聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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2組に平穏はない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ太陽も顔を出さないような早朝。身体を動かしているのはジョギングやウォーキングが日課になっている人達だけだ。そんな中で一際目立つ二人組の姿があった。彼らは動きやすい服装に着替え、公園内で一心不乱に絡み合っていた――――拳闘を鍛えるために使用する木の棒と。

 

「何で拳闘をしているんですか!?」

 

 早朝からそのような奇特な行動を起こしている片割れであるシスティーナ・フィーベルは、早朝という時間帯による配慮を彼方へと投げ捨てながら力一杯叫ぶ。すると隣で見た目とても気持ち悪い動きをしながら木の棒を殴っていたグレンが彼女の叫びに反応を返した。

 

「フッ、そろそろそんなツッコミが来ると思ってたぜ……」

「魔術を教えてくれるんじゃなかったんですか……?」

「焦るな白猫。健全な魂は健全な肉体に宿るという名台詞を知らんのか」

「知りませんけど」

 

 素で返されたグレンはその反応を嘆いた。これが世代差によるギャップかと嘆く。ちなみに彼らは十年どころか五年も離れていない。比較的同世代と言っても過言ではないのだが……そのことにツッコミを入れる人物は生憎この場に存在してはいなかった。

 

「……セリフの件はいいとして、基本となる身体の動かし方が分かっていればどんな状況でも魔術を発動することができる。これは確かだ。んで、それが終わったら軍用魔術を教えてやる」

「軍用……魔術……」

 

 何気なく飛び出した言葉に、システィーナは自分が言い出したことにも関わらず緊張で身体を強張らせてしまう。

 

 そもそも、どうして彼女がこのようなことをしているのかと言われれば、主に彼女の家に居候として暮らしているルミアが理由となる。彼女は異能者という魔術とは別系統の力を使える人物であり、そのためある意味国から追われた元王女だ。そんな彼女は常に危険と隣り合わせで生活している。

 

 その結果が、システィーナも関係している昔の事件であり、グレンが担当講師として就任してきた頃のテロであり、魔術競技祭でのゴタゴタなのだ。彼女の親友であるシスティーナは何とかして彼女を守ってあげたいと思い、こうしてグレンに協力を仰いでいるのである。だが、いくら聡くても彼女はまだ子供。環境が環境だったために人の死で取り乱すことは少ないが、自分で戦うとなればまた変わってくる。それらを含めて克服するためにグレンとこうして修練を行っているのだ。

 

「心配いらねえよ。そうして怖がってくれるなら、白猫が魔術を悪用することはない。だからその恐怖を忘れるな」

「はい!それでは引き続き、御指導ご鞭撻お願い致します」

「おう、お願いされたぜ」

 

 そうしてシスティーナは、親友の為に努力を積み重ねる。だが、彼女の心の中に在るのはそれだけではなかった。

 

 

 

 

 

――――思い起こされるのは遠い昔、天の智慧研究会の男―――ジンに襲われた時に思い出したトラウマとも言える出来事である。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 私はその時、フィーベル家の娘だなんてことを考えてはいなかった。唯々、大好きなお爺様が見せてくれる魔術理論や考え方を聴いて私もやってみたいと思ったことが始まりだった。

 だからだろう。自分でもどうかと思うくらいに私は外に出なかった。毎日毎日、家の中でお爺様の話を聞きながら魔術の事ばっかりを考えていた。けど、子供の私ではすぐに限界が来てしまう。当時私はお爺様から褒められてばかりだったから、できないことを相談することができなかった。相談してしまったら褒めてもらえなくなるかもしれない、なんて馬鹿なことを考えてたわね。

 

 だからその日は逃げるようにして家の外に出かけた。目的もなく家の周辺を歩いていると、自分の家で魔術の練習をしている少年を見つけた。その子は唯ひたすらに同じ術を繰り返しては首を傾げ、しばらくするとまた魔術を使い始めた。

 

「うわぁ……!」

 

 思わず声を上げてしまった私にその少年は気づいたのか、一旦使っていた術をやめて私の方を振り返った。

 

「……何かご用ですか?」

 

 今思い返しても随分と子供っぽくない言葉だったと思う。まぁ、その時の私は眺めていたことがばれてしまったということでかなり焦っていた。だから変なことを言ってしまった。

 

「き、汚い花火ね!」

 

