ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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第二部:テクノロジー
① プロローグ


 

――ZAC2099年 十月 オリンポス山頂

 

 

 一面が、焔に包まれていた。

 

 西方大陸エウロペの各地に点在する、(いにしえ)の古代遺跡達。そこには、かつてこの惑星Ziで繁栄していたという旧人類『古代ゾイド人』達の、高度なテクノロジーの断片が残されているという。古代文明の技術など、現行の戦争に何の影響を及ぼせようか。前線の兵たちは常日頃から首を傾げていたが――ガイロス帝国軍も、そしてへリック共和国の司令部も、古代文明の技術に、異常なまでの拘りを見せていた。

 此度の任務もそうであった。『エウロペの屋根』とも称されるオリンポス山の山頂、そこに存在する古代遺跡をガイロス帝国の手から奪い取り、叶わぬというのならば、いかなる(、、、、)犠牲(、、)()払ってでも(、、、、、)、それを破壊する。

 

 『彼』の所属する部隊に与えられた極秘任務は、「埃っぽい土くれのために命を捨てろ」という意味にも取れた。

 

 だが――多大なる犠牲を払い、ようやっとたどり着いた目的の場所で、『彼』は全てを理解した。ガイロス帝国が西方大陸エウロペを侵略の中継地に選んだ理由、へリック共和国が、『彼』と仲間達に死を命じた理由。目の前に立ちはだかった巨大ゾイド――パイロットすら乗っていない、それどころか、機体フレームは上半身だけ、心臓部ゾイドコアすらむき出しの未完成さで動き出した、黒い『死竜』。その姿が、全てを物語ってくれたのだ。

 

 

 ――《デスザウラー》。

 

 

 既に、動ける者は居なかった。

 死竜《デスザウラー》の吐き出した光の渦が、全てを飲み込んだ。『彼』も、彼の仲間達も――それだけではない、遺跡を守っていた帝国守備隊も、両国が血眼で探し奪い合っていた古代遺跡さえも……全てが、狂える『死竜』の吐いた光の奔流に呑まれ、消えて行った。帝国の意図的な作戦ではない。おそらくは眼前で発生した両軍の小競り合いが、ゾイドの生存本能を刺激し、暴走させたのであろう。

 

 そして、不完全なままでその力を振るった《デスザウラー》自身もまた、内部崩壊を起こして消滅しようとしている――このオリンポス山と、周辺に駐屯した両軍のゾイド部隊を巻き込んで。

 

 これは神罰だ。

 

 戦争に勝つという我欲のためだけに、眠っていた神秘の力を掘り起こそうとした両国に対する、神罰。だが、何も知らず、命じられるままに前線に立った自分と仲間達がその罰を浴びるのが、『彼』にはやるせなかった。既に愛機《コマンドウルフ》もコアに致命傷を負い、逃げる事さえ敵わない。

 空しさに、彼は自然と涙をこぼしていた。

 

 

(……私が新兵の頃、兵隊は国のために死ぬ事が仕事だと教えられた)

 

 

 通信回線から、ノイズ混じりの音声が聞こえた。

 よく知った声であった。『彼』が西方大陸に赴任し、この第二独立高速戦闘大隊へと配属されてからまだ二か月ほどだが――それでも、「この人になら着いていける」と、心から信頼できた上官。大隊長として皆を導き、幾度なく降りかかった危機に真っ先に飛び出して、部下を、そして母国を守って来た『最高のゾイド乗り』。

 

(だが――私はそれを、諸君らに言ったことは無い。人は、信念のために死ぬべきだと思うからだ。諸君らが帰還の見込みの薄いこの任務に同道する事を決めたのも、諸君らの信念に基づいた決断であったと思う)

 

 涙を拭った『彼』は、焔の中で大隊長の乗機を探す。そして――自己崩壊の苦悶に喘ぐ《デスザウラー》の傍で、失った半身を庇いながら這い進む青い《シールドライガー》を見つけて、目を剥いた。

 スピーカー越し、(――だが今、敢えて言う)と続けた大隊長の言葉。その先に続く言を、『彼』は待った。

 

(へリックのためでも、己が矜持のためでもいい……諸君の愛機が指一本でも動くのならば――這ってでも進め。そして、奴のコアを噛み砕くのだ!)

 

 未完成の『死竜』が限界に達し、メルトダウンを始める。膨大なエネルギーを秘めたゾイドコアが暴走し、周囲の大気さえ燃やし始めた。すぐ傍に居た《シールドライガー》も、内部から炎上し、紅蓮の炎に包まれていく。未だ繋がっている無線越しに、大隊長の苦しい息遣いが聞こえて、「――隊長ッ! ダメだ!」と『彼』は叫んだ。

 大隊長は、退かなかった。灼熱の焔の中を、神罰を下した煉獄の世界を《シールドライガー》は駆ける。そして――、

 

 

 ――『最高のゾイド乗り』とその愛機は、ついに全てを焼き尽くさんとする『死竜』の核を捉え、噛み砕いた。

 

 

 

 両軍を巻き込み未曾有の被害をもたらすはずだった《デスザウラー》の自己崩壊は、莫大なエネルギーを生み出し続ける『ゾイドコア』を取り除かれたことで、どうにかオリンポス山麗付近の焼却という被害だけで留まった。だが――この戦いを知らぬ者達は、それが『最高のゾイド乗り』が命を賭して上げた功績のおかげであると、思いもよらぬのだろう。

 救援に訪れた《ダブルソーダ》に、『彼』は救われた。独立第二高速戦闘大隊に所属した者の中でただ一人、『彼』だけが生き残った。それは持ち合わせた天運のおかげかもしれないし、ただの運命のいたずらのせいかも知れない。もしくは、『死竜』に立ち向かう勇気を持てず、臆病風に吹かれたせいか――放心状態の『彼』には、どうでも良い事であった。

 燃え堕ちる『エウロペの屋根』を見下ろした彼には、一つだけ確かな思いがあった。この戦いで命を落とした、「名もなき英雄達」の志を継ぎ、語り、伝えていく事。全てを見て来た『彼』にしかできない事をやる――それが『彼』に託された、ただ一つの使命であるように思えた。

 

 ――そして、もう一つ。

 

 彼と共に救出された《コマンドウルフ》のコクピットブロック。ダウンしていたはずのメインコンピュータが突然起動し、謎のプログラムを表示する。帝国に占拠されたオリンポス山頂の『古代遺跡』。突入時、真っ先に古代遺跡のデータ解析を進めていた《コマンドウルフ》に、その断片が読み込まれていた。ウルフの命は失われていたが、コンピュータによる解析は尚も続き、それが今完了したのだ。

 

 未知のプログラムを次々と表示していく、亡き愛機のメインモニタ―。『彼』はそれを撫でて、悟った。『彼』の同胞、『最高のゾイド乗り』達が命を賭して斬り落としたのは、戦いの終幕ではない――一層激しさを増す、激戦の火蓋であると。

 


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