お月見の日、八月十五日に空に浮かぶお月様は『中秋の名月』と呼ばれている。
霊夢と早苗が雲ひとつない空を見上げると、一際大きい存在感を放ち、仄かな黄金色を滲み出ている中秋の名月があった。
――名月に、目を吸い込まれる。
そう錯覚してしまうほどその名月はとても雅で、まるで霊夢達の心を手中に収めているようだった。
「今頃早苗のところでは、百人以上の人間がこの月に目を奪われているのかしら。もしそうなら、スキだらけと言うか、絵面が滑稽というか」
「ははっ。負けて悔しいからって悪態つくなよ、霊夢」
「別に、悔しいとかじゃないし」
不機嫌そうに口を尖らせながら、霊夢は酒器の中に入った上等な酒を喉に通した。
はぁ、と霊夢は溜息を吐く。
「……ま、本当は少し悔しかったわ。少しだけ、だけどね」
「ほろ酔いしてるのか?」
珍しくも弱気な言葉を吐き出したのは、おそらく酔って弱った心が正直になっているからだと魔理沙は推測する。
ほのかに顔を赤らめる霊夢は、「ほんの少しね」と返答した。
「あの子は、私とはまったく違うタイプの子だからさ。ちょっとだけ、あの子の魅力を羨ましく思ってしまうことが稀にあるのよ」
「あー。確かに早苗と霊夢は、性格的な意味では真逆かもしれないな」
常に元気ハツラツな早苗。常にどこか気怠けな感じがある霊夢。
外向的な性格の早苗。内向的な性格の霊夢。
神職に携わる者であるという点は同じな二人であるが、それ以外はほとんど真逆だ。
「……やっぱ、ああいう子のほうが、巫女の才能あるのかしらね」
「まぁ、早苗は才能あるだろうな。性格的なものもそうだし、霊力的なものも人並外れて優れている」
「私、巫女の才能ないのかなぁ」
「いや、お前は確実に天才の類だろ」
確かに商才的な意味では早苗のほうが圧倒的に優れているし、霊夢は逆に圧倒的に劣っているけど――そもそも神社の経営は、商才だけでうまくこなせるものではない。
巫女とは、神託を聞き、口寄せをして、邪気を祓う者のこと。
幻想郷の巫女となると、邪気祓いの能力は特に優れていなくてはならない――つまりは、妖怪退治ができるほどの力がなくてはならない。
そういう意味では霊夢は、千年に一人いるかいないかというほどの天才である。
一方早苗は、十年に一人現る天才だ。
いや霊夢と比べるとしたら、秀才と言い表したほうが良いのかもしれない。早苗も充分に天才なのだけど、霊夢と比較するとなると、秀才という言葉のほうがピタリと当てはまる感じがする。
「隣の芝生は青い、隣の花は赤いってやつか。早苗は欠点が少なく全体的に優れているタイプの秀才だけど、霊夢は一つのことが飛び抜けて凄まじいタイプの天才だからな――どっちのほうが良いのかはわからないけど、私からしたら霊夢のほうが圧倒的にすごいと思うよ」
すごいと言うか、霊夢の才能は恐ろしい――霊的な才能に特化していて、妖怪達から見たら霊夢はさぞ恐ろしい怪物なのだろう。
「……そんなにすごいかしら」
「あぁ。思わず嫉妬してしまうほどにな。多分早苗もそうだ。わざわざお前と勝負したのは、博麗霊夢を超えたいという思いがあったからじゃないか?」
少なくとも、魔理沙には博麗霊夢に勝ちたいという願望がある。
能力的には平々凡々な魔理沙が、魔法を極めようと魔法使いになったのは――同年代で一番すごい霊夢と並びたい、越したいと、強く対抗心を抱いているからだ。
霊夢は少し恥ずかしそうに目を逸らして言う。
「……私、別にそんなすごくはないわよ? 妖怪退治は得意なほうだとは思ってるけど、それは私が強いんじゃなくてアイツらが弱いだけだし」
「いや、本心からそんなことを言えるところが天才なんだよお前は」
凡人の魔理沙は、少しこの天才巫女を殴りたく思った。
これだから天才は、と。
「まぁでも、褒められて元気が出てきたわ。ありがとうね、魔理沙」
「おう。ちょっと私、褒めたことを後悔しているよ霊夢」
こういう単純なところも、霊夢の天才性の一つなのだろう。
妖怪は、人の弱まった心を突いてくる。
悩みすぎる性格の人間は、妖怪にとって格好の餌だ。逆に、感情の切り替えが早い人間だと憑かれにくい。
霊夢は酒器を口元に傾ける。
「ゴクゴクゴク――よーし! 機嫌がよくなってきたし今日はいっぱい呑むわよー!」
「お前、機嫌が良かろうと悪かろうとたくさん呑むつもりだっただろう」
「まぁ、そうねぇ。でもこんな綺麗な月の目の前なのに月見酒をしないってのは、もったいないと思わない?」
「あぁ同感だ。あんな綺麗な月があるのに呑まないなんて、阿呆のすることだ。さて、じゃあ私も今日はたくさん呑むぜー。霊夢、酒を注いでくれ!」
「はいはい、どうぞ」
勢い良く突き出された魔理沙の酒器に、霊夢はたっぷりのお酒を注いでいく。
明日の二日酔いは気にしない。ありったけの酒を肝臓にプレゼントする。
肴は月見団子と、酒の水面に映る中秋の名月。
こんな上等な肴を目の前にしているのだ。
暴飲しないなど、狂気の沙汰だろう?
「乾杯」
「乾杯」
霊夢と魔理沙は、互いの酒器をコツンと当てる。
そして、同士に酒器の中の酒を一気に飲み干した――その途端、身体が熱くなり、軽くなった。
月見童女を探した五日の疲労が、酒と共に胃に流れたような気がした。
さて、物語もいよいよラストパート。
よろしければ最後までお付き合いして頂ければと思います。
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