聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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未だ二話しか書いていないにも関わらず、お気に入り登録、評価、感想をくださってありがとうございます。


突撃隣の晩御飯(意味深)

 

 

 

 

 サン=オールドマンが天の智慧研究会の男を屠ったのと同時期、ルミアと同じく教室から連れ出されたシスティは、チンピラ風にしてロリコン疑惑がさりげなく持ち上がっている男、ジン=ガニスに拘束され、制服を脱がされていた。これだけでも普通に強姦でお縄につくだろうが、生憎とこの場にはそうした法の下に働く人間は居ない。

 初めの方は持ち前の気の強さで抗っていたシスティではあったが、それでも彼女はただの学院生。本物のテロリストなどに勝てるはずもなく、恐怖からか制止を懇願する。しかし、ジンはシスティの懇願を受け止めるでもなく、むしろ更に火が付いたように、最後の砦である下着をも剥ぎ取ろうと手をかけた。

 

 

 ―――もはや彼女は限界だった。それはそうだろう。こんな形で自身の裸体を見られたいと思う女性がどこに居るというのだろうか。いや、居るのかもしれないが少なくともシスティはそういった趣味嗜好を持っていないのだ。

 

 自身を穢そうとする手を眺めながらシスティは一人、思う。このような強姦寸前な場面ではなかったものの、嘗て似たような状況に陥った時に自分のことを助けてくれた少年のことを。

 何処からか鳴り響く鐘の音と共に、その者達を粛々と断罪した少年。返り血を浴びることなく佇むその姿には恐怖を覚えるほどだった。実際、システィは助けられたことも忘れ少年に怯えてしまったのだ。彼はそのことに気づいたのかその場からすぐに立ち去り、それ以降自分との接触も最小限に留めることになった。

 

 そこまで思い出した瞬間にシスティは内心で苦笑した。まさか、かつて自分から拒絶した人物に今回もあわよくば助けてもらいたいとでも思っているのかと。自分はそこまで身勝手な人間だったかと少しだけ失望してしまう。それと同時にもういいかなという諦観の気持ちも浮かび上がり……全てを手放して目を閉じようとする。

 

 

 だが、その瞬間――――聞こえて来たのだ。つい先程まで思いだしていた、あの音が。原初にして生命に約束された結末、それを告げる鐘の音が。

 

 

 

 

「あ?開始のチャイムか?……タイミングいいじゃねえか。それじゃ、保健体育の実習と行こうじゃねえか」

 

 ジンは鳴り響いている鐘の音を学院のチャイムだと思っているが、それは違うとシスティは即断出来た。それもクラスメイトのように学院のチャイムと音色が違っているから、ということではない。この音色は彼女が嘗て耳にしたものと同じものだからだ。脳内に直接流し込まれているかのように浸透してくる音。神々しく、何処か恐ろしく感じる圧力。そして――――何かが帯電しているような、バチバチとした音。

 

 バタン……

 

 静かにシスティが閉じ込められていた部屋の扉が開く。お楽しみに邪魔が入った所為か、ジンは舌打ちをしながら顔を扉の方に渋々と向けた。システィもまさかという思いから扉を開けた人物を確認する。すると、そこには彼女の予想通りの人物が立っていた。

 

 恰好は自分と変わらずこの学院の制服。外見にこれといった特徴はなく平均、平凡を地で行くような風貌だ。けれども普段と違う所がいくつか存在している。まず一つ目が、彼の瞳だ。普段は彼自身の髪の色と同じように、少し焦げたような茶色にも拘わらず、今はまるで血をぶちまけたような鮮やかな赤に染まっている。また、彼の身体にはいくつもの紫電が走っていることも普段と変わっている二つ目の点と言えよう。三つ目は、システィの記憶の中に刻まれている大剣然とした剣を携えているということだ。

 

「はぁー……何してんだあの野郎。ガキ一匹逃げてんじゃんよ……。ま、いいや」

 

 ジンは学生が逃げたことに対して、教室を見張っているであろう仲間の一人に悪態を吐く。だが、その後考えを改め直したのか、ニヤリと元々悪人然とした顔を歪ませて、部屋へと乱入した学生―――サン=オールドマンに指先を向けた。

