ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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④ ブレードライガー (前編)

 技術士官の操作でキャノピーが開くと、ジェイは《ブレードライガー》の真新しいコクピットを、興味深げに覗き込んだ。このクラスのゾイドでは珍しい複座型(タンデムタイプ)のコクピットで、メインシートのすぐ後ろに後部座席が設けられている。一見して、搭載された武装はベース機の《シールドライガー》よりも少ない。分担が必要な程複雑な火器管制システムを持っているようには見えないが――疑問に思ったジェイに、「―ああ」と技術士官が説明する。

 

「さっきも言った通り、《ブレードライガー》は現状、操作性に難がある機体だからね――パイロット・機体のコンディションチェックと稼働データのモニタリング、そして万が一の時に後方まで機体を引っ張るためのアシスタントが同乗できるよう、アーリータイプは後部座席が備えられているんだ。最初の実戦テストは『レオマスター』が担当したから使わなかったけれどね、君には必要だろう」

 

 なるほど確かに、この『新型ゾイド』はあのスターク・コンボイ大尉をして「乗りこなせない」とまで言わしめたじゃじゃ馬だ。技術士官の物言いは、普段なら自分の腕を軽んじられたようで気にするだろうが、この場合は気にならなかった。むしろそれくらいの保険が無ければ、未知の実験機を預かるのは畏れ多いだろう。

 コンバットシステムを起動させた技術士官が、「よし、ベック少尉はメインシートに乗ってくれ。後ろにボクが同乗して、モニタリングを――」と言いかけた時だった。二人の後ろから背伸びして新型ライガーのコクピットを覗き込んでいたエリサが、

「あの――同乗するの、私がやってもいいですか?」

 と質問した。

 想定外の提案に、ジェイは目を丸める。同じく驚いた技術士官が、「まぁ……難しい事は無いから、構わないと言えば構わないけれど……」と口ごもると、エリサは「いいんですか? やったっ」と手を合わせて、パタパタと後ろ座席に乗り込んだ。

 腑に落ちない、という風に、技術士官の男はしばらく立ちすくんでいたが――万が一の際のサブパイロットとしては、技術者の自分よりエリサの方が適任だ、とでも判断したのだろう、それ以上の言及はしなかった。彼が頷くのを見取って、ジェイもメインシートに座る。

「アノン少尉、どうして――」

 キョトンとしたジェイ。「やっぱり気になるじゃないですか、『オーガノイドシステム』搭載の新型ゾイド」と、エリサは照れながら答える。その瞳は、真新しい新型ゾイドのコクピットに興味津々、と言った風に、キラキラと光りを湛えていた。「アノン少尉は、ゾイドが好きなんだ」と問うたジェイに、エリサは満面の笑みで頷くと、

「ジェイ少尉ならお願いしても許してくれるかなって思って……ダメでしたか?」

「いやぁ――そんなことは無いけれど」

 勿論、ダメなわけがない。が――キャノピーをロックすると外気が遮断されて、コクピットにエリサの存在が充満する。女性らしい柔らかな香りが鼻孔を擽って、ジェイは妙にそわそわした。これから実戦に出るというのに、相応しくない高揚感が満ち溢れる。

 

 通信回線が開いて、「聞こえるかい? ベック少尉、アノン少尉」と、あの技術士官の声が鳴った。

 

「通信は基本的にアシスタント――アノン少尉の方に振るから、ベック少尉は操縦に集中してくれ。繰り返し言うが、かなり面倒な機体だ。無理はしないでくれよ」

「了解です。……えーと……」

 口ごもるエリサ。そう言えば、こんなにも長話をしているのに、まだこの技術士官の名前を聞いていなかった。小太り気味の技術者は、ハハァ、と苦笑いすると、「ボクの名前はレイモンド。へリック共和国軍属技術局・第三研究室主任、レイモンド・リボリーだよ」と自己紹介した。

 レイモンドさん、と小声で名を反芻したジェイは、モニターに向けてグッと親指を立てると、操縦桿を握り直し力強く機体を始動する。

 

「新型機、確かに預かった。レイモンド主任――ジェイ・ベック少尉、《ブレードライガー》、出撃する!」

 

 

 

 

 

「――なんだ、このゾイドは?」

 『バラーヌ基地』から数キロ程離れた森の中で、先に出撃していた307小隊は未知の帝国軍ゾイド部隊と遭遇していた。敵部隊を構成しているのは、小型のヴェロキラプトル型ゾイド――あずき色の外殻にダークオリーブのカメラアイは、今戦争でガイロス帝国軍が投入した機体に共通する色調だ、ガイロス軍であるのは間違いない。

 多い。森を往く敵小型ゾイドは、十五はいる。さらに問題は、一機一機のそのパワーだ。未知のヴェロキラプトル型ゾイドはコンボイ達に遭遇するなり、恐るべきスピードで距離を詰めると、背に背負った小型の曲刀を駆使して早々に《コマンドウルフ》二機を中破させたのだ。

 小型機が白兵戦で、体躯で勝る《コマンドウルフ》を破った――目を疑うような光景に、グロックもツヴァインも、コンボイ小隊長も戦慄する。森の中を縦横無尽に掛ける敵機の瞬発力は、《イグアン》や《モルガ》の比ではない。「気を付けろ。こいつらは帝国の新型だ!」と警鐘を鳴らしたコンボイ大尉は、敵機から感じる妙なプレッシャーに覚えがあった。

