聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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遅れて申し訳ありませんでした。


魔術競技祭……?終了

 

「午後の競技も楽しみにしていますよ、サン」

「安心して全力を出し切るんだサン!父さん、全身全霊で応援するからな!」

「余計なことしないでいいから……」

 

 昼食後、観客席に戻る際に父さんと母さんはそう言い残して去って行った。父さんの言葉が不穏でならない。正直に言って、あの人なら横断幕掲げて魔術を使用し、大声で応援すらもやってのけそうだから。そのあたりは母さんが手綱を握ってくれることを祈るしかない。

 不安な気持ちと、それでも約束通り応援に来てくれたという嬉しさで複雑な心境になりつつ、競技場の方へと戻っていく。途中でアリシア女王を見かけた。……なんというのだろうか、あまりの迂闊さに数秒間だけ眩暈がしたわ。 ……とりあえず、俺の精神衛生上大変よろしくないのでとりあえず見なかったことにして、コロッセオ風の競技場へ改めて帰還する。

 

 休憩を挟んで2組の勢いが衰えるかと思いきや、そんなことはない。未だ2組はトップ3を維持している。ここら辺はクラス全員で出場している我がクラスの強みが非常に出ていると言えるだろう。他のクラスは例年通り成績上位者で固めている。

 もちろん、複数の競技に出てくる生徒もいるため、体力の管理が非常に大事となる。人材不足であれば捨て石としてあえて競技を落とすことも必要となる。それは精神防御の時に1組が取っていた対策でもある。

 その点、我等が2組はいい感じで特化しているアンバランス集団だ。例え勝てなかったとしても2、3位が堅いくらいの活躍はこれまでの努力でしてくれるのだ。まぁ、彼らを支えてくれたグレン先生が見ているということもとても大きな役割を持っているとは思うけど。

 

 そこまで考えて何気なしにグレン先生へ視線を向けてみれば何やら真剣な表情で思考の海に沈んでいる先生の姿が確認できた。……嫌な顔だ。グレン先生がああいう顔をするのはテロの時以来だが、逆に言えば今現在、彼の頭の中ではあれと同じような案件が渦巻いているということでもある。

 しかし、フィーベルさんが話しかけていったので多分大丈夫だろう。とりあえず……俺はここで一生懸命応援して普段の若干クラスで浮き気味なムードを解消する努力をしようと思う。

 

「頑張れー!」

 

―――おい、オールドマンが珍しく応援に参加してるぞ。

―――意外だな。ギイブルとは別の意味でいつもスカしている野郎だってのに。

―――あの人なんかこわいんだよね。テロの時も急に動きだしたりさ……。

 

 ………ハッハ、応援しても黙っていてもアウトなんて詰みゲーじゃないか(泣)俺に一体どうしろというのだろうか。ところで、いつの間にかグレン先生もティンジェルさんも居ないんだけど、何処に行ったんだろう。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 サンがそのようなことを考えている最中、その本人たち――グレン=レーダスとルミア=ティンジェルは、グレンの元同僚である少女に襲われていた。不意を突いたその襲撃にグレンは苦戦を強いられるが、少女と行動を共にしていた男性が、グレンを襲っていた少女の暴走を物理で抑えるということで一応事態は収束した。現在はグレンが襲ってきた少女に対してお仕置きを決行中である。この時、蚊帳の外に居るルミアは少し怯えたように男性の方を見ていた。是非もなし。

 

「お前は俺を殺す気か……!」

「グレン、痛い。すごく痛い」

「これで許してやるだけでもありがたいと思いやがれ!お前たった今俺にやろうとしてたこと忘れたのか!?」

「……決着を付けようとした」

「俺の人生のな!危うく、潰れトマトになるところだったわ!見ろ、あの惨劇を!」

 

 そう言ってグレンが視線を向けた先には今現在、彼が制裁を加えている少女……リィエル=レイフォードが作り出した惨状があった。いったいどれほどの力で彼女が作り出した剣を振るったのか、地面はまるで小隕石が落ちたのではないかという穴がぽっかりと顔を出していた。グレンの言う通り、あれほどの威力を受けてしまえば潰れたトマトのように見せられない事態になっていただろう。

