ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑪ 死闘

 ジェイ・ベック少尉の《シールドライガー》が、最高速度で《セイバータイガー》の群れへと突っ込んでいく。グロックの機体を嬲るのに気を取られていたセイバー達は、ほんの僅かに迎撃の手を鈍らせてしまう――そして、それを真っ先に感じ取ったのが、小隊長・スターク・コンボイ大尉であった。

「少尉を援護しろ!」

 《シールドライガーDCS》の腰部にアタッチメントされた、『八連装ミサイルポッド』が、《セイバータイガー》の群れに撃ち放たれた。雨のように降り注ぐミサイル。地面を穿つ爆撃に土埃が上がると――コンマ数秒の差で避けた《セイバータイガー》達が、煙から逃れるように這い出てくる。『タイガーライダー』達は、相当な手練れなのだろう。損傷は殆んど無い――だが、予想だにしない事態の対処に気を割き過ぎたのか、先までの曲芸的連携走行が、この一瞬のみ完全に乱れていた。

 

 その隙を見切って、コンボイ大尉はビームキャノンのトリガーを引く。光弾の一撃をもろに浴びて、タイガーの機体が爆ぜた。

 

 これで、残りは五機。残ったタイガー達が、態勢を立て直そうと背を向けた。それを横目に見ながら、コンボイ大尉は尚も疾走を掛けたジェイの機体へと無線を繋ぎ、叫ぶ。

「ジェイ少尉、ヤツを――ビームランチャーを背負ったタイガーをやれ!」

「――ッ!」

 小隊長の指示に、ジェイはタイガーの群れを見据える。ミサイルポッド、そしてビームキャノンの連撃に足止めを喰らった《セイバータイガー》達は、まだ最高速まで加速しきれていない。そして、その中でもとりわけ精彩を欠いているのが、追加武装で機体重量が増えている「ビームランチャーのタイガー」だ。敵部隊はあの機体を中心にフォーメーションを組んでいる、敵の連携の要であり――おそらくは『タイガーライダー』の指揮官も、あの機体のパイロットが務めているのだろう。つまり、ランチャーを装備した機体を仕留めれば、敵の指揮系統は瓦解するのだ。

 この機を逃す手は無かった。《セイバータイガー》達が持ち直し、再び『暴風』の如き連携攻撃を仕掛けてきたら、今度こそジェイ達はやられる。「ぬぉおお!」と気迫を吐いたジェイのライガーは、ビームランチャーを背負った《セイバータイガー》目掛け跳躍した。口腔の『レーザーサーベル』を煌めかせ、敵機の喉元を食い破ろうと猛る。

 

 ジェイの追撃に気づいたタイガーもまた、最大出力のビームランチャーで迎え撃った。あらかじめ展開されていたライガーの『エネルギーシールド』に、高密度ビームが突き刺さる。衝撃――そして閃光。《シールドライガー》と《セイバータイガー》、旧大戦より続くライバル機同士が、激突した。

 

 

 ――一瞬の交錯。

 

 

 高出力ビームランチャーを至近距離で浴び、《シールドライガー》のEシールドジェネレーターがオーバーヒートしている。それでもセイバーの一撃を無力化する事には成功しており、攻撃を凌いだライガーの牙が、ビームランチャーを噛みちぎっていた。衝撃にタイガーは横転し、土砂に塗れながら苦悶の声を上げる。二大高速ゾイドの一騎打ち。その形勢は、ジェイの《シールドライガー》に傾いていた。

 チラと、グロック少尉の機体へと振り返る。「どうして助けた……? ベック……」と、中破した《シールドライガー》から無線が入った。息も絶え絶えなグロックの声から、いつもの威勢の良さは感じられないが――それでも、彼はまだ生きている。

「俺は、隊を危険に晒した。激情に駆られて一人突貫し、敵に付け入る隙を与えた。ここで死んでも、仕方がない男だった。なのに――」 

「仲間を助けるのに、理由なんていらないはずだ……グロック少尉。後退してください、その《シールドライガー》はもう戦えない」

「……済まんッ」

 失った左足の付け根から火花を散らして、死に態のグロック機が起き上がる。

 

 無謀な賭けではあった。しかしジェイは――彼の下した判断は、仲間の危機を救う事も出来た。生き残るために必要な物は『偶然』や『運』だけではない、自らに纏わりつく死に抗おうという『心意気』だって、戦場では立派な要因になり得る。それを実証できたジェイは、ようやっとこの戦争に向き合える気がした。

 

 

 ビームランチャーを失った《セイバータイガー》がよろと起き上がると、激情の双眸を向けてジェイの《シールドライガー》を見据える。他のタイガー達はコンボイ大尉率いる《コマンドウルフ》部隊の砲撃に追われて、援護を出せないでいる。正真正銘、一対一の格闘戦だ。

