【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

8 / 8
最終噺

「……期待されちゃってもねぇ」

 

 月見童女同様、人魚姫の原本による奇跡を目の前にして感動している身としては、魔理沙の話を極限までに劣化されてたクオリティーのお話しか語れそうにない。少し困っていた霊夢だった。

 

「つまらない話しか語れそうにないわ」

「大丈夫よ。名月の元に語られる夜噺はすべて平等。まあそれにさっきのは、魔理沙さんの語り口が良かったというか、的確にわたしの弱点を突いてわたし悶絶させただけですし。基本的にわたしは、どんなお話でも好きよ?」 

「猥談だとしても?」

「猥談でも、よ。もし下心を宿してそれをわたしに語るというならば、セクハラで訴えるけど」 

 

 実は過去に一人いたの、と月見童女は僅かに虚ろになった目で宙を眺めながら言った。

 

 さて。無論、猥談の件は冗談だけど、本当になにを語ろうか?   

 自分は意外と語り上手であると月見童女には言ったが、本当は霊夢はその逆だ。

 絶望的に喋れないというわけではない。だが相方が会話の主導権を取ってくれていたほうが気が楽になるので、多分霊夢はどちらかといったら聞き上手なのだろう。 

 魔理沙がお話を語っていた時間、ずっと何を喋るか考えていた。一応いくつか候補はあるのだけれど、魔理沙のお話に比べたらやはりクオリティーは断然劣るので、はてさてどうしたものか。

 

「――そうね。面白い話というわけじゃないけど、愚痴でも聞いてもらおうかしら」

「愚痴ね。全然オッケーよ。むしろわたしはそっちのほうが聞き慣れてるわ。日本の人間は毎日飽きずによく働くから、きっと色々と溜まってるんでしょうね。毎年のように愚痴は聞くわ」

「そんなにみんな愚痴ばっかり話してるの?」

「えぇ。封印が緩む時には、もう既に酔っているって人が多いから。お酒で心が弱くなって、つい弱音を吐いちゃうんでしょうね」

「あー、そうかもねー」

 

 先程、酔って魔理沙に弱いところを見せてしまった霊夢なので、反射的につい目を逸らしてしまった。

 

「さて。とかく、さっさと溜まっているものを吐き出したらどうですか。溜め過ぎは健康によくないですよ?」

「そうね。じゃあさっそくだけど、愚痴らせてもらうわ――」

 

 霊夢は月見童女に向かって、吐き捨てるように舌打ちをした。

 そして憤慨の表情を浮かべ、声を荒らげる。

 

「この5日間、アンタのせいでどれだけ大変だったか……っ!

 まず一日目と二日間は幻想郷のすべての場所を回ったわ。アンタがどこに住んでるかとかの、情報を集めるためにね。休まずに、ずっと身体を動かしていたわ。

 そして三日目と四日目も、五日目だってそう。実質、やってることは全部同じなのよ。アンタをがむしゃらに探していたわ。

 そのせいで、ほんッとに疲れたの! 両足のふくろはぎパンパンよ!! 

 あー、なんか無性に腹立ってきた。よし、殴ろう。歯をくいしばれ……ッ!」

「ちょ! 暴力は駄目よ!! わたし無力な妖怪なんだから……っ!」

 

 怒気が垣間見える笑顔を浮かべながら拳を硬くギュッと握る霊夢から肉食動物的なオーラを見た草食動物の月見童女は、ドウドウと宥めた。

 動物的扱いに、更に怒りを覚えた霊夢。

 

「殺そうかしら? なんかもう色々とどうでもよくなってきたわ」

「いやいや! 軽々しくそんな物騒なこと言わないでよ!?」

「あら、さっきは殺気を当てられても全く動揺してなかったのに、今度すごい怯えようね」

「だって霊夢さんの今の殺気、脅しとかじゃなくて本気のやつじゃない! わたし、人間の本心の部分を話を通じてよく見るから、心理的なものには少しばかり強いのよ」

「なるほど。だから紫と対峙するときみたいな、全てを見透かされてるような感覚をアンタに対しても覚えたのか」

 

 なら八雲紫というよりも、心を読める妖怪の古明地さとりに近い妖怪なのかもしれない。

 と言うから、八雲紫も古明地さとりも月見童女も、感じるものはほとんど同じで胡散臭い。強いていうなら、月見童女は直接的な力はないようだしまだマシな部類か。

 