 

「理解したかグレン。これが、黙って俺たちの前から姿を消した後、常日頃から()()感じていたことだ」

「悪かった。………いや、マジで」

 

 寡黙であり、尚且つあまり表情の変わらないアルベルトから確かに感じられる怒気。流石にその気配に気づかないほどグレンは愚鈍ではなかった。むしろ、たった数分の再会だけで彼がどれほどの苦労を背負ってきたのか容易に想像できてしまい、柄にもなく反省したほどである。ちなみに当の本人はまるで気にしている様子はなかった。これには先程まで怯えていたルミアも苦笑いである。

 

 このままでは会話が進まないと思ったのか、グレンが改めてそれぞれの情報を共有と協力を申し出た。彼曰く、アリシア7世の所に行けば現在の状況を打破できるのだと、セリカから聞いたことを伝えたのである。

 

「……私はこの状況を打破できる作戦を考えた」

 

 ここで、唐突な作戦あります宣言。発言者は先程やらかしたばかりのリィエルである。発言者の段階でアルベルトは見切りをつけた。これは決めつけなどではない。近年付き合ってきたことによる経験則だ。

 

「ほう。じゃあ言ってみろ」

「まず私が敵に正面から突っ込む。次にグレンが敵に正面から突っ込む。最後にアルベルトが敵に正面から突っ込む……これで完璧」

 

 3カメまで使い大真面目で宣ったその作戦に対するグレンの返答は頭ぐりぐりの刑だった。当然である。最早作戦でも何でもない。ただ単に突っ込むだけである。獣と変わらなかった。

 

「さて、とにかくこの阿呆は放っておいて実際問題どうするか……」

「………お前の教え子の中で頼れそうな奴はいないのか」

「あん?居ねえよ。というか、これ以上あいつら巻き込めるか」

 

 アルベルトの提案をグレンはすぐに切って捨てた。一瞬だけ彼の脳内に浮かび上がったのはシスティーナとサンの姿だったが、テロの時のように不可抗力ならまだしも自分から巻き込む気にはどうしてもなれなかった。いくら世間一般でグレンが屑のような人間だったとしてもそのくらいの常識は兼ね備えているのだ。                                            アルベルトは予想できていた返答だったのかそれ以上追及することなく口を閉ざす。ただ、答えるときのグレンの表情を盗み見て候補がいることは理解した。

 

「……考えてもしょうがねえ。とりあえず、セリカの所に行くか」

「その情報信じていいんだな?」

「あいつは色々意地が悪いがこの状況で冗談抜かすほどではない。……どのみちこのままじゃじり貧だしな。なら、考えられる手は全て打っておく」

「いいだろう。お前を信じよう」

 

 黙って彼らの前から姿を消したグレンを何の迷いもなく信じると言ってのけたアルベルトにグレンは感謝しつつ、行動を開始するのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 グレン先生が姿を消してから2組の勢いが衰え始めた。やはり、あの人は彼らにとってとても大きなモチベーション維持の役割を持っていたらしい。こちらの勢いが失速し、逆転ができたからだろうか1組の生徒が俺達の方にドヤ顔を向けて来た。近くにはハーレイ先生もドヤっている。生徒にドヤ顔向けていいのか。

 

 俺がくだらないことを考えながらも、クラスの雰囲気が瓦解し始め動揺が走っている。グレン先生に早めに帰って来てほしいところだ。なんせこの場で賭けられているのはグレン先生の給料3か月分。ここで負けて誰よりも困るのは不在のグレン先生なのだから。

 ……いや逆に考えよう。あのグレン先生が自分の金がかかっているにも関わらずこの場に来れないような理由があるのだと。もしこの過程が正しいのだとすれば、考えられることは唯一つ。すなわち厄介事だ。あの人その手の惨事には事欠かなさそうだし。ホモ疑惑とか。

