ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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② 『バラーヌ』にて

――ZAC2100年 四月 へリック領・ミューズ森林地帯『バラーヌ基地』

 

 

「……オーガノイドシステム?」 

 『バラーヌ基地』に作られた兵舎の一階、その食堂兼コミュニケーションルームで、ジェイ・ベック少尉は聞き慣れない言葉に小首を傾げた。向かいの席に座ったグロック・ソードソール少尉、傭兵ツヴァインに目配せをするが、どちらも覚えのない響きらしい、「さぁな、なんだそりゃ?」と肩を竦める。

「……なんでも、このエウロペ大陸に眠っている古代の技術なんだとか。ゾイドの戦闘力を飛躍的に上昇させるモノで、帝国も共和国も戦争の合間を縫いながら、あちこちの遺跡に調査部隊を送っているらしいですよ」

 そして――答えたのは、エリサ・アノン少尉だ。三人の掛けたテーブルにコーヒーの注がれた銀のカップを並べると、自分もジェイ少尉の隣の席に座る。

 

 『グラム駐屯地制圧作戦』から、既に半年が過ぎようとしていた。あれ以来、ミューズ森林地帯で大規模な戦闘は発生していない。急進的な支配地域拡大によってガイロス帝国軍の食料・弾薬の補給は滞り、またへリック共和国もミューズの森で粘り強い抵抗を続けた。どちらにもじわじわと疲労が蓄積した結果、慢性的な膠着状態に陥ったわけである。小競り合い程度の戦闘は時たま発生したが――それでも、小休止というには長すぎる拮抗に、前線の兵士は大分気を緩めていた。

 

 それは、ジェイ達にとっても同じことである。

 307小隊は今、前線を離れてこの『バラーヌ基地』へと召集されている。技術部が完成させた新武装・新型ゾイドを用いた装備の再編成のため、とのことだったが、既に一週間が経とうとしているのに、一向にその新装備を拝めていない。技術部とのブリーフィングにはコンボイ大尉のみが出ずっぱりで、ジェイやツヴァインは勿論、小隊の副官であるグロックすら手持ち無沙汰の状態だ。自分達の命を預ける事になるゾイドすらお目に掛かれず、不貞腐れた小隊のメンバーは、以来ずっとこの兵舎食堂で時間を潰している。

 そして、そんな一行と一緒に居るのが、『バラーヌ』の基地守備隊に配属替えとなったエリサ・アノン少尉だ。機体も碌に与えられず、コーヒーばかり仰いでいた三人の愚痴を耳に挟んで、こう声を掛けて来たのである。

 ジェイ達の新しい装備には、関係部外秘の特殊技術を注いで開発された、新型の機体が混じっている、と。

 グロックやツヴァインは無論の事――彼女と親しくしていたジェイでさえ、その胡散臭さに苦笑いした。すると、「ほ、本当ですよっ。私、技術士官の方とコンボイ大尉がお話ししてるの、聞きましたもん」と、向きになってエリサが言い出したのが、自身が小耳に挟んだという『オーガノイドシステム』の話だった。

 

 

 ――新技術の有無の話はともかくとして、確かに昨今の両軍の動向は、不自然な点があった。

 

 

 共和国軍を主戦場・『北エウロペ大陸』の東端まで追いつめていながら、先月ガイロス帝国軍の取った戦略は、へリックの影響力が乏しい『南エウロペ大陸』への派兵であった。普通に考えれば、むざむざ戦力を分散させるような愚策である。そして――驚く事に共和国軍もまた、真っ向からそれに相対しようとした。ロブ平野に敷かれた最終防衛部隊から一個大隊もの戦力を引き抜いて、南エウロペに派遣したのである。結果、隊は全滅。報せを受けた前線の将校たちは、司令部の采配に揃って首を傾げ、不信を露わにした。

 エリサの話からそれを想起したジェイは、(――まさか、な)と頭を振る。ガイロス帝国が古代文明の技術欲しさに戦線を拡大し、あまつさえへリックが、それを阻止しようと戦略を割いた、などと言う話があり得るだろうか。ゴシップ誌に載る陰謀論染みた、荒唐無稽な妄想だ――一瞬でも真剣に考えた自分が、気恥ずかしくなる。

