【完結】お月様を見ながら夜噺を。   作:伽花かをる

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第2話

 幻想郷に多くある危険地帯。

 その一つである『魔法の森』。

 空気中の魔力濃度が極めて高いここら一帯は、普通の人間なら少し足を踏み入れるだけでも体調を悪くしてしまう。魔力に耐性がない人間にとって、高濃度の魔力が含んだ空気は毒と同じなのである。

 そんな場所に、霊夢はずこずこと足を踏み入れた。

 普通の人間ではない博麗霊夢にとってこの程度の魔力濃度、ちょっとマズイ空気と変わりないのだ。

 

「おーい月見童女ー! 隠れてないでさっさと出てきなさいよー!!」

 

 魔法の森の静寂をぶち壊すように、大声で何度も探し人の名を呼ぶ。

 だが、いくら呼んでも月見童女らしき者の姿は現れない。

 

 たまに、魔法の森に住んでいる他の妖怪達の姿は見える。

 霊夢がその妖怪達に月見童女のことを聞こうと近づくと、みなビクリと身体を震わせて焦った様子で早足で逃げてしまう。

 恐らく霊夢を恐れているのだ。妖怪達にとっての博麗霊夢は『近づいたら退治される凶暴巫女』だろうし、そう露骨に恐れられていても不思議ではない。

 

「はぁ。もし月見童女が居るとしたら、絶対に人が寄ろうとしない魔法の森だと思ったんだけどなぁ」

 

 一時間ほど魔法の森を回ってみたが、月見童女らしい気配をした妖怪には会えなかった。

 実は霊夢を恐れ震える妖怪達の中に月見童女がいて、それに気づいていないという可能性もあるが――その線はほぼないだろうと、霊夢は踏んでいる。

 

 霊夢の勘は人並み外れて優れているのだ。もし月見童女がその名を偽って霊夢に近づいてきたとしても、霊夢は直感的にそれを嘘だと気づき、そいつが月見童女だと断定できる。

 霊夢のその勘を信じるならば、霊夢が森の中で視認した妖怪の中に月見童女はいなかった。無論、勘違いの可能性も否定できない。

 だが霊夢の勘は八割当たる。

 確率的にも、居ないと判断するべきだろう。

 

「ん、あれは……」

 

 他の怪しい場所に移動しようとしたとき、霊夢の視界の端に、見覚えのある妖怪の姿が映った。

 ポケーとした間抜け顔であくびをしている。

 霊夢はそいつに気付かれないように忍び足で近付き、ポンと肩を叩いて声を掛けた。

 

「ねぇ、いつも春になるとうるさいアンタ!」

「ふぇー? なんですかぁ。まだ春じゃないですよ――てッ!! あ、あなたは、いつかの春冬異変のときに私を『なんかうざいから殴る』という理由で通り魔の如くボッコにした、極悪非道でちょー有名な博麗の巫女……ッ!」

 

 失礼極まりないことを言う、春になるとすごいうるさいこの少女――春の訪れを人々に告げる精霊、春告精は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「えぇそうよ。そして今もまたムカついて、アンタをフルボッコにしてやりたいと思っている博麗霊夢よ」

「はっ! い、いえ。いま言ったことはすべて冗談で……というかなぜ、貴方のような方がこんな閑散とした場所に……!」

「ちょっと、探しているヤツがいてね」

「ハァ、そうなんですか――って、えぇ!! 私、なにか悪いことしましたか!?」

 

 もしかしてまた春の破片を落としちゃったのかなぁ、と春告精は焦った様子で呟いた。

 

「……別に、あなたのことじゃないわよ。ただ、ちょっと聞きたいことがあってね」

「あ、そうなんですか! よかったぁ……で、霊夢さん。聞きたいこととは?」

「あなた。最近噂の、月見童女って妖怪のことは知ってる?」

「月見、童女……?」

 

 春告精は手で顎を触り、「うーん」と20秒ほど唸りながら思い出そうとした。

 眉間に皺を寄らして、もう40秒ほど思い出そうとする。

 そして腕を組み、霊夢の周りをぐるぐると回りながら唸り続ける。その時間、追加して1分。

 