そうなると本格的に打つ手がなくなってしまうのだ。発破をかけようにも俺が何を言ったところで逆効果になる未来は見えている。実は詰んだんじゃないか?と諦めかけたその時、俺たちに声をかける人物がいた。しかし、その人はフィーベルさんではない。それどころかクラスメイトでも、顔見知りでもないただのイケメンと幼女……には含まれないが結構小さめの少女である。

俺を含め混乱している生徒たちは、呆然と彼らを見ることしかできなかったが、向こうはそんな俺たちに構うことなく口を開き始めた。

 

 彼―――アルベルト=フレイザーと少女リィエル=レイフォード曰く、彼はグレン先生の旧友であり急な用事で来れなくなってしまった彼に代わって俺たちにアドバイスをくれるというのだ。それに対するクラスの反応は当然困惑であり、遠回しな拒否である。知り合ったばかりを通り越して知り合いですらない人に急にお前たちをサポートしてやるなんて言われれば誰でもそうなるだろう。

 なんだかんだでこのクラスのまとめ役のフィーベルさんも同じような反応をしている。だが此処でリィエルと紹介された少女がフィーベルさんの手を両手で握りしめて何かを呟いた。それにハッとした彼女はアルベルトさんの申し出をなんと受け入れたのだ。

 これにはクラスのみんなも説明を求めるが、フィーベルさんは説教女神の名を冠するほど言葉を常日頃から駆使している。ついでに頭も回ることから、彼女は発破をかける一言をすぐに導き出した。

 

「此処で負けたら、グレン先生がさらに調子付くわよ……!『俺が居なかった所為で負けたのかー、ごめんねー!この大分頼れるグレン先生が不在だったばっかりに優勝逃しちゃって!』って……」

 

 確かに言いそうではある。普段の彼はその程度のことは平気で宣うだろう。そのことをグレン先生と過ごし続けた生徒たちも理解しているのか、自分たちで想像しイラついていた。結果、クラスのやる気はマックスハートであり、グレン先生の株は何故か下がることになる。

 近くで置いてけぼりにされたフレイザーさんも冷や汗を流している。まぁ、自分の旧友の扱いがこんなんだったらそうなるのも仕方ないだろう。何はともあれやる気に火がついたのは良い事だ、此処からドヤ顔決めていた一組を見返そう。というか、今更だけどこの人さっき俺と目が合った人じゃん。なんか違和感があって気づかなかった……。

 

 

 フレイザーさんを味方につけた俺たちはその勢いを完全に取り戻すことができた。変身の競技がティティスさんがグレン先生のアドバイス通り努力した結果を存分に発揮し、40点の満点を叩き出し、続く競技も条件発動式の術式というロマン砲で大逆転というドラマ展開を見せて見事に勝利。グレン先生がいない間に落とした点数を完全に取り戻し、首位の1組と同点にまでたどり着くことができた。

 そしてこの状況で行われる競技は――――最終競技の決闘戦。つまり俺の出番である。ここで負けたらと考えると胃が痛くなりそうだ。実際にはそういったことは昔から起こらないんだけどね。

 

『さぁ、魔術競技祭もいよいよ大詰め。この状況をいったい誰が予想したのでしょうか。1組、2組両者全くの譲らずで行われてきたこの競技祭。すべてはこの決闘戦で決着がつきます!』

 

 実況の生徒が状況を盛り上げるせいで重圧が増す。彼も役割だから仕方ないんだろうけども。少しだけ憂鬱な気分だけれども、決闘戦のフィールドに上ろうとした俺に対してフレイザーさんが近づいてきた。どうやら他の生徒と同じくグレン先生からの伝言を伝えに来てくれたのだろう。

 

「サン。お前の力はこういった場面で発揮されると言ってもいい。だから、そこまで気負うなよ。大丈夫だ。お前の実力はこの俺が保証してやる」

「―――――――――はい、ありがとうございます」

 

