【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

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第3話

 

 急がば回れ。つまり、遠回りをしろとの事。

 

 うむ。確かに魔理沙の言うとおり、闇雲に探すよりはもっと情報を集めてから探したほうが良かったか――よく考えてみれば、霊夢は月見童女のことをあまり知ってはいなかったのだ。

 完全に勘任せで探すよりも、容姿などの特徴を聞き回ってから探したほうが、明らかに良策である。 

 

「――で、とりあえず人里に来てみたわけだけど、どうする?」

「どうするって、普通に月見童女の噂の詳細を人里の人達に聞いて回るべきだろう。なんだ。なにか不満があるのか霊夢?」

「別に、不満があるわけじゃないわ。ただ噂って、形を変えて人に伝わっていくでしょう? 伝言ゲームみたいに、間違った情報と正しい情報が混合していくじゃない。だから、人里の人達に聞いて回ったらもっとややこしくなりそうだなと思ったのよ」

 

 例えば、『月見童女は黒髪である』という身体的な特徴の情報を掴んだとしても、その後に『月見童女は金髪である』という情報が違うところから入ってしまえば、どっちが正しいのかがわからない。

 噂というのは肝心な情報は固定化して曖昧にはなりにくいけど、どうでもいい情報はすぐに形が変わってしまうものだ。

 今回の月見童女の場合なら、『月見童女とお月見をすると幸福と健康、次年度の豊作を約束される』という情報は、簡単に姿を変えたりはしないはずだ。人々が注目してるのはその効能だけだろうし。

 

「だからさ、魔理沙。人里の人達に聞き回る前に、違う方法で月見童女の情報を探してみない?」

「違う方法って、どんな方法だよ」

「人間の叡智の詰物、『本』に聞けばいいのよ」

 

 ほら、ちょうど人里にも妖しい本がいっぱいありそうな場合があるでしょう――と霊夢は、ふふっと軽く笑って魔理沙の背後辺りに見える建物を指差した。

 

 霊夢の人差し指が示す方向にあるのは、『鈴奈庵』という看板。

 明らかに、周りの建物と違う気配――いつもより、一層強い妖気が漂っているその店は――霊夢と魔理沙の知り合いが働いている貸本屋だった。

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

「――最近噂の月見童女のことが書かれている本をご所望ですか? 申し訳ありませんが、当店では扱ってございません」

 

 ご期待に添えず、すみませんね――と、鈴奈庵で働いている小鈴は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「まぁしょうがないさ。月見童女なんて、最近少し有名になったばかりで元々は無名の妖怪だしな」

「そうなんですよね。最近、月見童女を知りたがってうちの店に来るお客さんがけっこう居るんですよ。でもそんな妖怪、うちの奥にしまっている書物を探しても、似た性質の妖怪すらも見つからないんですよね」

「まぁ、月見の妖怪なんて聞いたこともないからな」

 

 小鈴と話しながら、机に積んでいる本の一番上を取って、パラパラと流し読みし始めた魔理沙。

 

「案外、手に取りやすい場所に月見童女の詳しい情報が載ってる本があったりしてな。ほら、なくしものって実は身近な場所に置いてたりするだろう? ポケットの中とか?」

「小鈴が、店頭に出している本をチェックしてないわけないでしょ? この子、けっこうな愛書家(ビブロフィリア)よ」

「霊夢さん、本当のことを言わないでくださいよ。恥ずかしいなぁ」

 

 えへへと少し頬が紅潮した顔で笑いながら、小鈴は身近に置いてあった辞書の一冊を愛でるようにそっと撫でた。

 本が好きすぎて、一年に500冊以上の本を読んでると吹聴する小鈴からしたら、本はもはや、恋人か家族みたいなものなのである。

 将来はきっと、名前に『本』って漢字が入っている男性と結婚するのだろうと霊夢は密かに思っている。

 

「そうだ小鈴。聞きたいことがあるんだけど」

「はい、なんですか」

「あなた、また何か危ない本を仕入れたでしょ」

「ナナナ、ナンのことでしょうか?」

  

 顔を引きつらせながらも、小鈴は強引に笑みを作っている。

 うむ、これは当たりか――と、霊夢はわざと不機嫌そうな顔をして、小鈴を軽く睨みつけた。

 

「店の周りに渦巻いている妖気が、以前よりも圧倒的に多くなっていたわ」

「あー。そういえば、いつもよりも妖しい雰囲気が強かったな」

「え、えぇ。なにを言ってるんですか。霊夢さんも魔理沙さんも。当店の商品は、すべて安全なもので――」

「商品は、そうかもね。でもあんた、店の奥に私物の妖魔本を大量に隠しているでしょ」

 

