ゾイドバトルストーリー異伝 ―機獣達の挽歌―   作:あかいりゅうじ

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⑩ 暴風

 宵の闇の中に在って尚鮮烈な、真紅の猛獣――ガイロス帝国の高速戦闘ゾイド・《セイバータイガー》。中破した《コマンドウルフ》を足蹴にして、ジェイ達高速戦闘隊の機体を睥睨したそれは、まるでこれから始まるであろう『狩り』に猛り、逸っているかのようだった。

 森林地帯への撤退を目指していた、コンボイ大尉率いる『高速戦闘隊』は、眼前に現れた帝国軍の追手に立ち尽くした。敵の数は六機。損傷したツヴァインの《コマンドウルフ》を除いても、数の有利はまだこちらにあるはずである。にも拘わらず、ジェイは肌を粟立てる程のプレッシャーを感じ、固唾を呑んだ。

 それにしても、何と言う追撃の早さだろう。帝国の救援部隊から高機動ゾイドだけが先行して追撃したのか? 否、おそらくそうではない。この《セイバータイガー》達は、『グラム駐屯地』の救援要請を受けて、真っ直ぐ(、、、、)ミューズ森林地帯(、、、、、、、、)()侵攻して(、、、、)来た(、、)のだ――『森』という隠れ蓑からのこのこ出て来た共和国の主力部隊を、根こそぎ掃討するために。そうでもなければ、この進撃の速度は説明できない。

 友軍の危機を顧みず、むしろそれを釣り餌にしたかのような、狂気的な采配。それは軍の指揮系統から独立した『特殊部隊』でもなければ、決して不可能な判断だ。この《セイバータイガー》部隊は、おそらくそれ(、、)なのだろう――帝国における高速ゾイドのスペシャリスト、『タイガーライダー』達によって構成されたエースチームだ。

 此処まで肉薄されては、如何に《シールドライガー》《コマンドウルフ》と言えど、振り切れる相手ではない。下手に森林地帯へと逃げ込めば、足の遅い《カノントータス》や《ゴルドス》の部隊を、戦いに巻き込んでしまうことになる。そうなれば、無用な犠牲が増えるだけだ。

 

「……やるしかあるまい」

 

 コンボイ大尉が、無線越しに呟く。いつも冷静沈着の小隊長だが――その声には微かな緊張と、焦燥の念が滲んでいるように思えた。

 

 

 

「高速戦闘隊は何をしている? 早くミューズに――味方の防衛線内に後退しなければ、帝国の増援に包囲されるぞ!」

 当初の予定よりも先遣部隊の帰還が遥かに遅くなっている事に、今作戦の総司令官、マクシミリオン・ペガサスは苛立った。「状況知らせい!」と、偵察隊へと怒鳴った彼に、《ゴルドス》部隊の長を務めるバインド大尉が返答する。

「詳細は不明ですが――敵追撃部隊に追いつかれたようです」

「追いつかれただと? 馬鹿な……」

 地上では最速を誇る、《シールドライガー》を主力にした部隊。それが、こうも簡単に捉えられる――導き出される答えはただ一つ、敵もそれと同等の戦力を仕込んできた、という事である。

 ペガサス中佐は、即座に『紅い暴風』と仇名される高速ゾイドを連想し、「――『タイガーライダー』共か……」と奥歯を噛んだ。《セイバータイガー》はその俊敏性を武器に、パワーで遥かに勝る《ゴジュラス》すら翻弄する難敵である。生半可な救援を送っても、焼け石に水――それどころか、無駄に兵を失う事になりかねない。かといってこのまま彼らを見捨てれば、共和国の戦線を支える『特殊工作師団』は大きな損害を被るだろう。そうなると、『グラム基地の破壊』という成果が、水泡と帰すことになる。

 

 前線の状況は、重砲隊のパイロット達にも伝えられていた。撤退時における支援砲撃のため、尚森林地帯で待機していた重砲隊・《カノントータス》三番機のパイロット、エリサ・アノン少尉。