 

(似ている――『オーガノイドシステム』を搭載したゾイドの……《ブレードライガー》の感覚に)

 

 まさか、と、嫌な予感が過ぎる。ガイロス帝国もまた、西方大陸に眠るロストテクノロジーに執着し、研究を続けていたと聞く。彼らの執念が実を結び、へリックより先にシステムを実用化し、それを搭載した新型量産機を完成させたのだとしたら……。

 

 未知のヴェロキラプトル型ゾイドの武装は、小型機らしいシンプルな物だ。両の腕に、帝国軍共通の汎用ビームガンをアタッチメントしているだけで、他に火器は無い。しかし――それを補って余りある俊敏性と格闘能力、そして闘争本能を持ち合わせている。

 邂敵早々、ツヴァインは「なるほどな……」と理解した。307小隊の《コマンドウルフ》に施された強化は、確かに実戦的なモノだ。白兵戦・瞬発力で《コマンドウルフ》を上回る小型機の出現――まるで予期していたかのように、《コマンドウルフAU》にはそれに対処できる装備が与えられている。

「距離を取るしかネェな! 砲撃戦に持ち込んで片付ける!」

 強化されたコマンドの主砲『ロングレンジキャノン』を撃ち放つ。二発の光弾が同時に放たれて――一発を躱した敵機だが、もう一撃の余波を受け、小破する。かなりの攻撃力。それに、多少のクセがあるものの、増設されたバーニアのおかげで、《コマンド》の機動力は以前と遜色ない。上手く距離を稼いで『ロングレンジキャノン』を見舞えば、勝てない相手ではない。

 《シールドライガー》のグロックも、果敢にヴェロキラプトル型を攻め立てる。「強いって言っても、所詮は小型機だろうがぁ!」と猛り、ライガーの爪で一機を蹴り飛ばした。宙空を舞ったヴェロキラプトルは、添え立った木の幹に激突した。小型機の強度ならば、即座にコマンドシステムが停止するレベルの衝撃だ。「よし、次ィ!」とグロックの機体が背を向けた時だった。

 ――ムクリと起き上がった新型の小型ゾイドが、その爪で《シールドライガー》の後ろ足を抉る。

「がはぁ!」

 ガクンと傾いたコクピットの中で、グロックが悶える。不意打ちを受けて生まれた隙に、次々と新型小型機が群がった。さしもの《シールドライガー》も、多勢に無勢。振り切れないまま、徐々にパワーダウンを起こしていく。

 

 その光景に、307小隊のメンバーは、「なんて生命力だ……」と戦慄した。コンボイの疑念は確信に変わる。『オーガノイドシステム』を搭載した帝国ゾイドは、既に完成していた。それが、最前線のミューズにまで姿を現したのだ。そうなれば、拮抗していた前線は瞬くままに打ち砕かれるだろう。

「グロック少尉!」

 《コマンドウルフ》のパイロット達が、副官を案じて叫ぶ。助けようにも、コマンドの格闘性能を持ってしても、敵新型は振り払えない。かといってビームを見舞えば、囲まれたグロック機に誘爆し、巻き込んでしまうだろう。さしものツヴァインも、普段の飄々とした風を潜め、「グロック! ……クソ、どうすりゃいい!?」と狼狽える。

「――くッ!」

 救出できる見込みがあるのは、パワーで勝る《シールドライガーDCS》。だが、もし突っ込んだ挙句に囲まれてしまえば、ミイラ取りがミイラになる可能性もある。いちかばちか――決死の覚悟でコンボイが、前に出ようとした時だった。

 

 

  後方から、鮮やかなブルーの機体が飛び出す――速い。鬱蒼とした木々の中を疾走するそれは、周囲の木枝をへし折りながら、一直線に帝国小型機の群れに飛び込んだ。

 

 

「アレは――ッ」

 グロック機に群がったガイロスの新型小型機を、噛み砕き、爪で穿ち――そしてその膂力で引き倒し、踏みつぶしていく蒼きゾイド。あまりにも荒々しい戦い方だ、人が乗っているとは思えない。野生の獣、という表現でも足りぬ『獰猛さ』、『執拗さ』を持って、蒼きゾイドはヴェロキラプトルの群れを振り払った。

 次々と蹴散らされ数を減らしたヴェロキラプトル達が、動揺して密集する。それをギロと睥睨した新型ライガーは、ボロ雑巾のように千切れたヴェロキラプトルの残骸を咥えると、残った群れの先頭に向かって放り投げた。地べたに打ち付けられて粉々になる残骸を見遣りながら、新型小型機達はさらに後退する。

 

 ライオン型ゾイド――だが、《シールドライガー》ではない。鬱蒼とした森の中にあって一際鮮やかな、ブルーとホワイトの装甲。頭部からスラと伸びたブレードアンテナとエアロバランサー、そして背に背負った二本の長刀が合わさって作り出す、流線型のフォルム――見紛うことは無い、つい先ほど一行が格納庫で眺めていた新型ゾイドだ。

 

「ブレード、ライガー……ッ」

 

 ヨロと起き上がった《シールドライガー》のコクピットで、グロック少尉がその名を呼んだ。

 


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