 なんというか、本当にグレン先生に応援されているみたいだ。実は本人だったりして……。

 

 言葉をかけられたくらいで気分が変わるなんて、と自分のちょろさに情けなさを感じつつ先にフィールドに上がっていたフィーベルさんとギイブル達と並ぶ。話している様子を見ていたのだろうフィーベルさんは心配したような声音で口を開いた。

 

「どこか体調がすぐれなかったりしたの?」

「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。少し緊張を解してもらっただけですから」

「別にオールドマンの勝敗は関係ない。僕らが勝つのは確定しているからな」

「ちょっとギイブル、そういう言い方は……」

「あぁ、大丈夫ですよ。フィーベルさん。これはギイブルの口にデフォルトでついているフィルターの所為でこうなってしまっているだけです。ちなみに今のを翻訳すると『負けても自分たちが取り返すから気楽にやれ』となります」

「…………成程」

「納得するんじゃない!」

 

 おぉ、思いっきり睨みつけられてしまった。これ以上弄ると危ないのでここは素直に引き下がっておく。すると今度は1組の人が口を開いた。

 

「おしゃべりなんて随分余裕なんだな」

「リラックスは大事ですから」

「そんな調子で俺に勝てるのか?」

「努力します」

 

 ―――想像していた反応とは違うのかそれ以降1組の話しかけてくれた子は黙り込んでしまった。悪いことをしただろうか。

 

「お前、デフォルトで人の神経を逆撫ですることが得意だな……」

「……?」

 

 ギイブルが失礼なことを言っていた気がするがとても小さい声だったので聞こえることはなかった。ともかく、もうそろそろ決闘戦が始まる。悔いのないように、そしてこれ以上クラスでの立場が微妙にならないように全力を尽くすとしよう。そう、全力を。すみませんグレン先生。特訓の意味、無くしちゃいます。

 

 

✖✖✖

 

 

 

『さあ、毎年恒例の決闘戦。今回は先程も申しました通り、点数が完全に拮抗している珍しい年となっております。そのような二クラスの決闘戦ということで恥ずかしながら私興奮を抑えきれません!さて、まずは先鋒。1組はアルト=ハルトマン選手、2組はサン=オールドマン選手です』

『サーン!!父さんはここに居るぞー!頑張れよー!』

『はい、過度な応援は周りの皆様のご迷惑となりますのでご遠慮ください!』

 

 かなりの距離があるにも関わらず選手たちに聞こえるレベルの声援を送ってくる自分の父親に、サンは頭を抱えて天を仰いだ。その様子に周囲の皆は笑い、システィーナは静かに同情する。自身にも似たような親がいるために心当たりがあるからである。これは実際に体験した者にしかわからない苦しみだと言えるだろう。

 

 そのようなトラブルがありつつ、ついに決闘戦の先鋒戦開始の合図が出された。それと同時に1組のアルトは右手をサンの方向へと向けて自身の得意魔術であるショック・ボルトを放つために術式を構成する。しかし――――

 

「なっ!?」

 

 術式は発動されることなく途中で霧散してしまった。

 だが、それは決して術式を無効にする魔術を行使した、というわけではない。単純にアルトよりもサンの方が早く魔術を行使したに過ぎないのだ。

 

「い、何時の間に……!」

 

 驚愕の表情を浮かべるアルトに対してサンは言葉ではなく行動で回答した。コンコンと自身の靴を二回鳴らす。その方向に向いてみれば、そこには起動済みの術式が存在していた。そう、彼は自身が改変した魔術を足から発動し、地面を這わせて相手に当てたのである。

 彼が当てたのはショック・ボルト百八式(誇張表現)の内の一つである拘束魔術。レイクの動きを止めた魔術と同じものだ。テロリストであり一級の魔術師でもあった彼が拘束されたものを、優秀とはいえ学生の域を出ないアルトに突破できるわけもなく、自分の置かれている状況に冷や汗を流す。

