ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑫ 夜明け

 

 ミューズの森で、共和国の砲撃部隊は防戦を続けていた。

 

 森林の中を駆ける《ヘルキャット》の総数は十二。帝国の主力部隊が突入してきたというには、あまりにも少ない数だ。おそらくはグラム湖畔で高速戦闘隊が遭遇しているという《セイバータイガー》共の随伴機が、先行して森に侵入し、かく乱してきているのだろう。敵は小型機だが、足の遅い電子専用ゾイドや重砲隊の機体では、相性の悪い相手である。現に索敵部隊の《ゴルドス》は鈍重で、装甲も貧弱な機体だ。先の襲撃で、既に全機ロストしていた。

 ヘルキャットの主砲『対ゾイド20mm二連装ビーム砲』が、シャワーのように共和国軍の陣地を横断する。足の遅い重砲ゾイドに攻撃を当てるのなど、高速ゾイド乗りの彼らからすれば、演習より楽な作業であろう。《ゴドスキャノン》が、《カノントータス》が次々と破壊され、倒れ込んでいく。

「きゃーッ!」

 すぐ隣の《カノントータス》が爆発し、エリサ・アノンは悲鳴を上げた。

 装甲の堅牢な胴体部分にコクピットを格納するギミックを持つ《カノントータス》だが、既にエリサの機体には何発のレーザーが撃ち込まれ、弾痕と煤だらけになっている。反撃しようにも、機動性に優れる《ヘルキャット》に、鈍足の《カノントータス》で砲撃を当てるのは、至難の業だ。一矢報いる前に撃墜されるのが、目に見えている。

「どうしよう……私、どうすれば……」

 焦燥し、うわ言を呟くエリサだが、切羽詰まった彼女の頭脳に妙案が降り立つことは無かった。眼前に《ヘルキャット》が飛び出し、銃口を向ける。ロックオンされた事を告げる警告灯が点滅するも、《カノントータス》の瞬発力では躱せない。

 

 やられる! と、思わずエリサが目を伏せたその時であった。周囲の木々をなぎ倒して巨大な鉄蛇が傾れ込み、《ヘルキャット》の火線を遮ぎる。

 

「生き残りたいというのなら、戦場で怯むな!」

 

 無線越しに一喝されて、エリサは面を上げた。撃ち込まれるビーム砲を弾く、重装甲の塊――それは『グラム駐屯地攻略作戦』の総司令官、マクシミリオン・ペガサス中佐の駆る《ゾイドゴジュラスMk‐Ⅱ》の尾であった。重砲隊の機体達を囲うように身を屈め、尻尾を巻いた《ゴジュラス》が、その全身で《ヘルキャット》の射撃を受け止めている。

「中佐……ペガサス司令官、無茶です!」

「狼狽えるな。《ゾイドゴジュラス》の装甲の前では、この程度の火力など無きにひとしい!」

 エリサの声に応じたペガサスの声は、単なる強がりではない。事実《ヘルキャット》のレーザー機銃は、《ゴジュラス》の重装甲で固められたボディに、傷一つ付ける事が出来ていなかったのである。共和国最強を誇る機体は、伊達ではなかった。

 味方を鼓舞するかのように振り返った《ゴジュラス》――そのキャノピーの奥にある双眸が緑色に輝くと、「今の内に態勢を立て直せ。反撃するのだ!」と扇動の声を上げるペガサス。

 ペガサス中佐の声に、重砲隊のパイロット達は戸惑った。沈黙の後、「でも、《カノントータス》の膂力では、《ヘルキャット》を捕えられない。砲撃は当てられません」と、エリサが異を唱える。

 

「及び腰でいたら、出来るかもしれない事も不可能になってしまう。危機的状況にある時こそ、冷静になれ」

 

 諭すように言ったペガサス中佐は、ゆっくりと《ゾイドゴジュラスMk‐Ⅱ》を起動させた。巨獣の始動を警戒し、再び森の中へ身を隠そうとした《ヘルキャット》達に、「さぁ行くぞ、戦い方を教えてやる」と啖呵を切った中佐は、そのまま《ゴジュラスMk‐Ⅱ》の主砲のトリガーを引いた。

 巨大な《ゾイドゴジュラス》の全高さえ上回る程の、長大なキャノン砲――通称『ゴジュラスキャノン』が火を吹いた。轟音と閃光が至近距離で爆ぜると周囲の木々が一瞬で消し飛ばされる。碌に狙いも定めずに撃ち込まれた砲撃だが――その衝撃波だけで、小型の《ヘルキャット》の機体は半壊していた。闇に紛れていた何機かの機体がなぎ倒され、痙攣している。そうして身動きの取れなくなった機体を《ゴジュラス》が踏みつぶし、引き裂き、そして噛み砕いていく。

「小型ゾイドの性能で、この《ゾイドゴジュラス》を破壊できると思うな!」

 ペガサス中佐が快哉を叫んだ。

 

 