 我ながらそれはないと思わせる一言。少なくとも彼が真剣に魔術を使っていることは遠目から見ていた私からも感じ取ることができた。真剣に取り組んでいる行為に、知り合いでもない人が汚い花火なんて言ってきたら誰だって怒る。私だって絶対怒るもの。だから、言った瞬間私はやってしまったという顔をしていたと思うわ。

 

「はははっ!それはそうですよ、これは花火ではありませんので」

 

 ですよねーと内心で同意を示す。むしろあれが花火に見えるなら私の目はガラス玉か何かよね。

 特に怒った様子もない彼に私は何を思ったのか近づいた。多分、同年代で魔術を使っている人がいなかったからだと思う。

 

「ま、まぁ汚い花火は冗談だけど……本当は何をしてたの?」

「ショック・ボルトという魔術を使って色々試しているんですよ」

「試す……?」

 

 既に出来上がっている術式の何を試すのかわからなかった私は首を傾げた。言い訳をすると当時の段階で研究みたいなことをやっていた彼が異常であり、私は普通だったと言いたいわ。

 

 疑問に答えるように彼はルーン語の詠唱を行ってショック・ボルトを使う。それをした後にその言葉を改変して真っ直ぐに飛ぶはずのショック・ボルトをある一定の距離でスパークさせるような内容に変えていた。

 

「すごい!」

 

 術式のいくつかはお爺様と一緒に過ごすうちに知っていたから、それがどれだけ凄いことか理解できた。だからこそ私は彼にあれこれ訊いたのだ。この意見が前に進めない私を進ませてくれるような気がしたから。失礼な発言の上に質問攻めにまでした私に対してサンは嫌な顔一つすることなく、むしろ微笑ましいものを見るような目で答えてくれた。

 

「ねぇ、どうやってるの?」

「これはですね――――」

 

 そうして私は彼―――サンとは友達になった。

 

 それからちょくちょく、わからないことがあったり相談したいことがあったら彼の元へと訪ねて行ったわね。大好きな人だからこそ話せないこともあったから、彼とはそれなりの頻度で交流していた。

 

 けれど、そんな時間は長くは続かない。

 ある日いつものように彼の元へと行った時、私達はお爺様の研究結果を盗もうとする悪党に誘拐された。一緒に居たサンも同じように誘拐されてしまった。光を奪われ、複数の大人に拘束された時はとても怖かった。サンも同じように抵抗していたけれど、私と同年代の子が大人に敵うわけもなく攫われる。そして、人気のない所に下ろされて、これからのことを話された私は絶望した。

 

「ところでこのガキはどうするんだ?手に入れるもん入れたら素直に返すのか?」

「んなわけねえだろ。顔バレしてんだ。殺すさ。そこのガキも一緒にな」

 

 このままだと殺されてしまう。殺し合いどころか喧嘩とも無縁の生活を送ってきた私はそれが怖くて仕方なかった。それに私の所為でサンも巻き込んでしまったという負い目もある。

 

「ひっく……えぐっ」

 

 死にたくはないけれど、状況は当時の私ですら逃げることはできないと分かっていた。だからこそ、静かに泣くしかなかった……だけど、彼は違った。

 そうして私が泣いている間、ずっと下を向いて顔を見せなかったサン。恐怖に支配された思考で彼も同じく泣いているのだと思ったのだけど、それは違った。そのことに気づいたのは頭に響くような鐘の音を聴いた時だったと思う。

 

 

 

 

「……おい、何か聞こえねえか?」

「……確かに聞こえるな」

「鐘の音じゃね?」

「何でさ」

 

 

 口々に誘拐犯達が動揺を露にする。かくいう私もこの音の発生源が何なのか首を振って確認した。けれど音の発生源は感知することができなかった。代わりに今まで静かに俯いていただけだったサンがゆっくりと顔を上げる。

 

 その時の表情を私は一生忘れることはない。普段は年齢にそぐわない口調で、子供とは思えない穏やかな表情を浮かべている彼が、まるで死んでいるような無表情だったのだから。

 生きているとは思えない無機質な顔に私は思わず体を引く。その様子にサンは気づくこともなく、いつの間にか解いていたひもを誘拐犯の方に投げ、続けざまに魔術を使用した。それは普段彼が使うショック・ボルトではない。別の魔術。

 

『我が手に・かつての・信仰を』

 

 紡がれたのは私が聞き取ることができなかった言葉。多分、普段使っている言葉じゃない別のナニカ。その声音も子供特有の高い声の他に別の声音が混ざっているかのようで、私の嫌悪感を刺激した。

