【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

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第4話

 結局、霊夢達は幻想郷のすべての場所を駆け回った。

 

 人里から始まり、紅魔館、白玉楼、永遠亭、ひまわりの畑、妖怪の山、地底、命蓮寺の順に――幻想郷の有力者がいるところにはすべて回り、月見童女の情報提供をお願いした。

 

 ――結論から言うと、霊夢達は何一つも新たな情報を知ることはできなかった。

 

 幻想郷の有力者や知識人に聞いて回れば、一人くらいは噂の出どころを知ってそうなものだと思っていたのだが、結果としては無駄足だった。

 

 とはいえ無駄足だったからと言って、それで諦める霊夢達ではない。

 

 霊夢達は地道に、色々な人に月見童女のことを尋ねることにした。

 

 人間だけではなく、人外にもだ。明らかに噂に興味なさそうな低級の妖怪や妖精にもわずか希望を抱いて聞き回った。

 

 二手に分けて、当初のようにただ闇雲に、霊夢達は幻想郷を駆け回った。

 

 

 

 そして、結局なんの進展もないまま――

 

 

 ――お月見(最後)の日がやってきた。

 

 

 

 

 

    ☆

 

 

 

 

「あれ。霊夢さんと魔理沙さんじゃないですか。茶屋なんかでたそがれて、どうしたんですか?」

 

 人里にある『府雨月』という名の茶屋で、月見童女を捜索の疲労で重くなった足を休めるために、しっとりとした食感がたまらない栗羊羹を茶のお供として食べていたとき、機嫌がすこぶる良さそうな早苗が声をかけてきた。

 やる気を感じられない弛んだ声で、魔理沙は返答する。

 

「あー、早苗かー……実は五日間、ずっと身体を動かしていたから疲労困憊でな」

「魔理沙さんは普通のときは身体を動かしていないんですか? 心臓の鼓動とか、生命活動的な意味で」

「悪いが、今の私には言葉遊びに付き合う余裕がないんだ。五日間、霊夢に付き合って月見童女探しをしていたからな……ほら。霊夢も、早苗の存在に気がついているけど無言で机に突っ伏しているだろう?」

「あ、本当だ。よく見たら、視線は一応私に向いてますね。霊夢さーん。なんでそんなに疲れているんですかー」

 

 早苗は、はんぺんみたいな形をしたお祓い棒で霊夢の頭をツンツンとした。

 それでも我関せずといった様子のまま、机に突っ伏し続ける霊夢。

 無視されてるのを快く思わず、早苗は口を少し尖らせる。

  

「霊夢さーん。無視されるのは悲しいですよー」

 

 早苗は更に霊夢をお祓い棒でツンツンと突きまくった。

 めげずに、ただツンツンと。

 

 ツンツンツンツンツンツンツン――

 

「――だぁぁ! うっとうしぃ! 疲れてんだから素直に寝かせなさいよ!」

「あっ、やっと起きてくれた!」

「そりゃあアンタに起こされたからね! 地味につつかれるの痛かったんだからね!?」 

 

 一転し、苛々を発散するように語調を激しくした霊夢。

 唾棄するように舌打ちをする。

 

「で、なにを言いに来たのよ早苗。まさか、月見童女を見つけたって言い出すつもりじゃあないでしょうね?」

 

 機嫌がいつもに増して良い早苗を見て、霊夢はまさかと思いながらも僅かな不安を覚えていた。

 

「もし見つけたなら言っとくけど、多分それは偽者よ。五日間調査してハッキリ分かったんだけど、月見童女は最近産まれたばかりの妖怪ではない。長寿の妖怪達曰く、けっこう前にも名前を聞いたことがあるらしい。まぁ五人くらいしか知っていなかったから、マイナー中のマイナーみたいな妖怪だったんでしょうけど――多分、最低でも百年は生きている妖怪ね」

 

 五日間も幻想郷のすべてを回って調べたのだから、それは間違いない。

 月見童女は、確かに存在する――だがきっと、()()()()()()()()()()

 