 

 彼はこう考えたのである。

 システィの目の前でこのクラスメイトをいたぶれば、もっと彼女を苦しめることができると。そうすれば彼は日頃のストレス解消のサンドバッグと性欲の捌け口の二つを同時に手に入れることができると考えたのだ。

 

 内心で天才と自画自賛しながら、彼はサン=オールドマンに向けた指を彼の右太ももに合わせた。サン=オールドマンは教室で見せた軍用魔術ライトニング・ピアスが恐ろしいのか身動き一つしない。手に大層な剣を持っているようだが、それでもどう考えてもライトニング・ピアスの方が早い。ジンは絶対の自信を持ってそう判断した。

 

「おい、そこのお前。どうやって逃げたのか知らねえけどここに入って来たのはまずかったなぁー……本来ならすぐに殺すんだが……特別サービスだ。ここで土下座で泣いて謝ったら命だけは見逃してやるよ」

 

 まずは精神的にいたぶる。これは鉄則である。このような魔術学院に通っている生徒は大半が多大なるプライドを持っている。それをへし折り尚且つ自分に下る様を見ているのはとても気分がいい。彼は直後に自身の前に無様な姿を見せる少年の姿を思い描くが、実際には予想と全く異なる行動を彼は示した。

 

 軍用魔術を目の前で突きつけられているにも等しいこの状況下で、サンは静かに口を開いた。

 

「無様」

「あん?」

「汝の姿、実に無様である」

 

 出てきたのはこの状況で圧倒的に有利なはずのジンを馬鹿にする言葉。その声音には平坦ながらも確かな侮蔑の色が混ざっていた。当然自分よりも下であると見下していた相手からそのような言葉を投げかけられて彼が我慢できるはずもない。サンに突きつけていた指から彼は何の躊躇も見せずに魔術を放った。

 

「ズドン!」

「サン!」

「選んだな?」

 

 一瞬の静寂。

 ジンの指から放たれた紫電はおおよその人が見切れないほどの速度でサンに飛来する。当然だ、紫電の速度はそれくらいまでに速い。普通であれば彼はこのライトニング・ピアスを身体に受け、全身が焼けてしまうだろう。システィも焦ったのか思わずサンの名前を口にしていた。けれども彼らが予想していた姿はごくあっさりと覆されることになる。

 サンは自分が握っている剣を眼にも止まらぬ速度で振りぬき、ライトニング・ピアスを両断したのだ。

 

「これという信念もなく徒に命を奪うさまは見るに堪えぬ。下をいたぶり自らの優越感を得ようと行動を起こすのも浅はか極まりない。故に―――首を出せ」

 

 バチリとより一層、サンが纏う紫電が強く弾ける。その様に言いようのない恐怖心を煽られたジンはとっさにシスティを人質に取ろうとサンに背中を見せた――――否、見せてしまった。

 この世界の誰もが知らないが、この者に無防備な背中を見せるとはどういったことになるのか。それは人質になろうとしているシスティが恐らく一番わかっているのだろう。既に記憶に刻まれているのだから。

 

 

 

 鳴り響く鐘の音。先程の存在を知らせるだけの鐘とはどこか違う。先程よりも重さを持った音色が頭に直接響き渡る。

 

「―――聴くがよい。我が鐘の音は汝の名を指し示した。告死の羽、その首を断つ―――」

 

 それは処刑の音色。

 代行者によって罪を赦され天に還ることを祝福する福音。しかし、それを受ける者にとっては死を告げる死神の足音。

 システィは再び人の身体から首だけが飛んでいく風景を眼にすることになるのかと思い目をつぶろうとすると、その前に彼女の身体に影が差した。目を向けてみるとそこにはまるでジンの身体を隠すように立って剣を振るうサンの姿が。

 

「(もしかして、気にしているのかしら?)」

 