「と、ともかく! 霊夢さん深呼吸深呼吸!」

「そんなに慌てなくとも、やっぱ殺すのは止めとくわ。ただえさえアンタのせいで疲れてるの。アンタのために使う労力はもうない」

「ふぅー。なら良かったわ」

 

 月見童女は胸を撫で下ろした。

 

「えーと、ということは霊夢さんは、もうこれ以上お話をしないってことね?」

「えぇそうよ。アンタのために使う労力はもう無いって言ったでしょ」

「アッ、ハイ。お話、ご馳走さまでした」

 

 理由はわからないが、月見童女はまるで食事を済ませたかのように両手をピタリと合わせて一礼した。

 さっきも魔理沙の話が終わったときにご馳走さまと言っていたし、多分なにか意味のある言葉なのだろうか? これは本当に、もう何も夜噺とやらを語らないほうがいいかもしれない。霊夢は少し警戒度を上げた

 

「もうアンタに用はないわ。話とやらも一応終わったから、これで月見童女は私と魔理沙の幸福を約束してくれるんでしょ?」

「えぇ大丈夫よ。ちゃんと、()()()()()幸福は約束しますとも」

「本当ね? もし貴方が嘘をついていて、後日私に何か悪いことが起こったら、封印状態の本の貴方を破って塵も残らぬよう焼却するわよ」

「お、恐ろしいことを考えるわね」

 

 その光景を想像したのか、月見童女は青くなった顔を引き攣らせた。

 

「ほんと、嘘なんて付いてないわ。眠って起きたら、すぐに実感できると思うけど」

「わかった。なら起床した時点で、私自身が私は幸せにってないと判断したら、すぐさまお前を燃やしてやる」

「…………大丈夫なはず。うん。大丈夫よ、ほんと」

 

 もしも何か手違いがあって霊夢が不幸な目にあったら燃やされる。そんな未来が決定してしまった。胃に穴が空きそうな気分よ、と月見童女は気分悪そうに呟く。

 

 月見童女は空を見上げた。

 霊夢もつられて空を見上げる。

 

「……あっ、もうこんな時間なのね」

 

 物寂しげな声色で月見童女は呟いた。

 空の色は、満面の夜色から群青色に変わっていた。

 時刻おそらく、三時頃だろうか? 

 月見酒を愉しんでいたからすっかり寝る時間の確保を忘れていた。早く寝なければ、昼頃に起床する怠惰な生活が強いられる。

 

「ねぇ月見童女。本当に、本の状態に戻りなさい。これ以上居座られるのは流石に迷惑よ」

「んー、そうねぇ。霊夢さんの夜噺がすぐに終わってしまったので物惜しい気持ちで胸がいっぱいだけど、夜が終わってしまうのならしょうがないわね。だって夜が終わったら、それはもう夜噺ではない――そして、月見噺もできないわ」 

「月見噺?」

 

 聞き慣れない単語に、霊夢は首を傾げる。

 

「そ、月見噺。月を見ながら夜噺をすることを、わたしはそう呼んでるわ」

「なかなか良い響きね」

「そうでしょう? 十五夜の美しい満月に見惚れながら夜噺をすると、人間は嫌いなやつが相手でも遠慮なく『お話をする』という行為を愉しむことができるのよ。まぁ、霊夢さんは違ったようだけど」

「私もその気持ちならわかるわよ。月に心が惹きつけられて、いきなり妖怪が目の前に現れたとしても『まぁ別にいいか』と思ってしまう感覚」 

「……霊夢さん。そのわりには、けっこうわたしを警戒してませんでした?」

「なにを言ってるのかしら。妖怪が目前に現れたら、私は基本的にとりあえず殴ることにしてるわ。それをしなかったのは、あの名月に()()()()()()()()()()()()」 

 

 月見童女の封印が解かれて姿を現したとき、霊夢は殺気をとばすだけで矛を抑えていた。

 それは、霊夢からしたらかなり甘い対応だったのだ。紫っぽい雰囲気を滲ませた妖怪なんて、通常なら何も考えずに一回は殺そうと試みるはずだ。

 

