ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌― 作:あかいりゅうじ
言い得ぬ程の緊張感に、ジェイ・ベック少尉は焦燥していた。
ガイロス軍と邂敵したからではない。敵は未知の新型機であったが、所詮は小型機だ。最新鋭の高速ゾイドを預けられている今、万に一つも不覚を取る事は無いだろう。現に――先に仕掛けた格闘攻撃で、既に敵部隊の半分を蹴散らしている。新世代ゾイド《ブレードライガー》の性能は本物だ。
(だが――ッ)
問題は、その《ブレードライガー》にある。
真っ直ぐ歩かせるほども困難な程の、凄まじい自我を持ったゾイドだった。後部座席に乗っていたエリサも、何度「わっ」とか「ひゃっ」とか悲鳴を上げたか分からない。戦域に赴くだけで、かなりの気を割いたのだが――こうして敵ゾイドと相対した時、更なる異変がジェイを襲った。意識の全てを塗り替えられそうな程の闘争心が、ジェイの心に流れ込んできたのだ。
「《ブレードライガー》? 誰が乗っている!?」
コンボイ大尉からの通信だ。「大尉、ご無事ですか?」と、エリサが応じる。
「君は確か、エリサ・アノン少尉……。君が操縦しているのか?」
「いいえ、《ブレードライガー》のパイロットはジェイ・ベック少尉です。私はアシスタントで……」
応え終わるとエリサは、キャノピー越しに見える未知の小型ゾイドに、「このゾイド達は――帝国軍の新型?」と首を傾げた。《ブレードライガー》のパワーに圧倒されて退いたヴェロキラプトル型ゾイドの群れだが、その闘争心はまだ失われていない。隙あらばライガーに飛び掛かり反撃を見舞おうと、機を窺っている。
「……気を付けろ。小型機だが、伊達ではない。格闘戦では《コマンドウルフ》すら下すゾイドだ」
起き上がったジェイ機の横で、ゆっくりと起き上がった《シールドライガー》、その無線からグロックが告げた。《ブレードライガー》から送られたモニタリング映像を目にしたのだろう、基地に残った技術士官・レイモンドが、「こいつらは《レブラプター》だっ」と声を上げて、
「帝国軍が新たに導入した新型量産機。一月前に南エウロペ・エルガイル海岸で、《ゾイドゴジュラス》すら潰して見せた機体だ。もう最前線まで配備が進んでいたのか、油断するなよっ」
「了解です――だそうです、ベック少尉!」
話は全て聞いていたが――ジェイは返答しなかった。否、できなかった。絶えず流れ込んで来る狂気に呑まれぬよう、堪えるのに精いっぱいだった。
苛立ちを紛らわすかのように、その前足で幾度も地面を蹴りつけていた《ブレードライガー》が、帝国の新型――《レブラプター》達に向かって、思い切り吼えた。大気を揺すり、周囲の木々すらも震わせる轟咆が、ミューズの森中に木霊した。
ライガーの雄叫びが、戦いの合図となった。《レブラプター》達も負けじと咆哮を返すと、森の中に散って四方から《ブレードライガー》を狙う。視線だけ動かして、敵機の動きを追ったジェイは、「コンボイ大尉達は、後退してください!」と叫んだ。一人でやる――そう決めたのは、慢心したわけではない。ジェイは機体を御しきれていない、下手をすればこの《ブレードライガー》は、味方機にすら襲い掛かりかねない。
コントロールパネルを操作する。ジェイの目算通り、《ブレードライガー》の火器はシンプルだが――腹部に装備された『AZ二連装ショックカノン』、ブレード基部に配置された『パルスレーザーガン』、共に最新規格のモノだ。威力・射程共に優秀で、この密林の中でも十分に対応できる。
よし、とジェイがトリガーに指を掛けた時だった。
ガクン、と機体が揺れて、ライガーが一目散に疾走を掛ける。ジェイは、アクセルを踏み込んでいない――操縦者の意図を抜きにして、ライガーは動き始めていた。
「うおッ!?」
「きゃっ!?」
コクピットの二人が、動揺に呻いた。「どうなってる!?」とブレーキペダルを踏み込んだジェイだが、止まらない。関節から火花を散らしながら、ライガーは一直線に敵機を目指した。真正面から《レブラプター》を捉えると、思い切り頭突きを見舞って跳ね飛ばす。めちゃくちゃに拉げた《レブラプター》のボディが、ライガーの凄まじい膂力を物語っている――そして、その衝撃は、もろにジェイ達のコクピットを揺さぶった。
二機目の《レブラプター》が飛び出して、《ブレードライガー》の後ろ脚に爪を立てた。が、怯まない。逆に、自身の間合いへと入った敵機を、前足の『ストライククロー』で、思い切り殴打した。粉々に砕けた《レブラプター》の頭部――その瓦礫の中に、挽肉見たく千切れた敵パイロットの躰が混ざっているのを、ジェイはもろに見てしまう。
(なんだこのゾイドは――全部、格闘戦で倒すつもりかっ)
操縦が、全くと言っていいほど聞かない。コンボイ大尉が乗りこなせなかった、というのは、比喩ではない。文字通りの意味で、『操れない』のである。「ベック少尉、もうちょっとゆっくり……っ!」とエリサが喘いだが――どうしようもないのだ。どうすればこの機体を制御できるのか、全く見当がつかない。
「《ブレードライガー》、俺の操縦に従えっ!」
激震に見舞われるコクピットの中で、ジェイは叫んだ。だが、反応は無い。むしろ一層の闘争本能がジェイに流れ込み、眩暈が起こる。まるで、パイロットとして介入する事を全否定されたかのような感覚だった。
そっちがその気なら――っ!