 

「な、なんだこのガキ……?」

「目が光ってんぞ!」

「まぁ、必要なのはフィーベル家の娘だけだ。そいつはいらん。殺せ」

「任せろ」

 

 ただならぬサンの様子に誘拐犯も一瞬だけ身を固めるが、体格は子供のそれ。直に立て直してサンを殺そうと魔術を使ってきた。

 

「じゃあ、死―――」

『』

 

 けれど魔術を使おうとした誘拐犯はそのままの状態で動かなかった。――――いえ、正確に言えばそれ以上動くことができなくさせられた。一瞬にして首を刎ね飛ばされた所為で。

 

『えっ』

 

 この場に居た全員が間の抜けた声を出す。それと同時に首を刎ね飛ばされた誘拐犯の胴体から血が噴水のように噴き出した。

 

「き、きゃぁぁぁああああ!!??」

 

 思わず悲鳴を上げる。

 けどそのことを責める人は誰も居なかった。この場に居た誘拐犯の誰しもが目の前の現実を受け入れることができなかったからである。力一杯叫んだ私はそのまま視界が暗転し、気を失ってしまった。

 

 

 

 

 次に目を覚ました時私は自宅に居た。余りに気絶する前と状況が違うためにとても混乱したのを覚えている。

 私が目を覚ましたと聞くとみんなが私の元に来て思いっきり抱きしめてくれた。同時にどうして自宅で寝ているのかということも説明してくれた。

 

 なんでも、サンが私をここまで連れて来てくれたのだという。彼から詳しい事情は聴いていないようだったけれどね。

 

 

 

 それからはもう想像しやすいと思う。目の前で人を殺したサンが受け入れられなかった私は、街中で声をかけて来た彼に対して拒絶の言葉を突きつけたのだ。私から拒絶された彼は一瞬だけ不思議そうに首を傾げたが、すぐに納得したような表情を浮かべた後、静かに一礼してから去って行った。

 

 

 正直、思い返してみてもあれはしょうがなかったと思う。あの時の私では人の死を背負うには重すぎるし、何よりも彼が怖かった。普段のサンが偽りに思え、あの時誘拐犯の首を切り落としたその姿が真の彼だと疑わなかった。

 

 でもそれは明らかに私を守るための行為だった。その過程の行動に文句がないわけではないが、それでも彼は出来る限りを以て私を助けてくれたのだろう。今、ルミアを守るために軍用魔術を習おうとしている私はあの姿を覚えておかなければならない。この力を振るうということは―――あの時の彼と全く同じことになるかもしれないのだから。

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 魔術競技祭の熱も冷めてきた頃、俺達のクラスである2組に転入生がやって来た。新しいクラスメイトが増えると聞いて誰も彼もが浮足立っている。よく見てみれば全員が普段以上に身嗜みに気を付けていることが確認できた。揃いも揃ってわかりやすいなぁ…。ただ、グレン先生と親しいが故に転入生のことを知っているであろうフィーベルさんとティンジェルさんは普段と変わりなかった。ギイブルもいつもと同じく教本で勉強中である。彼は将来教本と結婚するのかもしれない。

 

「オールドマン、今失礼なこと考えていたな」

「滅相もありません。……と言うか、断定……」

 

 まさかニュー〇イプなのだろうか。

 知られざるギイブルの能力に戦慄していると、教室の扉ががらりと開く。入ってくるのはいつも通りグレン先生だ。しかし、普段と違うことが一つ。今の今まで噂されていた転入生である。

 

 小柄な体躯に美しい青髪。眠たげな表情を浮かべ、表情に乏しそうだったが好きな奴は好きという感じの外見だった。当然の如く美少女である。内のクラスは本当に美少女率が高くてどうなってんだと思う。……と言うかあれは競技祭でティンジェルさんが変装していた子じゃないか。名前は確か……リィエル・レイフォードだっけ?

 

 記憶を探っている間にも状況は進んでいく。グレン先生が適当な感じでレイフォードさんに会話のバトンを渡す。ちなみにその間、我がクラスは男女共にその8割がレイフォードさんにノックアウトされていた。男子はともかく女子までやられるなんて……レイフォードさんが凄いのか女子達が凄いのか判断に困るな。

 

 そんなこんなで始まったレイフォードさんの紹介は波乱の連続だった。まずは自己紹介で名前だけを言って終了というテンプレを行った後、今度は帝国宮廷魔導士がどうたらこうたらと言ってグレン先生に口を塞がれる。最終的にグレン先生が耳打ちしていることを発するだけのスピーカーと化した。……俺達は一体誰の自己紹介を聞かされているのだろうか。グレン先生?

