聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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勢いで書いた結果、すぐに二話が出来上がりました。


鐘(フラグ)

 【速報】グレン先生、実は有能だった。

 今日の感想と言えばまさにこの一言に尽きる。

 

 

 昨日ご近所さんにお礼を言われて割かし上機嫌で居た俺だが、家に帰ってから気づいたのだ。でもそれって根本的な解決になりませんよね?ということに。なんせご近所さんが何故泣いてしまったのかと言えば、グレン先生との相性が限りなく悪いからである。今日は何とかなったが明日も同じようなことの繰り返しになってしまった場合、先に音を上げるのは十中八九ご近所さんである。このまま行くと、彼女が精神的に死んでしまう(大袈裟)

 

 と言ってもほぼ他人と言ってもいい俺が何を言おうとも効果は期待できない。仕方がないので次の日にティンジェルさんと意見交換でもしよう――――――なんて、昨日に引き続いて柄にもないことを考えていたのだが。

 

「昨日は本当に申し訳なかった……!」

 

 二日連続でとてつもないダメ人間っぷりを見せつけていた(らしい。ギイブルから聞いた)グレン先生がしっかりとご近所さんに謝罪をしていた。俺を含めてクラスのみんなが唖然とする中、一人だけ優雅に笑うティンジェルさん。……もしかして彼女の仕込みだろうか。もしそうなら素直に感服せざるを得ない。人知れずティンジェルさんに対して尊敬の念を抱いていると、謝罪を終えたグレン先生が普段とはどこか違う態度で教壇に立ち、持っている教科書を窓の外にぽいっと捨てる。そんなことするくらいなら売ればいいんじゃないかな。

 

 教科書を投げたグレン先生は続けざま、俺達に向かって馬鹿と言い放った。それに反応するのは当然クラスのほぼ全員である。話に聞くとグレン先生はショック・ボルトを三節で詠唱するらしい。しかし、このクラスのほとんどは一節で詠唱できる。短くできるほど優秀だと捉えられているが故に、彼らは完全にグレン先生を見下していた。まぁ、見下されて当然な生活態度だったからその辺は自業自得だと思うけど。そんな文句を言う生徒達を彼はもう一度一蹴して、俺の大得意なショック・ボルトを引き合いに出した。

 

 曰く、このショック・ボルトの詠唱を分けたらどうなるのか、ということだった。

 

「そんなものは術式として起動しません。何らかの形で失敗しますね」

「んなわかり切ったことを聞いてんじゃねーよ。馬鹿かお前?」

「なっ!?」

 

 ギイブルどうどう。

 グレン先生の挑発に乗りそうな――――と言うか、完全に乗りかかっているギイブルを宥める。その隙に別の生徒が、失敗はランダムであると答えた。それに対するグレン先生の切り返しはショック・ボルトは極めたんじゃなかったのか?というセリフだった。いやらしい笑みつきである。性格悪いな。分かってたけれども。

 

「―――なんだ?全滅か?」

 

 全員同じ気持ちだったのだろう。誰も答えることができなかった。そうだろう。なんたって出来た魔術はもうそれで本人達の中では()()()()()。言うなれば、一度終わらせた宿題を再び解き直すようなものだ。そんなことをするのは、よっぽど勉強に打ち込んでいる人間か、暇つぶしに困っている人間だけだろう。成功してしまえば、試行錯誤する必要性はなくなるのだ。

 

「―――じゃ、答えは―――「右に曲がる」――――へぇ」

 

 しかし、ことショック・ボルトにおいて俺の右に出る者はいない(ビッグマウス)俺がこの術を何年弄ったと思っているのだ。一時期、本気で「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」を作ろうとして、完成した直後にライトニング・ピアスという完全上位互換魔術を知る―――なんてことがあったくらいに俺はこのショック・ボルトに無限の可能性を感じているのだ(ビッグマウス二回目)

 

「なんだ居るじゃねえかわかる奴が。じゃあ、問題だ。此処を区切って五節にしたらどうなる?」

「射程が短くなりますね」

「んじゃ、ある一節を消すと?」

「威力が大幅に落ちます。使い手によっては失敗するかと」

 

 と言うかした。最初の方は、とりあえず省略出来たら強そうじゃないかなと思った瞬間やってみたのだ。結果的には成功したのだけど、成功に至るまでに幾度となく失敗したね。その中に発動しないというのがあったのだ。

