ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑥ 指令

――ZAC2100年 五月 ミューズ森林地帯・バラーヌ基地

 

 

 さらに、一月の時が過ぎた。

 この月、へリック共和国軍が絶対不利と目されてきた西方『大陸戦争』に、転機が訪れた。きっかけは、空戦。共和国軍が《ブレードライガー》と同時期に、極秘裏に開発していたプテラノドン型空戦ゾイド・《ストームソーダ―》がロールアウトし、帝国空軍からエウロペの制空権を奪取したのである。《レドラー》を上回る大型飛行ゾイドであり、さらに『オーガノイドシステム』も搭載した、超高性能戦闘機。へリック空軍の主力戦闘機として採用され、順調に配備数を増やしている。

 空軍だけではない。共和国軍の主力たる強襲戦闘隊にも、同じく『オーガノイドシステム』を搭載した小型ゾイド《ガンスナイパー》が配備されている。先んじてガイロス帝国が実戦投入した《レブラプター》と同様、エウロペ大陸に広く生息するヴェロキラプトル型金属生命体を元に製造された機体で、高い俊敏性と射撃能力を重視した武装配置でバランスのとれたスペックを実現している。

 二機の新世代ゾイドが配備されたことで、劣性の共和国に、少しずつ巻き返しの展望が見えてきたのである。

 

 

 へリック共和国軍の「『オーガノイドシステム』搭載機による主力機種転換」は、順調に進んでいるように思えた――ただ一つ、《ブレードライガー》を除いて。

 

 

 

「《ストームソーダ―》も《ガンスナイパー》も、『オーガノイドシステム』の機能を大幅に限定した事で、操作性の問題を改善している。前者は元々デリケートな飛行ゾイドだ、完全に解明されていないテクノロジーを機体中枢に導入するのはリスクが大きいし、広く兵達に普及するであろう後者――量産小型ゾイドも、信頼性を高めるために冒険を控えるというのは、堅実な判断と言えるだろうね」

 

 バラーヌ基地の格納庫にズラと並んだ各ゾイド達を眺めながら、レイモンド主任が考察を言った。307小隊の機体達の一番端に置かれた、真新しいライオン型ゾイドに目を留めると、「――対してこの《ブレードライガー》は、『オーガノイドシステム』の占める比重が大きいんだ」と続ける。ジェイ、そしてエリサの二人がコーヒーを啜りながらそれを聞いた。 

「《ブレードライガー》は現行ゾイド《シールドライガー》をベースにすることで、開発に掛かる費用・時間、そして人手を大幅に削減している。わが軍における『オーガノイドシステム』搭載ゾイド・第一号で、他の二機以上に、システムが期待に及ぼす影響を顕彰するための『実験機』としての側面が強いからだ。代わりに解析出来た『オーガノイドシステム』のプログラムを、出来る限り実装してあるからね、システムの弊害も多く、量産兵器としてはかなり不適格だが――総合的な戦闘能力では、《ストームソーダ―》や《ガンスナイパー》よりもさらに上だ」

「……実験機、ですか?」

 反芻したエリサに頷くと、「無論、その強さに目を付けた司令部や技術者――ボクもその一人だけどね……とにかく、そういう人の後押しもあって、コイツも次世代量産機のコンペに参加する事にはなっているけど」とレイモンド。

 コーヒー飲み干したジェイは、「で、実際の所どうなんだ?」と、小太りの技術士官に所感を聞いた。数秒考えて、レイモンドは難しいね、と頭を振る。

「さっきも言った通り、基本的なフレームを《シールドライガー》と共有しているから、量産するのは難しくないけれど……数を揃えた所で、乗りこなせるのはエースパイロットでも十人に一人といない。一番見込みがある解決策は、オーガノイドシステム』のレベルにリミッターを掛ける、というアイディアだけど……根本的な解決にはならないし、今みたいな圧倒的な戦闘力を失う可能性も高い。そうなると、やっぱり量産機としては『不適格』だ」