 あの時と同じことを繰り返さないようにこうして見えない位置を取ってくれているのだとしたならば、場違いとわかっていても、おかしいと感じてしまっていても少しだけ嬉しいとシスティは思ってしまったのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 ……意識が回復したと思ったら、目の前に物凄く衣服の乱れたご近所さんと、首がパージした上に消えかかっている成人男性の身体があった。なんと言うか、なんだこれ。とりあえず状況が呑み込めないので、唯一この状況を説明できそうなご近所さんに声をかけた。第一声は服を着直して下さいである。それもまた致し方なし。彼女は自分の格好に気づいたのか、涙を拭きながら自分の衣服を直した。傍から見たら俺が強姦扱いされそうで若干怖いなこの状況。

 

 ひとまず安心したのか再び泣き出してしまったご近所さんを慰めつつ、どうしてこうなったのかを聞く――――ことはしなかった。いや、恐らくトラウマ級に怖いことを体験したはずだ。先程の恰好から見てそれは間違いない。傷を負ったばかりだっていうのに態々その傷を掘り返すようなことをするほど俺は外道ではないつもりだ。そもそもこの状況を知ったからって何かできるわけでもないしな。

 

 だからこそ、俺はこうして黙って胸を貸しているわけなのである。こちらから手は回していない。唯々その場に立っているだけ………なので、その冷たい視線をやめてくれませんかね。グレン先生。

 

「……まさか俺の生徒から性犯罪者が出るなんて……」

「冗談はほどほどにしましょうよ……」

 

 一応この学院に黒ずくめの男たちという明らかに危険そうな連中がいるんだからさ。ご近所さんも落ち着いてきたのか、グレン先生にティンジェルさんのことを報告していた。それを受けたグレン先生は左手にいつもしている手袋から腕輪を出すと、何処かと通信しだした。……話の内容から予想するに多分相手はアルフォネア教授だろう。普段と全く違うシリアス顔で通信を取っている彼をよそにご近所さんの様子を見てみれば、再び身体が震え出していた。落ち着いたと言ったな。あれは嘘だ。多分持ち前の気の強さで何とかグレン先生の前では平静を保とうとしているのではないだろうか。実に強い人だと思う。

 

「ねぇ」

「?」

 

 感心していると、ご近所さんが俺に話しかけてきていた。もしかして泣いていることをグレン先生に言うなということだろうか。ぶっちゃけ、先程慰めている段階で入られていたためにもう既に遅いと思うんだけど。……などと思考するものの、どうやら俺の予想は外れたらしくご近所さんが問いかけてきたのは全く別の事であった。

 

「やっぱり……魔術っていう、のは……人を、殺すためにあるのかしら……」

 

 信じられないくらいに弱々しい声で呟かれたのはつい最近、グレン先生が言っていた言葉。魔術は人殺しに多大なる貢献をしており、それ以外の利用価値はない。小さい頃聞いたことがあるが、どうやらご近所さんは大好きだったお爺さんの目標を達成するために魔術の勉強に打ち込んでいるらしい。その為、人殺しの道具だと断言された時には大好きだったお爺さんを否定されたような気分になったのだと、ティンジェルさんから教えられた(なんでそれを俺に教えてきたのかは疑問である)。

 

 確かにそれも一面だろう。と言うか優れた技術ほど、そういった戦闘面や分かりやすいものに回されてしまうのだ。この世界にあるのかは不明だけれども、有名なダイナマイトがいい例だろう。散々別の所で言われているかもしれないが、元々あれだって鉱山などを掘り起こすために開発されたものだったにも拘わらず、当時の使われ方は人に対して向ける爆弾だった。そのようなことは世界が違うと言えども変わることはない。しかし、ダイナマイトだってしっかりと本来の用途で使うことができるのである。人を傷つけない使い方だってあるのだ。

 

「ご近所さんや」

「……何?それにご近所さん?」

 

 何やら首を傾げられるがそこはスルーして、彼女の肩に軽く触れる。セクハラじゃないよ。

 先程までの緊張状態の所為で凝り固まってしまった肩に手を乗せて俺は魔術を使用した。例の如く、研究していてたショック・ボルト……それを元に開発した派生形ショック・ボルトである。

 

「ビリッと・いい感じで・お願いします」

「は?」

 

 何言ってんだこいつみたいな視線をご近所さんから向けられるがそれを無視して魔術を発動。

 

「ひゃぁ!」

 

