包み込んでいた。廃墟と化した建物の合間を、ユラと漂うそれは、まるで死んでいった者達の情念が未練がましく彷徨っているかのようにも見える。ドレッドヘアを備えた異形の《ダークホーン》を駆るパイロット――ヘルマン・シュミット大尉は、コクピットの中でそんな感慨を抱いていた。

 モニターが開いて、通信が入る。

「技術大尉殿、村の制圧は完了しました。以後、此処を拠点に調査任務を継続します」

 そう述べたのは、《ダークホーン》を伴って此度の任務に随伴した、機甲師団所属の将校である。武器開発局所属のヘルマンとは畑の違う者ではあるが――それを気に掛ける素振りを見せず、相応の礼節を持って接する男であった。なんでも、祖父は旧ゼネバス帝国の高級将校だったとかいう、由緒ある軍人家系の出であるらしい。

 モニターに映ったかの将校の顔を、ヘルマン・シュミットはつまらなそうに眺める。

「……貴公らは残り、この拠点を守れ。オリンポスには、私と私の部下だけで入る」

「シュミット大尉達だけで、オリンポスに入るというのですか? しかし我々は、大尉の警護を司令部より仰せつかっております」

「――必要無いのは、この戦いを目にしたのならば理解できよう?」

 シュミットの言葉が虚勢でないことは嫌というほど理解していたのだろう。《ダークホーン》のパイロットは暫し考え込んだ後――やがて心苦しそうに、「しかし」と意見を述べた。

「我らの求める『欠けたピース』は、山頂の地中深くに埋没していましょう。たった三機のゾイドで捜索しては、みつけられるはずが――」

 既にシュミット大尉は、その顔を見ていなかった。「出来るさ――私の《ブラックオニキス》が、それを見逃すはずがない」と即答して無線を切ると、ハッチを開けてゾイドから飛び降りる。

 

 ――《ブラックオニキス》。

 

 ヘルマン・シュミット大尉の駆る、異形の《ダークホーン》に与えられたコードネーム。このオリンポスに埋没する『オーガノイドシステム』の残滓、ガイロスが求める『欠けたピース』を見つけるため、シュミット大尉自らが改造した機体だ。彼自らがチューンナップしたOSを搭載し、磁気異常地帯での長時間活動が可能となった局地専用機。

 その形質は、かつてガイロス帝国が同様の環境を想定して開発した改造《レッドホーン》、《クリムゾンホーン》のそれを踏襲している。同機の開発に用いられた技術は、かの『惑星Zi大異変』で失われたが――この《ブラックオニキス》は『オーガノイドシステム』の応用で、限りなくそれに近い性能を備えることに成功していた。

 作品は《ブラックオニキス》だけではない。随伴する中型機・《ブラックライモス》もまた、彼が構築した独自理論によって復元・再配備された機体である。『オーガノイドシステム』研究の第一人者・博士(ドクトル)Fの元で研究を行った彼は、システムの持つ特性の一つ「生命力の異常なまでの強化」を利用して、金属生命体の強制培養・成長と、それによる絶滅危惧種の大幅な個体数増加を可能とした。

 

 だが、と、ヘルマン・シュミットは一人ごちる。

 

(――私が求めるのは……その先にある物)

 

 すなわち――絶滅し、化石化したゾイドコアの再生。

 純血の二クス人であるヘルマン・シュミット大尉は、旧ガイロス帝国の主力であり、最強軍団『暗黒軍』の象徴でもあった幻獣型ゾイド達の復活を渇望していた。そして、その実現に限りなく近い技術を行使しようとしていた研究機関が、このオリンポスに根城を構えていたという。

 それは、摂政ギュンター・プロイツェン直轄のゾイド開発機関であった。彼らの研究は成就する直前にまであって、半年前の大災害には研究の『被験体』――今は亡きゼネバスの象徴、『死を呼ぶ竜』が関係している、と、技術部の中ではまことしやかに囁かれている。

 共和国軍の妨害に会って研究はとん挫したというが――噂が真実ならば、その残滓は山頂に積もった死の灰の中で、今も鼓動していよう。

 