 つまり、現状のオーガノイド技術では、《ブレードライガー》で露呈した欠点を覆す事は出来ない、という事になる――レイモンド主任の解説を聞きながら、ジェイ・ベック少尉は自身の新たな(、、、)愛機と(、、、)なった(、、、)それを、感慨深げに見上げた。

 

 

 ――一月前。

 《レブラプター》部隊との戦闘を終えた後、《ブレードライガー》に関する処遇を話し合った。機体の実戦テストを兼ねて307小隊に(――もっと正確に言えばコンボイ小隊長に)預けられた《ブレードライガー》だが、コンボイはおろか隊のほぼ全員が、真っ直ぐ歩かせることすらできなかった。あまりに扱いづらい事から、代わりになる別の機体を回してもらうよう要請する事さえ検討されたが――それに待ったを掛けたのが、他ならぬジェイだった。

 自分でも何故かは分からない。だが、あの日初めてコクピットに座ってから、ジェイはこの我の強すぎる『新型ゾイド』に、奇妙な愛着を感じていたのだ。

 だから、隊の大半が見限っていた状況にあって、ジェイはダメ元で「自分が乗りたい」と志願してみたのである。元々は小隊長・コンボイの実力が評価されて送られてきた最新鋭機だ、それを掠め取るような真似に後ろめたさは覚えたものの――物が物だったというのもあり、隊のメンバーの関心は、驚くほどに低かった。その場では「……検討しておく」と濁したコンボイも、次の日には正式にジェイを《ブレードライガー》のパイロットとして登録してくれた。

 以来ほとんど毎日のように、ジェイはレイモンドの指揮の元、《ブレードライガー》の稼働試験を重ねている。

 ツヴァインやグロックは、ジェイを物好きと称した。コンボイ隊長は表だって否定はしなかったものの、やはり期待はしていなかったのだろう、「無理はするな。欠陥品に入れ込み過ぎてお前が躰を壊したら、意味が無かろう」と突き放した言い方をする。唯一、エリサだけは暇な時間にジェイ達に会いに来て、時たまアシスタントとしてライガーに同乗してくれたが。

 相も変わらず、コクピットに着いた瞬間に強烈な破壊衝動が襲ってくるし、操縦桿は殆んど意味を為さず、予定通りのテストを行うこともままならない。それでもジェイは訓練を続けた。獰猛さの奥に、《ブレードライガー》が何か大きな感情を秘めている気がしたから……などと言うのは、自分のセンチメンタルかもしれないが。

 

 

 夕時に差し掛かって、格納庫に斜陽が差す。

「今日はこれぐらいにしよう。ボクはいつまでやっても構わないけれどね、君達パイロットは、夜だって休めるとは限らないからな。無理は禁物だ」

 と、レイモンドが切り上げようとした時だった。司令部からアナウンスが発せられて、ジェイ、そしてレイモンドの二人を招集する。何事か、と、顔を見合わせながら、二人は数秒呆けた。

 

 

 エアコンすらついていない灼熱の会議室に入るのは、『グラム駐屯地制圧作戦』のブリーフィング以来だ(というより、このバラーヌ基地で真っ当な空調機が備えられているのは、兵舎一階の食堂だけだったりする)。ガタついた扇風機がぎこちなく首を振る部屋に、スターク・コンボイ隊長、バラーヌ基地の司令官――そしてマクシミリオン・ペガサス中佐が集まっているのに気づいたジェイは、慌てて姿勢を正した。

「固くなる事はない、ベック少尉……それに軍属技術局の、レイモンド主任」

 デスクの上座に腰掛けたペガサス中佐が、柔和な笑みを浮かべる。「座りたまえ」と指示した中佐に従って、二人が席に着くと、「僕らに何か御入り用ですか? マクシミリオン中佐」と、レイモンド。

 ああ、と短く返事をしたペガサスは、

「バラーヌで『オーガノイドシステム』の試作機をテストしているのは、君達だと聞いてね。《ブレードライガー》と言ったか、アレはどうだ? コンボイ大尉の評価は芳しくないようだが……」