 《ゾイドゴジュラス》の活躍は、動揺の広がった共和国軍パイロット達の士気を見事に取り戻していた。「ペガサス司令官に続け!」と、兵達も再び操縦桿を取り、《ヘルキャット》達へと相対した。スピードで翻弄してくる《ヘルキャット》だが、火力に乏しい欠点がある。重装甲の砲撃用ゾイドなら、致命傷を受けなければ倒される事はない、根気強く砲撃を続ければ、やがては敵機を捉える事だって有り得るはずだ。

 

「そうだ……私だって、ボケっとしてちゃダメなんだ」

 

 エリサもまた、失いかけていた戦意を取り戻す。森の中を蠢く《ヘルキャット》の影を注視して、ゆっくりと機体を反転させていく。主砲で当てようと、思わなければ……ッ!」と、トリガーを引いた。『液冷式荷電粒子ビーム砲』が、轟音を上げて森を突っ切る。

 《ヘルキャット》の未来位置を予測して撃ち放ったが、結果は不発。しかし、ビームの余波と熱量で、《ヘルキャット》の装甲が焼けただれていた。機体に施されたステルスコーティングが失われ、その姿が明るみに出る。

 動揺したキャットに対して、今度は副砲の『二連装高速自動キャノン砲』を見舞う。照準設定を手動に切り替え、狙いを付けた一射。撃ち放たれた弾丸が、《ヘルキャット》の胴を撃ち貫いた。

「――やったぁッ!」

 エリサが高揚したのも束の間、今度は背後から衝撃が走る。

 いつの間にやら回り込んでいた別の《ヘルキャット》に、足を撃ちぬかれた。自重の支えを失い、ガクンとつんのめった《カノントータス》。「痛……、このぉ!」と、機体を反転させようとしたエリサだったが――元々獣型金属生命体と比べて臆病な機体だ、《カノントータス》のコンバットシステムが、今の一撃で停止してしまっている。これではもう戦えない。

 

 

 危機的な事態。追撃を見舞おうと銃座を向けた《ヘルキャット》だが――不意に地面が割れて、ヘビ型ゾイド《ステルスバイパー》が飛び出すと、至近距離から『40mmヘビーマシンガン』を叩き込んだ。砲撃がメインジェネレータを撃ち抜き暴発させ、《ヘルキャット》を炎上させる。

「《ステルスバイパー》! シニアン小隊の機体か!」

 基地の破壊工作を終えて、奇襲戦隊の機体が戻って来た。それだけではない。森を掻き分けて《シールドライガーDCS》、《コマンドウルフ》が姿を現すと、浮足立った《ヘルキャット》達を蹂躙する。

 

「コンボイ大尉の高速部隊……じゃあ――ッ」

 

 エリサの呟きに応えるかの如く、無線が入った。「……アノン少尉、無事か?」と問うた、青年士官の声。コンボイ達に遅れて、満身創痍の《シールドライガー》が二機。そして傭兵ツヴァインの《コマンドウルフ》が、それを護衛するかのように追従し、姿を現す。

 モニターに映ったジェイの顔は、額を切って血だらけだった。「ベック少尉ッ、大丈夫ですか?」と、動揺したエリサだったが――ジェイ・ベックは比叡しながらも、どこか吹っ切れた様子で「ああ。俺、やれたよ」と微笑む。

 

 

 ジェイの一撃で、ビームランチャーを背負った《セイバータイガー》は爆散し、崩れ落ちた。指揮官を失った『タイガーライダー』の部隊は、それまでの統率と息の合った連係を失い、やがて撤退していったのである。追撃を振り切り、高速戦闘隊は今、共和国の防衛線内へと戻って来たのだ。

 

 

「アノン少尉、ありがとう。君の言葉のおかげで、俺は戦えた」

 頭を下げたジェイに、エリサは「え……?」と小首を傾げる。

 ジェイは続けた。

「俺は、実戦ってやつを分かっていなかった。戦いの中で、敵も味方も次々に死んで行って、『死にたくない』とか、『殺されたくない』って気持ちに捕らわれていたけど――そんな後ろめたい気持ちじゃない、誰かを『守りたい』って思いが、俺を生き残らせてくれた。その気持ちに気づけたのは、少尉のおかげだよ」

「ベック少尉……」

 晴れ晴れとしたジェイの表情は、この青年士官が先日まで苛まれていた『死の闇』から、解放された事を表していた。エリサはそれがまるで自分の事のように――そして彼女が見送った、『独立第二高速戦闘大隊』の唯一の生き残りの男の事のように思えて、歓喜した。オリンポスで地獄を見て失意に沈んだあの若手士官も、このジェイ・ベック少尉のように再起する事ができるかもしれない。エリサの心に引っかかっていた悲劇は不治の病ではないと証明してくれた――それが、エリサには嬉しかった。

 

 共和国軍の士気は高かった。高速戦闘隊、奇襲戦闘隊の参入によって優位性を失った《ヘルキャット》部隊に、勝ち目はなかったのは、言うまでもない。

 

 

 ――翌日。

『グラム駐屯地』制圧部隊は、任務完了の栄誉と共に『バラーヌ基地』へと凱旋した。今だ劣勢のへリック共和国にとっては、全軍撤退の終焉を僅かばかり延命したに過ぎないかも知れない。しかし――戦場を知ったばかりの一人の青年士官にとっては、とても大きな――価値のある、『勝利』であった。

 


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