「ベック少尉……」

 高速戦闘隊に所属する、顔馴染みの士官の名を呟く。戦う事に後ろ向きになりながら、それでも自らを奮い立たせ、戦場に向かった若い士官の姿が、脳裏に浮かんで離れない。ようやっと死地より帰還できると思った矢先に、敵の追撃――彼は今、どんな思いで戦っているのだろうか。そんな事を考えていると、胸中が疼く感じがした。

 

 

 指揮官が、一兵が――様々な感情を抱いて待機していた最中の事であった。通信回線に、(て、敵襲――ッ!)と、焦燥の声が乗った。発信元は、森の中に展開していた《ゴルドス》部隊の指揮官。「どうした? 大尉、応答しろ!」と、ペガサス中佐が叫び返すが、直後、無線が切断され、レーダー上の《ゴルドス》の反応が、次々と消失していく。

 

「まさか――っ」

 

 ペガサスの背に悪寒が走った、その時だった。

 

 隣に控えていた僚機・《ゴドスキャノン》の頭部が、レーザーに撃ちぬかれた。コクピットを破壊された機体が、火花を散らして崩れ落ちる。次いで、第二射。今度は重砲隊の《カノントータス》六番機の装甲を掠め、副砲である『二連装高速自動キャノン』を爆散させる。かく乱するかのように、次々と撃ち込まれるビーム――だが、センサーに反応はない。

「ステルス機――ッ!?」

 微かに残った火線の跡に目を凝らし、ペガサス中佐の《ゴジュラスMk‐Ⅱ》が機首を反転させる。背丈の低い《ゴドス》や《カノントータス》のパイロット達では、気づかなかっただろう。だが、《ゴジュラス》の巨体、その高い視点から、、ペガサスは森林の合間に何かが蠢く違和感を見つけた。

 足音も無く密林を駆ける、四足の小型ゾイド《ヘルキャット》。《セイバータイガー》の僚機であり、高いステルス性を持つ高速ゾイドが、斥候として既にミューズの戦線に侵入していたのである。

 

 

 

 六体の《セイバータイガー》が織りなす連携は、見事な物であった。《シールドライガー》に匹敵する超高機動ゾイド――それらの軌道が、最高速度を維持したまま複雑に絡み合い、変幻自在の疾走を見せる。迎撃に撃ちこまれた《コマンドウルフ》達の射撃を、縫うように擦り抜けた六機は、そのまま接近して白兵戦を仕掛けて来た。

 (ブラボー)分隊のウルフが、まず最初の餌食となった。六体の《セイバータイガー》が、擦り抜け様に次々と爪牙を見舞い――まるで削岩機の中でも放り込まれたかのように、瞬く間に解体された《コマンドウルフ》。その残骸が荒野に散らばるのを目の当たりにして、ジェイ・ベックは戦慄する。

「そんな――一瞬で……ッ!?」

 ゾイド一機を、瞬時に粉々にする程の猛攻。あの『暴風域』に捕らわれたら、《シールドライガー》の機体と言えども持たないだろう。

 動揺し、硬直したジェイだったが、

「密集しろ。奴らは単機でいる者を集中攻撃してくる」

 冷静に分析したコンボイが指示を出す。

 彼の《シールドライガーDCS》が、《セイバータイガー》達に追随するように駆け出すと、彼の配下は勿論の事――グロックの(ブラボー)分隊、そしてジェイの配下であるフリーマン軍曹も、その後に続く。小隊長にどのような算段があるのか理解できないジェイだったが、孤立すればやられる、というのは理解できる。とっさに、ジェイもライガーを追従させていた。

 

 《セイバータイガー》部隊程の練度は無い物の、共和国軍側も密集陣形のまま疾走を始める。これならば迎撃に用いる事の出来る火力の密度は高まり、敵も迂闊に白兵戦を挑むことはできない。が――、

 ジェイ達に後ろを取られた《セイバータイガー》部隊は急速に旋回して方向転換し、密集したライガー達へ正面から突っ込んでくる形になった。

「真っ向から挑むつもりか!?」

 と動揺したグロック。すると、タイガー達は陣形を組み替えて――あの『ビームランチャーを背負った機体』が最前へと躍り出る。砲塔が照準を定めると、収束器によって研ぎ澄まされた高密度ビームが撃ち放たれた。