 霊夢は暖簾がかかっている部屋を指差した。

 そこだけ、明らかに妖気の密度が違っている。魔法の森のような高魔力濃度の空気とは違って、人体に直接的な影響はないものだが――その妖気は、不吉を誘うモノである。

 在って良い影響を与えるものでは決してない。小鈴の身の安全のためにも、今すぐにお祓いをするべき案件だ。

 とはいえいくら危険性を説明してもなかなか妖魔本を差し出してくれない小鈴なので、霊夢はかなり手を焼いているのだが。

 

「まぁ確かに、少しだけ。すこぉしだけなら、うちにも置いているかもしれません。でもほんと、危険なやつには一切手は出してないので! ほんとです! 小鈴、嘘つかない」

「……まぁいいわ。でもそれが、持っていて安全な代物でないのは確かよ。だから、飽きたら早く私に渡してお祓いをするべきね」

「はいわかりました! 危なくなったら、霊夢さんにすぐに頼ります!」

  

 ビシッと、霊夢に向けて敬礼をする小鈴。

 不安な心象を抱えながらも、霊夢は「はぁ」と大きく溜息を吐いて、とりあえずこの件は後回しにすることにした。

 

「じゃあ私、もう店を出るわ。私、こう見えてけっこう忙しいから」

「あ、私も同じく忙しいので」

 

 魔理沙は読んでいた本を一旦閉じ、小鈴の目を盗んでそぉと懐に本をしまった。

 

「(魔理沙、また人様の本を盗んで……まぁ魔理沙に言わせたら、『盗んだんじゃなくて一生借りてるんだ!』、なんだろうけど)」

 

「小鈴、色々とありがとなー」

「いえいえ、お役に立てなくてすみません。霊夢さんも、お仕事頑張ってくださいね」

「えぇ。億万長者目指して頑張るわ」

「それは頑張りすぎですよ」 

 

 手を小さく振りながら、霊夢と魔理沙は鈴奈庵から出ていった。  

 

 

「――さて。じゃあ次は、紅魔館の大図書館に行って、知識豊富のパチュリーにでも月見童女のことを聞いてみるか」

「ねぇ魔理沙。パチュリーとアリスから本を盗むのなら私はどうでもいいんだけどさ。あんまり小鈴のところで盗みを働かないほうがいいわよ?」

「盗んでない。ただ一生借りるだけだ」

「どっちも大差ないわよ。でもほんと、小鈴は本が関わると抑えが利かない子だから……本が盗まれたと知ったら、家に火を付けてでも取り返しに来るわよ」

「…………あ、明日にこっそり返すよ」

 

 鬼の形相で本を奪還しようとする小鈴の姿を魔理沙も思い浮かべられたのか、珍しく青い顔をして魔理沙は言った。

 だけどすぐに返そうとしないで読んでから返そうとしているところが、知識欲が強い魔理沙らしい。

 

「ま、とりあえず足は動かしましょうよ。えーと、紅魔館だっけ?」

「あぁ。少し遠いが、飛べばすぐに着くだろう? 大丈夫さ。パチュリーなら絶対に月見童女のことを何か知ってるさ。パチュリーを信じるんだ。あいつはやればできる引きこもり魔法使いだ」

「私、あの魔法使いとはあまり仲良くないし、信じろと言われてもねぇ」

 

 パチュリーとは、紅魔館の当主であるレミリアが起こした『紅霧異変』で一度軽く話したくらいで、その後は特になにか話したことはない。

 実は意外と知識人である魔理沙が度々、「賢いけど陰気な魔法使い」とパチュリーのことを言い表しているのを聞くので、きっと非常に広い知識を持った魔法使いなのだろう。霊夢はパチュリーのことを信頼してないが、魔理沙はけっこう信頼を寄せているようだし、ここは魔理沙を信じてパチュリーが居る紅魔館に行くことにしよう。

 

「まぁいいわ。じゃ、行きましょうか」

「あぁ」

 

 霊夢と魔理沙は地面を蹴り、紅魔館の方向へと飛行した。

 

 お月見まで、今日を含めてまだ五日もある。

 月見童女の捜索に使える時間は、最大でも四日――最終日は、流石に人里でお月見企画の宣伝をしなければいけない。

 いや、可能ならもっと早く月見童女を見つけたい。

 お月見企画の内容は、月見童女を見世物にするだけも良いとは思うが、ただそれだけでは面白みがない。

 月見童女を捕まえても、人里の人達が信仰の素晴らしさに目覚められる企画を考えなくていけないのだ。月見童女はあくまで客引きの道具であり、本来の目的は信仰者の大量獲得である。それを忘れてはいけない。

 

 だからできるものなら、今日中にも見つけ出したいところである――早苗よりも早く月見童女の身柄を確保して、圧倒的な差でこの『お月見宗教戦争』に勝利しなければいけないのだ。

 

 

 

 





 

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