《ブレードライガー》が跳躍して 空中から《レブラプター》を踏みつぶす。グルと振り返って次の獲物に狙いを定めたライガーが駆け出そうとした時――ジェイは『二連装ショックカノン』のトリガーを引いた。射程・威力共に大幅に強化された衝撃砲が、ライガーが動くよりも先に《レブラプター》を吹き飛ばした。
操作できないというのなら、好きにさせればいい。《ブレードライガー》が格闘戦を繰り返すのならば、その動きに合わせて最適な武装を選択し、獲物を横取りしてやる。ゾイド相手に何を向きになっているのかとも思うが――それでもジェイは、ライガーに否定された事を認めたくなかった。
「『オーガノイドシステム』だかなんだか知らないが――今、お前のパイロットは、この俺のはずっ」
残る《レブラプター》は一機。
狙いを定めた《ブレードライガー》が駆け出すと同時、ジェイは新たに追加された二本の操縦桿を引く。ライガーの腰部装甲が開閉して――背負っていた二本の長剣『レーザーブレード』が展開、機体と水平に構えられた。エネルギーが満ちたかと思うと、それまでの主兵装……口腔の『レーザーサーベル』とは比べものにならぬ程の高出力ビームコートが、ブレードを覆う。
(――もっと右に寄れ。アイツを仕留めたいって言うなら、
操縦桿を振るって、ライガーの機体を誘導する。手綱に逆らう暴れ馬の如く、《ブレードライガー》が身を捻ると――『レーザーブレード』の正面に、丁度《レブラプター》の躰が立った。これならば当たる、と判断して、今度は背部に装備された加速機『ロケットブースター』に火を入れる。すさまじい衝撃。ジェイの躰が無理やりにシートに叩きつけられるほどの推力だ。
瞬間的に加速した《ブレードライガ》の機体が、彗星と変わる――ジェイは叫んだ。
「――行けェッ!」
――一閃。
一陣の疾風の如く擦り抜けた《ブレードライガー》の光刃は、周囲の高木ごと《レブラプター》の上半身を攫って行った。何が起こったのか分からない、と言う風に立ち尽くした《レブラプター》の下半身は、千切れ飛んだ上半身が地面に激突すると同時に、ゆっくりと崩れ落ち――爆散した。
猛獣型ゾイド特有の、猛々しい雄叫びが響く。
戦いの昂りが治まらないとでも言うように、残骸の散らばる戦場の中で《ブレードライガー》が咆哮していた。戦線から外れて戦いを見守っていたコンボイ達は、その様子を呆然と見つめている。
皆の意を代弁するかのように、ツヴァインがごちた。
「なんてゾイドだ。敵の新型もそうだが……《ブレードライガー》、あの凶暴性は化けモンだぜ。とても量産できる代物じぇねぇよ」
「《ブレードライガー》の戦闘データは取っているんだろう……司令部も、ある程度情報が集まれば考え直すだろうな」
溜息を吐いたコンボイ小隊長は、「帰投するぞ」と機体を反転させた。各々、新世代ゾイドについて論じたい思いはあれど――その指示に従って『バラーヌ基地』へと戻っていく。
「――アノン少尉、大丈夫か?」
片頭痛に頭を抑えながら、ジェイは後部座席を振り変えった。返事は無く、《ブレードライガー》の獣染みた挙動で昏倒したのか、と心配したが――そうではないらしい。口元を手で押さえたエリサは、涙を湛えた目でジェイを見ると、「舌噛んだ……」と、か細い声で伝える。恐る恐る手を退けて、チロと見せた彼女の舌先は、確かに少し切れていた。
パイロットの負担を完全に無視した滅茶苦茶な動きだったのだ、それぐらいで済んだのは朗報だろう。相変わらず獰猛なライガーだが、敵が居なくなって、少しは落ち着いたらしい。安堵したジェイの眼前、通信回線が開いて、モニターにレイモンドの顔が映る。
「――終わったようだね。どうだい? 《ブレードライガー》の力は?」
「どうって……」
今の戦いを見ていれば、ジェイ達が手放しに褒められないのは分かっているだろうに――レイモンドは、相当この新型ライガーに入れ込んでいるらしい。彼の気を慮ってか、「えーと、すごく気分屋なゾイドですね」と濁したエリサ。すると技術士官の男はハハ、と笑って、
「面白い偶然だなぁ、一号機のテストをした『レオマスター』も、《ブレードライガー》をそう評価したって聞いたよ。確かに『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドは、乗り手に反抗的になる……でも、それを解決した時――その圧倒的力を完全に制御出来た時、システムは最高の武器となるんだ」
熱弁するレイモンドにジェイは曖昧な返事を返すことしかできないが――彼は気に留めなかったらしい。「君達が《ブレードライガー》を動かしてくれたおかげで、コンボイ大尉も考えを改めてくれたかもしれない。ありがとう。戻ってゆっくり休んでくれ」と、通信を締めた。
久方振りの実戦を終えて、ジェイは『バラーヌ』に帰還した。戻って早々アナウンスが掛かり、エリサ・アノン少尉が指令室に呼ばれる。《レブラプター》の襲撃に際して、基地の守備隊も戦闘配置に付いていたらしい――任を放り出して遊び歩いていたと思われたのだろう、レイモンド主任が事態に気づいて弁解に行くまでの間、たっぷりとお説教を喰らっていた。