「いかん、散れ!」

 コンボイが叫んだ。咄嗟に全機が身を捩って回避したものの、爆風にじりじりと装甲が焼かれている。追撃のビームランチャーが尚も火を吹き、密集しようとする共和国軍を次々と引き離していった。そして――一際大きく距離を取った(ブラボー)分隊の《コマンドウルフ》が、虎の餌食となる。

 

「グワアアア……ッ!」

 

 《コマンドウルフ》のパイロットの断末魔を聞きながら、ジェイは敵の連携の、全てのギミックを理解した。超高速で瞬時に距離を詰め、集団による接近戦で各個撃破していく。密集し、弾幕を張ろうとする敵には、あのビームランチャーを背負った《セイバータイガー》が砲撃によって分断し、それによって孤立した者を狩るのだ。

 

「よくも……よくもォーッ!」

 分隊を全滅させられたグロックが、怒りに逸って前に出た。それが、無謀な戦略だというのは、誰の目から見ても明らかであり、「――止せ、グロック少尉!」と、ジェイは咄嗟に制止する。が――、頭に血の昇ったグロックは止まらない。

 『エネルギーシールド』を展開したグロックの《シールドライガー》が、《セイバータイガー》の群れに向かって、真正面から突貫していく。全速の突撃。しかし、それを阻むかのように、セイバーたちも砲撃を見舞ってきた。

 銃器の大半を外付けにしているセイバータイガー達は、高速戦闘時でも火器の取り回しに手間取ることは無い。火力としては突出していない、標準的な範疇であったが、それが六機ともなれば話が変わってくる。グロック機のエネルギーシールドは耐えきれずにショートし、そこにビームランチャーが叩き込まれる。衝撃。ライガーの左前足が粉々砕け散り、「グオオ……」と呻いたグロック。体制を崩し横転した彼のライガーに、セイバーの群れが迫る。

 

「グロック少尉――……ッ!」

 

 ――ジェイの時が、完全に静止した。

 

 彼は迷った。このまま行けば、グロック少尉は確実に死ぬ。助けようとしても、ジェイが一人突貫したところで、少尉の二の舞になるだけだろう。それどころか隊の連携を見出し、更なる犠牲を生んでしまう可能性さえあった。隊の、仲間の――そして自らの安全を願うのならば、彼は動かないべきであった。

 だが――それはすなわち、目の前で死にかけている仲間を見捨てる事でもある。自らの判断で、同じく隊の者の命が失われるというのなら、同じことだ。307小隊に赴任してきて構築されたグロックとの関係は、ジェイにとって良い事だけではない、複雑な思いの孕む者であったが――だからこそ(、、、、、)、記憶に深く染みついた『グロック・ソードソール』がこの世から居なくなってしまうのが、怖かった。

 

 脳裏に、様々な声が弾ける。

 

 

 ――ゾイドは生きてる。お前さんがコイツへの信頼を示して見せれば、助けてくれるさ――。

 

 

 ――少尉の守りたいモノのために、戦っていいんです。みんなを死なせたくないって思って、少尉がした行動なら――どんな結果になっても、それはきっと、間違いじゃないから――。 

 

 

「……う、うおおおッ!」

 意を決したジェイが、コクピット内で絶叫する。

 《シールドライガー》も、また吠えた。愛機の轟咆を合図にして、ジェイは機体を始動させる。全速力の疾走。エネルギーシールドをフルパワーで展開し、グロック機を嬲る《セイバータイガー》部隊に向かって、一直線。

 守りたいモノを――仲間を守る。それが、ジェイの下した判断だった。

 

「《シールドライガー》、力を貸してくれ――俺は、仲間を守りたい……ッ!」

 

 操縦桿を握る手に、思惟を込めると、それに答えるかのように、ライガーはもう一度咆哮して、より激しく地を蹴り上げ、突撃する。その疾走は、目の前に立ちはだかる獰猛な『虎』の群れに対する恐れなど、微塵も感じさせない力強さだった。

 

 


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