「ま、でもアンタ。やっぱり低級でしょ? 雰囲気だけなら一級かもしれないけど、他の性能が良い妖怪だと微塵も思えないわ」

「……わたしを馬鹿にしていますね。その通りなので反論はしませんけど」

 

 月見童女はすねたように唇を尖られた。

  

「そうだ、月見童女さん。さっき、『霊夢さんの幸福は約束する』って言ったけどさ――同じくアンタに夜噺を語った魔理沙はどうなのよ」

「ッ!?」

 

 霊夢のターンだからと言って黙り込んでいた魔理沙は、「まさか私、何かされたのか!?」と瞠目した。

 

「……まさかそこまで勘付いてます?」 

「私は勘がとても良いの。私だけの名前しか上げなかった時点で、何かありそうとは察していたわ」

「あらー、正直者なのが裏目に出ちゃったわぁ」

「ちょ、ちょっと待て! 私はいったい何をされたんだ!?」

 

 身体に何かの異常が起きていないかと、魔理沙はスカートの中まで念入りに調べた。

 その様子をニヤニヤと見ている月見童女は、一つの情報を魔理沙に教える。

 

「安心していいわ。命が関わるほどの呪いではないし、人魚姫みたいに声を盗られるわけではない。ま、それ以外のものは盗られるんだけど」

「な、何か盗んだのか!? この泥棒め!!」

「そのセリフ、鏡を見ながら言ったらどうかしら」

 

 月見童女が封印される本と人魚姫の原文という二つの物を貸本屋から窃盗したことが判明していて、しかも自白(?)もしているこの少女が言ってもいいセリフではない。

 魔理沙の窃盗癖を知らない者からしたら本気で憤慨してるように見えるけど、窃盗癖を知っている月見童女からしたらわざとらしく見えてしまう。

 

「おい月見童女! いったい私から何を盗んだんだ! 言っとくが『一生借りるだけ』なんてふざけたことを言い出したら殴るからな!!」

「ツッコミ待ちかしら。いや、それともわざと? わからないな……何を盗んだのか教えるつもりないけど、朝起きたら霊夢さんが気づくと思うわよ?」

「……私が気づく? なぜ魔理沙ではなく、私なの?」

「それも、寝て起きたらわかるわ――あ、もう来ちゃったか」

 

 突如として、月見童女の身体が薄くなり初めた。

 本人も言ってたが、月見童女の封印が緩むのは一夜限りだ。夜が終われば、再び封印の術は作動する。  

 月見童女は霊夢の酒器を奪い取った。

 

「ふふっ。短い時間だったけど、今年もそこそこ楽しかったなぁ」

「かなり楽しかった、じゃないの?」

「いや、そこそこだったわ。片方のお話は最高だったけど、もう片方のお話は、雑に切り上げれたから」

「話し下手で悪かったわね」

「そうですねー。お話が下手っていうか、語り口が適当なんですよ霊夢さんは」

 

 もう少し明るく着飾ったほうがいいですよ? と、月見童女は嗤って言う。

 魔理沙曰く、私は他のところが優秀だからいいのよ。と、霊夢は苦虫を噛み潰したような顔で言い返す。

 

 月見童女の姿はもうほとんど霞んで見えなくなっている。

 あと保って、せいぜい二十秒といったところか。

 

「月見童女ー! なかなか楽しい時間だったぜー!」

「……魔理沙さん?」

 

 なぜか清々しい顔で手を降ってる魔理沙を見て、月見童女は不思議に思った。

 

「貴方、わたしに騙されたのに」

「いやまぁ、してやられたって感じがあって悔しいけど、それでも私の夜噺を聞いて十色の反応を見せるお前の姿は、見てて楽しくてさ。こいつ、人の話を聞くの本当に好きなんだなーって」

「まぁ、好きよ。ええ、その気持ちは本物よ」

「お前の口からそのことを聞けてよかったよ――やっぱりお前、悪い妖怪ではないな。噂通り、良い妖怪だ」

「良い妖怪って……」

 

 月見童女は恥ずかしそうに頬を朱に染めた。

 

「いえ、わたしは別に良い妖怪ではないわ。良くもあり、ときには悪くなる妖怪。善性に傾いた妖怪だとは自覚してるけど、それでも悪性は身に宿っている」 

「何を言ってる。それは人間も同じだろう?」  

「……ふふっ、そうね。やっぱり魔理沙さん、とっても面白い人間」

 

