【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

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第7話

「じゃ、私が先に語らせてもらうぜ。霊夢、ちょっと場所変われ」

 

 せっかくなので月見童女の近くで夜噺を語ってやろうと思った魔理沙は、霊夢と入れ替わって月見童女の左隣に座った。

 

「さて、なにを語るべきか……そうだな。私が現在、貸本屋で借りている面白い本があるんだが、それがどんな本なのかを話してやろう。お前もその貸本屋にいた本の一つなんだし、興味あるよな?」

「いや、違うわよ? わたしはあくまで本の中に封印されているだけであって、別に私自身が本ってわけじゃ――」

「まぁまぁ、それでも良いから聞いてくれ」 

 

 魔理沙はゴホンと嘆息する。

 

「――その貸本屋にはな、妖魔本保管室と、禁書保管室という部屋があるんだよ。その本は、禁書保管室で見つけたんだ」

「禁書保管室? 名前からして、立入禁止な匂いがするわね」

「あぁ。立入禁止という紙が扉に貼り付いていたな。まぁ、私は外圧に屈しない人間だから、無視して進んだけど」

「あら。貴方、悪い人ね」

「入るなと言われたら、入りたくなるのが人間だろう?」

「気持ちはわかるわね。逆に、明らかに怪しい雰囲気が漂ってるところに『入れよ! 絶対入れよ!』という看板があったら入る気が失せるけど」

「いや。私ならその場所にも侵入するな。期待には応えないといけないしな」

「じゃあ貴方、どっちにしろ侵入して盗みを働くのね。やっぱり悪い人間じゃないの」

 

 変わった人間だなぁ、と月見童女は大変面白そうに微笑みを浮かべる。

 その様子を見た魔理沙は、更に面白いことを話してこの少女の新たな反応が見たい、と思った。 

 

「いや、盗んでるわけじゃないさ。小鈴の本に関しては、本当にただ借りているだけさ」

「つまり、小鈴さんの本じゃなかったらそのまま頂くわけ?」

「そうではない。他のやつ、特に人外のやつから借りている本なら、私は死ぬまで返さないだけさ。人外のやつらは私みたいな人間の寿命すら軽く思えるほど長生きしているし、だったら一日借りるのも一生借りるのも、あいつらの感覚からしたらそう変わらないはずだろう?」

「いやその理屈はおかしいわ。その理屈なら、妖怪のものなら何でも借りパクしてもオッケーみたいな話にならないかしら。あ、ちなみに私は貴重品などは一切持ってないので、あしからず」

 

 月見妖怪は少し慌てた様子で、何も所持してないことをアピールをする。

 あまのじゃく気質のある魔理沙なので、そう言いつつも実は大層な代物を持っているのだろうと思ってしまう。着物が不自然に膨らんでいる場所はないかと、さらりと探してみた。 

 よく見たら胸辺りに不自然な起伏ができていた。見た目10歳ほどの少女があの膨らみとは少し違和感がある。もしやあそこに何か大切なものを隠しているのではと直感した魔理沙は、素早く手を胸のところに入れようとした。

 

 だが、止めた。

 

 流石の魔理沙も、あの芸術的なお月様の元で悪さをする気にはなれなかった。

 それに、もしその起伏を作っているのが魔理沙が求めているような代物ではなく、乙女のコンプレックス的なものを偽り隠せると噂のあの詰め物だとしたら――流石にそれは、月見童女が可哀想だ。魔理沙は良心に負け、自らの探究心を抑えることにした。

 

「オッケー。お前を信じて今回は何も借りないことにしよう」

「……話を聞く限りだと、貴方って明るい性格のくせしてひねくれ者のようだし、盗まない宣言するということは逆に盗むってことなのかしら」

「おいおい、私が信じられないのか?」

「貴方、オオカミ少年の話は知ってる? その少年が言うことは不思議なことに、嘘を真実だと思われ、逆に真実は嘘だと思われるそうよ」

「つまり、私が常日頃から嘘を吐いていたら、みんなそれを疑わずに信じるということか。それは良いことを聞いた」

「……もしオオカミ少年がポジティブな性格だとしたら、みたいな人間ね、貴方」

「いやぁ、そんなに褒めるなよ。照れるぞ私は」

「えーと、『貶すなよ。怒るぞ私は』と訳せばいいのかしら? 対義語に訳さないといけないなら、貴方の友人達は苦労してるのねぇ」 

 