 一方、アルトを拘束し圧倒的有利に立っているサンは素早く右手を彼女に向ける。そして右手の前にサンが構成した紫色の術式が現れる。それが意味するのは雷の系譜の魔術。彼の十八番にして数ある派生形のオリジナル。

 

「雷精の紫電よ!」

 

 サンの魔術、その原点にして頂点であるショック・ボルト。その発動スピード、技の速度は他の生徒とは一線を画すものがある。当然、動くこともできないアルトにそのショック・ボルトを回避するすべはない。放たれたそれを無抵抗のまま受け、そのまま場外に吹き飛ばされてしまった。

 

『決まったー!2組のサン選手、ショック・ボルトの改変を利用した見事な作戦でアルト選手を完封しました!勝負は一瞬、まさにその言葉を再現した試合だったと思います!』

『うおー!いいぞ!!我が息子!!』

『はい、お父さん。次やったら退場してもらいますからね!』

「父さんェ………」

 

 もはやこの場に居る全員の印象に残ってしまっただろう自分の父親のことを思い浮かべ、心なしか戦う前よりも憂鬱になったサンはとにかくフィーベルとギイブルの元へと向かう。

 

「やりました」

「……えぐいわね……」

「だが、合理的だ。今まで実力を隠して来たのかオールドマン」

「こんなこと普段の講義で見せることなんてないよ。昔の行い、その結果さ。あと、フィーベルさん。勝つためにはこの程度当たり前のことですよ」

「怖いわよ」

 

 当たり前のように答えるサン。こういった一面がクラスメイトを怖がらせ、避けられる一因となっていることに本人は気づいていない。気づかない限り彼は一生このままだろう。

 ギイブルはサンを一瞥したのちに決闘戦のフィールドに上がって行った。一勝しているために勝負としては余裕を持って戦うことができる。しかし、彼にそのような声掛けをすれば忽ち怒り出すだろう。

 

「ギイブル、別に無理して勝たなくてもいいのよ?」

「フン、別に無理なんてしてない。勝ちをもぎ取るくらい余裕だ」

 

 そうして自信満々という風にフィールドに上がっていく。彼の相手は一組クライスという人物である。

 彼らは開始から一進一退の攻防を繰り返していた。ギイブルと大将として控えているシスティーナは学年全体から見てもトップレベルの成績を誇っているため、この状況は予想できるものだった。

 

『おぉっとギイブル選手。クライス選手と互角の勝負をしています!流石は成績優秀者の一角です!』

 

 実況する生徒の言葉にギイブルは眼鏡を少しだけ上げる。その後、彼の一番得意な錬金術で作り出したゴーレムでクライスを拘束し、彼はギブアップを宣言した。つまりこの段階で3戦中2戦勝利を得ている2組の優勝は確定したのだ。

 

「当然の結果だな」

「わ、私の出番が………」

「心配いりませんよフィーベルさん。いくらこの学院が成績優秀者のみを選出することを黙認していてもこれは魔術競技祭です。選手登録されている以上、消化試合でも戦うことにはなります」

「そ、そうね。盛り上がりに欠けるけど……」

 

 何処か納得していないように呟くシスティーナ。その気持ちをギイブルとサンは理解できていた。ここ一番という場面で大将という役割。そのプレッシャーはかなりのものだが、同時にそんな立ち位置を任せて貰えたという事実はそのまま自信へとつながる。しかしふたを開けてみれば真に自分の勝敗なんて関係ない勝負となってしまったのだからその虚しさは想像するに容易いことだった。

 

「じゃあ、こう考えましょう」

「?」

 

 流石に不憫に思ったのかサンがわざとらしく両手をポンと叩いてシスティーナにある提案をした。

 

「練習場の取り合いになった時に、親の七光りがどうのこうのハーレイ先生に言われてましたよね?その時の仕返しとして言い訳の仕様がないくらいに叩きのめしましょう。完全勝利という形で」

「…………」

 