 もう月見童女の足は霧となって消えていた。

 

「じゃあね、人間さん方。一夜のみの関係だったけど、貴方達のことは好きよ」

「一夜? なにを言ってる。来年も呼ぶから二夜だ」

「あら、呼んでくれるの? それは嬉しいわね」

「そりゃあそうだろ。私は窃盗をするやつが許せないんだ。何を盗まれたのかは知らんが、来年に絶対取り戻すさ」

「できるものなら、やってみなさいな」

 

 挑戦的な笑みを互いに向ける。

 どちらも絶対に負けないという意志を宿した顔をしていた。

 

「限界のようね。もう残す言葉もなにもないわ」

 

 ほぼ消えかかってる月見童女の姿。  

 最後の力を振り絞って、月見童女は丁寧なお辞儀をした。

 

「さて皆様。今宵の月見噺、大変甘美な味わいでした。  

 貴方達に、お月様のご恵みがあらんことを――そして良ければ、次回の一幕もご期待してお待ちください。

 月見を見ながら夜噺を、ね」

 

 言葉を紡ぎ終えた刹那、満面の笑顔を浮かべたまま月見童女の姿は完全に霧散した。

 そして魔理沙の手元に霧が集まり、数秒で本の形に変化した。

 

「……はぁ。変なのも消えたし、とっとと寝ましょう」

「無情だなぁ、霊夢は。お前もせめてお別れの言葉くらい言ってやれば良かっただろ」

「はっ? なんで。善性寄りとはいえ、あれは妖怪よ。親しくする義理はないわ」

「お前だってけっこう仲良くしてたじゃないか」

「仲良く? 誰と誰が?」

「……これだから霊夢は」

  

 妖怪どの間に一線を引きすぎている感がある霊夢に向かい、魔理沙は嘆息した。

 魔理沙の嘆息と同時に、霊夢はあくびをした。

 

「……本当に眠いわ」

「だな。寝るか」

 

 空はもう、群青色から爽やかな空色に移り変わってきている。

 中秋の名月は空色に隠れて薄くなっている。もう人を惹き込むような黄金色は放っていない。

 

「そういやあいつ、寝て起きたら幸福になってるって言ってたけど、具体的にはどういう幸福に逢うのかしら」

「私は何かを盗まれているらしい。何を失っているかは、起きてからのお楽しみかー」

 

 霊夢と魔理沙。互いに異なる不安感を抱える一方で、それ以上のワクワク感を覚えていた。

 目が覚めたら、何かの異変が起こってる。

 月見童女の口振りからして、死亡するとか致命的なことは起こらないだろうから、特に魔理沙はそのスリルを楽しんでいた。 

 

「じゃ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 

 事前に敷いていた布団の上に寝転がった二人は、五分もかからずに夢の世界に旅立った。

 時間的に、眠気は限界だったのだろう。地震が発生してもこの二人は気づかずに寝ているはすだ。

 

 同じく、霊夢と魔理沙の間に置いてある本も深い眠りに落ちていた。

 

 彼女が次に目を覚ますのは一年後。

 

 人間と比べて非常に長い睡眠だ。

 

 その癖して、起きられるのはたったの一夜だけ。

 

 なんてコストパフォーマンスの悪い妖怪なのだろうか?

 

 ――だが逆に考えれば、短い活動時間がその妖怪にとっての至福の時間。

 

 空腹は最高のスパイスと言うが、この場合のスパイスは364日の休憩時間だ。

 

 故に、一夜の間に聞くその夜噺は、その妖怪にとって最高に美味なご馳走になるのだ。

 

 

 

 

 

人生の語り部(シェフ達)に心からの感謝を。 

 

 耳が蕩けるほど、最高の夜噺でした』

 

 

 

 

 

 

 ――本の一頁目の最初の行。

 

 意味のない文字の羅列が書かれていたその文章は、そう書き直されていた。

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




 最後まで読んでくれた貴方に感謝を!

 今年の8月15日に、番外編という扱いでもう一度だけ更新したいと思います(おそらく月見童女が主人公になりますが、オリ主タグの追加はしません)。受験勉強がありますので遅れる可能性はありますが、その日に投稿できるように頑張りたいと思います。

 宜しければ、お気に入りや感想、評価などお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。