 

「くははっ、なんだお前。こんな問題出した俺が言うのもなんだけどよく答えられたな」

「実はショック・ボルト以外の術式との相性がそこまで良くないらしくて……暇さえあればこれを弄っては遊んでいました」

 

 答えた瞬間グレン先生は腹を抱えて笑い出した。曰く随分と暗い生活を送っているなとのこと。放っておいて欲しい。しかし、この問いかけを答えた瞬間クラスから信じられないような目を向けられた。ギイブルからもである。意外だったのだろうか?……意外と言えばご近所さんからも同じような視線を送られていた。俺ってそこまで不真面目そうに見えるだろうか?ちょっとショック。

 

「ちっと予定からずれたがまぁいい。―――要するに魔術っていうのは超高度な自己暗示だ。使われているルーン語はそれらを行う上で最も適性のある言語ってだけで、別にそれだけが術式の発動条件ってわけじゃねえ。魔術は世界の真理を探究するとかお前らは言うけどそりゃ間違い、むしろ逆―――魔術っていうのは人の心を突き詰めるもんだ」

 

 ……ちょっとあの人誰?俺達の目の前に居るのは本当にグレン先生なのだろうか。ドラえ〇んがこっそり表れていつの間にか綺麗なグレン先生と取り替えたりしているんじゃないのかな?

 俺が混乱の状態異常を患おうとも無常に時は進んでいく。グレン先生は自分の言葉が正しいことを証明するために、再び虚空へと手を向けた。

 

「まぁ・とにかく・痺れろ」

 

 とても術式を発動させるための言葉とは思えないような三節。しかし、彼はそれでもしっかりとショック・ボルトを発動させていた。

 曰く、魔術にも公式がありそれを見つけ出せば今のような改変はお茶の子さいさいだという。故に既存の構文を訳し、覚えるだけの教科書とそれで必死こいてお勉強している俺達は馬鹿らしい。……先程と説得力が段違いだ。実例を見せられたのでは認めざるを得ないだろう。

 チラリとクラスの様子を見てみれば、馬鹿にされたことよりもグレン先生の行った事、言ったことについての興味が強いらしく、誰も彼もが瞳を輝かせていた。あのギイブルですら若干いつもより前のめりだった。……能ある鷹は爪を隠す、まさにその諺がぴったりと当てはまっていた。

 もはやこの教室に彼を馬鹿にする生徒などは居ない。あれだけ刺々しい雰囲気を纏っていたご近所さんですら、グレン先生のことを見つめて半ば呆けていた。

 

「さて、これで自分達が真に学ぶことは理解できただろう?なら次は、さっき言ったことの基礎中の基礎を教えてやる―――――興味ない奴は寝てな」

 

 ニヤリと、今までにないどこか生き生きとした表情で笑みを浮かべるグレン先生。当然彼の言葉通り寝ている人物など居るわけもなく、全員で楽しく授業を受けるのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「オールドマン」

「……?どうかしましたか、グレン先生」

 

 講義終了後、学食へと足を運ぼうとした俺に話しかけてきたのはグレン先生だった。珍しい、このクラスでは微妙に浮き気味な俺に話しかけてくるなんて。やはり彼は偽物なのではないかな。未だ会ってから三日くらいしか経ってないけど。何はともあれこのタイミングで話しかけてくるなんてことはあのショック・ボルトの件くらいしか思い浮かばない。けれどもあれは目の前の先生も既に把握済みだったはずだ。今更何を聞きたいのだろうか。

 

「何、大したことじゃないんだが―――――一昨日、セリカや学院長に俺の事チクったのお前だろ」

 

 脱兎のごとく逃走した。魔術なんて使わなくても人は己の限界を超えることができる。今日初めて知ったことである。まさか俺がチクったことがばれるなんて一体どうしたというのか。アルフォネア教授が態々そんなことを言う必要はないだろうし、学院長に至っても理由は同じだ。ならば何故――――

 

「逃ぃーがぁーさぁーなぁーいぃーぜぇー?」

「ヒィ!?先生、俺はちょっとノーマルなので、そっちの方は別に……」

「何シャレにならない誤解を招きそうな言葉を発してやがる……!?やめろ露骨に引くなっ!視線が、痛い……!」

 

