ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

16 / 85
③ システム

「《ブレードライガー》ねぇ……」

 格納庫に収められた新型ゾイドを見上げながら、ツヴァインがその名前を反芻する。

 今回の『西方大陸戦争』に導入された両軍のゾイドは、大半が半世紀以上前の『中央大陸戦争』時代に設計されたゾイドを、現行技術で近代化改修した機体である。つまりこの《ブレードライガー》は、今大戦でへリック共和国が完成させた、初めての新型機種と言っていい。だから、ツヴァインだけではない、グロックもエリサも――無論ジェイも、物珍しさにマジマジと、(ニュー)ライガーの姿を眺めていた。

 

 ――ただ一人、眉間に深い皺を刻みつけたコンボイ大尉を除いては。

 

「すごいだろう? 完成して間もないゾイドだが……司令部の御達しでね、お偉いさんが選定した、前線での活躍目覚ましいパイロットが所属する部隊に、このアーリータイプを先行して引き渡している。その栄えある部隊の一つに、307小隊――正確に言えば、スターク・コンボイ大尉が選ばれたって訳さ」

 大袈裟なくらいに抑揚をつけた技術士官の男。「すごいです、コンボイ大尉」と小さく拍手したエリサの横、ジェイは黙り込んだコンボイ小隊長に気づき、違和感を覚える。グロックも、大尉の難しい表情にきづいたのだろう、

「十五機、と言ったな。つまりコイツ、生産ロットの確立どころか、まだ正式採用の目途も立っていない実験機だろう? そんなモノを実戦に出すつもりか?」

 と疑問を呈した。

 フフン、と誇らしげな笑みを見せた技術士官は、「今は、ね」と頷いたが――、

「だが、《ブレードライガー》は確実に、次期共和国軍の主力戦闘ゾイドの座を手にするだろう」

「確実に? 何故そんな事が言える?」

 鼻に掛かった物言いをする技術士官の態度が気になって、ジェイも食い気味に追及する。すると彼は、簡単な事さ、と前置きを言って、

 

「――強いからさ」

 

 と言い切って見せた。

 

「この《ブレードライガー》は、これまでのゾイド戦の常識を覆す性能を秘めている。既存の高機動ゾイドを上回る運動性・速力に加えて、あの《ゾイドゴジュラス》にも比肩し得る戦闘能力を持っているんだ」

「《ゾイドゴジュラス》と同等だと……?」

 高速ゾイドの瞬発力と、共和国軍最強の《ゾイドゴジュラス》にも劣らぬパワー――それが技術屋特有の誇張表現でなければ、間違いなく共和国軍の最強ゾイドと言う事になる。だが、どうにも引っ掛かるのは、コンボイ大尉の深刻そうな表情だ。

 

 意を決して、ジェイは「大尉……どうか為されましたか?」と、小隊長に問うてみた。

 

 大尉は、応えない。口元に手を当てて暫く沈黙した後、件の技術士官の方へと目を遣ったジェイ。大尉は彼と幾度と無く新装備のブリーフィングを行っているのだ。何か知っているかも、と考えたジェイだが――その前に、小隊長が口を開いた。

 

 

「単刀直入に聞かせて貰う。『オーガノイドシステム』とは、一体なんだ?」

 

 

「――ッ」

 この《ブレードライガー》に搭載されているという新技術。エリサが小耳に挟んだ話だと、西方大陸に残された古代文明に起因するロストテクノロジーだという。返答を待ったジェイ達は、一様に技術士官の男に目を遣る――男の軽薄そうな笑みが、すっかりと消えていた。

 さらに言及するコンボイ大尉。

 

「……私は、このゾイドを操れなかった」

 

 コンボイの言葉に――ジェイ達だけではない、整備兵達もざわめき出す。

 スターク・コンボイは歴戦のパイロットだ。小隊の一員として彼の戦いを間近で見て来たジェイは、誰よりもそれを理解している。常に冷静沈着で、ゾイドの性能を限界まで引き出すだけの技量も併せ持つ――おそらくは、最高峰の高速ゾイド乗り・『レオマスター』に次ぐ腕前の持ち主であろう。その大尉が「乗りこなせなかった」と言う――どういう意味なのか、理解できなかった。

 ツヴァインが、「どういう事だよ、コンボイの旦那。コイツと旦那の相性がいまいちだったってのか?」と聞き返す。ゾイドは兵器であるが、同時に生物でもある。乗り手と機体の相性が合わずに不便を感じる、という話は、全くないわけではない。だが――「そんな次元の話ではないのだ」と、コンボイは頭を振った。

 

「稼働試験のために、二度ほどこの新型機のシートに座ったが……直後、気が狂いそうな程の破壊衝動が、私の心に流れ込んできた。すさまじいまでの凶暴性だ。とても人の手に負えるゾイドではない。それが『オーガノイドシステム』とやらに起因するというのなら、なんらかの違法性があるのかとさえ疑えてくる――違うというのなら、私と、私の部下の前で説明してみろ」

 

 日頃の穏やかさを微塵も感じさせぬ、厳しい物言いをする小隊長。その気迫に、周囲の空気が凍りつく。沈黙の中で、皆は一様に技術士官の男を見遣った。

 ――ハッ、と短い溜息を吐いた技術士官の男は、数秒考え込んだ後、ようやっと重い口を開ける。

「何、と言われましてもね……『オーガノイドシステム』の全容は、未だ解明できていないのです。噂になっているでしょうが、システムは半年前にオリンポス山の古代遺跡より帰還した『高速戦闘隊の生き残り』が持ち帰ったデータを元にしています。が、解析出来たのは断片的なモノだけ――確実に言えるのは、ゾイドの生命力・パワー、そして大尉の御指摘通り、その『凶暴性』も大幅に引き上げるプログラムだという事」

