【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

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第6話

「あれ? それって確か、魔理沙が鈴奈庵で盗んだ本……」

「あぁ。明日こっそり返すから、早く読んどこうと思ってさ」

 

 魔理沙は酒器を口元に傾けながら、古びた表紙の本をペラペラと捲っている。

 

「こら。食べ飲みしながら読んだら小鈴の本が汚れるでしょ」

「はいはい。そうだな」

「まったく。返事だけしても、頁をめくる手は止めないんだから」

 

 嘆息する霊夢を無視する魔理沙。

 魔理沙は手に持つ酒器を一旦置いて、読書に集中を注ぐ。

 

「…………」

「その本、そんなに面白いの?」

「いや、つまらないよ」

「じゃあなんで読んでるのよ」

 

 つまらない本を読むより今は月見酒を楽しみましょ? と霊夢は言う。

 魔理沙は首を横に振った。

 

「つまらないんだけど、妙な魅力を感じるんだよな。そう、言うならあの空に浮かぶ名月みたいにさ」

「魅力って。読書家がよく言う、インクの香りとか紙の肌触りが良い、みたいなやつ?」

「まぁそれもあるんだけどな」

 

 よく見ると、魔理沙が読んでいるその本もかなりの年代物のようだ。

 紙は色褪せていて、表紙はボロボロだ。

 歴史を感じさせる一冊である。

 

「うーん、なんて言い表したいいかよくわからないな」

「なら、私もわからないわ」

 

 霊夢は会話を止め、酒器の中に入っている名月を朧気に映す酒をまた飲み干した。

 ふぅー、と酒気が含む溜息を吐いた。

 

「この本、ものすごい変なんだよ」

 

 魔理沙は「ほら見てくれよ」と霊夢に言って、本の全頁をパラパラとゆっくり捲っていった。

 少し観察すればわかる奇異な点が、その本にはあった。

 酔って思考が鈍くなってる霊夢も、その奇異さにすぐ気づいた。

 

「……あれ。これ、本当に本?」

「さぁ。もしかしたら本じゃないのかもしれない」

 

 魔理沙はもう一度、本の全頁をパラパラとゆっくり捲る。

 さらりと見るだけなら、その本に変なところなど一つもないように見えるだろう。

 探せばどこにでもありそうな、くたびれた本だ。

 だが、ほんの少し本に意識を向けるだけで、その奇異さに気づくことができる。

 霊夢はその本の奇異さについて呟いた。

 

「……文字がバラバラ。これじゃあ文章じゃない。ただの文字の羅列ね」

 

 全頁、意味を感じられない言葉が書かれていた。 

 例えば本の一頁の一行目には、『夜、のくらい座りながら月を舐める草が示す。』と書いている。

 まるで、適当に思いついた言葉を書いているようだ。

 それとも、なにか暗号か? 考えてみたが、霊夢はまったく分からなかった。

 

「謎解きみたいだろ?」

「……謎解き? いやこれ、答えなんて絶対ないでしょ」

「そう決めつけるのは、一週間考察をしてからだ」

「これを考察? どんな拷問よ、それ」

「わかってないなぁ霊夢は。こういう意味不明なものって、そこにあるだけで面白いんだ。謎を解明したい気持ちが湧き出るんだよ」

「まったく共感できないわね」

 

 鈴奈庵の常連だけあって霊夢もそこそこの読書家ではあるが、霊夢は基本的に頭を空っぽにしながら読める本を借りている。難しい本はあまり好きではないのだ。

 本の解読に熱中する魔理沙を放っておいて、霊夢は再び月見酒を始めた。

 

「……ほんと、今日の月は綺麗ね」

 

 うっとりと名月に見惚れている霊夢。

 時間も忘れて、太陽が昇るまでずっとこの月を見ていても良いくらいだ。

 霊夢は三方に積んでいる月見団子の一つをパクリと口に入れた。

 モチモチとした食感が癖になりそうだ。ほんのりとした甘みは舌を蕩かすのに充分すぎて、永遠に月見団子を味わっていたいと思うほどだ。  

 そして最後に、酒を飲んで口に僅かに残った月見団子を胃に流し込む。

 酒の肴といえば塩っぱい物が定番だが、甘い食べ物を肴にするのも悪くはない。

 人里の端のほうにある団子屋で買ったものなのだが、まさかここまで酒に合うとは思わなかった。今度また購入しようと、霊夢は心に決めた。

 

「本当に美味しいわ。口の中は幸せいっぱいで、視界には惹き込まれるほど美しい月がある。今まで本格的にお月見を楽しんだことなかったけど、案外良いかもしれないわね」

「そうね。わたしも、あの月には目を奪われるわ」

 

 月を見上げているとき、左の方向からそんな言葉が聞こえた。

 

「そうよね、魔理沙」

「私、なにも言ってないぞ」

「えっ? でも左側から声が」

「酔ってるのか霊夢? 確かに私はお前の左側のところに座っているが、さっきは一言も喋ってはいなかったぞ?」

「いやそんなはずない。確かに、左側から――」

 

 霊夢が言い切る前に、突如として魔理沙が手に持っている古びた本から――()()()()()()が発生した。

 不意をつかれた魔理沙は「えっ」と無意識に声を出した。

 

「――魔理沙ッ! 早くその本を離して!!」

「あ、あぁ!」

 

 呆然とした状態から醒めた魔理沙は、勢いよりも早く手放すことを重視して本を投げ捨てた。

 

 放射線を描き、地面に落下する本――そのはず、だったのだが。

 

「えっ。う、浮いた?」

 

 本は重力に逆らい、落下する手前でピタリと止まった。

 

