ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑧ ツヴァイン (前編)

――ZAC2100年 五月 赤の砂漠(レッドラスト)

 

 

 西方大陸戦争の開戦から、既に一年。先に行われた全面開戦の勝利によって、ガイロス帝国は主戦場・北エウロペ大陸の大半を自国の支配地域として押さえている。大陸の中心に位置する広大な『赤の砂漠(レッドラスト)』も、本来ならば帝国の哨戒部隊が見回っているはずであるが――307小隊の侵入した砂漠南部には、一切その気配が無かった。

 

 

 ジェイ・ベック少尉達は今、『ヘスペリデス湖』に掛かる一本橋を越えて、砂漠の南端にたどり着き――目的地『メルクリウス湖』を、既に目前にしている。湖の中心に聳えた『オリンポス』が常に噴煙を吹きあげる為、辺りは昼夜問わず薄暗い。まるでこの世界から陽光という概念が消失してしまったかのような、異様な光景であった。一行は時計の指し示す時間だけを便りに、行軍の予定を遂行している。

 隊の者達が野営の準備を終えた頃、足元を振動が伝った。本日で、既に五度目の地震だ。戦闘機械獣の行進によって生ずるような、表面的なモノではない。大地の深奥で巨大な何かが蠢いているかのような、そんな振動である。

 ジェイ少尉、グロック少尉、そしてレイモンド主任という、隊の中枢メンバーを呼び集めたコンボイ大尉。アレクサンドル大地の駐屯地で貰い受けた《グスタフ》に引かれた居住コンテナの中、カタカタと音を立てるコーヒーカップを見つめて、

「また、揺れているな……」

 と、グロック少尉が顔を顰める。これから赴くであろうオリンポスの地殻変動が、既に感じ取れる程の距離に来ているのだ。帝国も共和国も近寄らぬ、大災害の爪痕が残る地――一層の緊張感に黙り込むジェイ達。だがコンボイ隊長だけは、つとめて平静を保っていた。「――『ヘスペリデス湖』を越えた今、帝国軍と遭遇する可能性は低くなった」と切り出して、翌日の作戦に向けたブリーフィングを始める。

 

「明日、いよいよオリンポス山に入る事になるが――レイモンド主任、留意点は?」

 

 一行が囲むデスクの上に広げられた、北エウロペの地図――その南端に付けられた赤いチェックを凝視しながら、小太り気味の技術士官は「そうだな……」と険しい表情を作る。

「半年前に起こった何らかの外的刺激によって、オリンポス山は急速に火山活動を再開し――そして崩壊した。おそらく山頂付近は、磁気嵐の吹き荒れる『原始の惑星Zi』に、限りなく近い環境にあると言っていいんじゃないかな。実際に行って目にして見ないと、何とも言えないけれど……」

「惑星Zi大異変の再現と言うわけか……だがそうなると、我々のゾイドは制御不能に陥るのではないか? 磁気嵐の中では、あらゆるゾイドの活動が不可能になる」

 レイモンドの見解に、グロック少尉が首を傾げた。今から五十年程前に起こった、巨大彗星の飛来による天変地異、『惑星Zi大異変(グランドカタストロフ)』。数千万人もの命が奪われたこの未曾有の大災害では、同時に吹き荒れる磁気嵐によってあらゆるゾイドの活動が制限された。へリック、ガイロスの両国が以後四十年もの間睨みあいを続けていたのは、人的被害だけではない、この磁気嵐によって戦闘ゾイドの使用を著しく制限されていたことにある。

「大異変以来、磁気異常によるゾイドの機能不全を予防する研究は続けられてきた。パルスガード技術の進歩によって、ある程度は機体の変調を阻害することができるようにはなっているけれど――それでも山頂付近での調査は、二時間が限界だろうね」

「――よかろう。その時間内で帰還できるよう、最適なルートを模索する」

 レイモンドの見解を受けたコンボイ小隊長は、「明日から、本格的な調査任務になる。各員、今の内に英気を養っておけ」と会議を締めた。

 

 

 噴煙によって陽を遮られたせいか、野営地の夜は一層冷え込んだ。時々煌めく雷鳴の灯りだけが、深淵を照らす標となる。そんな中で、307の各員が明日の登山へと備えて、愛機の最終チェックを行っていた。

 ジェイもまた、もう一機の《グスタフ》に引かれた簡易整備ドックに《ブレードライガー》を預けて、機体の調整を続ける。すると――、

 

「――少尉さんよ」

 

 と、ツヴァインに声を掛けられた。

 

 ガラの悪い傭兵の隣には、コンボイ小隊長。妙な組み合わせだな、と頭の片隅で感想を言ったジェイに、「暇してんだろ? ちょいと付き合えよ」とツヴァイン。その親指で指した先には、彼の乗機《コマンドウルフAU》が、既にアイドリング状態で待機している。

「メルクリウス・オリンポスの周辺には大規模な地殻変動が起こってんだ。明日アドリブで進んで、不意の事態が発生したら洒落にならんだろ? 斥候役だ、今夜の内に俺と少尉さんで、周辺の道程を調査しに行く」