「なんだそれは。つまりは未完成って事じゃないか」

 技術士官の歯切れの悪い物言いに、グロック少尉が憤慨した。「完全な物になっていない兵器で実戦に出ろと? 我々はテストパイロットではない。命掛けの戦場で、信頼性の低い実験機で戦えなどと、無礼極まる!」と声を荒げた少尉。手厳しい物言いをされて、温厚な技術士官も「だからこそですよ」とムキになる。

「『オーガノイドシステム』も、それを搭載した《ブレードライガー》が不完全なのも、うちらはよく分かってるんです。同時に開発した次世代小型機は、システムの機能を限定して安定化を図っていますが、そのやり方ではここまでの高性能は期待できない。でも……帝国に勝つためには、『オーガノイドシステム』を完成させるしかないんです」

「システムを完成だとぉ……?」

 訝しげに反芻したコンボイ大尉に技術士官は頷くと、「ガイロスとの戦力差を埋めるには、『オーガノイドシステム』を搭載した、次世代主力機の量産が不可欠だ」と念を押す。

「それほどまでに、このシステムは画期的なんです。《ブレードライガー》の総合性能は、従来の《シールドライガー》の二倍ないし三倍。後はその凶暴性から来る『操縦性の低下』を解決すれば、完成します。そうなれば――数の不利を鑑みても、共和国は勝てる」

 技術士官の男の言葉に、一行は黙り込んだ。反論が無いと見て幾分冷静さを取り戻した男は、軽く咳払いをして調子を整えると、

「既に先月、レオマスタ―・『クレイジーアーサー』が、《ブレードライガー》一号機の実戦テストを行いました」

 と言葉を足す。

 

「無論、コンボイ大尉のおっしゃった『操縦性の難』には触れておりましたがね。容易ではないですが、全く人の手に負えないってレベルではないんです。だから今は、少しでも多くのデーターが欲しい。アーリータイプを前線のパイロットに預けるのは、システムを搭載したゾイドを乗りこなすためのノウハウを確立してもらいたいからでもあるんです」

 

 技術士官のいう理屈は理解できたが――コンボイ大尉は、険しい表情を崩さなかった。

 無言のまま、ジェイは新型ゾイド《ブレードライガー》の機体を見上げる。初めて目にした時は、その流線型のシルエットに厳かさを覚えていたが――先のコンボイの指摘を受けてから見ると、各部からせり出した鋭角的な意匠が、どこか異形にも思えた。未知の試作機、それもいわくつきの『古代技術』を搭載した機体……まったく興味が無い、と言えば嘘になるが。

 

 

 そんな事を考えていると、格納庫内にけたましい非常警報が鳴った。

 

 

「ああ? こんな時に敵襲かよ……?」

 面倒くさそうに、ツヴァインがごちる。おそらくは帝国軍の斥候部隊がミューズの防衛線を擦り抜け、『バラーヌ基地』の索敵領域に接触したのだろう。

「話は後だ……出撃するぞ」

 と促したコンボイが、クルと踵を返すと、グロック、ツヴァイン、そして他の小隊メンバーも後に続く。

「大尉、《ブレードライガー》に――」

 技術士官の男が呼び止めるが、コンボイはそれを無視して《シールドライガーDCS》のコクピットへと向かっていた。「――大尉っ!」と、もう一度叫んだ技術士官だったが、

 

「実戦で、不確定要素は持ち込めない。《ブレードライガー》の動作テストは後日だ」

 

 と、小隊長は冷たく突き放した。

 二人の会話に数秒呆けていたジェイだ、気が付くと、小隊のメンバーと随分離れてしまっていた。「あっ」と慌てて《シールドライガー》二番機へと向かおうとしたが――既にその機体にはグロック少尉が乗りこんでいる。次いで目をやった《コマンドウルフAU》のコクピットにも、全て人影が収まっており、続々とエンジンに火が入っていく。

 しどろもどろしたジェイは、《シールドライガーDCS》の足元まで駆けると、そのコクピットを見上げて、「隊長、自分はどれに乗れば――」と叫んだ。が……聞こえていないのか、それとも意図的に無視したのか――コンボイ大尉はそのまま機体を始動させ、出撃してしまう。

 

 

 小隊の構成員で、ジェイ一人だけ格納庫に取り残されてしまった。

 ――とんだ災難だ、と溜息を吐く。傍に控えていたエリサが、「いいんですか? ベック少尉、一緒に行かなくて……」と、心配そうに覗き込んだが――良いも何も、乗れるゾイドが無ければ出撃できない。出撃命令の掛かった兵士が出撃しないなどと、言語道断。情けなさに、ジェイは眩暈を覚えた。

 行く宛ても決めぬまま、格納庫を出ようと思ったジェイ――呆然と仰いだ視界の中に、見慣れないライオン型ゾイドが飛び込んできた。《ブレードライガー》、307小隊に配備されていながら、『実戦には使えぬ』と断じられた新型機。

 それを見つめたジェイは――ふと、単純な事を思い立つ。

 《ブレードライガー》の足元に居たあの技術士官も、同じ事を考えていたのだろう。数秒ジェイの顔を見つめた後、ニコリと愛想笑いを浮かべると、

 

「――出撃するかい? この《ブレードライガー》で」

 

 と、冗談めかして言った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。