 

 まぁ、何はともあれ自己紹介が終われば質問タイム……という流れは自然なことだろう。というわけで質問タイムとなったのだけれども、最初に行われた質問がまさかの地雷。教室は微妙な空気に包まれた。

 ここで雰囲気を変えようとウィンガー君がグレン先生とレイフォードさんの関係について言及した。これまでの様子を見れば自然な質問だと言えるだろう。それに対するレイフォードさんの答えは、

 

「グレンは私の全て。私はグレンの為に生きると決めた」

 

 という大胆なものだった。これはグレン先生捕まりますね(確信)

 大胆な告白は女の子の特権、と言わんばかりに堂々と宣言したレイフォードさんに対して、クラスメイトの女子達は黄色い悲鳴を上げて男子達は涙を流して雄叫びを上げた。実にカオスな状況である。グレン先生もこれには大焦りで何とか騒ぎを収めようと必死になるが、その声が届くことはない。

 

 この日、彼はロリコン講師の異名を付けられることになる……。

 

「おい、サン。後で俺の所に来い」

 

 読まれたか……。

 一瞬たりとも視線を逸らさないと思われる眼光を受けて大人しくグレン先生の元へと行くことにする。すると首根っこを掴まれてそのまま廊下に出されてしまった。かなりご立腹です?

 

「どうかしましたか?」

「お前、今のリィエルを見てどう思った」

 

 どうやら呼び出しの内容は俺の予想と違ったようだ。悟られなかったことをほっとしつつ、彼の質問に答える。

 

「とりあえず、あれは自己紹介と言いませんね」

「………だよなぁ……とにかく、さっきの一幕で分かったと思うがあいつには常識、良識、知識がない。根は悪い奴ではないんだが……色々経験不足な奴でな。だから、あいつがクラスから孤立しないように見てやってくれないか?」

「それを普段孤立気味の俺に頼むとか喧嘩売ってるんですか?」

「……………………そうだった。お前もボッチだった」

 

 おう喧嘩売ってんのか非常勤ダメ講師。

 

 いや、流石に冗談だけどね。全て事実だし。けどだからこそ俺では力になることはできない。むしろクラスから孤立しない方法とかこっちが教えて欲しいくらいである。とりあえずこの場は俺ではなくフィーベルさんとティンジェルさんを頼った方が良いということを伝えた。だが、真面目に考えれば問題ないのではなかろうか。何だかんだ言ってこのクラスはいい人ばかりである。ハブはあってもいじめといった陰湿なことはしないし。思い切りも良い。竹を割ったような性格の奴だってたくさんいることだしね。更にゲスいことを言ってしまうと、レイフォードさんは容姿が整っている。それはとても大きなアドバンテージだ。多少のマイナス面はそれで打ち消されるために何も問題はないだろう。

 

「だから大丈夫ですよ」

「………そうだといいがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なんて、思っていたのに。

 

「これで、6分の6」

 

 自己紹介が終わった後の講義。魔術の実技においてレイフォードさんは自身の容姿という絶対的プラス要素を全て無に帰すレベルの所業を見事に行ってくれた。その射程距離から選択肢はショック・ボルトだけという固定概念を彼女はぶち壊し、錬金術で武器を作り出しそれを投擲、人形に当てることによってそれに付いているターゲットを全て破壊した。

 

 その華奢な体躯から自身の身長に匹敵する大きさの武器を投擲して、10何メートル先のターゲットに当てたことから、クラスメイトはとっても怯えきってしまった。結果何が起きたかと言うと、

 

『………』

「………」

 

 初めの頃の人気っぷりはどうしたのか、一人寂しく窓の外を眺める転入生とそれを遠巻きに眺めるクラスメイトという状況が出来上がったのである。

 

「で、美少女が何だって?」

「すみませんでした」

 

 ……流石にどうにもできないよこんなの。

 ひとまず理解したことと言えば、彼女は一筋縄ではいかない超個性派ということと、相も変わらずグレン先生と愉快な仲間達である俺達はイベントごとに事欠かないんだなということだけだった。

 

 




そういえば、彼女と似たようなことをやらかして孤立気味の生徒がいるらしい()

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