 事実、霊夢も含めてみんな魔理沙の扱いには苦労してる。

 とはいえ実際、魔理沙はオオカミ少年のように虚偽しか語らないわけではない。言葉遊びをするとき以外なら、魔理沙は至って真面目に言葉を語る。

 逆に言えば、真面目な場以外では、嘘と真実を織り交ぜにしたような喋り方をする。

 確かに魔理沙は、オオカミ少年のような人間かもしれない――いや、女性なので、オオカミ少女と言うべきか。

 

「おっと、少し話が脱線したな。また話を再開するか」

「そうですね。私も久しぶりに人と言葉を交わしたせいか、つい相槌が多くなってしまいました。次からは少なくしますので、存分にお語りください」

 

 魔理沙は再び、ゴホンと嘆息してから言葉を紡ごうとする。

 

「貸本屋の禁書保管庫はけっこう狭くてね。部屋に置かれている物は、正方形の小さな机と椅子。それと、同じく小さなサイズの本棚だけだったんだ。

 本棚の中に収納されている本は、目に見えてるものだとたったの十冊だけ。私のお腹辺りに届く程度の大きさの本棚だったけど、十冊しか入ってなくてすっからかんだったよ。

 

 私は、一番右にあった本に手を伸ばしたんだ。

 

 別に深い理由はないさ。ただ、取りやすい位置にあったから、それを手に取ろうと思っただけ。

 まぁ。結局私は、本棚にある中のその本しか借りることができなかったんだ。どんなことが書かれている本かを確認するために流し読みしたんだけど、その途中で小鈴の足音が聞こえてね。

 見つかったらヤバイと冷や汗をかいた私は、その本だけ持ってすぐに退散したんだ」

 

 忍び足を極めていなかったら逃げる途中で見つかっていたかもしれない。

 と、なぜか魔理沙は感慨深そうに語った。

 

「ふむ……つまり、魔理沙さんはやはり盗みを働いた、ということね」

「だからあくまで借りただけだって。明日、お前と一緒に返すよ」 

「その本、いまは所持しているの?」

「持ってるが、なんだ?」

「よかったら見せてくれないかしら。とても気になるわ」

「あぁ、いいぜ」 

 

 頭に被ったとんがり帽子の中に手を突っ込んだ魔理沙は、そこから一冊の本――いや用紙の束を取り出した。

 一番上にある用紙には、『The Little Mermaid』という文字が書いている。

 

「人魚姫の名前くらい聞いたことあるだろう? しかもこれは正しくは本ではなく、原ぶ――」

「ハンス・クリスチャン・アンデルセン」

「おっ、よくフルネームで知ってるな――って! おい!」

 

 突如として魔理沙に襲いかかった月見童女は、強引に魔理沙が手に持つ色褪せた用紙の束を奪取した。 

 幼い容姿に合ったはしゃぎようの月見童女は、今までで一番明るい笑顔で人魚姫の原文を掲げた。 

 

「わー! アンデルセン様の本だー! ――ってこ、えぇーーッ!? これまさかとは思うけど人魚姫の原文? 激レア中の激レアっていうか、この世に存在してたの!? えっ、なに、ドッキリ? いやもうなんでもいいわ。とりあえずこれわたしにプレゼントしてくれないかしら!?」

「いやだから借りてるものだって。つーかレア物なのは理解していたが、愛読者が鼻息を荒くしているところを見ると、本当にレア中のレアなんだなと改めて認識できるよ」

 

 目をギランキラン輝かせて、満面の笑顔で鼻息を荒くしている。いつか興奮で鼻血を噴出しそうだ。 

 

