ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑦ 出立

 

 早朝の格納庫で、ジェイは愛機《ブレードライガー》のコントロールパネルを操作する。

『ミューズ森林』の南西――『オリンポス山』の調査を命じられたジェイ達307小隊は、今日の昼ごろにはこのバラーヌ基地を離れて、南方の荒野に設けられた拠点・『西アレクサンドル駐屯地』へと移動する事になっていた。翌日、そこから帝国領・オリンポス山に入り、『オーガノイドシステム』完成のためのデータを手に入れるのだ。

 ガイロス支配地域での、長きに渡る調査任務だ。敵の偵察部隊に発見されて、戦闘に入ることだって、決してありえない話ではないだろう。肝心な時に機体を乗りこなせず、隊を危険に晒すわけには行かない。これまでの稼働テストを踏まえて最終調整を終えた機体を、朝一番に試しておきたかった。

 

「――ベック少尉」

 

 コクピットで難しい顔をしたジェイは、掛けられた声に振り向く。

 ライガーの足元で微笑んだ栗毛の女性士官に気づき、ジェイはアノン少尉、とその名を呼んだ。二人分のコーヒーカップを持ったエリサは、「今日は一段と早いですね。気合十分、と言う感じでしょうか?」と、ライガーのコクピットを見上げていた。

「ああ……午後には『バラーヌ』を離れてしまうからね、最終チェックをしておきたくて。この後、少し走らせて来るよ」

「……そっか。少尉達、今日からアレクサンドル大地の方に転属するんですよね」

 エリサの声のトーンが、僅かばかりしょげたように思えた。数秒考えた後、エリサはコーヒーカップを小脇の整備棚に置くと、

「テスト走行、ご一緒しますよ。後ろの席でモニタリングする人が必要でしょう?」

 と提案する。

 断る理由は無い。「オーケイ、ちょっと待って」と頷いたジェイは、ゆっくりと《ブレードライガー》の頭を垂れさせて、彼女をコクピットへと迎えた。

 

 

 

 テスト走行は、順調に進んだ。アーリータイプ《ブレードライガー》の扱い辛さは、最後まで改善されなかったが――それでも、根気強く向き合った成果だろうか。基地周辺に設けられたテストコースを走らせる程度なら、既に問題にならなくなっていた。後部座席で機体をチェックするエリサが、

「《ブレードライガー》、速度・機体コンディション共に安定しています……すごいです少尉、ほとんど乗りこなしているんじゃないですか?」

 と、声を弾ませる。

 自分でも何となく手ごたえを感じ始めていた事だ。エリサにそれを指摘されて、ジェイも嬉しくなる。ハハァ、と照れ笑いを浮かべながら、「俺一人の力じゃない、レイモンド主任やアノン少尉が、いろいろと手伝ってくれたおかげだよ」と謙遜を返して、

 

「『オーガノイドシステム』はすごい力だ……ゾイドの潜在能力を完璧に、引き出す。完全な物にできれば、この戦争だってすぐに終わらせる事が出来るかも知れない。《ブレードライガー》の心は、その獰猛さで固く閉ざされているけれど――コイツと一緒に居れば、システムを読み解く片鱗だって見えるかもしれないんだ」

 

 言い終えるとほぼ同時、予定していたテスト走行カリキュラムを全てクリアする。

(ニュー)ライガーで挑戦し始めてからの、自己最高記録だ。これならば実戦で《ブレードライガー》を扱う事になっても、手間取ることはないだろう。よし、と高揚したジェイに、「ベック少尉はこの戦いを早く終わらせるために、『オーガノイドシステム』と向き合う事にしたんですか?」とエリサが問うた。

 質問に、

「無論、この《ブレードライガー》に、何か魅せられるモノがあったのは事実だけど……」

 と言いよどんで、ジェイは目を伏せる。

 

「ミューズでゲリラ戦をして、多くの人間が死んでいくのを見て来たんだ。マーチン軍曹、帝国の奴ら――人だけじゃない、俺と一緒に来た《シールドライガー》だって、グラム湖での戦いでダメにしてしまった。戦争なんて、やっぱりいつまでもやってるべきものじゃないんだよ」