 ――必ず手に入れる。

 

 ヘルマン・シュミットは村の背後にそびえる黒い影、未だ崩壊を続けるオリンポスの山を見遣って、不遜な笑みを浮かべた。

 

 

 廃墟となった家屋の中から、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。

 キンと耳を突く女の悲鳴に、シュミットは眉を顰める。声の鳴った家屋の前に屯した、ガイロスの兵士達。瓦礫に腰掛けた彼らは、皆荒い息で――どこか気の抜けた、下卑た笑みを浮かべていた。不快を露わに踵を返したシュミットに気づくと、まるで蜘蛛の子を散らしたかのように、急ぎ小走りで去っていく。

 

 廃屋の中には、シュミットの想定した通りの光景があった。家財の散乱した部屋の中心、服を裂かれた村娘の上に、獣の息を吐きかけながら、一人の帝国兵士が覆いかぶさっている。両の手を縛られ磔にされた少女が、必死にもがくのを――無理やりに押さえつけ、殴打し、そして一心に腰を振る男。その無防備な後ろ姿が、自らの配下《ブラックライモス》のパイロットであると見取ったシュミットは、男の肩口を掴み、無理やりに少女から引き剥がす。

 

「――止せ」

 

 アガ、と間抜けな悲鳴を上げた部下に、シュミットは冷徹な眼差しを向けた。自らを見下した上官の意が読めぬかのように、暫く呆けていた部下の男は、やがて「――なんでじゃ!」と声を荒げる。享楽を邪魔されて血が上っているのだろう、自らの立場を鑑みぬ態度を持って、シュミットを睨んだ。

 そんな兵士の男を、シュミットは冷徹な眼差しで捉える。

 

「――貴様は、二クスの者だ。ヒトモドキ(、、、、、)とまぐわって忌み子を為し、誇り高きガイロス人の血を貶めるか」

 

 淡々とした風で放たれた言葉。

 しかし、ヘルマン・シュミットのその言には軽蔑と侮蔑、そして残忍なまでの『怒り』が滲んでいた。食い下がろうとした配下の男だったが、息が詰まるような悪寒に目を剥き――やがてシュミットの右手が拳銃のホルスターに掛かっていると気づくや、「ヒェ……ッ」と声を上げて、ジタバタと走り去る。

 部下の醜態を見送ったシュミットは、暗がりの中で微かに漏れた嗚咽に気づき、振り返る。地べたに磔にされた村娘が、息も絶え絶えに彼を見上げていた。

 若い女だ。まだ十代半ばくらいの、少女。

「助けて」

 と、微かに聞き取れた声に眉を顰めると、ガイロスの技術士官は少女の躰を見遣る。甚振られ青くなった素肌、土埃と、男達の唾液に塗れた乳房、涙でクシャクシャになった小さい顔……全てが貴く、弱々しい。

 

 しかし――モゾと揺れた少女の白い柔肌は、彼にとって、地べたを這う肥えたウミウシにしか見えなかった。

 

 醜いな、と胸中で呟いたシュミットは、ホルスターから拳銃を引き抜くと――なんの躊躇もなく、その引き金を引いた。

 

 

  

 ――※※※――

 

 

 

 ――同じ頃。

 

 乗機を留めた地点まで戻って来た、ツヴァインとジェイ。《コマンドウルフAU》のコクピットに着くや、ツヴァインはガイロス軍の無線を傍受しようと、通信機を触る。高速機でありながら、《コマンドウルフ》は共和国軍の戦力の中では《ゴルドス》に次ぐ電子戦能力を持つゾイドである。しかし、オリンポス山の崩壊によって発生した磁気嵐の影響か、機体頭部の高感度イヤーを持ってしてもその精度は低い。無線から聞き取れるのは、ノイズ交じりの数単語だけだった。

 

(……シ、ュミッ……けで……オリンポ……入――すか……?)