「でも、幻想郷の至るところを探しても、私達は月見童女を見つけられなかった」

「あぁ。月見童女の『十五夜(お月見の日)にのみ人に

姿を表す』性質と、『一緒にお月見をすると幸福と健康が約束される』という恩恵について知ってる人はかなりいたんだけどな」

「まぁ基本的に、その二つの情報くらいしか噂になっていなかったのよね。だから、圧倒的に情報不足で見つけられなかったし」

「……えーと霊夢さん。つまり、何を言いたいんですか?」

 

 手で顎に触れながら、難しい顔をしている早苗は小さく首を傾げた。

 

「『特定するヒントが少ない』、『十五夜にのみ姿を表す妖怪』――その情報について改めて深く考えることで、私と魔理沙は一つの結論に辿り着くことができたわ」

「結論とは?」

「ふふっ、聞いて驚きなさい」

 

 霊夢は嘆息してから、言葉を紡ごうとする。

 が、その前に――

 

「――おそらく月見童女は、普段は封印されてる妖怪なんだ」

「……魔理沙。私のセリフ盗らないでよ」

 

 したり顔で「ふふっ」と小さく笑う魔理沙に、霊夢は目を鋭くさせた。

 

「えっと、すみません霊夢さん。つまり、どういうことなんでしょうか?」

「だから、『普段は』封印されてる妖怪なのよ。だけど十五夜になるとその封印は緩むの。春告精のような、他の期間限定にしか人に姿を現せなく普段は森の奥とかで暮らしているやつとは違って、月見童女は本当に()()()()()顕現できないのよ」

 

 封印をかけた術者は、あまり優秀ではなかったんだろう。

 普通の封印術は、封印の札を剥がさないと解けない。逆に言えば、解く方法は剥がす以外ない。

 限定的に緩む封印をかけるなど、二流がやることだ。そういえば、早苗も封印術にはあまり詳しくなかった。おそらく、早苗のような人間が掛けたから、そんな封印になっているのだろう。

 

「……中途半端な技量で行った封印だから、探すのが更に難しいのよ。うまい封印なら、一目見るだけで封印されてるってことが分かるんだけど」

 

 霊夢は溜息を吐いて頭をかく。

 『封印されているかもしれない』という可能性は、二日目の探索の途中で発覚したのだが、分かったからといってどうにかなる問題ではなかった。

 封印の媒体には基本、神秘性を秘めた物を使用する。幻想郷には神秘性がある物が多いので、その中で一つの物を探すとなると、砂漠の中で特定の一粒の砂を探すみたいな話になってしまう。  

 

「まぁあくまで仮説だし、すべて間違ってる可能性も否定できないけどね。私は七割方は正解だと思ってるけど」

「いえ、筋は通っていると思いますよ霊夢さん。なるほど。噂の月見童女は、封印されているんですか……さっき、霊夢さん達みたいに月見童女をとっ捕まえようとして諦めた人がいたんですが、そりゃあ見つからないはずです」

「……他人事みたいに言うわね早苗」

「え? そりゃあそうですよ」

 

 軽快に微笑みながら早苗は言う。

 

「だって私、月見童女なんてまったく探してませんでしたし」

「――えっ?」

 

 裏切りにも近いその言葉に、霊夢は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 

 

「だってそんなことするよりも、普通に声を掛けて回ったほうが、集客できると思いません? そんな博打で大儲けしようみたいな方法じゃあ、うまく事が進まないと客は集まらないと思いますがねぇ」

「いや、でもアンタ、月見童女がどうこうって言ってたじゃない」

「別に、月見童女を捕まえて宣伝するだなんて言ってませんよー」  

「……そういえば、そうだったような」

 

 早苗はあくまで、月見童女の噂のお陰で人里全体がお月見ムードになってるからこれを機に信仰者を増やそう、ついでにやる気を出すために宗教対戦をしよう、と言っていただけで別に月見童女を先に探し出して宣伝に使おうとは言ってなかった。

 早苗が月見童女の話を切り出したせいで、霊夢は誤解しただけなのだ。

 そのせいで、『月見童女を先に見つけたほうが勝ち』だと、思い違いをしていただけだ。

 

「そう様子だと、霊夢さんはお月見企画すらもまだ立ち上げていないみたいですね。比べて我が守谷神社主催のお月見祭りには、すでに二百人ほどの参加者がいます。これは、私の勝ちですかね?」