 

 

 だからこそ――『オーガノイドシステム』がこの戦いを終わらせる鍵となり得るのならば、ジェイはそれに貢献したいと思った。《ブレードライガー》の湛える激情はただの狂気ではない、この戦争を終わらせる、大きな意思のうねりに思えたから。

 

 

「……すごいですね、ジェイ(、、、)少尉(、、)

 エリサの相槌は、少し間が空いてから帰ってきた。テスト走行を終了し、帰投しようとライガーを反転させながら、「すごいかな? これまでは、思っているだけだったから……」と、ジェイは前置きを言うと、

「でも、今度の任務は、『オーガノイドシステム』解析のための、大きな一歩になり得る。オリンポスで何があったのかは、聞き及んでいる。本当なら、気安く踏み荒らしていい場所じゃないのかもしれないけれど――帝国との戦いを終わらせるためなら、割り切るさ」

 改めて、己が決意を言う

 

「でも、本当に大丈夫ですか? 帝国軍の領土に入るんだから、きっとたくさん戦う事になりますよ?」

「……分かってる。けど――」

「――心配だな。少尉がまた怖くなって、『助けて』って泣いてても、今度は私、聞いてあげられないですよ? 傍にいないんだから……」

「ハハァ……あの時に覚悟は決めたんだ、もう言わないよ、そんな事」

 

 挑発するみたいな物言いが、普段の彼女らしくなかった。ジェイがそれを奇妙に思った直後、ピシュ、と、シートベルトを外す音が聞こえて――身を乗り出したエリサが、シート越しにジェイの胸元まで腕を回す。背後から抱かれる形になって、ビクと痙攣したジェイ。すぐ横にエリサの顔を見つけると、その瞳がキラキラと光を湛えているのに気づいて、息を呑んだ。

 視線を交えると、エリサはフッと微笑して見せる。数秒呆けていたジェイは、やがて彼女の意図に気づくと、

 

「――大丈夫だよ。心配しないで」

 

と、微笑み返した。

 

 

 

 

 

 『ミューズ』の森を抜けた307部隊の一団が、荒野帯・『アレクサンドル大地』を南下していく。戦闘を往くのは、コンボイ大尉の《シールドライガーDCS》と、《コマンドウルフAU》二機で構成された(アルファ)分隊。少し遅れて最後尾、ノーマルタイプの《シールドライガー》に、《コマンドウルフ》二機で構成された(ブラボー)分隊が続き、こちらの指揮はグロック・ソードソール少尉が執る。そして、二隊の間に挟まれるように、ジェイの任された(チャーリー)分隊が行軍した。ジェイの《ブレードライガー》にツヴァインの《コマンドウルフAU》、そしてフリーマン軍曹が担当する通常の《コマンドウルフ》で構成された分隊だ。

 もう一人。隊員の他に、軍属技術局のレイモンド・リボリー主任が同伴している。遺跡での調査解析役であり、実戦での《ブレードライガー》の戦闘データをモニタリングするのも彼の役目だ。ジェイが普段エリサと一緒に稼働テストを行っているのを知っていた彼は、「後ろに居るのがムサイ男が変わるのは、嫌かもしれないけど――我慢してくれよ、少尉殿」などと軽口を言う。今朝エリサとの別れを惜しみ、未だ後ろ髪を引かれているジェイにとっては、笑えない冗談であった。

 

 

 既に《ストームソーダ―》の配備によって空の安全を確保されている、共和国領内における行軍は気楽な物であった。出発から二時間、目的の『アレクサンドル西駐屯地』は目前に、コンボイ大尉の通信が入る。

「アレクサンドルの駐屯地で、グスタフを三機ほど手配してある。簡易ドックと補給物資――そしてキャンプコンテナを受け取ったら西を目指し、ヘスペリデス湖の一本橋を渡ってオリンポスに入る」