 そんなジェイの横、欠伸を噛み殺して、「――ねぇよ」とエリサを一蹴したのは、ツヴァインだ。

「エウロペ人の俺が言うんだ。この大陸には吐いて捨てる程古代遺跡があるが――そこで朽ちてるのは、昔話に出てくるような突飛な神話だけさ。それがゾイドを強化して――あまつさえこの大戦争の行方を左右するような物だなんて、馬鹿げてるぜ」

 ハッ、と鼻で笑ったツヴァインに、隣のグロックも頷いて同意する。たたき上げの軍人、しかも実質剛健を地で行くグロックだ、元よりこの手の噂話に興味はないらしい。目に見えて気落ちしたエリサは、「ベック少尉は……?」と、縋るような目を向けてジェイに問うた。

 妙なタイミングで応える羽目になった、とジェイは頭を掻く。

 無論彼だって、碌に確認の取れていない情報に浮かれて右往左往するほど、未熟ではない。ただ――そんな『噂話』を楽しそうに語った、エリサの子供っぽい笑みが、ジェイは嫌いではない。だから、(少なくともここに居るメンツの中では)エリサと一番親しくしているであろう自分がそれを否定して、これ以上彼女をしょげさせたくなかったのである。

 

 悩むフリをしながら時間を稼いだジェイに、思わぬ助け舟が出た。アナウンス音の後に、落ち着いた女性士官の声が響いて、

 

(特殊工作師団、307小隊所属のパイロットへ――至急、第三格納庫に集合せよ)

 

 格納庫への招集。

 どうやら、ようやっと307小隊の新装備とやらがお披露目されるらしい。スピーカー越しの声が言い終えると同時、「……ようやくか」と欠伸をしたグロック。残ったコーヒーをグイと飲み干すや、席を立ってジェイとツヴァインを手招く。

 

「百聞は一見に如かず……行くぞベック、ツヴァイン。ロストテクノロジー由来の極秘技術を、使っていようがいまいが――俺達が気にするのは一つ。信頼するに値する兵器かどうかだ」

 

 

 

 兵舎から格納庫への直通の道は無く、一度外に出なければならない。エアコンの利いた食堂を一歩出ると、刺すような熱気がジリと肌に纏わりつく。晴天に焼けたコンクリートの匂いと、周囲の木々の青臭さが混じって、独特の風味を醸す大気が鼻孔をくすぐる――気だるさに、ジェイは溜息を吐いた。西方大陸に赴任して早半年が経つも、未だこの極端な気候に慣れないでいる。

 熱さにうんざりしているのは、グロック少尉も同じらしい。「――で、なんでお前さんが一緒に来る?」とエリサに問うた声は、普段のそれよりもドスが利いていた。

 年少の女性士官は強面のグロックに怖じ気ながらも、「そうですよね……でも、本当に『オーガノイドシステム』を積んだゾイドがあるのか、気になって」と、おずおずと応えた。つまりは、好奇心――あまりにも子供染みた返答をしたエリサに溜息を吐くと、グロックはそれ以上追及しなかった。

 格納庫の中は、屋外以上に鬱屈している。日が当たらない代わりに、四方を壁に囲まれて、風もない。中に篭もった湿気と、ジャンク部品の山から漂う油臭さに酔いそうだ――薄暗い中をカラカラと回る換気扇を見ていると、余計に気だるさを増す。『バラーヌ』は最前線のオンボロ駐屯地だ、仮に極秘開発のゾイドが存在していたとしても、いきなり此処に持ち込まれるのは有り得ないだろう。

「暑ぃなぁ、何だこりゃ」

 と、愚痴を言ったツヴァイン。同意しようと口を開きかけたジェイだが、眼前に立った上官を見つけて、思いとどまる。黒髪を短く刈り上げた、長身痩躯の男性。小隊長スターク・コンボイが、整備兵、そして技術士官らしき男性と話し込んでいる。

「――コンボイ大尉っ。招集に応じて参上いたしました」

 駆け足気味に寄ったジェイが敬礼をすると、部下たちに気づいたコンボイは「ん。ああ、よく来た」と歓迎した。語調こそいつも通りの温厚さだが――心無しか、難しそうな表情をしている。

