ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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① 序章

――ZAC2099年 十一月某日 デルダロス海上空

 

 

 空高く照らす日差しの光に、ジェイ・ベック少尉は眉を顰めた。

 

 遮蔽物の一切ない海上の日差しは、ジェイを乗せた船の甲板を白ませるほどに眩い。へリック共和国本国――中央大陸デルポイ・ユピト港を出て、はや三日。船旅に飽きて潮風を浴びようと外に出たジェイ少尉だったが、ジリと熱してくる陽光に怖じけて、後悔した。

 大型軍用貨物空船《ネオタートルシップ》――少尉を乗せたそれは、彼の故郷より遥か西方の異邦・エウロペ大陸を目指して揺れる。半年程前、北方の二クス大陸を統べる大国・『ガイロス帝国』が、半世紀にも及ぶへリックとの軋轢を清算しようと宣戦布告、大海を隔てた両国に直接の戦争は難しく、侵攻の中継地として選ばれたのが、強力な統一国家を持たない、西方大陸エウロペだったのである。

 曲がりなりにも母国を守るべき軍隊に志願したジェイだ。戦争が始まるというのならば、従軍するのは道理である。侵略戦争を仕掛けるガイロスへの義憤はあったし、戦いの場に命を掛ける覚悟もあった。そのはずなのに――故郷を離れてから、ジェイの胃の腑は妙な圧迫感に苛まれ続けている。落ち着いてもいられず、出航以来毎度の如く船内を闊歩していた。開戦当初から従軍していたのならばまた違ったのかもしれないが、士官学校を卒業したてだったジェイは、半年近く本国警備隊で任を与えられ、ようやっとこの冬、エウロペ大陸第二次派遣軍の一員として、西方へと渡航したのである。

 

 このまま自分とは関わりの無い所で、戦いは終局するのではないか――そんな淡い期待を抱いていた矢先の指令であった。入隊時には確固たるものとしてあった、『戦場への覚悟』が揺らいでいるのを、否定できない。

 

「――船酔いかい? 少尉殿」

 

 しゃがれ声に、振り返る。見ると、油汚れですすけたツナギを纏った老整備兵が、ジリと汗の雫を浮かべながら笑っていた。片手には、缶コーヒー。積載された兵器達の最終調整を行っていて、今はさしずめ、休憩を与えられて風を浴びに来た所か。

 ハハァ、と、老整備兵は乾いた笑いを零した。ジェイ少尉のつま先から視線を上げて観察して行き――その顔先で止まると、「ロックスターみたいな頭してんな、お前なぁ」と、彼を茶化す。茶髪を頭頂部付近で逆立てた、ジェイのソフトモヒカン。彫り深く、程々に端正な顔立ちの青年士官に当てた老兵の言に、嘲笑の意図は無かったが――続く彼の言葉は、ジェイの気に触れた。

「そうやって尖ってるくせに、もう母国が恋しくなっちまったのかい?」

「……なんだって?」

 聞き返したジェイの不服そうな表情を気に留める風も無く、「顔に書いてある。戦場に行くのが怖い、ってな」と、老整備兵は続けた。

 そうではない、と内心で濁し続けてきた真実を、あっさりと看破されたジェイ・ベック少尉。真一文字に口元を結んで、立ち尽くす。

 士官学校をそれなりの成績で卒業し、入隊後もそつなく任務をこなして来た。二十代半ばで既に尉官というのも、決して遅い進級ではない。そうやって自信を付けて来たはずなのに――ここ数日のジェイは、すっかり気落ちしている。

「――着いて来い。ちと手伝って貰うかな」

 老整備兵はそう言って、ジェイを手招きした。「手伝うって?」と、気乗りしない返事を返しながらも、ジェイの足は彼の背を追っている。つべこべ言わずに来い、と返した老兵の向かう先は、《ネオタートルシップ》の中心部に作られた格納スペース出会った。道中、汽笛に似た轟音が上がって、「快晴だ――今日はコイツも機嫌がいいらしい」と、足元を小突いて見せた老兵。