 サンの言葉を聞いたシスティーナはそのまま決闘戦のフィールドへと上がって行った。その時に浮かべていた表情を見ていたクラスメイトとグレンの代わりに指導者の立場に就いたアルベルトは頬を引きつらせた。―――その後、行われた試合結果についてはもはや言及するまでもないだろう。ただ一つ言えることは、怒りの力とはとても恐ろしいものである、ということだけだ。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「はぁー……結局無駄骨かよ……。おいセリカ、少しは調べとけって」

「まあ、悪かった。だが、そんな悠長にしていられるような状況でもなかったんだ。……そこのおっさんの所為でな」

「セリカ殿……」

 

 決闘戦が終わり、優勝者が決まったところで状況は一気に動くことになる。そもそもルミアとグレンが王室親衛隊に追われた理由は女王に呪殺具を取り付けられたことが発端となっている。

 解除条件はルミアの殺害。その為に親衛隊隊長ゼーロスはルミアと彼女を守ろうとするグレンを狙っていたのである。それを覆すために、グレンとルミアはアルベルトとリィエルに変装してクラスを優勝させるという手段を取った。

 

 結果としてグレンの作戦は成功し、彼らはアリシアの前に姿を現すことができた。まぁ、そこからさらに紆余曲折在りグレンの持っている愚者のアルカナ――それを基点として発動する術式で呪殺具の無力化をしたのだ。だが、ここで一つ想定外の出来事が起きた。それは既に呪殺具の術式が解除されていたことである。その為、グレンはいらぬ仕事をしたとセリカに文句をつけていた。今回のことは誰も悪くはない。どう考えてもアリシアを殺そうとしていた人物が悪いのだが、セリカもここまでの苦労を負わせてしまった負い目があるため強く言い出すことはできなかった。まぁ、これをネタに金をせびるようなら容赦なく叩きのめすつもりではあるが。

 

 アリシアとルミアが抱き合い、今までのすれ違い分の触れ合いをしている光景を眺めながら一人セリカは考える。

 

――――――呪殺具の無力化は一体どのタイミングで行われた……?下手に術をかければ術式が発動するかもしれないということから手は出せなかったのだが……。天の智慧研究会の人間が態々嘘の情報を吐くとは思えない。アイツらは殺すと言ったら殺す。とすれば残る可能性はグレン以外の人間が術式を無力化したということ。けれどそんな魔術師が居たのか?

 

 こう表現しては何だが、この場には名立たる者達が数多く存在していた。今回アリシアを使ってルミアを殺そうとしたエレノア・シャーレット。王室親衛隊ゼーロス・ドラグハート。そして宮廷魔術師のアルベルト・フレイザーとリィエル・レイフォード。セリカ・アルフォネア、グレン・レーダス。誰も彼もが歴戦の魔術師であり、この中のほとんどが深い知識を持っている。しかし、今回呪殺具を無力化した人物はこれらの人物に気づかれることなく事を終わらせていた。その人物が自分たちの味方であるという確証がない今では、このように情報を集めていざという時のために備えなければならなかった。

 

―――――怪しいとすれば、アレの存在か。

 

 ここでセリカが思い浮かべるのはこのアルザーノ帝国の裏で出回っている或る噂。この国で過ぎた悪事を働く者には神が制裁を与えるという、何処かの宗教団体が触れ回ってそうな出来の、普段であれば全く気にしないような内容だ。実際に神を殴り殺せるセリカからすれば鼻で笑えるような話である。しかし、彼女は知っている。ここ十数年、この国に侵入し、実際に手ひどい被害をこの国に及ぼしそうな魔術師がこぞってその存在を消滅させられていることに。それを行った人物は不明。痕跡の消し具合から今までにない魔術を使用されているのではないかという意見が宮廷魔術師の方で飛び交っていた。

 

 それを行っている人物は分からないが便宜上、宮廷魔術師の間ではこう呼ばれている。

 

「―――代行者、か……」

 

 その所業はまさに神。

 人の身に余る業を背負いし者達を選別し、天へと還す神々の代行者。そう名付けられている。セリカからすればその人物は神よりも恐ろしい存在と言えるかもしれないが。

 