 二人が呼ばれる事があるとすれば、やはりそれ(、、)に関連した事だろう。予想はしていたが、いざ聞かれると答えられない。お世辞にも順調だとは言えない動作テストだが、下手な事を言って機体を回収されるのも困る。

 言いよどんだ二人に、「そう勘繰る事はない」と、ペガサス中佐。

「君達の他にも九隊ほど《ブレードライガー》のテストを行っているチームがあるが、辛うじて許容できる結果を残せたのは、『レオマスター』アーサー・ボーグマン少佐の隊だけだ。一筋縄でいかない物だと理解はしているよ」

「ハッ……」

 言葉少なに応じたレイモンド主任。バラーヌの司令官もコンボイ小隊長も、意図の読めぬ無表情でジェイ達を見据えている。彼らから見れば、一体の試作ゾイドにあーだこーだと熱中しているジェイ達は、任を放って遊んでいるように見えるだろう。視線が痛くて、ジェイは思わず俯いてしまう。

 ジェイの億劫を余所に、ペガサス中佐はレイモンドに質問を続ける。

「現状の『オーガノイドシステム』のデータだけでは、これ以上の進展は見込めないように思うが――どうか」

「……否定は、できません。《ブレードライガー》に関しては、『オーガノイドシステム』にリミッターを設定すれば、実用化の範疇に達するかもしれませんが……」

「そうすれば、機体の性能低下は否めない――だろう?」

 レイモンドの返答を察して、コンボイ大尉が言葉を継いだ。

 脂汗を浮かせながら、無言で頷いた小太りの技術士官。フム、と呻ったペガサス中佐は、「だが――司令部は現行の《ブレードライガー》のスペックを、高く評価している」と、頭を振って、

「現状、システムを大幅に縮小して量産化している《ストームソーダ―》・《ガンスナイパー》両機にも、ゆくゆくは《ブレードライガー》と同等のシステムを取り込んだアップデートを行いたい、というのが、上の要望でな。そのためには、システムの出力を下げずに操作性を改善する技術が確立されなければならない」

「……おっしゃる通りです、ペガサス中佐」

 レイモンドの返答は、ことごとくペガサスの想定通りであったらしい。そこでだ、と食い気味に言ったペガサス中佐は、ジェイ、次いでコンボイ小隊長へと視線を動かすと、ガタと席を立って、

「《ブレードライガー》のデータ収集も兼ねて、コンボイ大尉の307小隊に調査任務を依頼しようと思う。エウロペにはまだ見ぬ古代遺跡が多数眠っている。その中に、現状の『オーガノイドシステム』に足りないピースが埋没している可能性も、十分にあるだろう。技術者として、レイモンド主任に同道してもらいたいのだ」

「それは……構いませんが――」

 口ごもったレイモンドだが――額の汗を拭って意を決すると、

「北エウロペの大半は、未だガイロスの支配地域です。我々の行動できる範囲に、システムの欠点を補える遺跡があるかどうか――」

 その反論も、ペガサスは想定していたらしい。「それに関しては問題ない。既に丁度いい場所に目を付けてある」と、小脇に丸めてあったエウロペの地図を広げると、とある一点を指差した。ミューズの先――ヘスペリデス湖のさらに西に位置する円型の湖。赤のインクで大きく×を付けられたその場所は、レイモンドのみならず、ジェイもすぐに察しが付いた。

 

 

 ――オリンポス山。

 

 

 半年前に、共和国の独立第二高速戦闘大隊が帝国軍と戦った挙句、未曾有の大災害を引き起こした地。そして――共和国が今現在手にしている、『オーガノイドシステム』技術のひな形となる情報を、持ち帰った地である。

 

 絶句したジェイ達に、ペガサス中佐は淡々と告げた。

 

「半年前の山体崩壊以来、山頂付近は絶えず地殻変動が続いている。周辺にはわが軍も帝国軍も駐留しない、ある種の不可侵地域となっている場所だが――『オーガノイド技術』の隠された全容は、この山の中に眠っていると考えられる。キミ達307小隊に、それを回収してきてもらいたい」

 

 


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