「……コイツ?」

「分かってるだろ? お前さん達は何も、一人で戦場に赴く訳じゃない。ビビってるなら、一緒に戦ってくれる『相棒』に、慰めて貰え」

 空きかけのシャッターを潜った先に、広大な格納庫があった。全長四百メートルを超える、巨大貨物船の大半を割いた格納スペースには、その規模に相応しい大仰さの、『兵器』にして『乗員』が存在する。

 

 

 ――ゾイド。

 

 

 この『惑星Zi』に存在する。巨大な金属生命体。この星に住まう者達は、鋼鉄の獣達を捕獲・育成し、その肉体を軍用機械に置き換えることで兵器化した、戦闘機械獣を用いて行われる。そして――ゾイドはただの兵器ではない。全身を機械化されていながら、明確な意思を持ち、乗り手へと影響を与える『戦友』なのだ。

 老整備兵の意図が分かって、ジェイ・ベック少尉は格納庫内を仰ぎ見た。

 軍用機として完成されたゾイドの姿は、元となった金属生命体の姿を踏襲する。二足歩行の恐竜型、二十メートルを超える体高と、二百五十トン近い重量を誇る巨大ゾイド《ゴジュラス》は、高い格闘能力と防御力を併せ持つ、へリックの象徴的ゾイド。逆に六足の昆虫を模した青い《ダブルソーダ》は、《ゴジュラス》の片足分の大きさしかない小型ゾイドで、主に飛行能力と火力を駆使して地上勢力を掃討する『戦闘ヘリ』的運用が為される。それぞれが、持って生まれた生物としての特徴を生かす形で改造され、運用される。

 さらに奥まで歩みを進めると、ジェイの所属する『特殊工作師団』向けのゾイド達が並んでいた。その中の一角――高速戦闘隊の機獣達は、狼型やライオン型と言った、高い速力を持つ金属生命体がベースとなっている。

 整列する高速ゾイド達の中に、ジェイは自分に割り当てられた機体を発見した。濃灰色の稼働部品で構成されたマッシブな四肢、各部から駆動部たるシリンダーフレームが露出し、無骨な印象を与える。頭部や背と言った、機体の要所を覆う装甲は軍用機らしから鮮やかなブルーで、これはへリック共和国民の中でも最多の民族、『風族』のシンボルカラーだ。高速戦闘時の空力を意識したスリッドが、高速ゾイドとしての意匠を感じさせる。火器は少なく、一部内装された物を除けば、腹部に備えられた三連衝撃砲のみである。

 軽装を補うのは、元となった猛獣型金属生命体の、爪や牙の延長――口腔に並んだ『レーザーサーベル』と、四肢の先に持つ『ストライククロー』。この機体は機動性と運動性を駆使して高速で敵機に接近し、白兵戦で敵機を破壊する事を主眼に置いている。

 

 先に述べた《ゴジュラス》程ではないが、大型の機体であった。ライオン型ゾイド・《シールドライガ―》。共和国軍高速戦闘隊の主力ゾイドにして、同隊の旗艦的存在。新米士官に与えられる物としては、最高峰のゾイドである。

「ゾイドは生きてる。お前さんがコイツへの信頼を示して見せれば、助けてくれるさ――どんな過酷な戦場でもな」

 脇に置かれた工具入れをまさぐった老整備兵は、中からレンチ取るなり、ジェイに投げて寄越した。「今夜中にはロブ基地に着くだろうよ。時間を持て余してるってんなら、それまで相棒の整備でもしてな」と、言い残した彼は、そのまま背を向けて己が職務に戻っていく。

 

 

 再び《シールドライガー》の機体を見上げたジェイ・ベック少尉。コクピットブロックを備えた頭部は半透明な強化キャノピーが大半を占め、生物であるはずの機獣の『表情』を見取る事は出来ない。それでも――目の前に屹立した機獣から、生命感とでもいうべき動悸を、ジェイは感じた。

 

 

 ジェイ・ベック少尉を乗せた《ネオタートルシップ》は、西方大陸エウロペへと向けて飛ぶ――人が、そして機獣達が戦い、命を散らす、修羅の戦場へと向けて……。

 

 


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