 合計して二分間、思い出そうと奮闘した春告精。

 

 唸り続けていた春告精だったが、何かを思い出したのか「あっ」という声を無意識に出して、自信満々の笑顔で霊夢を見た。

 

「霊夢さん! まったく聞き覚えありません!」

「死ね」

「ちょちょちょ待ってください!」

 

 怒気を感じさせる笑顔で懐の清め針を一本取り出し、それを春告精の脳天に突き刺そうとする。

 青い顔で霊夢から遠ざかろうとする春告精。

 

「お、お役に立てなくてごめんなさい! でも私、春にしか人里には下りないから! 噂とかそういうのは全く耳に入らなくて……!」

「ならすぐにそう言いなさいよ! 二分も待った結論が『わからない』とか、私じゃなくても憤慨するわ!」

「ひ、ひぇぇ。ゴメンなさーい!」

 

 凶器を振り回す霊夢から逃げようと、霊夢に背を向けた春告精。急いだせいで足を滑らせた春告精は、這いつくばりながらあせあせと霊夢から離れていった。

 

「つっ、たく。無駄な時間だったわ」

 

 舌打ちする霊夢。

 さて次は紅魔館辺りを探してみようかなと、東の方向に向かって飛行しようとする。

 地を軽く蹴ろうとしたその時――

 

「おーい霊夢!」

「……魔理沙」

 

 活発そうなハキハキとした声が聞こえた方向に振り向いた。

 そこには、古典的な魔法使いの格好の少女がいた――黒色のとんがり帽子が特徴的な金髪の少女。宙に浮くホウキに乗っている。

 更に霊夢に接近した魔理沙は、「よっ」という声と共にホウキから降りた。

 

「よぉ。なんだ。また子供を泣かせたんだってな、霊夢。あの春を告げる精霊、目にいっぱいの涙を溜めながら、「宝物あげるがらたずげでぐだざいっ!!」と私に上目遣いで懇願してきたぞ」

「で、その愛らしさにやられてその子を助けに来たってわけ?」

「まぁ、そうだな。『精霊の贈り物』なんて希少な物を貰っちまったし――とはいえ、こんな何の力も含まれていない花びらを貰ったところで、何の魔法の素材にしたらいいのか分かんないけど」

 

 ほら、懐かしいだろう? と、魔理沙は左手に持っている花びらを霊夢に見せた。

 

「……あー。春冬異変のときにたくさん落ちていた、集めたら変なバリアができる桜の花びらね」

 

 霊夢の記憶が確かなら、この花びらは『春の破片』のような代物だったはずだ。

 春告精は春の破片を集めることで、春を創ることができる。

 簡単に言えばパズルのようなものだ。春の破片をすべて集めることで、春という季節は完成する。つまり、春が訪れる。  

 

「あれ? これが欠けたらあの子、次の春はどうするつもりなのかしら?」

「さぁ。まぁ、この花びらからは春の力は感じないし、大丈夫じゃないか」

「でももしかしたら、あとで取り返しに来るかもね。『わ、私の春を返してくださーい!』って感じに」

「簡単には返さないけどな。これはもう私の物だ」

 

 魔理沙はとんがり帽子の中に花びらをしまって、帽子を深く被り直した。  

 

「――そういや霊夢。お前がこんな陰気な場所に来るのは珍しいが、なにか私に用事でもあったのか?」

「別に、魔理沙に用事なんてないわ。ていうかアンタに用事があったとしても、自分からこんな遠くの場所に行かないわよ。ていうかアンタ、こんな空気の不味い場所で暮してないで引っ越しなさいよ」

「やだよ。確かに治安は良くないし、ご近所さんの陰気な人形師も人当たりよくないけど、ここには良質な魔法の素材が多く生えているからな。主にキノコが」

「キノコしかないじゃない。しかも大体毒々しい……ほら、あそこのキノコの、『わたし毒ですよ』アピール半端ないじゃない」

「あれはなかなかの珍味だぞ。毒抜きしないと全身の毛穴から膿が湧き出て死ぬけど」

「やっぱ毒じゃない。しかもかなりグロテスクな死因じゃない」

 