「確かにこれ、ある意味禁書入りね! 穢らわしい手で触れることを禁ずる書物よ! ――はっ! そういえばわたし、触っちゃってるわ! あぁどうしましょう! 指紋を拭いて、ちゃんと消毒しなきゃ! あと虫食いの対策も!」

「いや、少し触ったくらいで大袈裟な……」

「大袈裟? むしろわたし、今かなり自重してるんだけど……っ! 大和撫子キャラだけは崩さないようにと、死ぬ気で自分を抑えているの! あぁ。できることなら、この本と交尾をして子を成したい……っ!」

「本と交尾って、かなり特殊な性癖だな……いや、そういやお前も本だったな。なら、子を成すこともでき――いや不可能だろう。物理的に」

「まさか、真面目に考察してからツッコミされるとは。普通に、『ビブロフィリアが過ぎるだろう!?』とツッコミを入れるだけて良かったのよ? あと、わたしは本じゃない」

 

 まだ興奮が収まり切っていない様子の月見童女だが、会話が成立できる程度には我を取り戻したようだ。

 一応念のため十秒ほどの間を空けて、月見童女が更に落ち着くのを待つことにした。

 そして魔理沙は、お話を再開する。

 

「なぁ月見童女。一見この原文は、激レアなだけで普通の原文。なのに、小鈴はこの原文を禁書保管庫に収納していた。それは、なぜだと思う?」

「さっきも言ったけど、触れることすら禁忌なくらいにレアだからじゃないの?」

「いや、不正解だよ。ほら、よく見てみろ」

 

 魔理沙にそう言われたので、月見童女は色んな角度からその童話集を見て、不自然なところを探した。

 だが、特にこれといったものはない。 

 

「……駄目ね。わからないわ。解答を教えてくれないかしら」

「もうギブアップか? まぁいいけど――簡単に言うとだな。この原文は、()()()()()()()()んだ」

「幻想……?」

 

 月見童女は疑問符を浮かべる。

 

「そう、幻想だ。妖魔本が帯びている妖気か魔力だが、この原文は幻想を帯びている――そうだな、言い表すならこの本は『幻想本』だな」

「……でも特に、何か帯びているふうには見えないけど」

「そりゃあそうさ。人間や妖怪には見えないからな。特殊な瞳を持つ者にのみ、視認が可能らしいぜ」

「へぇ、そうなんだ――って、じゃあさっきの質問、答えられなくて当然じゃない」

「あははっ。いやぁちょっとした遊び心でね」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませる月見童女を見て、魔理沙はイタズラを成功させた子供のように笑った。

 

「もぉー。魔理沙さんには困ったものね」

「すまないすまない。良いものを見せてやるから許してくれ」

「良いもの? なにそれ」

「ちょっと本を返してくれ」 

 

 魔理沙に言われて、月見童女は名残惜しそうに童話集を手渡した。

 立ち上がった魔理沙は、少し遠くの場所に離れる。

 充分な距離をとったことを確認してから、童話集を開いた。

 

「――今から私は、ほんの少しだけ人魚姫の物語を再現する。だが、この本を完璧に扱うのは筆者以外困難。故に、今から見せるのは泡沫の幻想だ」

「えっ、つまりどういうこと?」

「まぁまぁ、黙って見てろって月見童女――」

 

 魔理沙は肺の中に充分な空気を詰め込んだ。  

 そして、原文を星に向けて掲げ――

 

 

「――男の話をしよう(I will be the man of the story)

 

 

 幾度も激情の恋を知り(I experienced a lot of love)

      果てには想いを殺した男の話を(Finally killed feelings)

 

 

 

 ――魔理沙は、かの高名な男を語る。

 

 

 

恋はまるで麻薬のようだ(Love is like a drug like)

         と男はご機嫌に語る(Man says good mood)

 

  

 恋はまるで薬のようだ(The love is totally like the medicine)

         と男は悄然と語る(The man grieves and talks)

 

 

 恋はまるで奇跡のようだ(The love is totally like the miracle)

         と男は嘆いて語る(The man grieves and talks)」 

 

 

 これは、原文に隠し示されていた筆者の記録。

 胸中に存在していたはずの恋情を抑え込んだ、臆病者の詩だ。

 

 

その選択は正しかったか?(Was the choice right?)