「俺が? 同じウルフに乗っている、フリーマン軍曹の方が適任じゃないのか?」

 疑問に思ってコンボイ小隊長を見たが、「万が一、って事もあるだろう?」と応えたのはツヴァインの方だ。

「無いとは思うがな――もし《レッドホーン》級のゾイドを伴った哨戒部隊に遭遇したら、《コマンドウルフ》二体じゃ手こずっちまう。その点、《ブレードライガー》は計器の類も最新だし――何より、戦闘では百人力だ。……お前が乗りこなせれば、の話だがな」

 相変わらず、一言多い男だ。挑発だとは分かりつつも、ジェイは怪訝そうに相をしかめて、ライガーのコクピットから飛び降りる。小隊長に向き合って、「コンボイ隊長、(チャーリー)分隊で先行します」と、敬礼するも――、

 

「おいおい、明日から過酷な登山だぜ? フリーマン軍曹は休ませてやれよ。たかだか偵察任務、俺とお前で十分だろぉ?」

 

 と、ツヴァインが煽って、ジェイの言を遮る。

 

 二人のぎこちない会話に、コンボイ小隊長は微かに貌を顰めた。「――どうする? ジェイ少尉」と、淡々とした調子で問うた小隊長から、厳格な意を感じ取ったジェイ。傭兵とはいえ、自らの部下を御しきれていない彼に、コンボイ大尉の厳しい目が光っている。

「……ツヴァインの意見を尊重します」 

 咄嗟にジェイは、そう返答した。ジェイの決断に対して、小隊長は険しい表情を作ったが――それを咎めるような真似はしなかった。

 

 

 

 行くぜ、と無線で短く告げるや、ツヴァインの《コマンドウルフ》が低い呻り声を上げながら始動する。《グスタフ》の整備ドックよりゆっくりと降り立ったジェイの《ブレードライガー》もまた、その後に続いて駆け出した。深夜の荒野帯を土埃を上げながら走り行く、二体の機獣。視界を確保するため、キャノピーハッチの上に備えた小型の前照灯を点灯させると、ジェイは機体を加速させツヴァインのウルフと並走すると、「どういうつもりだ?」と問うた。

「あん? 何がさ」

 通信回線を開いたジェイに、素っ気ない態度で応じるツヴァイン。先のツヴァインは、意図的にジェイと二人で出撃する事を望んでいた風に思えた。真意を知りたくて、モニターに映った傭兵の顔を見据えるジェイ。彼の思惟を見取ったのか、「……言ったろうが。斥候だよ、斥候」と、面倒くさそうに頭を掻いたツヴァイン。

「俺は元々この辺の生まれでなァ、多少は土地勘ってのもあるんだ。『オーガノイドシステム』なんて眉唾モノに、共和国のお偉いさんが躍起になるのは理解できないがな、それがコンボイの旦那に与えられた役目だってんなら、手を貸すさ。俺はそのために雇われてんだから」

 と、長々しく理由を述べる。

 筋の通った話だが、肝心のジェイが同伴する理由には触れていない。なおも追求しようとしたジェイだったが、んな事より――、と、ツヴァインは話題を変えた。

「少尉殿、寂しいだろ? しばらくはあの、アノンって嬢ちゃんと乳繰り合えないんだからな」

「……なんだと?」

 余りにも無礼な物言いに、ジェイは思わず呆けた。呆然とした彼に、ハッ、と見下した風を醸す傭兵。

 

「まったくいい御身分だよなぁ、ジェイ・ベック。戦争の真っ最中……しかも余所の土地を戦場にしておいて、お前さんは同僚の女に見惚れて、ナニ(、、)おっ()ててる暇があるんだからよ」

 

 他の隊員や、コンボイの目が無くなったからか――ツヴァインの態度には、取り繕った体裁など微塵も無い。完全にジェイ・ベックをこき下ろした、辛辣な物言いだった。激発したジェイは、「キ……キ、貴様ァーッ!」と声を荒げたが、

 

 

 

 それを無視して――不意にツヴァインの《コマンドウルフAU》が停止する。

 

 

 

「――おうっ!?」

 慌ててブレーキペダルを踏み込むジェイ。心地よい疾走を咎められてか、《ブレードライガー》は煩わしそうに首を振って、大きく咆哮する。《コマンドウルフAU》を抜き放って数十メートル程言った挙句、ガクン、とつんのめって停止したジェイ機。それを見遣ったツヴァインは、「降りろベック。こっからは歩きだ」と、抑揚のないトーンで告げた。

「……濁すな! 正規兵じゃないとは言え、お前の無礼は余りある!」

「まぁ見ろよ。《コマンドウルフ》の索敵能力は折り紙付きだ――そのセンサーが、敵の痕跡を発見している」

「……ぬっ……!?」

 モニターに送信されてきたのは、ジェイ達の走って来た大地の画像データだ。大地の凹凸、石ころや道草に残された痕跡から、ツヴァインの《コマンドウルフ》は大型ゾイドの足跡を検出していた。