 くすぐったそうに身をよじるご近所さん。フフフ、どうだ。ショック・ボルトの傷つけないという性質を見抜き、威力を調整した結果、全身の凝っている筋肉をほぐすことができる微弱な電気を飛ばすことに成功したのだ。今のところ使いどころはないものの、将来これでマッサージ師でもやったら儲かるのではないかと少しだけ思っていたりする。

 

「何するのよ!」

「肩の調子、どうですか?」

「え?」

 

 怒りの表情を浮かべるご近所さんの意識を逸らすつもりで肩こりについて聞いてみる。先程の緊張状態で凝り固まってしまった筋肉が、俺の開発した微弱電気を受けることによってあら不思議。凝りが解消されて動きやすくなった肩がそこにはあったのだ……!

 

「……普段よりも軽い」

「ショック・ボルトを改良してみました。……ご近所さん。これも魔術です。要は使いようなんですよ」

 

 前の世界の創作物……その受け売りだけど、力は所詮力だ。使い手によっていかなる具合にも姿を変える。時としてそれは世界を滅ぼす力にもなるけれども、世界を救う力にもなるし……大切な身近にいる人を守る力にもなる。それこそが力なのだ。何も物理的な物だけではなく力全てにそれは言える。知識も技術も結局は使い手次第。それこそが真実。

 

「だから、ご近所さんが間違えなければ、魔術は必ず人に貢献できます。自身の夢を叶えることだってできますよ」

「――――――」

 

 思い切り目を見開いたご近所さんは再び静かに涙を流し始める。今日のご近所さんは泣き虫気味のようである。

 

「あのさ、隙あらばいちゃつこうとするのやめてくれない?そろそろこの温厚で有名なグレン先生も学院中に噂をばらまきたくなっちゃうぜ」

「それを実行したら学院中にグレン先生がホモだって噂を流します」

「………」

「………」

「俺は何も見なかった」

「自分もグレン先生に追いかけられたことなんてなかった」

 

 交渉成立である。

 お互いにがっしりと固い握手を交わす。友達友達。

 

「ところでグレン先生。こんなところで何をしているんですか?助けに来てくれたと思うのでこんなことを言うのも心苦しいのですが……先に見るべきところがあると思うんですけど」

「んあ?……あぁ、教室の事か。いの一番に駆け付けたに決まってんだろ。行った結果も問題ないと判断した。……何処ぞの誰かが暴れてくれたからな」

「………?」

 

 少しばかり鋭い瞳でこちらを睨みつけるグレン先生だが、生憎とこちらには心当たりがちっともない。強いて言うなら数年ぶりに夢遊病みたいな持病が発症したくらいだろう。向こうも俺が本気で首を傾げていることが分かったのか、納得しないような表情を浮かべながらもこちらに状況を説明してくれた。

 

「さて、ここから俺達がどうするかだが……」

「ルミアを助けます!」

「それは改めて確認することじゃねえ。白猫、気持はわかるけど少し落ち着け。助けるって言ってもルミアがどこに連れて行かれたのか見当もつかねえしなぁ」

「かと言って虱潰しに探すのも効率が悪いでしょうね」

 

 うーむ、と三人で頭を使っていると―――突然自身の背中に痛烈な寒気が襲い掛かって来た。それと同時に無意識のうちに近くに居るご近所さんの手を引っ張りながら全力で後ろに飛び退いた。

 すると、先程俺達が居た空間が歪み、中から武装した骨の軍勢が現れたのである。グレン先生も気づいていたのか既に俺達が下がった場所に退避していた。やっぱり優秀だなこの人。どうしてその優秀さを普段から出そうとしないのだろうか。

 

「ボーン・ゴーレム……!」

 

 憎々し気に呟く。恐らく術の名前だろう。内容はその名の通り、骨を召喚するというところか。……ただ、召喚された骨には角のような部分が付いており、ついでに尻尾のような部位も見える。俺が想像しているスケルトンナイト的な連中とはだいぶイメージが違うんだけど。とりあえず、唯一この術を知ってそうなグレン先生に解説をお願いしよう。

 

「知っているのかグレン先生!?」

「あぁ、その名の通り骨を生み出して使役する術だ」

「ちなみにその強さは?」

「ちっと待ってろ……!」

 