 

 あぁ確かにその通り(Oh, it is surely the street)

 

 

 

 ではこの恋情は尊きものか?(Then is this attachment a holy thing?)

 

 あぁそれだけは間違いない(Oh, only it is reliable)

 

 

 

 故に、男の恋は、本物か?(Then is the love of the man genuine?)

 

 さぁ、それは神のみぞ知る(OK, only God knows it)

 

 

 本来ならこの幻想は完成に至らない。

 なぜならその幻想は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの想いが昇華したものだからである。

 故に、その者しか、魔理沙の言う幻想の再現はできない――だが一つ例外がある。

 筆者の波長に合う者なら、僅かばかりの再現度だが、()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 

この一幕は(This one act)

   実る恋が存在しない男の悲哀の物語(is the sorrow of the man whom there was not love to grow.)

 

 我が物書き生涯に於ける(Look at a trashy work such as )

        最美の駄作をご覧あれ(the excrement in my composition life)――

 

 

 

     ――『人魚姫(The Little Mermaid)』」

 

 

 

 

 最後の一節を唱えた刹那、人魚姫の原文から虹色の霧が吹き出る――()()()()()()()()()()

 

   

 名月の元に現れるのは、芸術的の如き美を放つ人魚の王女。

 

 人魚の王女は、聴く者の耳を蕩かす美声で、王子への愛を唄う。

 

 だがその美声は、少しづつ霞んでいく――そして最後には声を失い、泡と化して消えていった。

 

 

 ――たった十秒の出来事。

 だが人に与える衝撃は並ではない――ほんの刹那の時とは言え、アンデルセンの人魚姫が顕現したのだ。

 

 月見童女はその奇跡を見て、感動を覚えた。

 

「――すごい。すごすぎて、それ以外の言葉が思いつかないわ」

「だろ? ふぅー、疲れたー」

 

 魔理沙は額の汗を袖で拭い、再び月見童女の隣に座った。

 腕に抱く人魚姫の原文を、自慢するように月見童女に見せる。

 

「あれを人に見せるのは初めてだったんだが、上手くいってよかった。いや、上手くはいってないか。十秒で終わっちゃったしな」

「いえ、それでも充分よ! 物語の再現と聞いて、何をするのかと楽しみだったけど――期待以上だったわ」

「ははっ。それはよかったな」 

「でもあれって、どういう理屈で動いてるの?」

「さぁ、私も詳しくは知らない。だがまぁ、魔力とかとほとんど差はないんじゃないかなぁ」  

 

 魔理沙が幻想の力をどうにかできたその理由は、筆者の性格と魔理沙の性格が似ていたからである。

 主に、恋に臆病者というところ。

 普段の魔理沙の言動を見たら、臆病者だと言われても納得できないだろうけど――魔理沙が臆病なのは、あくまで恋に対してだ。恋に強い憧れを抱いているが、実際に恋をしたら一歩も踏み出せない。

 その一点だけ、彼と彼女は酷似している。

 故に、物語は具現した。

 

「さて。区切りもいいし、そろそろ私のお話は終わりにしよう」

「控えめに言って最高だった。このお話、デリシャスすぎる。まだ興奮が収まらないわ」

 

 できるなら今にでも叫び回って胸中の興奮を発散したいのだろう。

 月見童女は、三方に積んである月見団子の一つを口に含ませながら、上機嫌に身体をゆらゆらと揺らしていた。

 

「じゃあ、次は霊夢さんのターンよ。魔理沙さんを超える夜噺を期待するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 すみません。若干、クロスオーバー要素が入ってしまいました。
 あと、詠唱の英語は完全に機械翻訳に頼っていたので、ところどころ変だと思います。
 あれです、雰囲気で楽しんでください(泣)


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