 咆哮した《セイバータイガー》。己が牙・『キラーサーベル』を煌めかせてジェイのライガーへと飛び掛かると、その喉元へと食らいついた。《シールドライガー》も、負けじと爪を立ててタイガーに組みつき、『レーザーサーベル』でその肩口を抉る。縺れ合ったまま地面へと打ち付けられる、二体の獣。どちらも獰猛な獣型金属生命体をベースに開発された機体、格闘能力・闘争本能――その全てが互角だった。

「グッ……ウウゥ……!」

 激震に揺れるコクピットの中で、ジェイ・ベックは呻いた。外付けの武装を使った砲撃戦とは異なり、白兵戦においては『戦闘機械獣』そのものの闘争心が、大きく事を左右する。操縦桿は機体を焚き付ける『手綱』や『鞭』程度の役割しか果たさず、ライガーの攻撃の指向性にまで影響を及ぼす事はない。爪牙にレーザーコートを通し決定打を上げてやれば、後はただひたすらに攻撃命令を出す――ジェイのできる事は、それだけであった。

 それだけに、ゾイド乗りと機体の相性がもろに出るのも接近戦である。熟練の『タイガーライダー』と《セイバータイガー》は、その点に一部の粗もない。《シールドライガー》の装甲を噛みちぎり、打ちのめすと、渾身の頭突きでライガーの鼻先を潰した。レーザーサーベルの一本がへし折れ――コクピットにほど近い部分の損傷だ、衝撃でコンソールパネルが砕け、火花が吹き出す。

「ウワアアア!ッ」

 爆発がジェイの顔を焼き、絶叫する。

 苦悶に仰け反ったジェイとライガーの隙を見逃す、『タイガーライダー』ではない。瞬時に腹部『三連衝撃砲』のトリガーを引き、至近距離の衝撃波を見舞ってくる。直撃。《シールドライガー》の同武装が粉々に砕け散り、機体胴体に大幅の亀裂が広がった。

 大破しゆっくりと崩れ落ちる《シールドライガー》。出力がみるみる低下していく……ライガーの命は、長くは持たないだろう。

 

 ここまでか――朦朧とする意識の中、ジェイが覚悟を決めた時だった。

 

「ベェーック!」

 

 グロック少尉の雄叫びが響いた。倒れ込んだジェイのライガーの影より、グロックの《シールドライガー》が飛び出すと、『レーザーサーベル』でセイバーの横っ腹に喰らい付く。メリメリと音を上げて装甲板が拉げ、のたうつ《セイバータイガー》。

 その光景に顔を上げたジェイは、「グロック少尉――なぜ戻って来た? そんな機体では無理だ!」と狼狽えた。事実、満身創痍のグロック機は、かなりのパワーダウンを起こしているらしい。暴れる《セイバータイガー》を御しきれず、動力部が炎上している。

「俺が生き残って、代わりにお前が死ぬのならば、隊の損失が変わらんだろうが!」

「――でも……ッ!」

「――借りを返すと言ってるんだ! 抑えているうちに、早くやれェ―ッ!」

 考える時間は無かった。メットを脱ぎ捨て、血まみれの額を拭ったジェイは、再び操縦桿を手に取る。

 

「《シールドライガー》、頼む……最期の力を、振り絞れ!」

 

 渾身を込めて機体を始動すると、ライガーが全霊の力を振り絞って身を起こし、咆哮した。残った『レーザーサーベル』が発光する。狙うのは相手の頭脳――『タイガーライダー』の収まったコクピットがある、《セイバータイガー》の脳天を貫く。一撃で終わらせるには、それしかない。

「――行けェエエエッ!」

 ジェイ・ベックの絶叫と共に、《シールドライガー》が突貫した。しかし――セイバーのパイロットは、相当の熟練パイロットなのであろう。暴れる《セイバータイガー》の背中に残された砲塔、『ビームランチャー』の副砲として背に装備されていた『ソリッドライフル』の照準を、ジェイ機に向けて来た。既にEシールドを失い、また機能停止寸前で機動力も損なわれているジェイのライガーに、避ける手立てはない。

(……やられる――ッ!?)

 

 ――閃光が、爆ぜた。《セイバタイガー》の『ソリッドライフル』が暴発し、機体背部のサブユニット全体を吹き飛ばす。

 

 丸腰になった《セイバータイガー》の背後に、一体の《コマンドウルフ》が立っていた。後足を失い、また機体は踏み砕かれ土埃に塗れているものの、その装甲はコンボイの指揮下にあって、唯一の白――共和国軍正規軍カラーを遺した、ツヴァインの《コマンドウルフ》だ。

「ブルー・ブリッツ! 今だァ!」

 ツヴァインが叫んだ。

 グロックもまた「やれぇ、ベェエック!」と声を重ねる。二人の気迫を後押しにして――ジェイの《シールドライガー》が牙を剥いた。

 

 装甲化された《セイバータイガー》の頭蓋へと突き立てられた牙は、その脳天を貫き、タイガーの上顎まで貫通する。バチバチと火花を散らし、セイバーのカメラアイが砕ける。

 

 やがて命の灯火が尽きたかのように、タイガーが噴煙を上げると――《シールドライガー》はさらに力を込めて、その頭を思い切り噛み砕いた。

 


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