 想像するだけで鳥肌物である。

 というか毒抜きしたとはいえ、それを知っていて食べた魔理沙に驚愕である。

 

「ま、私にとってここは宝の森なのさ。で、もう一度聞くが霊夢はなんでこんなとこに来たんだ?」

「噂の月見童女って妖怪を探しにきたのよ。魔理沙なら知ってるんじゃない?」

「居場所は知らんが、その名前は聞いた覚えがある。確か、『その月見童女と一緒にお月様を見ることで健康と幸福が約束される』んだろ?」

「……あぁ、そういえば団子屋のおばちゃんも言ってたわね。思い出したわ」

 

 健康と幸福が約束される――確かそれは、月見団子を食べることで得られると言われていることだ。

 

「あと、秋の収穫の恵みを月見童女に感謝することで、次の年の豊作も約束されるらしい」

「確かそれも、月見団子の意味だったわね。お月見という行事の意味、と言ったほうがいいかしら」

「変な話だよなー。月見童女ってやつの性質が噂通りだとしたら、ちょっとプラスな妖怪すぎる」

「えぇ。むしろ神様でしょ」

 

 妖怪とは、人に害を与える存在。

 そして神様は対極して、人に加護を与える存在――とはいえ、時に神様は、妖怪が与える以上の害を人間に与える。完全なる善神、完全なる悪神はまた色々と異なるが。

 ともあれ月見童女が妖怪だと噂されている以上、良い面ばかりの妖怪ではないことは確かだ。

 

「元は妖怪だった神様ってのも存在するだろう? 霊夢」

「妖怪も、信仰されちゃえば神様になるからね。猿神って言う、神だけど妖怪の側面を持つ稀有なのもいるけど」

「月見童女はきっと、座敷わらしタイプの妖怪じゃないか。ほら、『座敷わらしが住みつくと家運が上がる』って言うだろう?」

「だけど、『座敷わらしが家出してしまうとその家は没落する』、ってやつね。多分、月見童女にも負の一面はあるのかもしれないわね――まぁそんなの、私には関係ないけど」

 

 幸いにも霊夢は凄腕の巫女だ。良いことをもたらすうちは霊夢の手元に置いておき、都合が悪くなれば退治すればいい。

 妖怪がもたらす不運は自らの腕で払いのける。それができるのが、博麗の巫女なのだ。

 

「私は月見童女をとっ捕まえて客引きパンダにし、博麗神社主催のお月見大企画を成功させるのよ!」

「あぁ、なるほど。だから月見童女を探しているのか……可哀想にな、月見童女。こんな常識破りなやつに目をつけられて」

 

 魔理沙は「南無ぅ」と言って黙祷した。

 

「ねぇ、魔理沙は月見童女はどこにいると思う?」

「さぁ。見当もつかないな」

「そう。じゃね、魔理沙」 

 

 知らないなら用はない。

 霊夢は早苗よりも先に、月見童女を見つけなくてはいけないのだ。

 

 魔理沙から視線を外して再び空を飛ぼうとした霊夢。

 

「おっと、ちょっと待てよ」

 

 霊夢を制するため、魔理沙は霊夢の肩を掴んだ。

 霊夢は少し不機嫌な感じを出して魔理沙を睨みつける。

 

「……なに? 私、急いでるんだけど」

「私も付いてくぜ。面白そうだ」

「遊びじゃないわ」

「まぁまぁ、いいじゃないか。私は役に立つ女だ。それに、月見童女を見つける良い方法を思いつける女だ」

「……具体的には?」

 

 自信ありげに、魔理沙はニヤリと笑った。

 

 

「いいか? こういうのはな、ただ闇雲に怪しい場所を潰し回ってるのは効率がよくないんだ。急がば回れ。三回まわってからGOだ。

 だから私達も回ろう。回って、回って、回りまくるんだ。

 ――つまりまぁ、色んなやつに聞き回ろうってことだ。なぁに。お月見まで、まだ5日もあるんだ。ゆっくりと、空を飛ばず地に足つけて、歩き回ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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