 フハハ、甘いぞグレン・レーダス!こちらは生徒。いざとなれば貴様を抹殺する(社会的に)ことくらい片手間でできるわ()だがしかしその後しっかりと捕まることになりましたとさ。めでたくないめでたくない。

 

「フゥー……ハァ……ハァ…て、手こずらせやがって……」

「はぁ……はぁ……とりあえず学食取ってきますね。話はその後にでも」

 

 大人しく投降した結果、どうやらチクりの件に関しては今回の昼食を奢ることでチャラにしてくれるとのことだった。元々貴方が悪いのでは?なんてことは言わない。平和的に解決できるならそれに越したことはないし、何より彼の話にはとても興味があったからである。

 

 適当にトレイの上に料理を並べて二人分の席が空いている場所に腰を掛ける。しばらくしてからグレン先生が俺の正面に座り二人そろって食事を開始した。食べ始めてからすぐにでも質問すると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしく何やら噛みしめてご飯を食していた。その辺の事情は分からないけれどそっとしておいた方がいいだろうと判断して俺も気にせずに食べることにする。

 俺の残りが半分、そしてグレン先生が完食し終えるとようやく話に入るようで、こちらに御馳走様と小さくつぶやいてから、何処か鋭い視線で俺のことを射貫き始めた。

 

「面倒な手間は省きたいから単刀直入に聞くぞ?―――お前、魔術を何処で習った?」

「もちろんこのアルザーノ帝国魔術学院ですけど……」

「あー違う違う、俺が言ってるのはそのショック・ボルトのことだよ」

「ショック・ボルトですか……普通に我流ですけど……」

「………嘘は言ってない、んだよな?」

「グレン先生が信じるのかどうかはわかりませんが、誓って嘘は言ってません」

「そうか……」

 

 グレン先生はその後、少しだけ黙り込んだのちに時間を取って悪かったと言いながら、何も乗っていないトレイを片手に席を後にした。

 

 ――――まさかグレン先生―――――――俺のお父さんが小さい頃にショック・ボルトを教えたことを知っているのではないだろうか。もしそうであれば俺の父さんが捕まってしまうかもしれない。それはどうやってでも阻止しなければならないことだ。しかし、グレン先生は勘が鋭そうだし、どうにもならないかなぁ……。

 

 実の父の密かなピンチに頭を一生懸命回転させていると、先程グレン先生が座っていた席からガシャリと食器同士がぶつかり合う音が聞こえて来た。余程急いでいるのかな、なんて視線を正面に移動させてみれば、そこにはどう見てもおこ顔なギイブルの姿があった。どうして機嫌悪そうなのだろうか。

 

「小魚あげようか?」

「どういう意味だ……!」

 

 カルシウム足りないんじゃないかと思って。

 馬鹿正直に言ったら絶対怒られるから言わないけど。とりあえず無難にどうしたの?と問いかけると彼は自身の抱いている怒りを隠すことなくこちらにぶつけてきた。うむ直球。

 

「どうしてショック・ボルトのことが分かっていたんだ」

「言った通り。暇つぶしで適当に弄ってたら規則性を見つけてね。何となく弄れないかなーってやってたから」

 

 ギイブル呆然。これはあれかな、勉強している自分が遊び感覚の俺に負けたくないということだろうか。もしそうなら年齢的にも正常な発達だ。是非ともこのまま育ってほしい。

 

「そ、そんなことで……」

「別に気落ちしなくていいと思うけど。今回に関しては本当にたまたま題材が俺に一致しただけで、錬金術の授業とかだったらギイブルの方が100%優秀だよ」

 

 この年頃のプライドだなんだのは確かに面倒くさい。取扱いに注意しなければ天狗をその辺に量産する上に、変な折り方をしたら骨折なんかよりもよっぽど修復が難しいのだ。だからこそ、叩く時はいらない部分だけを正確に叩いて削るのだ。今回に関しては言った通り題材が悪い。優秀な皆なら態々あのような試行錯誤は繰り返さないから。あの問題に関しては普段の優劣が逆になるような仕掛けがあったのだ。そう考えておけば万事オッケー。

 

「と、言うわけで気にする必要なし。以上、閉廷」

「どういうわけなんだかさっぱりわからないんだが……しかし、一理ある。そもそもこんなことを問いただしているくらいなら教本の数ページを読み進めた方が有意義、か」

 