「――あまり雑に扱わないでよ。ただえさえボロボロな身体なのに、更に破けてしまうわ」

 

 何もない場所から、幼げが残った女性の声が聞こえる。

 いや、何もない場所ではない。

 そこには、古びた本が――妖気を纏った本がある。

 

「アンタ、なによ」

「あら、お分かりにならないの? 悲しいなぁ。あんなにもわたしを求めていたのに」

「はっ? だから何を――っ!」

 

 霊夢はもしやと、一つのことを思い浮かべた。

 本は、「ふふっ」と妖艶に笑う。

 

「どうやら理解したようね。でも念のため、答え合わせしましょう。わたしの真名を、語ってあげる」

 

 本の中に閉じ込められた妖気が、蒸気のように一気に放出される。

 散らばった妖気は、ある一点に寄り集まっていき、徐々に人の形に成っていく。

 

 ――そこには、『中秋の名月』が在った。

 

 星一つない夜の如き黒髪に、名月のような存在感のある光を滲ませる黄金の瞳。

 ススキ柄の黒い着物を纏うその娘は、幼気が残る容姿に相応しくない大人しやかな笑みを浮かべて、博麗霊夢らに自己紹介をする。

 

「お初にお目にかかります。わたしは、月見童女と呼ばれる妖怪よ」

「――なっ! お前が噂の!」

 

 正体に勘付いてなかった魔理沙は声に出して驚きを表した。

 月見童女は、小さく頷く。

 

「えぇ。どうやら最近、わたしは有名になったようね。一年のたった一日。しかも夜にしか現れることができない妖怪なりに、人気になれるよう地道に努力をしていたからとっても嬉しいわ」

「……で、何をしにきたの」

 

 霊夢は不機嫌そうに酒を飲みながら言った。

 

「さっき言ったでしょう。呼ばれたから来たの」

「もう遅いわよ。つったく。来るならすぐに来なさいよ」

「お月見の日の夜にしか封印は解けないのよ。仕方がないでしょう?」

「知らないわよ。ていうかもうアンタには用はない。目障りだし、本の姿に戻って大人しくしときなさい」

「むぅー、つれないなぁ。せっかくこの姿に戻れたんだから、もっと活動していたいのよ」

「なら博麗神社の外で遊んでなさい」

「子供を外に追いやる親みたいなこと言わないでよ。悲しいわぁ」

 

 シクシク、と月見童女はわざとらしく泣いているフリをした。

 その姿を見て、霊夢は僅かな苛立ちを覚える。

 月見童女の挙動には、何となくだが紫っぽさを感じた。

 つまり、雰囲気が胡散臭い。

 あまり話したくない人種――もとい妖種である。

 

 月見童女は、霊夢達に近づこうと歩く。

 反射的に、霊夢は殺気を向ける。

 

「最近の巫女は荒っぽいのね。もっとお淑やかにできないのかしら?」

 

 霊夢の殺気を無視して、月見童女は霊夢の左側に座った。

 並の妖怪なら顔を青くして逃げるほどの殺気を当てていたのに、涼しい顔でさらりと近づかれた。

 そういうところも紫っぽくて、無性に霊夢は腹立った。

 

「――ねぇ貴方たち。せっかくだし、お話をしない?」

 

 唐突に月見童女は言った。

 

「……なんのつもり?」

「えーと、霊夢さんでしたっけ。貴方もわたしのことを熱心に調べ回っていたでしょう? なら、『月見童女とお話をしたら幸せになれる』ってことも、当然のように知ってるわよね」

「なにそれ。私が知ってるのは、月見童女とお月見をしたら幸福と健康が約束されるってことと、月見童女に秋の収穫を感謝したら次年度の豊作を約束されるってことだけよ」

「……あー。やっぱり、噂なんて当てにならないものね。残念ながら、月を見るだけじゃなくお話をしないといけない。それに、幸せにしかなれないわ。健康は約束できないし、豊作の期待はしないことね」

「なんだ。月見童女ってのも大したことないのね」

「ピキーン。わたし、ちょっとだけ怒り心頭よ」

 

 と言いながらも、楽しそうに笑っている月見童女。

 月見童女とお話をすれば幸せになれる――ということはつまり、月見童女は人と会話をすることが好きな妖怪なのだろうか?

 

 少しだけ、この妖怪に興味が出てきた霊夢である。

 

「ふふっ、なら試してみるといいわ――私とお話をしてね」

 

 月見童女は、覗き込むように霊夢の顔を見た。

 

「さてさて。今宵の月の元で拝聴できるお話は、人が恐怖で涙を流す絶望的な悲劇譚か、もしくは全てが救われて終わる希望的な喜劇譚か――あぁ、想像するだけで楽しみ」

「……急に何か話せと言われてもね」

「些細なことでもいいのよ。この美しい月の元で語るんですから、語り部が下手だとしても許されるわ」

「誰が下手よ。こう見えて、けっこう語り上手なんだから」

「なら、心配いらないわね」

 

 変わらず、楽しそうに笑みを浮かべる月見童女。

 乗せられた感があり、何か騙されてないか少し不安に感じる霊夢だが、噂に聞く限り悪質な妖怪ではないので大丈夫だろう思い、警戒レベルを少し下げることにした。

 

 月見童女は三方に積まれた月見団子の一つを勝手に頂戴した。

 

「霊夢さんだけではなく魔理沙さんも、何を話すかよく考えてね? 夜はまだ始まったばかり。まだまだ時間はたっぷりあるから、たくさん悩んで、語るお話を決めてちょうだいね? それまでわたしは、ずっと待ってるから。

 ――お月様を見ながら夜噺を、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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