「なんにせよグレン。ここからが本番だ」

 

 これからも彼は騒動に巻き込まれていくだろう。言い方は悪いがルミアが近くに居る限り、良からぬことを考える者達が彼女に群がっていくからだ。そこに宮廷魔術師がマークしているサン・オールドマンが加わるのだから、もはやご愁傷さまとしか言えない。とりあえず、彼女は今日の労いとして少しだけなら食費を出してやってもいいと彼に話を持ち掛けることにしたのだった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

「作戦は失敗、近々帝国の方から調査が入るだろうから機を見て撤退だそうだ」

「ちっ、面倒くせえな」

 

 所変わってここはアルベルトとリィエルを追いかけていた王室親衛隊の一部隊。彼らは全てが解決したことによって敷かれた招集にも応じずに未だ街中を歩いていた。それもそのはず、彼らはエレノアと同じく帝国に侵入していた天の智慧研究会の人間たちだからだ。

 エレノアが伝えた内容から動く組織は王室親衛隊であることは分かり切っていた。そのため、彼らはいち早くルミアを殺すことができるその部隊に身を隠し機会を窺っていたのである。

 

「手ぶらで帰るのもあれだし、適当に実験動物の一人や二人攫って行くか?」

「そうだな」

 

 耳を疑うような内容を平気で話し合う兵士たち。そんな彼らの前に、アルザーノ帝国魔術学院の制服を着た一人の青年が立ちふさがった。彼は顔を俯かせたままで表情を見ることはできない。

 青年の急な登場に面を喰らった兵士の恰好をした天の智慧研究会の男たちだったが、逆にこれはチャンスだと思った。学院生を一人攫えば魔術師で実験と研究ができると考えたのである。そうと決まれば、早速彼らは自分たちが被っている皮を利用することにした。

 

「君、実はこの付近に女王陛下の命を狙った賊が居るという目撃情報を聞いてね。話を聞きたいんだけどいいかな?」

 

 声音を軽くし、自然な足取りで青年に近づく。

 そして、彼を攫う絶好の位置まで距離を詰め終え、誘拐を実行しようとした瞬間―――彼らの耳に重く、それでいて神々しい鐘の音が響き渡った。

 

「な、なんだ!?」

「鐘の音……?」

 

 唐突に響き渡る鐘の音、しかもその音色が脳内に直接叩き込まれるかのように聞こえれば、誰しもが動揺するだろう。頻りに頭を動かす男たちを尻目に彼らの前に立ち塞がった青年は静かにその手を前に突き出して、口を開いた。

 

『我が手に・かつての・信仰を』

 

 口から発せられた言葉を引き鉄に術式が発動する。地面から何の変哲もない剣を取り出してそれを掴む。そして―――流れるように彼の目の前に居た男の首を刎ねた。

 急に飛んだ仲間の首に、こういった荒事を何度も経験している彼らもすぐに反応することはできなかった。学院の制服を着た青年が、見た目は王室親衛隊の恰好をした男の首を急に斬り落としたのだから、誰も彼を責めることはできないだろう。

 

 目の前で首を斬ったにも関わらず返り血一つ浴びていない青年は、今まで下に向けていた顔をゆっくりと上げる。その瞳は、今この場にぶちまけた血のように赤かった。その姿に彼らは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。このような体験は生まれてこの方初めてだった。脳内で響き渡る鐘の音がより一層強くなる。その度に青年は男たちの方へ一歩、また一歩と進んできた。

 

『――うわぁぁぁぁあっぁあああ!!』

 

 自身の本能に従い彼らは逃走を図る。

 だが、もう遅い。既に己の最期を知らせる鐘の音は鳴り響き、代行者たる人物も現れてしまっている。彼らにできることは自身の断末魔を響かせることと、今までの行いを悔いることのみ。

 

 

『――――聞くがよい――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、六名の魔術師がその場から消滅するという結果だけが残った。




エレノア「手駒とネックレスの霊圧が……消えた……?」

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