「くっ……」

「言ったじゃないですか霊夢さん。何事にも継続は大事、と。一発で大きく狙いすぎなんですよ。コツコツと積み重ねることが重要なんです」

 

 実際、月見童女を使って一発の大受けを狙った霊夢は敗北したが、地道に声掛けをした早苗は勝利を得た。

 いや、どちらにせよ霊夢は負けていたのかもしれない。

 毎日のように人里の色んな人と会話をして交友を広げている早苗と、無愛想で用がない限り人里に下りない霊夢。

 どちらが主催したお月見企画に行くかと聞けば、大体の人は早苗の企画だと答えるだろう。

 

 継続は力なり。

 以前から継続して人里に降りて人脈を広げていた早苗が勝利したのは、必定のことだったのだ。

 

「霊夢さんはもうちょっと倒しがいのある相手だと思ってたんだけどなー。まぁ、戦い以外ならこんなもんですかね」

「こんなもんってなによ! 失礼ね!」

 

 勝利を確信して調子に乗ったのか、早苗が少しうざくなってきた。

 

「ふふーん。文句は私に勝ってから言ってくださいー。まだ昼時ですし、午後に頑張って宣伝したらいっぱい人来るかもしれませんよ! あっ、霊夢さんはその前に、企画をまだ考えていないんですよね? あー、じゃあもう間に合わないかー」

「……早苗、表に出なさい。二度と調子に乗れないように調教してあげるわ」

「だめですー。私のところは参加者がいっぱい居るので、これから準備で忙しくなりますからねー。霊夢さんのように暇ではないので、付き合ってあげる余裕はないんですよー」

「――――」

 

 煽り耐性が非常に低い霊夢のほうから、血管をプチリと鳴る音が響いた。

 僅かに、口角が上に向いている。

 目を見開き、早苗の目の奥を見ている。

 辺りの雰囲気もガラリと変わり、急にこの場所の重力が強くなったような感覚を覚えた――誰が見ても理解するだろう。博麗霊夢が、マジ切れしていると。

  

 霊夢は懐から退魔針を取り出した。

 

「――っ! わ、私帰ります!!」

 

 向けられた殺気に恐怖して顔が青ざめた早苗は、百獣の王を目の前にした兎が捕まるものかと飛び跳ねるような勢いで店を出ていった。

 

 よく見たら、周りに何人かいた他の客といなくなっている――店の者も、どこかに消えていた。

 店内にいるのは激怒の霊夢と、霊夢を見ながら顔を引きつらせて固まっている魔理沙だけ。

 魔理沙は恐る恐る霊夢に話しかける。

 

「あー、えーと……とりあえず、出ようぜ。霊夢」

「……わかったわ」

 

 霊夢は乱暴に音を出して席を立ち、机にお代だけを置いて店を出た。

 魔理沙も、その後ろを付いていく――そして、外に出たとき、肺に溜まっていた息をすべて吐いた。

 

「ねぇ魔理沙」

「――なな、なんだ」 

 

 重い雰囲気が漂う中、霊夢は振り返って魔理沙に話しかけた。

 久しぶりに霊夢の激怒してるところを見て、内心穏やかではない魔理沙だったのでつい吃ってしまった。

 魔理沙の目を見ながら、霊夢は言う――

 

「帰りましょう。色々と疲れたわ」 

「あ、あぁ……そうだな。五日間、ずっと動きっぱなしだったからな。帰って寝て、一度リセットするか」 

「えぇ、私もそうしたいわ」

 

 それで話を終わらせて、霊夢は博麗神社のある方向に歩いてゆく。

 魔理沙も、その後ろについて歩く――歩きながら、ふと考えた。 

 

「(こいつ、珍しくかなりショックを受けているな。金儲けの計画が失敗して落ち込んでいるのか。早苗に負けたからか――多分、後者かな)」

 

 同じ神職に携わる者だからか、霊夢と早苗は、互いに対抗心を持っている節がある。 

 霊夢は意外と、巫女であるという自尊心を強く持っている。似たような立場である早苗には、絶対に負けたくないと思っているのかもしれない。

 

 羨ましいな、と魔理沙は早苗をほんの少しだけ妬んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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