「――了解」

 回線越し、グロック少尉が応答するのを聞いていたジェイ。そのすぐ後に、モニターに別の顔が映り込んだ。痩せた狼のような男――鋭い眼光の傭兵ツヴァインが、「よう少尉殿。じゃじゃ馬ならぬじゃじゃ(、、、、)獅子(、、)は、手懐けられたのかい?」と、薄笑みを浮かべた。 

「その蒼い新型ゾイド……《ブレードライガー》だっけか。新しいゾイドも『ブルー・ブリッツ』たァ、アンタ、相当な堅物だ」

 以前ほどジェイを見下した風は無くなったが――彼の口汚さは生来のモノらしい。ムッとしたジェイは、「軽口はいい、ツヴァイン」とそれを制したが、

「そう言うなよ。敵さんのウジャウジャいる帝国領に入って、古代遺跡の石ころを拾いにいく羽目になったんだぜ? 投げやりにもなるってもんだ」

 と、ツヴァインは喋り続ける。

 古代文明断片を石ころ扱いされては黙っていられなかったのだろう、後部座席で二人のやり取りを聞いていたレイモンド主任が、「ツヴァイン君、この任務は酔狂で行うものではないよ。『オーガノイドシステム』を完成させて、へリックの戦力を高めるための、大事な一歩だ」と反論を言った。すると、ハッ、と息を吐いて、「戦争に勝つために考古学を始めるってのが、俺に言わせりゃ酔狂さ」と、鼻で笑うツヴァイン。

 

「戦争ってのは遊びじゃねぇンだよ。戦いに勝つために必要なのはそんなロマンスじゃない、如何に生き汚く足掻くかって事だ。ガイロスを倒したいって言うんなら、張りぼての新型ゾイドで夢を見せるんじゃなく、そこんとこを前線の兵士に仕込んでやらなきゃな」

 

 ツヴァインの言っている事が、道理である事は否めない。劣勢の共和国の戦線を今日まで維持できたのは、母国のため、そして己が生のために諦めずに抵抗を続けた特殊工作師団の奮戦おかげだ。一方で、『オーガノイドシステム』研究によって生まれた《ブレードライガー》は、未だ問題を解決できず、この戦いに貢献できているとは言い難い。

 ――それでもジェイは、この作戦に掛ける思いがあった。

「《ブレードライガー》の力は本物だ。『オーガノイドシステム』搭載ゾイドを完成させれば、帝国を倒せる――そうすれば、この戦争は終わるんだ。エウロペに平和が戻るって言うんなら、エウロペ人のお前にだって、決して悪い話じゃないだろ?」

 ジェイの熱弁に目を剥いたツヴァインは――少し間をおいて、プッ、と吹き出して笑う。

「前々から甘ちゃんだとは思っていたが、そこまでとはな。栗毛の女――アノンちゃんのケツ(、、)ばっか追いかけてるうちに、さらに腑抜けになったか?」

「――なんだとッ!」

 ムキになって顔を顰めたジェイに、「言い訳がましいこと言うなよ。この戦いに勝って得があるのは、お前らへリックだけだろ?」と、ツヴァインは冷たく言い放った。

 

 

「エウロペはな、傷ついているんだよ。戦争の勝敗がどう転ぼうが関係ない……争い終わっても癒やされる事が無いほどに、お前らの戦いが、エウロペに爪を立てている」

 

 

 通信が、切れる。

 モニターの映像が無くなって、ジェイの視線はふとキャノピー越しに見える風景へと移った。そして――彼の言う傷跡が、ジェイの視界に広がった。

 

 西の空は、暗かった。遠方に見える山々を覆い隠すほどの灰色の噴煙が、本来あるべき青空を覆っている。西へ行けばいくほど濃くなる黒雲の層は、時たま蒼白い稲妻を湛えて震えた。

 ジェイの後ろでその景色を眺めていたレイモンドが、「オリンポスの上げた噴煙だ……」と呟いた。まだ遥か先に在るはずの目的の場所、『オリンポス山』。半年前に紅蓮の炎に包まれたという大山は、今なお『破滅の火』を吹き上げ続けていた。 

 

 


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