「《レッドホーン》級と、それに追随する中型ゾイドだ……ツイてねぇなベック。どうやらこの辺りには、ガイロスの先客が居るらしいぜ」

 オリンポスの吹いた火山岩だろうか――近くに屹立していた大きな黒岩の傍に機体を寄せると、《コマンドウルフ》は屈み込んでキャノピーを開ける。何もかもツヴァインのペースで事が進み、「くっ……」と奥歯を噛み締めたジェイだったが、同様ににライガーを遮蔽物まで寄せると、キャノピーを開けて機体から降り立つ。

 辺りは、微かに焦げ臭い。オリンポスの崩壊で焼かれた、土や草木の匂い。そして大気に混じった灰の香りが、ジェイの鼻孔を掠める。異様な雰囲気を感じ目を剥いたジェイに、ツヴァインが歩み寄ってくると、「教えてやるよ」と不遜な声で言った。

 

 

「お前さんに着いてきてもらったのはな、お前さんのお気楽さを改めてもらうためだ。戦争をやるってのがどういう事か、自分の目で見て感じろ」

 

 

 

 ――しばらく行った先で、ジェイ・ベックはそれを見た。

 

 小さな村であった。メルクリウス湖より流れ出た河川より水を引く、荒野の中のオアシス。だが、先にオリンポスが引き起こした大災害にやられたのだろう、田畑は一面灰色に塗れて、放置されている。しかしジェイが言葉を失ったのは、それだけが理由ではない。

 

 ツヴァインが投げ渡したスコープで村を眺め、絶句するジェイ。

 

 立ち並ぶ家々は、無惨にも破壊されていた。崩れ落ちた家屋、道には弾痕。あちこちから火が燻り、黒々とした煙を上げている。そして――そんな街の中を、ガイロス帝国のゾイド達が、悠々と闊歩していた。

 緩やかな足取りで建物を踏み躙るスティラコサウルス型の機獣は、ジェイのよく見知ったシルエットだが、機種は違う。装甲は漆黒、背には巨大な砲塔の束『ハイブリッドバルカン』を背負った強化改造機・《ダークホーン》。それに追随するのは、前者によく似た黒い装甲と、ドリル状の角を備えるサイ型の中型ゾイド《ブラックライモス》だ。帝国機甲師団所属のゾイド達――三機編成の分隊が、二つ。

 

 そして――驚く事に、その足元で蠢いた小さな影があった。

 

 人がいる。蹂躙される家屋から逃げ惑う村人達。それを追いかけるのは、ゾイドから這い出たガイロス軍人達だ。男性は銃底で打ちのめされ、蹴られ、そして射殺された。その光景に泣き叫ぶ女性達は、髪を引っ掴まれて引き摺り回された揚句、嬲られる。目を覆いたくなるような『地獄』であった。

「あの大災害にあって避難していないのか? ……何故、まだ村人が――」

 

 呆然と呟いたジェイに、ツヴァインは冷めた言葉を返す。

 

「どこに逃げるっていうんだ? 辺りは一面過酷な砂漠で、しかも俺ら(、、)軍隊(、、)()ドンパチやってる真っ最中だぜ?」

 

 打ち倒された家屋の影から、新たに三機のゾイドが身を乗り出した。

 二機は件の中型機《ブラックライモス》だが、残る一機は《ダークホーン》では無い。漆黒のボディは同様だが、大きく膨れ上がった背には『ハイブリッドバルカン』ではなく、ターレット旋回式の小型連装ビーム砲を二機。その両サイドには、通常機の主砲たる『三連装リニアキャノン』が備えられるが、間接を備えたアームに繋がれ、砲の裏側に鈎爪状のマニュピレーターを潜ませたそれは、銃座と言うよりも背から生えた二本の『腕』に見える。最も印象的なのは頭部で、扇状に広がったエリマキの合間に、大型化した銀色のビーム砲塔が六機並んでいた。、さながらドレッドヘアのような印象を与える『異形』である。ジェイがこれまでに見たことのない改造ゾイドであった。

 計十機、おそらくはガイロスの哨戒部隊だ。指揮官機と思われる異形の改造《ダークホーン》が大きく咆哮し、『ドレッドヘア』からレーザーをばら撒く。

 昼と見紛う明るさに包まれた集落に目を細めながら、「これが戦争だ」とごちるツヴァイン。

 

「帝国に牙を剥く気なんてさらさら無い……災害に、戦火に揉まれながら、それでも必死でやって来た片田舎の集落が、軍隊の都合で――奴らの補給のために略奪され、踏みにじられる。ミューズの戦線で戦い、戦場を知った気になってたろうが……甘いんだよ。エウロペでは、死ぬ覚悟なんて微塵もできてない民衆が、ああやって焼かれて死んでるんだ。自分達とは全く関係の無い、『余所の国同士』の戦いでな」

 

 

 耳朶を打つツヴァインの言葉が、頭蓋の中で残響する。まるで躰の全てが弛緩したかのようには硬直したジェイは、ただただ蹂躙されるだけの村を、呆然と眺めていた。

 

 

 


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