 逆に、揚々とした声で一行を歓迎したのが、コンボイの隣に居た技術士官だ。年齢は三十代前半、無雑作に伸びた金髪を一纏めに結い上げ、油汚れに曇った眼鏡を掛けている、小太り気味の男。如何にも技術屋と言った風貌で、

「君達が歴戦の307小隊かっ。大分待たせてしまって申し訳ない。ようやっと、君達に引き渡す新装備の調整が終わったんだ」

 と、必要以上に張った声でジェイ達を歓迎する。

 軽快なしゃべり方の技術士官が気に入らないのか、唸るように「前置きはいい。早く装備を見せてくれ」と催促したグロック。一瞬呆けた技術士官だったが、すぐに笑顔を取り戻して、「ああ、いいとも!」と頷き、整備兵達に灯りを付けるよう促した。

 

 照らし出された格納庫内に――307小隊の新装備達が立ち並んでいた。

 

 まずは、隊の主力《コマンドウルフ》。

 それまで主砲として装備されていた、背部の『二連装ビーム砲座』兼ビークルユニットが撤去され、代わりに二門の長砲身ビーム砲と大型スタビライザーの複合ユニット『ロングレンジキャノン』が備えられている。重量増加によって崩れた機体バランスは、後脚部に追加されたバーニアで補うのだろう。

「《コマンドウルフAU》――アーティ、と僕らは呼んでるけどね。運動性を落とさずに火力を増強したカスタム機だ。いずれは全軍の《コマンドウルフ》を、この仕様に転換していく」

 自身満々に語る技術士官に対して、隊員の反応は様々だ。「ウルフの最大積載量を越えている。脚部のバーニアだけで補い切れるのか?」と訝しむグロック、「俺は嫌いじゃねぇけどな。こういう思い切った改造は」と、ツヴァインは肯定的だった。

 その奥には、《シールドライガー》が二機。一機はコンボイ大尉の搭乗していた《ダブルキャノンスペシャル》で、もう一機はノーマルタイプのままだが、その隣にもう一つ『ビームキャノンユニット』が準備されていた。《DCS》装備は火力増強と引き換えに若干の運動性低下を引き起こすため、任務によって切り替えていけ、という事なのだろう。

 技術士官の男が機体を順々に説明していく中、

「あの~。それで、『オーガノイドシステム』を搭載してるのは、どれでしょうか……?」

 と、エリサ・アノンが手を上げた。

 話を遮られた技術士官がぽかんと目を剥いて、その横、部外者の女性士官が着いてきていると気づいたコンボイは溜息を吐く。

 ――馬鹿、と、エリサを小突いたツヴァイン。

「んな眉唾モンの話、本気でするヤツが居るか。飯食ってた時のお喋りはもう終わって、俺達は今仕事中なんだよ」

 まくし立てられるように言われて、「す、すみませんッ」と頭を下げたエリサだったが――、

 

 

「ああ――それはこっちだ」

 

 

 技術士官の男が返した返答に、今度はジェイ達が目を丸めた。

 

 

 案内された先――二体の《シールドライガー》のさらに奥、格納庫の深奥に、見たことの無い蒼いライオン型ゾイドが立っていた。

 大方の機体フレームは《シールドライガー》と同様だが――スラと伸びた鬣や延長した尾、両足を覆う装甲・冷却ユニットの大型化も相まって、シールドよりも一回り大きく見える。それでいて、青い装甲の中に所々白いラインが混じる様は気品があり、この機体が高速ゾイドのハイエンドモデルである事を強調していた。何よりも特徴的なのは腰部に装備された一対の『レーザーブレード』で、これらの形質が合わさって構成した鋭利なシルエットは、力強さだけでなく優雅さすら感じさせる。

 

 技術士官の男は、誇らしげにその『新型ゾイド』を見上げると、こう呟いた。

 

「オリンポスの古代遺跡より、独立第二高速戦闘大隊の生き残りが持ち帰ったオーバーテクノロジー、『オーガノイドシステム』……こいつは、それを解析し組み込んだ新型機の試作モデルさ――ロブ基地で完成した、十五機の《ブレードライガー》、そのうちの一つだよ」

 


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