 どうやら彼も納得したようである。うん、そこでそう考えることができるのであれば、その段階で既にギイブルは飛び切り優秀な部類だ。…しっかし、我ながら酷い上から目線だこと。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 翌日。この日は休日にも拘わらず授業である。前任であるヒューイ先生が微妙な時期に辞めてしまったからあら大変。何日か授業ではなくなっておりその補講として今回の日程が組まれている。ふぁっきゅーヒューイ。

 少しだけ眠気が残る瞼を擦りながら、校門をくぐる。するとその時不思議な現象が起きたのだ。

 

 

 

 聞こえるは鐘の音。頭の中に直接響いてくるようなそれは、もちろん学校のチャイムなんかではなく、ここ最近は聴くことがなかったあの特典の鐘の音である。これが聞こえる条件は今一よくわかっていない。一体何がどうしてこうなっているのかは本当に検証しようがないのだ。けれども、この鐘の音との付き合いも早十数年。発動条件は分かっていないが、これから起こることなら見当が付く。……要するに良くないことが起こるってことだ―――あれ?これが発動条件じゃね?

 

 

「ズドン」

 

 

 言ってるそばからこれだよ。

 

 ほんの数十分前のことを回想しているうちに事態は転々としている。グレン先生の代わりにとやって来た全身真っ黒な男二人組はこちらに魔術をブッパしたあとルミアちゃんを出せと言っていた。ティンジェルさんに何か用なのだろうか。そのような疑問が浮かび上がるが、とりあえず現状について確認しなければならない。向こうはどうやら殺人なんて……という感じでためらうような常識人ではなさそうだ。普通に俺達をぶっ殺すなんて言うし。

 

 結局教室の全員を気遣ってかティンジェルさんは連れていかれることになった。止めに入りたいのは山々だけれども俺には無理だろう。精々皆の前で死体を晒すのが関の山だ。

 顔に傷跡を付けた寡黙のいかにも強そうな奴がティンジェルさんを連れていくと、もう一人ニット帽らしきものを被ったいかにもチンピラという風な男は、自分達に唯一歯向かったご近所さんを連れて出て行ってしまった。残っているのは先程の二人に比べてどこか頼りない男が一人。グレン先生が死んだとか言われた所為で全員の顔に影がかかっているが、俺はそんなことは信じていなかった。あの人、むしろ殺そうとしても死ななさそうな感じがするし。

 

 

 すると、ここで再び鐘が鳴り響く。学院の前で聞いたよりも、重く厳格な音を響かせる。

 

 

 それは教室の全員の耳にも聞こえるほどの大きさで、黒ずくめ(コナン感)の男達の仲間である人物にも聞こえていたらしい。というか、意識が段々と薄くなってきたんですけど。もしかしてお前(意識が)消えるのか……。

 

 くだらないことを考えていた数秒後、本当にブラックアウトすることになった。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 鐘の音が聞こえる。

 それをルミア達を攫ったテロリスト―――天の智慧研究会の男はただのチャイムだと思っていた。しかし、この学院の生徒達である彼らは知っている。自分達が通っている学院のチャイムはこのような音色ではない。このように、頭の中まで響き渡るような音を鳴らすことはない。このような――――まるで、身体が死んでしまったかのように芯から冷えるような音を鳴らすものではない。

 

 誰もがこの異常に気づいていた。けれども、その異常の中で一人だけ普段通りの風貌をしている人物が居た。そう、クラスメイトのサン=オールドマンである。

 クラスの中で彼のことを知っている人間はそう多くない。一番接している時間が長いのはギイブルだろうが、彼も勉強面以外で彼とつるんだりすることはなかった。彼は普通に話しかければ答えてくれるし、特にこれと言って尖った所もない平凡な人間だった。

 だが、たまに自分の身体が凍ったかのような謎の感覚に蝕まれることが多々あったのだ。それが一過性であれば、体調不良などの言い訳も立つだろうが、それが訪れるのが決まってサン=オールドマンの傍。その結果、好んで近づこうという者は居なくなった。故に孤高(笑)やボッチなどといったことを言っていても、クラスメイトはギイブルのことを高く買っている。

 

 まあ、そのような経緯があり悪い奴ではないがどこか不気味、それが彼の評価であった。が、それもこれで一変する。

 

「……オイ、誰の許可を得て立ってる。殺されたくなければ大人しく座っておけ」

「………」

 