 

(……るさ……ブラック……ニキスなら――)

 

 しばらく無線機と格闘していたツヴァインだが、やがて深い溜息を吐いてそれを切ると、「駄目だな、こりゃ」と頭を振って、

「だが、一つ分かる事がある。やっこさん、『オリンポス』について話してやがる。もしかしたら、目的は俺らと同じ『古代遺跡の残滓』かもしれねぇ」

 そうひとりごちたツヴァインは、ウルフのコクピットから飛び降りると、《ブレードライガー》の足元で呆けていたジェイ・ベックに寄る。放心状態とも取れるジェイの呆け顔に、微かに眉を顰めたツヴァインは、「――お前は戻れ」とその肩を叩いた。

「コンボイの旦那に、ガイロスの連中も来てるって事を伝えなきゃなんねぇからな。作戦は練り直しだ。アイツらの目を盗んでオリンポスに入る手筈を考えなきゃいけねェ」

 言い終えると、すぐにウルフのコクピットに戻ろうとするツヴァイン。

 ジェイ・ベックは、思わずその背中を呼び止めていた。掛けられた青年士官の声に、傭兵は「……ぁんだよ?」と、面倒くさそうに振り向く。数秒間誤付いた後、ジェイは恐る恐る、こう問うた。

 

「お前は、この近くの出身だって……。じゃあ、お前の故郷は――」

 

「……ッ」

 ジェイの問いに、ツヴァインは応えなかった。が――決まり悪そうに視線を逸らした彼の態度が、何となく返答を物語っている。それを慮ってジェイが口を開こうとしたのを、あーあ、とぞんざいに喚いたツヴァインが遮って、

「ホントにムカつくな、甘ちゃんのくせによ。俺はお前に憐れんで欲しくて、こんな事やってるわけじゃねぇんだ」

 イライラとした風に、頭を振る。

 

「関係ねぇよ。戦争が始まる前から俺はゾイド乗りで、傭兵だった。故郷だなんて言ったって、本当にガキだった頃にしか住んでなかった場所さ。無くなったところで何も無い、俺に身寄りなんて――死んで悲しむような相手なんて、あそこにはいなかった」

 

 ――嘘だ。

 ジェイにはすぐに分かった。故郷には、彼の掛け替えのない人が居たのだろう。もしかしたらそれは、彼が散々に詰った、ジェイとエリサみたいな関係だったかもしれない。そして――多分その人は、もういないのだ。今のツヴァインはそれを認めたくて、必死で自分に「なんでもない」と言い聞かせているように見えた。

 

 ハッ、と、自嘲気味の笑みを浮かべたツヴァインは、「でもな、何も憎んでいないと言えば、嘘になるな」と、遠くを見て、

「俺の澄んだ町、俺と過ごした人――俺の過去を、勝手な都合で燃やしちまった戦争屋共は、大嫌いさ。そのきっかけとなったガイロス野郎どもに、うんと嫌がらせしてやろうって決めたんだよ。そのために、へリックを利用する。その戦いの果てに、お前さんとアノンちゃんみたいな甘ちゃんいろんなモノ失っても、構いやしねぇ。戦争の中じゃ、いずれみんなそうなるんだ――俺がそうだったように」

「……ああ、そうかも知れない」

 ツヴァインの言葉を、ジェイは咎めなかった。エウロペの民である彼は、へリックとガイロス、そのどちらも呪う資格がある。先みたいにジェイが怒り出す事を期待していたのかもしれない、ジェイの肯定に、ツヴァインはどこか寂しそうな笑みを見せると「話は終わりだ。戻るぞ」と、ウルフによじ登って、コクピットに座り込む。

 

「――ツヴァイン」

 

 キャノピーを閉じようとしたウルフの頭部目掛けて、ジェイは声を張った。ピクと揺れたツヴァインの肩。返事は無かったが、ジェイは構わず言葉を続けた。

「その前に、ガイロスに嫌がらせをしに行こう。あの村を奪い取ってやるんだ――お前と、俺で」

 驚いたツヴァインが目を剥いて、じっとジェイの顔を見つめる。数秒、無言のまま立ち尽くした二人だったが――やがて、どこか吹っ切れたかのように傭兵は笑うと、「言うじぇねぇか、甘ちゃん……いや――『ブルー・ブリッツ』め」と、ジェイを詰った。

 


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