 問いかけに対する答えを見せようとしてくれたのか、グレン先生が一体のボーン・ゴーレムに殴りかかる。無駄のないフォームから繰り出された彼の拳は空を切りながら、ボーン・ゴーレムの頭蓋へぶつかった。しかし、大した効果はなかったようだ。ボーン・ゴーレムは平然と右手に持っている剣を振り下ろす。

 骨だけとは思えない速度で振るわれたそれは、けれどもグレン先生を切り裂くことはなかった。彼はその攻撃を読んで横手に跳び回避したのである。

 

「っぅ……!牛乳飲みすぎだろこいつら……」

「まぁ、彼らにとって骨粗鬆症は天敵でしょうからね」

「そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど!?」

「おっとそうだった。オールd……えぇい長い!サン、白猫!走れ」

 

 グレン先生の言葉に従ってまずは扉を開ける。そして手を引っ張っているご近所さんを最初に出した。その時、グレン先生がボーン・ゴーレム達に囲まれている姿が目に入る。すると、外に出たご近所さんがとっさにグレン先生へと魔術を行使した。使ったのは魔力によって対象の部位を強化する魔術。

 

「その剣に光在れ!」

「おっ、サンキュー白猫!」

 

 強化されたグレン先生の拳はカルシウムたっぷりなボーン・ゴーレムを砕くまでに強化された。とするならば、俺もやっておかなければなるまい。手の強化は優秀なご近所さんがやってくれたので俺は足を強化した。

 

「その剣に光在れ」

 

 まぁ、ショック・ボルトに特化された俺の強化魔術なんてないよりはマシ程度の者だろうけれども、元々のスペックが高いのかグレン先生は足でもカルシウム・ゴーレムを砕き始めていた。強い(確信)

 

 時々先生が振り返って骨を砕くさまを尻目に俺とご近所さんは全力でダッシュだ。あんなの相手にしたら即行でくたばる自身があるから仕方ないことだと思う。しかし、グレン先生が結構ばらばらにしているはずなのに全く数が減っていない気がするんだけどどうなってんだろう。

 

「ちっ、あの骨どもある程度の形が残ってれば自分でくっつけんのかよ。プラモデルじゃねえんだぞ……!」

 

 後ろの方からそんな愚痴が聞こえた。

 成程、ある程度の強度。数の利。それと同時に再生能力まで兼ね備えていたのか。ならいつまでたっても減らないはずだ。囲まれれば終わりだから動き続けるしかない。しかしそれでは数が減らない。一体ずつばらしているならばその段階で既に囲まれる可能性がある。……つまりは火力が足りないのだ。グレン先生でも秀才で優秀なご近所さんでももちろんショック・ボルトしか能のない俺も等しく。

 

「このままじゃ埒があかねえ。おい白猫!ここで俺があいつらを食い止める。だからお前は得意のゲイル・ブロウを広範囲かつ長時間持続できるように術式を改変しろ!」

「うぇ!?」

「お前は生意気にも、な・ま・い・き・にも!優秀だからな。ここ数日間俺が言ったことを理解していればできるはずだ」

「そこまで生意気を強調しないでください!」

「………」

「………ちなみにサン。お前、」

「ショック・ボルトしか使えませんね」

「だよな………。ちなみに、電撃があの骨に効くと思うか?」

「可能性は薄いと思いますけど」

「………お前、待機な」

「はい」

 

 ぐうの音も出ないような戦力外通告。しょうがないんです。ショック・ボルトしか使えない俺にとって神経の通っていない骨は天敵……!あの骨達と骨粗鬆症の関係と同じことなのである。と、言っても本当に何もしないのは流石にあれなので、グレン先生に当たらないようにフォローというか攻撃の軌道を逸らすくらいはしてるよ?