 本物の殺意を向けられても尚、サン=オールドマンは不動だった。そのまま席を立ち、顔も上げずにゆっくりと天の智慧研究会の男へと近づいて行く。一方男の方は面倒だと考えながらも一人くらい見せしめの意味を込めて殺しておいた方がいいかもしれないと考え直した。

 

 そして、彼は自身の右手をサン=オールドマンへと向ける。適当にいたぶってから殺せば、自分達の仲間が行っている準備が終わるまでのいい暇つぶしになるだろうと、そう信じて。

 

「雷帝の極光よ!」

 

 軍用魔術のライトニング・ピアス。本来魔術学院に通っている彼らが使えるショックボルトの上位互換でありその威力はプレートアーマーを容易く貫通する。人の命など簡単に奪えるほどだ。

 天の智慧研究会の男は直撃を確信して、その後失敗に気づく。いたぶるつもりが普通に殺してしまうと。しかしそれはもう後の祭り。大人しく馬鹿な学生が一人黒焦げになる様を見届けようとするが――――そこには既にサン=オールドマンの姿は何処にもなかった。

 

「はっ?」

 

 思わず、という風に間の抜けた声が出る。

 ライトニング・ピアスは前述した通りショック・ボルトの上位互換。威力もスピードも比較対象にはなり得ない。ショック・ボルトしか知らない学生の身で避けられる魔術ではなかった。けれど実際にサン=オールドマンの姿は見当たらない。もしかして死体すらも残らなかったのでは?と考えたところで、彼の身体が浮かび上がり、そのまま教室のドアを貫通し外に弾き出された。本人がそのことに気づいたのはドアを貫通する際に自身の背中へ走ったダメージを受けたのと同時だった。

 

「ごはっ!?」

 

 何がどうなっているのか理解できない。そう考えながらも彼は何とか立ち上がる。立ち上がった際に体の節々が痛むことから少なくとも打撲に至っているだろうと予想を立てた。

 自身のコンディションを確認したのちに男が視線を向けると、そこには先程と変わらず無傷で佇むサン=オールドマンが存在していた。その瞳は赤く光っており、それに見られる度に全身の肌が総毛立つ。これはもはや人間に対する反応ではない。人よりも高位な存在、少なくとも化け物と断じることができるほどのものであった。

 

「―――我が手に・かつての・信仰を」

 

 聞いたことのない詠唱。

 サン=オールドマンがそれを唱えた瞬間彼を中心とした地面に魔法陣が展開され、そこから一振りの剣が現れた。片手剣という風ではなく、どこか大剣然としたそれを持った彼は体から紫電を放った。

 

 

 再び鐘の音が響く。

 今度は男にも確かに感じ取ることができた。これは学院のチャイムなんて生易しいものではないことを。ようやく、気づいたのだ。その鐘の音は、目の前の存在が放っている者であり、逃れることは不可能であることを。

 目の前の少年こそ我が命運。そこに自身が介入する隙は無く、唯々ことの流れに任せるしかない。そのような諦観が出現するほどである。

 

 

「聴くがよい、我が鐘の音は汝の名を指し示した……告死の羽、その首を断つ――!」

 

 

 一言一言が、目の前の学生から放たれる度に、彼の纏う紫電が強く、より激しく弾け始める。そして、それが最高潮に達しようとしたその瞬間――――――再びサン=オールドマンの姿を見失った。急いで周囲を見渡そうとして見るが、身体が言うことを聞かない。むしろ、自分の意思とは関係なく首が動いている気すらした。

 

「――――ァ、」

 

 そして、男は気づいたのだ。自分の視界に入る見慣れた身体、その首だけない見慣れた身体を見た瞬間に、彼はその意識を闇へと落とし永遠に目覚めることはなかった。

 

 

「…………どこだ」

 

 

 処刑人の如き行動を行ったサン=オールドマンは断ち切った死体を一瞥することもなく、廊下を歩み始める。

 彼にはまだ仕事が残っているのだ。この学園に不法侵入した者達。彼らの名を晩鐘が示している……それだけで彼が動くには十分な理由だった。

 

 

 

 

 

 ―――――その後、教室に取り残された生徒が一人、様子が気になったのか、廊下に出てみればそこには()()()()()()()()()()()()が広がっていた。……もう鐘の音は聞こえなくなっていた。




嘘はなかった。主人公にとっては唯の鐘です(真顔)

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