 

『そこを右に!』

 

 それは授業でグレン先生が見せてくれた失敗例にして、俺も研究の過程でたまたま見つけた失敗例。右に曲がるショック・ボルト。それをカルシウム・ゴーレムに対して放つ。ショック・ボルトは本来直線状に行く技であるために複数の戦闘には向いていない。だが、この右に曲がるショック・ボルトは結果的に横に逸れるために並んでいる敵には結構効果的なのだ。

 

 グレン先生にまとめて襲い掛かろうとしていたゴーレム達の武器を、右に曲がるショック・ボルトで撃ち抜く。予想通り傷こそ付けられなかったものの、それでも武器の軌道を逸らすくらいのことはできているらしく、グレン先生も少しだけ余裕のある立ち回りをできているようだった。

 

「先生できました!」

「よっし、ならぶっ放せ」

 

 もうできたのか!早い!流石は秀才のご近所さん。グレン先生の言われた通りにすぐさま術式を改変し、それをゴーレムたちに向けて放つ。

 彼女が放った術は確かにゲイル・ブロウではなかった。威力こそないものの、風がまるでゴーレムたちを抑え込むような形で吹き荒び、この場に留まり続けている。それを見たグレン先生は上出来だとご近所さんを褒めると、懐からルビーのようなものを取り出し、左手に握った。

 

「―――我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は解離すべし・いざ森羅の万象は須らく此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに――――えぇい!ぶっ飛べ有象無象!……イクステンション・レイ!」

 

 膨大なマナをかっ喰らいながら赤黒い魔術式を作り出したグレン先生は最後ヤケクソ気味に言い放ち、その魔術を行使した。

 その威力はすさまじく、一瞬で自分の視界が真っ白に変わる。今まで走っていた廊下を穿ちながらも、グレン先生が放ったその魔術は先程までしつこいほど俺達を追っていたゴーレムを跡形もなく呑み込んだのだろう。

 

 俺が目にしたのは、まさにそのような出来事の跡地としか思えない光景だったのだから。綺麗にされていた廊下は見るも無残に抉られ、先程まで居たゴーレムたちは跡形も見えない。

 彼の放った魔術は目の前の廊下を飛び越え、遥か遠くの校舎までフッ飛ばす始末だった。……ここで少し、ティンジェルさんが巻き込まれて居たらどうしようと思ったが、そこから先に思考が行くことはなかった。……別にティンジェルさんがどうでもいいというわけではない。まあ、これでことが終わればグレン先生強すぎィ!で話は着くのだけれどもどうにもそうはいかないらしい。たった今彼が放った馬鹿みたいな威力の魔術……訳して馬鹿魔術を放った反動か、彼は健康的だった肌を土気色を通り越して半分壊死してるかのような肌色をしていたからである。しかも吐血した。

 

「……先生!?」

「……体温が著しく低下してますね。呼吸も弱い……」

「これは多分マナ欠乏症よ」

「……ハッハッ、ゴホッ!ま、まぁ、分不相応な術を無理矢理使ったからな……くっ……はぁ………今すぐここから離れるぞ。こんだけ派手に暴れまわったんだ。テロリストの一人や二人、すぐにこっちに着いちまうからな」

 

 ……マナ欠乏症の身体を無理矢理動かしながらそう言うグレン先生だったが、恐らくその発言がフラグとなったのではないだろうか。ここから逃げる時間もなく、俺達の背後から足音が聞こえて来た。隠す気すらないその音は徐々に近づいていることがはっきりと分かった。

 

「先生、今の発言。実はフラグだったのでは?」

「そういうこと言うのやめろよ。……にしても、やっぱりそこまで甘い相手じゃなかったか……」

 

 渋々という風に振り返ってみれば、そこには俺達の教室に入り込んできた最後の一人。一番強キャラ臭がする傷の男が、周囲に剣を浮かべてやって来ていた。深く考えなくても分かる。これは絶体絶命のピンチですわ……。

 

 

 

 

 

 




此処でいくつか補足を入れさせていただきます。

まず主人公の名前なんですけれども、こちらは感想で指摘していた方もいらっしゃいました。
山=サン、翁=オールドマン、これらを足して主人公の名前です。要するに山の翁です。安直すぎるって?五秒で思いつきました。

次にセコ〇と化したじぃじについてですが当然本人ではありません。なので当然の如く本人よりも劣化しています。あれは晩鐘についていた残滓とでも捉えてください。
完全に本人でないために、死告天使の口上も少しだけ弄ってあります。

それではもしよろしければこれからもよろしくお願いいたします。

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